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しおりを挟む王の『手伝って貰いたい』という言葉は、私だけでなく周囲も驚かせた。
突飛な願いに驚きだけでなく、困惑してしまう。
「手伝い、ですか……?」
私の戸惑いの声に王が大きく首を縦に振る。
「其方に求めるのは、他国女性の目線で、ルーデンスの問題点を上げて欲しいのだ。我々では気付きにくい問題があるだろう。それを良い方向へ正していきたい。其方ならば、忌憚ない意見が聞けるものと判断した。是非お願いしたい」
「……えっと、ちょっと待って下さい!」
頭が混乱して、考えがまとまらない。
騒ぐ心を落ち着かせるように、小さく深呼吸して考えを巡らせた。
つまりは、大きく国を変えたいということ?
「王はルーデンス王国をどんな国にしたいんですか?」
「其方も言っていたことだが、私は祖先の過ちを正し、女性を奪うのではなく、自ら来てもらえるような国にしたい。その為にはルーデンスに染まっておらず、協力的な他国女性の力が必要なのだ」
力強い覇気のある言葉は王の本気を伺わせた。
最初の頼りない仮面男の印象は吹き飛び、今の王は強気な仮面男だ。
それに、この言葉は私にとっても都合が良い。
例え故郷に帰る事が出来ても、再び誘拐される危険性がないとは言い切れない。
ルーデンスが誘拐を止めれば、周辺諸国の誘拐数は激減するだろう。
私の村は海を挟んでいるから、誘拐数は多くないが、ルーデンスと陸続きの国の被害は相当多いと思う。
「諦めていた私を其方がやる気にさせたのだ。責任は取ってもらうぞ」
ええ……何その急な俺様。
正直、協力はしても良いと思っている。
ルーデンスが良くなれば、私達女にとって利がある。
だけど、もう一声欲しい。
少し緊張しながら、私は口を開いた。
「確認なんですけど、定住を望む女が増えて、男女比の差が縮まってきたら、攫われた私達は故郷に帰っていいですよね?」
帰れる確約を取れれば、喜んで協力する。
これは皆んなの為になること。
固唾を呑み、考え込む王の沙汰を待つ。
考えが決まったと思われる王は佇まいを直し、私に向き合う。
「……そうだな。今すぐに帰すことは出来ないが、そのような状況になったのなら、帰郷を望む者を希望する地へと送り届けることを誓おう」
「私、やります!協力しまくります!」
「そ、そうか」
思った以上に張り切った大声か出てしまい、その勢いに王が引いていた。
でも、そんな事はどうだっていい。
私達、帰れるんだ!
やっと希望の光が見えた気がする。
厳重な監視の中、確率が低いのに逃げなくてもいい。
私だけ逃げるという罪悪感に苛まれることもない。
そして、ナタリアとの約束を守ることが出来る。
私の表情が緩んだ最中だった。
「お待ち下さい、陛下!」
固い声が喜びに水を差す。
「この娘は逃亡者の身、協力するなどと言っておいて、また一人逃げ出すに決まっております!そのような性根の者に大役を任せるなど危険極まりございません!」
長身で眉間に深く縦皺を刻んだ騎士が金髪を揺らし、叫ぶように意を唱えた。
「その通りです!お考え直し下さい!」
縦皺騎士の声を皮切りに騎士達が口々に反対の意を唱え出す。
まあ、普通は信じないわよね……。
こう言っちゃなんだが、逃亡者に協力を仰ぐ王がおかしいのは明白だ。
なんとかして、私の本気を伝え納得して貰わないと、この先動くに当たって面倒なことになりそうだ。
「其方達の言わんとすることも分かるが、マリーの協力がルーデンスには必要なのだ。もし彼女が再び逃げ出したのなら、私の目が曇っていただけのこと」
「私、もう逃げません!」
「ふんっ、口だけは上手いじゃないか」
縦皺騎士が馬鹿にするように鼻で嘲笑う。
態度や表情、口調の全てが嫌味ったらしくて、全身で私を馬鹿にしている。
「じゃあ、もし逃げたら、一生ルーデンスで奴隷生活してやりますよ!」
「言質をとったぞ。これだけ多くの者の前で言い放ったのだ!反故にする事など出来んっ!逃げれば、お前はすぐに奴隷だ」
「……望む所です」
もう逃げる事はないのだから、言質を取られても意味を成さない。
むしろ、相手が保険をかける事で、少しでも信用してくれるのなら儲けものだ。
変わらずギラギラと目を光らせる騎士から、私はそっと目線を外す。
なんか、苦手というか……あまり関わりたくない性格の人かも。
「ではマリー、これからよろしく頼む。ただ、これだけは知っておいて欲しい。私達のしようとしていることは、一部の者から反感を買い、危険も伴う。故に身辺の警護は引き続き第四騎士団に任せる。必ず守れ」
「確と承りました」
ロバートさんが流れるような所作で膝を折る。
私を殺そうとした騎士は問題外だか、知らない人や縦皺騎士などではなく、ロバートさん達が引き続き警護してくれることに、非常に安堵した。
他の騎士達を見て思ったことだが、第四騎士団が一番信用できる。
ここにいる殆どの騎士は何処となく高慢で、私を見下しているのが透けて見えた。
そんな者達に護ってもらうことになったらと思うと、ゾッとする。
「少し二人で話し合いたい。マリー以外の者は部屋から出て行ってくれ」
王の言葉に不満そうにしながら、縦皺騎士は扉の方へ歩いていき、そのすれ違い様にキツく睨まれた。
他の騎士達もぞろぞろと部屋を出ていき、私を一様に睨んでいく。
……なにあれ!?私に親でも殺された?
私に対する怨恨の念を感じ、理不尽に感じてしまう。
国に協力するというのに全くもって意味がわからない。
最早、理解できそうにないので、ロバートさん達の騎士以外とは、金輪際関わりたくない。
ロバートさん達だけは、私に好意的な目線を投げかけ去っていった。
ありがとう~~っ!気持ちが洗われたわ!
好意と悪意の差が激し過ぎて、笑えてくる。
人が居なくなると、ただでさえ広い部屋が更に広く感じる。
「まずは何をすべきと思う?」
「そうですね……女を攫うのを禁止しましょう」
「周辺諸国の信頼回復か……。すぐに周知させるが、数年の内に女性問題を解決せねば、不味い状況になる」
王の不安もよく分かった。
子供が産まれなければ、二、三十年後ルーデンス王国の国力は著しく下がる。
そうなれば、今までやりたい放題だったルーデンスは、一変して他国からの侵略を受け始めるだろう。
だけど、女に来て貰う国を目指すなら、ここは譲れない。
非道行為をする国に行きたい、ましては定住したいと思う人はいないだろうから。
「腹を決めて、短期決戦でいきましょう?何十年もかけてられませんから。一度ついた悪い印象は、中々払拭出来ないかもしれませんが、ルーデンス王国が変われば、少しずつ周りも分かってくれると思います」
「そうだな……」
「後は女が魅力的に映る名産とか、観光名所とかがあれば良いんですけど……」
「昔、其方と同じような事をしようとした女性がいた。その部屋が今も残っておる。古い情報だが、役に立つものもあろう。ついて来てくれ」
「分かりました。そういう人もいたんですね」
王が豪奢な椅子から立ち上がり、歩き出すので、その後をついていく。
廊下に出ると複数の騎士が待ち構えていて、その騎士の群れに縦皺騎士を見つけた。
苦手意識から分かりやすく顔を顰めてしまう。
騎士達の中には、ロバートさん達もいた。
王は騎士達に解散の旨を伝え、二人廊下を歩く。
「……その人は今、どうしてるんですか?」
「行方不明だ。生死すら分からぬ」
「それって、逃亡したってことですか?」
「いいや、誘拐されたのだ。彼女のしていることをよく思わない貴族が主犯だった。彼女は逞しく誘拐犯から逃げおおせたのだが、それからは行方が分からなくなっている」
……誘拐?この城から?
この城には穴が全くないことを、逃亡した私はよく知っている。
相当な計画を練らないと到底無理だ。
国が栄えるかもしれないというのに、その貴族とやらは何を考えていたんだろう。
意味の分からない気持ち悪さに身体が震える。
「彼女は曲がったことが大嫌いで、一度決めた事を放り出す人ではなかった。なのに、戻ってこないということは……生きてはいまい。其方も周りには十分注意して欲しい」
「……分かりました」
昨日は人の身、今日は我が身ということか。
自分がいつそうなってもおかしくないのだ。
だからこそ、王はロバートさんに必ず護れと言ってくれたのだろう。
「ここが彼女の仕事部屋だった。中の物は全て当時のままとなっておる。彼女が居なくなって早十四年、随分と待った。彼女も同じ志を持つ者に使われるのなら、文句など言わぬだろう。自由に使ってくれ」
「ありがとうございます……」
部屋の中は本や何かを書き留めた資料で一杯だった。
必死に頑張っていた様子が目に浮かぶ。
一見雑多な印象だが、掃除は行き届いていて、埃一つ見当たらない。
王がその女性の事を大切に思っていたのが、痛い程によくわかる。
その女性を失って、無気力になってしまったのだろうか。
……余計な邪推はやめよう。
すべきことは過去を探ることではない。
「寝起きする部屋は、流石に今まで通りにはいかぬ。城の客室を考えておったのだが、そこは其方の警備をするに当たり不安があってな。一番の安全を考慮すると、第四騎士団の寄宿舎に身を寄せてもらうのが良いと思う。寄宿舎は城から独立していて、不用意に不審な輩も立ち入り難い。彼らは、騎士の中でも腕が立つ者ばかりで、変わったものもおるが、ロバートが上に立つ以上、おかしな事にもなるまい」
「……そうですね。ロバートさんが信用できる人なのは知ってますから、寄宿舎で寝泊まりする事にします」
先程の誘拐の話を聞いて、不審者が動き回りやすく、無用心になる夜は、信用出来る人達の近くにいた方が安心だ。
それに、寄宿舎で寝泊まりすれば、夜間の警備も必要なくなる訳だし、彼らの負担も減るだろう。
「私からロバートには伝えておこう。何かあれば、私に遠慮なく言うといい。出来る事なら対応しよう。一人でなければ、城内も好きに歩いて構わない」
「分かりました。これから協力者として、よろしくお願いしますね」
「此方こそ宜しく頼む。マリーには感謝している。……長く忘れていたことを思い出させてくれたからな」
仮面の下から、透き通った海のように淡い青と目が合った。
綺麗な瞳をしているのに、顔を隠すなんて勿体なく思ってしまう。
それに……優しい目だ。
見ていると何故か不思議と落ち着く。
「それと、これは個人的なことなのだが、お願いしたい事があるのだ」
王はわざわざ佇まいを整えて、緊張した様子で私へ向き合う。
緊張が私に伝染して、一体どんなお願いされるのか身構えていると、王はゆっくり口を開いた。
「…………私の息子の、友人になってはくれまいか?」
「……へ?」
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