ルーデンス改革

あかさたな

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 暗い気分のまま仕事部屋へ戻ると、仮面の男が背筋を伸ばして姿勢良く椅子に腰掛けていた。
 悲惨な虐待を見てしまったが故に、目の前の不審な男を悪質な毒親としてしか見れない。
 険しい表情で見てしまうのも当然のことだった。
 私たちの存在に王が気付くと、彼はすぐさま席を立ち、軽やかに近づいてきた。


「アルバートはどうであった。元気そうか?」


 王の声は明るく弾み、随分と機嫌が良さそうに見える。
 不自然な程、場違いな明るさに、コーディさんと顔を見合わせた。

 ……もしかして、自分の息子がどんな環境に置かれているのか知らないのだろうか?


「元気には……見えませんでした」

「何!?病気であったのか!?すぐに医師を手配せねば!」


 王が早とちりをして、慌てふためき部屋から出て行こうとするので、私はすれ違う王の腕を咄嗟に掴む。


「待ってください。病気であるかどうかは分かりません。診察はすべきと思いますけど……」

「どういうことだ……?」

「後で説明します。それよりも、王が最後に第二王子と会ったのはいつです?」


 私の質問に王が視線を彷徨わせた。
 パクパクと口を開閉している様子は、まるで話すのを躊躇っているようだった。


「……王?」


 王はソワソワと落ち着かない様子で何度も手を組み替え、挙動不審な行動を繰り返した。
 只でさえ格好が不審なのに、行動まで不審となれば、完全なる不審者である。
 街中でこのような人物を見かけたら、身の危険を感じて、誰もが逃げ出すに違いない。
 無言でジッと王の不審な仕草を眺めていると、漸く話す覚悟が決まったのか、王が吃りながらも発言した。


「……ア、アルバートとは、産まれた時以来会っておらん。だ、だが、これには深い訳があるのだ!決して、王子に愛情がない訳ではない!」


 必死な表情や口調から、本心で言っているのが伝わって来る。
 私に友人になって欲しいと頼んだり、元気じゃなかったと言えばすぐさま医者を派遣しようとする。
 確かに王からは王子への愛情を感じ取れた。
 だからこそ、今の異常さが理解出来なかった。


「まずは、その事情を聞きたいです」


 王は悲しげに目を伏せて、ゆっくりと話し出した。


「……アルバートは忌子として、この世に生を受けた。白髪に赤みを帯びた瞳、それは王家で時々産まれてくる忌子の特徴である。忌子が産まれる度に我が先祖は忌子を亡き者にしていた。忌子は近づく者に死を運ぶと伝えられておる。……無論、そんなのは迷信だ。現にアルバートの世話係が死んだという報告は今までない」


 持って生まれた色で差別され、殺させるなんて酷すぎる話だ。
 死を運ぶなんて、非現実的な事がある訳がない。
 忌子と呼ばれた王子よりも、それを信じて非情になれる人が恐ろしく感じた。


「アルバートが産まれた時、室は騒然としており、逃げ出す者すらいた。騒ぎに駆けつけると、アルバートは誰の胸にも抱かれる事なく、床の上で一人泣いておった。私が手を近づけると、アルバートは小さな手で懸命に私の指を握ってきたのだ。その時、私は忌子の外見で産まれてきてしまった小さな息子を生かしたいと強く思うた。だが、それは許されない事だと、私以外の者……当時の王妃までが反対したのだ。様々な話し合いを重ね、私がアルバートに近づかないこと、アルバートを隔離した場所から出さないことを条件にあの子の命は守られた。以降、私はアルバートに会えていないのだ。世話係に話を聞いても、いつも通り元気でやっていますというばかり。友人になって欲しいという言葉は本心だが、それよりも第三者であるマリーに息子の現状を聞きたかったのだ」


 話をじっと聞いていると、言いようのない悲しみが襲ってきて、涙を呑んだ。


「王子は……とても酷い環境にいました。清潔感の欠片もない部屋、足首についた足枷、痩せ細って衰えた身体、裸同然の格好。虐待にしか見えません」

「な、なんだと!?」


 王が再び部屋から出ようとするが、もう引き留めはしなかった。
 気持ちは私も同じだ。

 彼をあの地獄から救いたい!

 何も話さないまま、足だけを動かして一心不乱に前へ進む。
 漸く林に入ろうとした時、「お待ち下され!」と迫力のある老人の声が私達を引き留める。
 先頭を歩く王がピタリと足を止めたので、私も立ち止まり後ろを振り返った。
 背後には見知らぬ老人が憤怒の表情でこちらを睨み、複数の男達を従えているように見えた。


「陛下……どちらに行かれるのです?」

「息子に会いにいくのだ」

「なりませぬっ!!もしやと思い馳せ参じましたが、そこの薄汚い小娘に惑わされ、忌々しい忌子に会いに行くなどあってはならぬことでございます!よもや約束をお忘れですか?貴方様がお会いになろうとするならば、禍が降りかからぬ前に、儂共は忌子を始末せねばなりません」

「…………なんだと?」


 普段の温和な性格からは、全く想像がつかない凍るような冷たい声が王から発せられた。
 こ、恐い……!
 老人の言い分は非常に腹ただしいが、それ以上に王から感じられる怒気が恐ろしく思えた。
 さらに、仮面との相乗効果も相まって、恐ろしさが倍になっている。
 この老人、殺されるんじゃ……。
 現に、殺気を向けられた老人が一瞬、竦んだように見えた。


「へ、陛下は御乱心されておる!すぐさま部屋に連れ戻し、療養させねばならぬ!」


 老人の声に男達が私達を取り囲むようにして立った。


「その小娘は陛下を惑わす魔女じゃ。忌子同様、不吉な存在である。始末しろ!」


 まるで汚物を見るような目で私を一瞥した老人は、とんでもないことを命令し出した。
 その言葉に男達は一斉に剣を取り出す。

 私、こんな所で殺されるの……?

 光に照らされた刀身は、今にも私を切ろうと身近に迫っていた。

 嫌だ!殺されなくないっ!

 恐ろしさのあまり、硬く目を閉じて恐怖に怯えた。
 その時、風が前髪を巻き上げ、キィンと金属同士が強くぶつかり合う甲高い音が近くで鳴り響く。

 切られて、ないよね……?

 恐る恐る目を開けると、男達から私を守るようにコーディさんが立ちはだかっていた。


「マリーさんは魔女なんかじゃありません!」


 コーディさんが大声で叫ぶ。
 その背中は、同い年の男の子なのに、とても大きく見えた。


「なんてことじゃ!よもや陛下のみならず、年若の騎士までもたぶらかすとは、とんでもない悪女よ!」

「あ、あんたこそ、会うなり私を魔女呼ばわりして殺そうとしてくるなんて、頭がおかしいんじゃないの!?」


 コーディさんが守ってくれなかったら、私は既に殺されていた。
 意味のわからない妄言ばかり吐いて、人を貶めてくる狂人の言葉が無性に腹が立つ。
 今までずっと言われ放題だったから、私を何も言えない小娘だと思って下に見ていたのかもしれない。
 現に反論すると、老人は何を言われたのか分からないといった顔をして、自分が侮辱された事を理解すると、視線で人を殺せるくらいの殺気を向けてきた。
 怒りで顔を真っ赤にして、怒り狂う老人は只々滑稽に見えた。


「なんたる無礼な小娘よ!儂はもう穢らわしい魔女の声は聞きとうない。早急に始末せいっ!!」


 腹ただしい老人の命令に、10人以上の武器を持った男達が殺意をみなぎらせて向かってきた。


「止めぬか!!」


 鶴の一声ならぬ王の一声で、男達が剣を振りかざしたまま動きを止めた。
 いくら老人の命令に忠実と言えども、さすがに王の言葉は無視できないようだ。
 困惑した顔で男達は老人の顔色を伺っている。


「……今すぐ兵を引き、ここから去れ。これ以上続けるならば、反逆とみなす」

「一体何を仰っているのでしょうか?儂どもは陛下を一心に思い、行動しているのですっ!儂たちは紛れもない忠臣。それを……それを、反逆などと……!そんな事は許されぬことでございます」

「引けと言っておる」


 王の強固な姿勢に、悔しそうな唸り声を上げ、老人が膝をつく。
 少し離れた私の目からも分かるくらい、うつむく老人の身体が大きく震えていた。
 その姿を見て、老人が諦めたのだと密かに安堵し、胸を撫で下ろした時だった。
 顔を上げた老人の目が怪しくギラつき、私を憎悪の目でとらえていた。


「……陛下は、騙されておられるのです。そこの魔女にっ!!早く!早く始末せねば!……ええい、何をしておるっ!!貴様らはただのでくの坊か!?さっさと、一刻も早く、その穢らわしく不吉な小娘を陛下と儂の前から消すのじゃ!!」


 老人の命令に、男達の表情は戸惑ったものから好戦的なものへと変わる。
 老人と男達の関係は傍目から見ていると、其れこそ洗脳されているか、弱みを握られ従っているようにしか見えない。
 今後、反逆者として扱われるかもしれないのにも関わらず、男達は私に剣を向け、襲いかかってきた。


「しゃがんで、そのまま動かないで下さい!」


 敵の猛攻を防ぎながらコーディさんが叫ぶ。
 私は言う通りにしゃがんで、地面に手をついた。
 頭上を何度も通る凶器に、冷たい汗が首元を伝っていく。
 振り下ろされる刃を何度もコーディさんが、弾き返してくれて、今のところは無傷でいられている。
 だけど、それも時間の問題のように見えた。
 コーディさんはまだ息一つ乱していないが、このままでは数の暴力で更に不利な状況になっていくことが予想できる。
 相手に隙ができたとき、コーディさんは体術で男達に攻撃するが、男たちは倒れても何度も立ち上がり、結果的に敵の戦力は落ちていない。
 こんな時、足手纏いにならないくらいに戦えればよかったのに……。
 守られてばかりの自分が情けなく感じた。


「……呆れてものが言えぬとは、まさにこの事だ」


 一瞬、戦闘で役立たずの私を指しているのかと思ったが、王の目線は群がる男達の方にあった。
 そして、危険も省みず、剣が行き交う此方へわざわざ近づいて来る。
 私を狙う男達も流石に王を斬ってはマズイと思っているのか、王を斬らないように攻撃してくるので、おのずと剣筋は鈍くなっていく。
 私と王の足が目と鼻の先になった時、王が私の身体を包み込むように被さってきた。


「切るならば私ごと切れば良い」


 王が被さってくれたことで、男達は動揺し、攻撃を止めた。
 老人の命令にいくら忠実であろうとも、流石に自国の王を傷つける度胸はないらしい。
 だが、その硬直状態も一人の人物によって解かれた。


「引き剥がせーー!!陛下は魔女に洗脳されておる!すぐさま陛下と魔女を引き剥がし、魔女を殺すのじゃ!!」


 相変わらず、無茶苦茶な事を言いつのり、私を殺そうと躍起になっている。
 老人の命令を聞いた男達は剣を鞘に収め、私と王を引き剥がしにかかる。
 王は痛いほどに私を抱きしめた。
 コーディさんは、絶えず男達と戦っているようで、剣と剣がぶつかり合う音や倒れる音が聞こえている。

 ただでさえ、形成は圧倒的に不利だった。
 それなのに、引き剥がそうとする男達の背後からぞろぞろと別の男達が武器を構えて現れて出した。

 う、嘘でしょ?

 あまりの絶望に眩暈がした時だった。
 私達を引き剥がそうとする男の一人が倒れ、地に伏した。


「……え?」


 それからの出来事は急展開過ぎて、頭が追いつくのに時間がかかった。
 老人達は必死に抵抗するものの、現れた男達によって次々と拘束されていく。


「こんな事は許されませんぞ!」


 拘束されているのも関わらず、唾を飛ばしながら老人が大声で叫く。
 老人の声に、王は不快そうに目を細めた。


「……確かにな。私の息子は忌子などではないし、マリーは魔女ではない。妄言ばかり唱える其方にはほとほと愛想が尽きた。いくら大臣の一人とて、兵士を私物化し、人を殺害しようとするなど許される事ではない。沙汰は追って出す。……覚悟しておけ」


 王の言葉に、老人が余計に騒がしくなるが、王はもう老人の方を一度たりとも見なかった。
 そのまま、王は林の方へ足を進める。


「我が国の者がすまなかった……」

「王のせいじゃありません。あの老人がおかしいんです!王やコーディさんが守ってくれたおかげで私は切り傷一つありませんし、王の護衛が老人達を残らず捕まえてくれました。王やコーディさん、そして護衛の人達には感謝してます」


 私の言葉に王は嬉しそうに目尻を下げた。


「昨年入団したコーディ・ベイツだったな。よくぞマリーを守り切った。噂に違わぬ素晴らしい剣の腕であった。これからの活躍も期待しておる」

「あ、ありがとうございます……」


 コーディさんは何故か目を彷徨わせ、暗い表情で頭を下げた。
 それからのコーディさんは思い詰めた表情のまま、何も話さなかった。
 明らかに先程の事件が原因だが、落ち込む理由が分からず、私はコーディさんに声をかけられずにいた。
 家屋に着いてからの王は一つ一つに怒り、拳を震わせていた。


「なんだ……これは!!」


 また、王の叫びが家屋に響き渡った。



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