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しおりを挟む砂利道を真っ直ぐ行き、林を抜けた先には、一面の海が広がっている。
「うわ~!海だ~!!」
「あたりめえだろ」
海風が私達の全身を吹き抜ける。
私は肺いっぱいに潮の匂いを内に閉じ込め、キラキラと光る砂浜へと足を踏み入れた。
「うわ、暑っ」
砂浜は太陽によって灼熱の熱さを持ち、ムアッとした不快な空気が私を包み込んだ。
照り返しでより一層熱くなった気がして、汗が顔を滴るのが気になってくる。
砂浜は歩きにくく、度々足を取られ、転びそうになる。
フラつく度に隣を歩くケインが悪態をつきながら、私の身体を支えた。
「ねえ、何処まで行くの?」
「あそこの最高にイカしてる生簀が見えるか?そこが目的地だ」
「ああ、あの賽の河原みたいな場所ね」
石が散乱して高く積み上がってる不吉な場所へ私達は近づいていった。
生簀というには不恰好な石の檻を覗き込むと、そこには大きくて薄桃色の見たことがない魚がいた。
「うわあ~、おっきい!綺麗!これケインが捕まえたの!?」
「ああ、まーな」
「すごいわ!」
「そ、そうか?」
薄桃の魚は狭い囲いから抜け出そうと、必死に泳ぎまわっていた。
鱗が陽の光でキラキラと光り、より魅惑的に見える。
ケインは褒められたのが嬉しいのか、照れ臭そうに顔を背けた。
「美味しそう……」
身がぷりぷりしていそうな魚だった。
焼き魚にしても、揚げても美味しそうだ。
何者か正体不明の魚だが、海の魚は基本食べれるから大丈夫だろう。
今日のケインの食卓には、この魚がメインを飾るに違いない。
想像しただけで、よだれが出そうだ。
「おめえ、相変わらず食い意地張ってんな。もっと他にあんだろう!すっごくキレイ!まるで童話にでも出てきそうな美麗で偉大なお魚さん……とかな……」
「うわあ、もしかしてそれ、私の声色を真似てる?……えっと、うん…………似てる似てる!」
自分から人の真似しといて、恥ずかしくなったのか真っ赤に染まったケインに、気持ち悪いって追い打ちをかけるのが可哀想になった。
恥ずかしくなるくらいなら、やらなきゃ良いのに。
「おめえ、似てるなんてカケラも思ってねえだろ!その生暖かい目、止めろっ!俺は女として正しい反応をマリーに教えてやっただけだっ!」
「やだっ!ちゃんと私に似てるって思ってるわよ!だけど、正しい反応って……ケインの理想を壊してしまうようで心苦しいけど、そんな甘ったるい発言をする女は巨大な猫を被っているか、それこそ物語の中しか存在しないわ。……ケインって将来、女に痛い目に合うタイプかもね。頑張れ」
「不吉な予言すんじゃねえ!俺は女に騙されたりしねえよ!」
詐欺って、自分は絶対に騙されないって思い込んでる人の方が危ないのよね。
それに当てはめると、ケインは将来、騙される確率がかなり高いと思う。
しょうがないけど、コイツと幼馴染なのも何かの縁、もし騙されそうになっていたら助けてあげるか。
「はいはい、ケインに良い人出来たら、小姑のように細かく審査してあげるわ。これで騙される確率は減ったし、良縁に恵まれるわよ。良かったわね」
「いい訳ねーっ!……そんな必要ねえよ」
私の手によって理想をズタズタに切り裂かれたケインはそのまま、むっつり黙って座り込んでしまった。
明らかに不機嫌オーラを出すケインの隣に、私は腰を下ろした。
「怒ってるの?」
「……怒ってねえ」
「ふーん」
私は不貞腐れるケインの隣でぼんやりと海を眺める。
……言い過ぎちゃったかな。
襲ってきたのは、自己嫌悪。
……やっぱり理想を壊さないであげた方が良かったのかも。
異性に夢見てたい気持ち、私も分かるもの。
無言の時間が長くなるにつれて、余計な事を言ってしまった自分が恨めしくなる。
私って、どうしてこう余計な言葉を言っちゃうのかしら。
自分に溜息をついて隣を恐る恐る見やると、ケインが真剣な表情でこちらを見ていた。
「……言っとくけど、俺は本当に怒ってねえぞ。ただ、将来の事を考えてた」
「将来?」
「俺もマリーもいつかは知らねえ奴と所帯を持って、こうして下らない言い合いする事もいつかなくなるんだろうなってな」
「……寂しいの?」
「あ?」
「なんか、そんな顔してる」
「寂しいか……。そうかも知れねえな。お前と喧嘩すんのも案外悪かねえし」
「そ、そう」
ケインにそんな殊勝な言葉を言われたのは初めてで、なんだか嬉しかった。
いつもと雰囲気が全然違うケインに目が離せない。
「お前の側は心地いい」
な、何言ってんの、コイツ!?
顔が真っ赤になるのを感じて、熱を持った顔をケインから隠すように背ける。
それにしても、この小恥ずかしい空気は何なの!?
もうダメ……!耐えられない!
私は話しの軸を変えて、このよく分からない雰囲気を変えようと画策した。
「そ、そうなんだ……。それにしても、将来の事って言うからには、自分の夢の事でも考えてるのかと思ったわ。ケインは将来の夢とかあるの?」
「あるぜ」
「是非聞かせて頂戴!!」
「お、おう……」
私の勢いに引き気味になったケインの口は、これでもないくらいに引き攣っていた。
何でこんなに俺の夢に食いついてきたんだ?とか考えていそうね。
だけど、別にどう思われようと構わない。
私の目的は話題をそらす事!
ケインは「笑うなよ」と念押ししてから、将来の夢について語り出した。
「……俺、八百屋の跡取り息子だけど、本当は漁師になりてえんだ」
「うんうん」
「海の荒波に揉まれながら、豪雨、吹雪、竜巻、様々な天災と戦いながらも、魚を釣る事を止めない。そんな日々が俺の夢だ」
穏やかな声で、物騒な世界の夢を語り出したケインに、私は目を剥いて驚いた。
いや普通、海と天候が荒れてたら漁に出ないでしょ!
口に出かかった言葉を慌てて飲み込む。
危ない……さっきの二の舞になる所だった。
怒ってないって言ってたけど、ケインの理想の女像は壊しちゃったし、夢に関しては同じ轍を踏むまい。
私は傷つけないように言葉を選びながら、気持ちを伝えた。
「……ケインの思い描く夢は、一度や二度死ぬだけじゃすまなそうな命がけの世界なのね。いいんじゃない。……流石に天災がある時は家で大人しくしてた方が良いと思うけど」
「応援してくれんのか………?」
「何、その顔?意外だった?当たり前じゃない、これでも一応幼馴染だもの。友達の夢は応援して当然でしょ!それにケインが命懸けで獲った魚、結構興味あるわ。漁師ってからには売ってくれるんでしょ?」
「まあな…………ありがと」
小さくて聞こえにくい声だったけど、確かに聞こえた感謝の言葉。
ケインのおじさんは息子に八百屋を継がす気満々だから、一悶着ありそうだけど、私は何があってもケインの夢を応援しようって心に決めた。
なんだか恥ずかしさが再燃してきて、照れ隠しで私は意図的に悪い笑顔を浮かべる。
「幼馴染価格でよろしく」
「初回だけ考えてやるよ。今の礼だ」
ケインが照れたように笑い、私も笑った。
こんな穏やかな日常がいつまでも続けばいい。
だが、幸せやいつもの日常は、突然現れた理不尽が無慈悲に奪っていく……。
ケインが私から海へと視線を移すと、驚いたように目を見開いた。
私もケインに連れられるように海へと視線を投げ、驚く。
海上には、見た事がない大型の船がこちらに向かって近づいて来ていた。
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