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しおりを挟む現れた男は、着崩れで胸がはだけた寝巻きを身につけていて、だらしない格好だった。
おそらく、さっきまでベッドの上に居たのだろう。
背は高く、一見細身に見えるが、はだけた素肌から、相当に鍛え抜かれた身体の持ち主であることが伺える。
「あれ……この子」
男は私に目を止めると、不機嫌な表情から一変して笑顔を見せる。
「……へえ、逃げたんだ。馬鹿だよねえ。僕たちを振り切って、ここから逃げられる訳ないのに」
表情とは裏腹に、言葉の端々に棘を持たせた毒を投げかけてくる。
「そうゆう事情だ。さっさと寝ろ。日中の監視役は君なのだからな」
「はいはい、分かってますよ。あ、でも、もうこそこそ隠れなくていいなら、別に僕である必要ないですよね?新人のネイト君とかどうです?僕なんかよりずっと真面目に仕事しますよ」
「交代は認めない。まったく……上役がそれでは示しがつかないだろう。少しはノースを見習え」
「確かにクライド君は、騎士の見本として適任ですね。無駄な事は一切言わないし、いつも冷静でさ、僕には真似出来ないや」
「……無駄話はそれくらいにして、あんたは部屋に戻ったらどうだ」
クライドの言葉に男は肩をすくめる。
そして、笑顔を消してーー。
「あーあ、陽が差したらまた子供のお守りだなんて、面倒だなあ」
怜悧な顔を覗かせた男は、私と目が合うと微笑みかけてきた。
「またね、マリーちゃん。君もゆっくり休みなよ」
そう言うなり、男はすぐさま部屋から出て行った。
まるで嵐のような男だった。
薄々感じていたけれどーー。
「私達って、やっぱり監視されてたのね」
先程の会話から、そうとしか最早考えられない。
だとすれば、一切面識のない男が私の名前を知っていてもおかしくないのだ。
「クライドさんに捕まるまで、全然気付かなかったけど……」
「……あんた達に気取られるようでは、監視の役目はこなせまい。それに、監視だけでなく、警護の意味もある。いざと言う時、不埒者から護れる程の腕がなくては務まらない」
「一人で三人を監視兼、警備って出来るものなの?例えば、私が外に脱走した時、他の二人が危険な目に遭ってしまったら、護ることなんて出来ないじゃない」
「それに関しては問題ないよ。第四騎士団はマリーを、第八騎士団はナタリア殿、第一騎士団はケイシー殿をそれぞれ受け持っている。つまり、我々は君の事だけ監視してればいいってことだ」
「ああ……それであの問題児発言」
出会ったすぐのロバートは、『どうしてうちには、問題児ばかりが集まってくるのか』と頭を抱えていた。
他の問題児ことは知らないが、三人の中で一番の問題児である私を担当していたのは、彼らの不運だったとしか言いようがない。
「気を悪くしたらすまないな。さっきの男ーークリス・ブレアムを筆頭に、うちには問題を引き起こす団員がいてな。初日から脱走なんてこと引き起こすから、あいつらと似たものを感じてしまったんだ」
実際、すぐに問題を起こしたのは本当の事で、弁明の余地がない。
私は引き攣った顔で彼の話に耳を傾ける。
「しかし、実際に話してみると、君は悪い子ではなさそうだし、元の立場へ返してやりたいんだが……俺達にはどうする事も出来ないんだ」
ロバートは悲しげに目を伏せ、拳を握りしめている。
その姿はとても悔しそうに見えた。
会ったばかりの私を心から案じているのが伝わって、複雑な想いが湧き上がってくる。
彼をこのまま見ていると、何が敵なのか分からなくなってきて、頭が混乱して酷く不快な気分になってくる。
私は荒ぶる感情のまま、髪をぐしゃりと握りしめていた。
「……そんな顔しないで。私がどうなろうと、ロバートさんには関係ないじゃない」
「関係ないなんて、無責任なこと言えるはずないだろう。君を捕まえたのは俺たちだ。それに直接話してみて、君のことは好ましく思っている」
真っ直ぐな瞳で、ロバートは一切の迷いなく言い切る。
私は無意識に歯を食いしばった。
そんなの、私だってーー。
「ロバートさんもクライドさんも、私の敵よ。ずっとそう思ってきた。……だけど、ルーデンス人なのに二人が私に親切なんてするから、敵だって思えなくなる!ルーデンス人は私の敵なのに……敵のはずなのに……」
「……俺達に敵であって欲しいのか?」
クライドの鋭い質問に息を詰まらせる。
だけど、クライドの言う通りで……私は無意識に明確な敵を求めていた。
どれだけ理不尽な怒りを振りまいていたのか、否応なく気付かされ、私は彼らを見ていることが出来ず、視線を机へ向けた。
「……敵でいてくれなきゃ、困るの。故郷でされた仕打ちに対する怒りは、敵にしかぶつけられないじゃない……!貴方達がした事ではないし、ただの八つ当たりだって分かってるけど、そんな風に割り切れないの!」
「だったら、君の敵でいい」
「え……?」
驚きで視線をあげると、真剣さを帯びた眼差しと目が合う。
「君の気が済むまで、好きなだけ怒りをぶつけてくれて構わない。それに、同じ国の者が君達に酷いことをしてるのは本当のことだから、その怒りは正当なものだ」
……違う、正当なんかじゃない。
私の怒りは彼らにとって、見当違いの理不尽に過ぎない。
それなのに、ロバートはその怒りすら包み込もうとしてくれている。
「ただ、俺が言えた義理ではないかもしれないが、怒りや恨みなんてものは、ずっと抱えて生きていくものじゃない。それは、時に人を逞しく強くさせたりもするが、一度悪い方へ転じれば、早々に抜け出せない泥沼と化す。君には、そんな負の感情に支配されないで、生きて欲しいと思うよ」
「…………っ」
私はロバートの言葉に息を呑んだ。
全てを包み込むような優しさに触れ、心にあった高い壁がガラガラと崩れ落ちていく。
壁が壊れないように、必死になって守っていたというのに、壁がなくなったことが清々しく思えた。
私はずっと体だけでなく、心も囚われていたのだと実感する。
心の檻がなくなった今、私は自由だった。
「……ふふっ、そんな事を言われたら、敵だなんて思えるわけないじゃない!」
自然と笑顔が溢れた。
ルーデンス王国に来てから、こんな風に笑ったことがなかった気がする。
先行きは真っ暗なのに、心は凪いでいた。
「もう八つ当たりはしないわ。だから、ありがとう」
ルーデンス人だからという理由だけで警戒して嫌悪する、そんな不毛なことはもうしない。
そんな事をすれば、さっきまでの私のように、目を曇らせ、本質を見失ってしまいかねない。
それを気付かせてくれた出会いに、素直に感謝する事ができた。
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