ルーデンス改革

あかさたな

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 開場された室内は、王宮の中でも一際煌びやかな造りで、金が其処彼処に使われていた。
 普段ならば、あまりの豪華さに部屋の中を見渡していただろうが、そうはならなかった。
 私の視線は正面奥の一点で止まっている。

 そこにはーー。

 不気味な仮面をつけた男が、堂々と豪奢な椅子に座っていた。
 その姿の異様さに、言い知れない恐怖が襲ってくる。

 なんで、仮面なんか着けてるの……?
 大きく笑った仮面の口が余計に怖いっ!
 多分この人が王なんだろうけど、趣味が悪すぎる!

 仮面王の周りには、側近と思われる人物が横に控えており、その周りをぐるりと騎士が囲んでいる。
 私が王を凝視したのと同じように、彼らも一斉に私に目を向けてくる。
 当然、好意的なものはなく、まさに針の筵だった。
 その中で、側近だけは驚いた様子で目を剥いていた。

 私が騎士服なんて着てきたから驚いているのだろうか?

 部屋の中央まで進むと、サイムズさんが王に向かって膝を折った。


「仰せのとおり、マリーを連れて参りました」

「ご苦労。……その娘の本名はなんと申す」


 仮面の先から籠もった声が聞こえてくる。

 それ、今聞く必要あるの?

 ロバートさんが困惑した目で私を見てきたので、代わりに発言する。


「私の国では、平民に姓などないです。だから、名前はマリーだけです」

「そうか……ではマリー、其方は廊下の窓から逃走し、第四騎士団に拘束されたと聞いておる。事実と異なっている点はあるか?」

「……ないです」

「残念な事だが、其方をこのまま王太子妃候補として城に留め置くことは出来ない。候補としての身分を剥奪し、独り身の貴族の元へ嫁いでもらう事になる。何か言いたい事はあるか?」

「……言いたい事?」


 王の言葉に笑ってしまう。
 そんなの、沢山あるに決まってる。


「じゃあ、聞かせてもらいますけど、こんな国際法を無視した非道な行為をいつまで続けるつもりですか?」


 挑戦的な笑みで尋ねると、周囲は殺気の籠もった目で私を睨みつける。

 まさに孤立無援、四面楚歌。
 だけど、それがどうした。
 そんなの初めからそうだった。

 以外なことに、王が憤慨する様子は見受けられない。


「我が国に女児が産まれにくいことは知っているな。それ故、国の出生率が著しく低下し、人口は今も急激に下がり続けている。しかし、女性を攫い人口を増やした所で、女児が中々生まれぬことに変わりない。焼石に水だが女性を連れてこねば、ルーデンスの滅びは間近となる。我が国が滅ぶその時まで、やめる事はない」


 王は疲れ切った声で言い切る。
 その姿は諦めに満ちていて、未来を悲観しているようだった。

 ……なんなの、この人。

 王の性格や態度は想像の真逆だった。
 非道な国の頂点にいるのだから、さぞ偉そうで傲慢な性格をしているだろうと思っていたのに、実際は自信がなさげであまりにも頼りない。

 どちらにせよ……腹が立つ。

 湧き上がる怒りをグッと我慢するが、自然と口調が刺々しいものへと変わっていく。


「……もっと、やり方はなかったんですか?」

「やり方、とは?」

「無理に連れてくるんじゃなくて、良い条件で女を招待するとか、違う方法があったはずです。問題が起きた時、連れ去るなんて非道なことをしたから、周辺諸国から警戒されて、女が来ない足りない産まれないってことになってるんじゃないですか。つまり、自業自得ってことです」

「……其方の言う通りだな。我が祖先は愚かな事をした。だが、もう止まる事は出来ぬのだよ。我々は略奪に慣れすぎた。滅びの日もそう遠くないだろう」


 もう怒りが我慢の限界だった。

 まったく、自分を悲劇の主人公だとでも思っているの?
 自分の国民が聞いてるというのに、暗い声で不安を煽るようなこと言って!
 この仮面が国の頂点だなんて、嘘でしょ!?
 本当は仮面を被った別人なんじゃないの?


「つまり、このまま滅びても仕方ないって考えてるんですね」

「……致し方があるまい」


 ブチっと何かが切れる音がした。


「まったく…………王が未来を諦めてどうするのよっ!それを引き継ぐ王子やこの国の人達の事、ちゃんと考えてるの!?あんたは全部祖先のせいにして、動こうとすらしてないじゃない!そんなあんたが、祖先のことを非難する資格なんてないわよ!ずっと置物みたいに座ってればいいわ!」


 怒声が室内で反響した後、発言する者はなく静寂が襲ってくる。
 そんな時、隣に立つクリスさんが小刻みに震えてるのに気付いて、彼の方へ視線を向けると、彼の口元は口角を上げたままピクピクと痙攣していて、必死に口を結んでいる。

 仕える王を侮辱されたというのに、何が面白かったんだろう……?

 でもクリスさんに目を向けたことで、少し冷静になれた気がした。
 言ったことに後悔はないけど、敬語じゃなかったのは良くなかった。
 今後は敬語を外さないよう気を付けよう。
 まあ、どちらにせよ、不敬罪だと言われるかもしれないが。

 案の定、取り囲む騎士達が怒りの籠もった目を一斉に向けてくる。


「な、なんと無礼なっ!」

「許せぬ!」


 騎士達は口々に私を非難し始め、途端に部屋の中が騒がしいものとなる。
 聞こえてくる言葉は物騒な内容ばかりで、彼らの殺気を痛いほどに浴びせられる。
 どんどん白熱していく彼らに対し、身の危険を感じるが、不思議なことに怖気付いたりしなかった。
 先程の私のように、怒りに我を忘れる彼らを見ていると、途端に冷静になっていくのを感じる。


「…………」


 王は何やら考えた様子で、だんまりを決め込んでいる。
 彼らの主が発言しないことを良いことに、肩を怒らせた一人の騎士が近づいてきた。
 腰の剣に手を置いて、既に臨戦態勢だ。

 まさか、私を殺すつもり……?

 男の一挙一動を警戒する。
 男は私へと真っ直ぐ歩いてきたが、その歩みが少し離れた所で止まった。


「……そこをどけっ!」


 男の怒声が響く。
 私と男の間に立ち塞がったのは、クリスさんだった。
 彼は鋭く冷めた目で男を見つめる。


「どいたら、この子に何するつもり?まさか……斬るつもりだとか言わないよね?」

「そうだとしても、お前には関係ないことだ!!さっさとどけ!!!」

「それが、関係あるんだよねえ。日中の護衛役は僕の役目だからさ。これ以上近づいたら、殺すよ……?」


 クリスさんは強烈な殺気を男へ向ける。
 男は怖気付いたかのように、一歩後退し、怯えた表情でクリスさんを見た。
 剣呑な雰囲気に固唾を呑み込んで、二人の動向を伺う。


「……第四騎士団如きが、エリートである第一騎士団の俺に刃向かって、タダで済むと思うなよっ!」


 男がそう叫んだ時ーー。


「…………静かにせぬか!」


 鶴の一声が場の空気を変えた。
 辺りが水を打ったかのように静かになる。


「マリー以外の者の発言は弁えよ!それに、そこの騎士、勝手な行動は慎め!……私刑など許さん」


 さっき迄の頼りなさが嘘のように、今の王には威厳が満ちていた。
 王は私に近付いて来た男を強い口調で叱責する。


「も、申し訳ありませんっ!」


 男は王に向かって頭を大きく下げ、隅の方へ走っていく。
 王は男の態度を一瞥し、ため息を吐いた。
 そして、ゆっくりと私へ視線を戻す。


「……マリー、私は昔、其方と同じようなことを言われた事がある。まだ、ルーデンスは変えられると思うか?」

「……本気で変えるつもりがあるなら、行動することです。ルーデンス王しか変えられない事は、沢山あると思います。悪いと思ってる事を一つ一つ変えていけば、きっとルーデンス王国は生まれ変わります」

「そう、だな……」


 ポツリと呟かれた声は、震えていた。
 その一言に、どんな感情が乗せられているのか、感情のない仮面からは何も伺えない。
 そして、王は仮面の下から真剣な目を覗かせた。


「私はルーデンスを変えようと思う。それを其方にも手伝って貰いたい」



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