お義兄さまの頭の中には悪魔と淫魔が住んでいる

柴田

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5.皇太子からの求婚 ※

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 太陽の光が煌々と差し込む寝室に、調子はずれの鼻歌が穏やかに響いている。頬をするりと撫でられるくすぐったさに肩を竦め、レニャはゆっくりと瞼を開いた。

「おはよう、お寝坊さん」
「……お兄様!?」

 布団を跳ね飛ばす勢いで起き上がったレニャを、ベッドの端に腰かけたマクシミリアンがくすくすと笑う。きっと寝ぐせで髪がひどいことになっているのだろう。長い指が髪の間を通り、ぴょんぴょんとあちこちに遊びにいっている毛束を整えてくれた。ついでに額に「おはよう」のキスをされる。
 相変わらずレディの寝室に躊躇いなく侵入してくることに、もはや抗議する気も起きない。

「……今、何時ですか」
「お兄様が朝食を食べ終わった頃、だな」
「もう。起こすならもっと早く起こしてくださいよ」
「朝が弱いのは変わらないな。朝食の前にも一度寄ったんだ。でもあんまりにもかわいい寝顔ですやすや眠っていたから起こせなかった。ほっぺに三回キスだけしておいたよ」

 全然気がつかなかった。
 レニャは頬を指先で撫でた。
 そこへ、ノックの音が響く。マクシミリアンが入室を許可すると、レニャの侍女がトレーに乗せた手紙を持って入ってきた。
 手紙を渡すと侍女はマクシミリアンに促されすぐに退室する。

「また招待状かな?」

 手紙を裏返すと、皇室の印章が押されていた。昨日会ったばかりなのに、また皇后からだろうか。
 マクシミリアンも気になるのか、横から覗き込んでくる。
 辟易しながら開封すると、送り主は皇后ではなく皇太子であった。招待状ではなく、『求婚状』と書かれている。レニャは我が目を疑った。

「ど、どうして突然……?」

 昨日会ったとき、好意をにおわせられたのは覚えている。しかし求婚の話はなかった。それなのに求婚状を送りつけてくるとは、一体どういうつもりなのだろう。
 皇家からの求婚を断ることなど原則不可能なのに、これではレニャの気持ちもシュタルフリヒト公爵家の意向も無視しており一方的すぎる。エリアスがこんな強行手段に出てくるなど、予想もしていなかった。
 エリアスと結婚をしたら、それはもうゲームとしてはハッピーエンドだ。反逆も起きず、帝国民に愛され、華やかな人生を約束されているようなもの。
 けれど――エリアスとは結婚したくない。

「どうしよう。どうしたらいい? お兄様……」

 助けを求める気持ちで振り向くと、マクシミリアンもレニャを見ていた。鋭いまなざしにハッと息を呑む。アイスブルーの瞳に射すくめられたまま、手の中の求婚状がマクシミリアンによって握りつぶされた。
 マクシミリアンの背後で、いつにもまして大きい淫魔の吹き出しが赤く点滅している。警告のようなこれは、何を意味しているのだろうか。
『自分のものにしてしまえ』と淫魔がしきりに囁いていた。
 ぐしゃぐしゃになった求婚状を放り投げたマクシミリアンが、ぐっと迫ってくる。まとう雰囲気が殺伐としていて、レニャの知っている彼とは別人のようだった。
 マクシミリアンはまるで怒っているように見える。

「皇太子からの求婚を受けるつもりか?」

 問われるのと同時に、選択肢のバーが目の前に浮かぶ。
『皇太子妃になりたい』
『求婚を断ることはできない』
 どちらの選択肢も、結局はエリアスの求婚を受けることになってしまう。皇家からの求婚を断ることなどできないのだからそれも仕方ないのかもしれないが、レニャの気持ちは「エリアスとは結婚したくない」の一択だった。
 選択肢を先に選ばなければ、その気持ちもマクシミリアンに伝えられない。どちらを選んでも火に油を注ぐかたちになってしまいそうだ。なぜなら、悪魔は『躾が必要だ』と、淫魔は『わからせてやれ』と囁いているのだから。

「求婚を断ることはできないわ。……でも、」

 選択肢の言葉に続いて自分の気持ちを伝えようとした途端、片手で頬を掴まれた。手のひらに遮られ、話すことができない。
 目から光が消えたマクシミリアンによって、ベッドに押し倒された。片手で両手首をひとまとめに拘束され、頭上で縫いとめられる。痛くはないけれど、振り解けない強さだ。にらむように見下ろしてくるマクシミリアンのまなざしが恐ろしかった。

「皇家に嫁入りする女は処女性が重要視されている。――お兄様が何を言いたいかわかるか、レニャ? お前が処女でなくなれば、皇太子妃にはなれないということだ」

 レニャは目を瞠る。マクシミリアンの言葉は、今からレニャの処女を奪ってやるという宣言に聞こえた。
 どうしてマクシミリアンはこんなに怒っているのだろう。レニャが他家に嫁いだほうが、シュタルフリヒト公爵家の後継者の座は確実になるのに。黄金のシュタルフリヒトの財を好きなだけ使えて、反逆も容易くなるだろう。
 レニャにはマクシミリアンの気持ちがよくわからなかった。
 だって、考えれば考えるほど、まるでマクシミリアンがレニャに想いを寄せているのではないかと勘違いしてしまいそうになる。そんなはずないのに。義理とはいえ兄妹だ。あの悪役のマクシミリアンがレニャのことを好きだなんて信じがたいのに――本当にそうだったらどれだけうれしいだろう、と思ってしまった。

 頬を掴む手が離されたかと思うと、唇を重ねられる。これくらいの接触ならいつものことと言えるけれど、唇を割ってぬるりと舌が入り込んできた。こんなキスは初めてだ。舌を絡めとられ、唾液ごとかき混ぜる淫らなキス。呼吸を奪うような激しさなのに、口内をなぶる舌の動きはねっとりと丁寧だ。上顎を舐められ、舌先を吸われ、頭がとろんと蕩けていく。
 熱い舌とは裏腹に、キスの合間もマクシミリアンのアイスブルーの瞳は氷のように冷たい。
 一度顔が離れて、息を吸う隙を与えてくれる。ふうふうと呼吸を繰り返していると、またすぐに口を塞がれた。

「ん、んう……っ」
「鼻で息をするんだ。そう、いいこ」

 唇を触れ合わせながら囁かれ、必死に言うとおりにする。舌を噛んでしまえばこんなことやめてくれるだろうけれど、嫌ではないから困った。
 薄いナイトドレスを着ただけの身体を、マクシミリアンが片手でするすると撫でていく。大きな手で触れられると心地がよくて、身体から力が抜けていってしまう。
 脇腹や腰、おなかを撫でていた手が胸をすくった。マクシミリアンの大きな手には少々物足りない大きさのそれを、むにむにと弄ばれる。なんだか変な感じだ。胸の先端の近くを指が掠めるたびに、身体がビクンと跳ねてしまう。
 今度は、わざと先端を避けて乳輪をなぞられる。じれったくてむずがるような声を上げるが、すべてマクシミリアンの口内に吸い込まれていった。

「触ってほしいか?」

 首を横に振ったのに、マクシミリアンの指は乳首をピンと弾いた。

「あ……ッ」
「うそはだめじゃないか。こんなにお兄様に触ってほしそうに膨らんでいるのに、触ってあげないほうがかわいそうだろう?」

 指先で弾いたり、爪でカリカリと優しくくすぐられる。布越しの些細な刺激でも震えるほど気持ちいい。嫌悪感なんて一切なかった。もっと触ってほしい、と自分から胸を突き出してしまう。

「もう拒絶しなくていいのか?」
「んっ、んう……ふ、う」
「お兄様が慈悲を施してくれるかもしれないという期待はしないことだ。私は本気だよ」

 指の腹ですりすりと乳首を擦られるうちに、不思議とおなかの底が熱くなるのを感じた。快感がそこに積み重なっていくようだ。同時に腿の付け根のあたりがひどく疼く。膝をすり合わせると、濡れた下着が秘所に貼りついた。
 前世を含め、こういうことは初めてだ。次にマクシミリアンがとる行動がわからなくて怖くもあるのに、期待をしてしまっている自分もいる。
 胸ばかりを触られてもどかしい。

 マクシミリアンがナイトドレスをまくり上げていく。腿まで露わにされて思わず脚を閉じると、やんわりと開かされてあられもない恰好にされた。
 マクシミリアンに下着姿を見られている。視線を意識すると、さらにそこが潤んでいく気がした。
 いつの間にか両手が解放されている。マクシミリアンを押しのけてしまえばいいのに、レニャは手を口元に当てた。内腿を撫でる不埒な手を見下ろし、ふうふうと息を荒げる。
 まるでこの先を期待しているかのような仕草に、マクシミリアンは小さく舌打ちした。
 濡れて色が濃くなっている下着の中心に指をあてがう。上下にすりすりと撫でるだけで、くちゅんとなまめかしい音がした。布越しでもわかるほどツンと尖ったそこをわざと避けて、周囲をくるくるとなぞっていく。
 じわりと愛液が滲むのを見て、マクシミリアンは目を細めた。

「随分気持ちよくなるのが上手だな。私の指がそんなに好きか? それとも、お兄様の知らない間にこういうことを誰かとしたことがあるのか?」
「な、ないです……っ」
「お兄様に誓って一度もない?」
「……はっ、はじめてなのに、こんなに気持ちよくなっちゃうのは変なんですか……?」

 不安げに見上げられ、マクシミリアンは低く呻いた。

「変じゃないよ。ごめんな、今のはお兄様が悪かった」

 お詫びとばかりに、先ほどまで焦らしていたそこを優しくさすられる。敏感なそこは、布越しに擦られるだけでも腰にビリビリと電気が走った。下から上へ親指ですりすり、すりすり、と執拗に刺激される。自分の手で口を塞いでいないと、あられもない声が出てしまいそうだった。
 レニャがびくびくと震える様子を眺めていたマクシミリアンは、おもむろに秘所へ顔を近づけていった。ツンと主張する陰核に、ぢゅ、と吸いつく。驚いたレニャに腿で顔を挟み込まれると、両手で脚を左右に開かせて閉じられなくしてしまう。

「や、だっ」
「お兄様に全部見せて」

 下着を横に引っ張って露わになった秘所は、ぬらぬらと濡れていやらしかった。マクシミリアンは舌なめずりをすると、再び秘所に顔を埋める。小さいながらも硬く尖って主張している陰核に口づけた。舌を差し出し、根本の柔らかい部分をひたりとあてがう。顔ごと左右に揺さぶってにゅりにゅりと陰核を撫でてやると、レニャが腰を浮き上がらせた。
 こぷりと愛液がさらにこぼれてくる。そちらも啜ってやりたいところだが、レニャの様子を見る限り絶頂が近そうだった。このまま果てさせて、乱れるところを見たい。

「ひう、うう……っ、まって、まって、変ですっ、おなか、ぎゅううってするの……ッ」

 逃げる腰を押さえつけ、さらに舌で圧迫して撫でさする。もう声を堪える余裕もないのか、レニャの手は必死にマクシミリアンの髪を掴んでいた。

「あっ、あっ、あっ、なんかきちゃう、お兄様、おにいさま……っあぁ!」

 レニャの腰がびくん、びくん、と跳ねる。収縮する膣から溢れた蜜がシーツに滴っていた。

「上手にイけたな」
「ひ、んん……っ、ど、して、こんなこと」
「初めては痛いそうだ。私のことをちゃんと受け入れられるように、お兄様がうんと時間をかけて丁寧に溶かしてやる」

 聞きたいのは〝なんのためにこんなことをするのか〟ではなく〝どういう気持ちでこんなことをするのか〟である。マクシミリアンの気持ちがわからないまま最後までしたくないのに、うまく身体に力が入らない。
 息を整える時間も与えてもらえず、中に指が一本挿入される。

「レニャの中、すごくとろとろだ。指が溶けてしまいそうなくらい熱い」

 そんなところに異物を入れたことがなく、変な感覚だった。よく濡れているせいか痛みはないものの、気持ち悪いようななんとも言えない気分になる。異物を排除するように中が蠢いて、マクシミリアンの指を締めつけた。そうすると、じわじわと快感が広がってくる。
 半ばまで埋め込まれた中指が、クイッと中で曲げられた。先ほど舌で散々いじめられた場所のちょうど裏にあたる位置を押されている。膣壁を指の腹で撫でられているとまた少しずつ気持ちよくなっていった。
 レニャの反応を確かめながら、指がトントンと天井を圧迫する。同じ場所を同じ力加減で刺激され続けるうちに、そこに快感が集中していくようだった。

 最初は曖昧な感覚だったのに、今は明確に気持ちがいい。
 けれど先ほどと比べれば鋭い快感ではないため、すぐに絶頂に昇らされることはなかった。じりじりと火で炙られているようなとろとろとした快楽は、いっそ自分で果ててしまいたい気持ちにさせる。けれどそんなことはできなくて、レニャは顔を腕で隠してただ細い息を吐いた。
 もっと気持ちよくなりたい。
 浅ましい欲望に気づいてしまった。けれど考える余裕を取り戻した頭で、マクシミリアンを止めるべきだ、と思い直す。

「お、お兄様……待って、もうやめて、話を……っ」

 腕の隙間から涙で濡れた瞳で見下ろすと、マクシミリアンが感情の読めないまなざしを向けてくる。懇願すればやめてくれるかもしれない、という希望はどうやら打ち砕かれたようだ。それどころか、マクシミリアンはさらにレニャを追い詰めようとしてくる。
 中指をぬかるみに沈めたまま、親指で陰核をこねられた。愛液をまとわせた指の腹がコリコリと敏感なそこを撫でると、一度そこで達したせいか先ほどよりも強い快感に襲われる。外と中から挟むようにして陰核を刺激され、声にならない悲鳴を上げた。
 否応なく頂に昇り詰める。跳ね上がる腰を支え、マクシミリアンはさらに追い立ててきた。収縮する膣壁をかき分けて指がもう一本挿入され、襞を擦る面積が増やされる。じゅぷじゅぷと愛液をかき混ぜる音を立てられ、レニャがこれだけ濡らしたのだとまざまざと教えられているようだった。

「お兄様のものになるのはいやか? どうしても皇太子妃になりたいというのなら私がそうさせてやろうか。そのときお前が立つのはエリアスではなく私の隣だ」
「あっ、あ……! イった、ばかりなのに、そんなにしないで……っひ、ン」

 ぬるりと柔らかいものが敏感なところに触れる気配がして、レニャは目を見開く。指を中に埋めたまま、陰核に吸いつくマクシミリアンの美しい顔が見えた。

「ッやぁ、だめだめだめ……っあぁ、あ!」

 吸いながら舌で転がされ、指で中を押し上げられ、すぐに絶頂に至る。けれどまたしてもマクシミリアンは手も口も止めてくれず、レニャの思考を奪うように責め立てた。イったばかりでどこもかしこも敏感だった。絶頂を堪えて下腹部に力を入れると、ぞわぞわと肌が粟立つような感覚に息を呑む。
 ぢゅううう、と吸われて立て続けに果てた。果てても果てても終わらない責め苦に恐怖を覚える。気持ちよすぎて怖い。ぐずぐずに溶かされた下半身から感覚がなくなってしまいそうだった。

 中をぐっぐっと少し強めに圧されながらぢゅるぢゅると陰核を吸われていると、未知の感覚がせり上がってくる。〝気持ちいい〟にこれ以上のものがあるのを知るのが恐ろしい。
 腰を押さえつける手から逃れたくて、レニャは必死でもがいた。
 シーツをずりずりと這い上がると、追うようにマクシミリアンもついてくる。もうだめなのに。これ以上されたらひどい醜態を晒してしまう。

「やだ、やだッ、ほんとにだめ、お兄様ぁ……っあ痛った!」

 身体を反らした瞬間、ゴン! と鈍い音が響く。
 レニャはベッドヘッドに思い切りぶつけた頭頂部を押さえ、悶絶した。

「レニャ……大丈夫か?」

 さすがのマクシミリアンも行為をやめるほどの痛がりようであった。ぶつけたところを確認するように撫でられ、顔を上げる。情けない涙目になっているだろうけれど、そんなことかまいやしない。これは千載一遇のチャンスだ。今ならちゃんとレニャの話を聞いてくれるかもしれない。

 ――そう、思ったのに。目が合った瞬間、マクシミリアンがひゅっと息を呑んだ。

 人の顔から血の気が引いていくのをはっきり見たのはこれが初めてだった。マクシミリアンの手が震えている。レニャのほうが戸惑ってしまうほど、マクシミリアンの表情が強張っていた。「どうしたの?」と聞こうと口を開いた瞬間、ぼたぼたと赤いものがこぼれていく。

「……ぁ、……っ」

 その光景を目の前にして、マクシミリアンが唇をわななかせた。
 どうやら頭をぶつけたときに、歯が口の中に刺さったようだ。どうりで先ほどから鉄の味がすると思った。自分のせいでレニャがけがをしたことで、マクシミリアンは狼狽えているのだろう。
 口の中というのは出血量が多くなりがちだが、実際は歯が刺さっただけでそう大したことはない。もちろんそれなりに痛いけれど。

「お兄様、これくらい平気ですよ。んぶっ」

 マクシミリアンはサイドテーブルに置いてあった水差しを震える手で手繰り寄せると、レニャの口の中に注ぎ入れた。いきなり水を飲まされてむせ返ると、全部飲み干せというようにまた水を含まされ手のひらで塞がれる。口を塞ぐ手も驚くほど震えていて、氷のように冷たかった。
 レニャが水を飲み込んだのを確認すると、今度は無理やり口をこじあけられる。舌の上に指が乗せられ、喉の奥まで突っ込まれて盛大にえづいた。

「お、おにいさま、ちょっ、ぉえ……っやめて、くださ、うっ」
「……吐かせないと…………毒を、全部、吐き出させないと……」

 マクシミリアンの目は焦点が合っておらず、明らかに様子がおかしかった。一心不乱に吐かせようとしてくる。その姿は強迫観念に囚われているようにも見えた。
 さすがに吐かされるのは嫌すぎる。レニャは顎を固定するマクシミリアンの手を剥がすのを諦め、両手で思い切り彼の頬を挟み込んだ。バチン! という音が鳴り、マクシミリアンの頬がみるみる赤く色づいていく。

「…………レニャ?」

 目をまんまるにしたマクシミリアンが見つめてくる。きちんと視線が合うため、どうやら正気に戻ったようだ。
 レニャはシーツを身体に羽織ると、マクシミリアンと距離をとった。差し出されたハンカチはありがたく受け取って、口元にあてがう。

「お兄様、落ち着いてください。口の中を少し切っただけですから」
「ぁ……すまない、私のせいだな」
「そうです。お兄様のせいです。そこは反省してください」
「う、ごめん」

 じとりとにらみつけると、マクシミリアンは肩を落としてうつむいた。冷静になり、自分が犯した罪の大きさを理解したらしい。頭に血が昇ってカッとしてしまったのだろう。とはいえしていいことと悪いことがある。
 しかし反省している姿を見せられると、途端に「仕方ないなぁ」という気持ちになってしまう。レニャは自分のマクシミリアンへの甘さを自覚するのだった。

「どうしてあんなことをしたんですか?」
「レニャをとられたくなかった」

 どくん、と胸が弾んだ。
 とられたくない、とはどの立場からくる独占欲なのだろう。シュタルフリヒト公爵家を利用したい悪役として? それとも、兄として?
 もし、どちらも当てはまらないなら――。

「どうしてそう思うのですか?」

 どきん、どきん、と全身が心臓になってしまったかのように鼓動が響いている。
 うつむいていた顔を上げ、マクシミリアンがこちらを見た。澄んだアイスブルーの瞳に射止められると、さらに胸の音が大きくなっていく。

「レニャが好きだから」
「……っ!」

 照れることもせずはっきりと告げられ、レニャのほうが真っ赤になってしまう。
 今までそんな素振りまったくなかったのに――いや、マクシミリアンのやることなすことを穿った目で見ていたのはレニャだ。マクシミリアンをゲームのとおりの悪役だと決めつけて、彼の行動すべてを反逆のためだと結びつけていた。
 キスなど兄妹としてはいきすぎたスキンシップをとったり、そのどれもこれもが素直な好意からくるものだったと考えると、レニャは急激に恥ずかしくなってきた。

「……お兄様と結婚するって言っていたのはうそだったのか?」

 眉を八の字にしたマクシミリアンに悲しげな表情で言われ、レニャは言葉に詰まった。
 マクシミリアンは幼い少女の言葉を真に受けすぎである。言われてみれば、そもそも度を越したスキンシップを強要したのはすべて幼い頃の自分なのだから、本当に反省すべきはレニャかもしれない。顔が熱くて火が出そうだ。

「いくつの頃の話ですか!」
「6歳だ。今は違うとでも……? まさか私の心を弄んでいたのか?」
「弄んだだなんて……っそれにわたし、皇太子殿下と結婚したいだなんて思っていません!」
「……そうなのか? 仲がよさそうにしていたから、私はてっきり」
「お兄様にとって、私が皇家に嫁入りしたほうが都合がいいんじゃないんですか?」

 6歳の頃の「お兄様と結婚する」を本気で受け取られているだなんて、誰が思うだろうか。言った本人であるレニャすら覚えてない。しかし記憶はなくとも、自分は確実に言っただろうな、という謎の自信があった。
 動揺するあまり、つい言わなくてもいいことを言ってしまう。マクシミリアンに気持ちを伝えられたばかりなのに、こんなことを聞くなんて間違っている。けれどすぐにゲームのマクシミリアンと目の前の彼を別物だと考えるのは無理があった。
 案の定マクシミリアンは眉を寄せ、不可解そうな表情を浮かべる。

「どうしてそうなる」
「だって反逆っ……あ」
「反逆? ハッ、私の生まれを知っていたのか。そうだろうな。シュタルフリヒト公爵なら私の顔を見れば皇帝の落胤だと気づくはずだ」

 レニャは真っ先に「顔?」と疑問に思った。皇帝とマクシミリアンでは髪の色以外似ているところなどない。まさか、あのおっぱい評論家皇帝も若かりし頃はこのような罪作りな美形だったというのか。衝撃である。
 レニャがまったく関係のないところでショックを受けているなか、マクシミリアンは神妙な顔をして話を続けた。

「……でも、レニャが心配しているようなことは考えていないよ。昔はそんな愚かなことを考えていた時期もあったが、今はレニャとともにシュタルフリヒト公爵家を盛り立てていくことしか頭にない…………というと多少語弊はあるが、まあ、反逆ではない」

 やはり昔はゲームのとおりの人物だったようだ。シュタルフリヒト公爵家で、ゲームとは別人になっているレニャと過ごすうちに考え方が変わったのだろうか。それなら、少しうれしい。
 けれど最後の言葉がどうしても引っ掛かる。

「反逆ではない……というと?」
「復讐だ」

 比較的穏やかに話していたマクシミリアンの瞳が、急に鋭利な刃物のようにギラリと光る。まとう空気も殺伐としたものに変わった。たった一つ、譲れないものがあるのだろう。

「先ほどの……その、行動と関係があるのですか?」

 レニャの血を見て顔色が変わったことを指して言うと、マクシミリアンは前髪をぐしゃりと乱して表情を隠してしまう。
 あのときの様子は尋常ではなかった。

「血が……苦手なんだ」
「そう、なんですか」
「血を見ると、どうしても過去がフラッシュバックする」
「過去…………お兄様の身に何があったのか、聞いてもいいですか?」

 それを聞けば、もっとマクシミリアンについて知ることができる気がした。彼を悪役たらしめた出来事だ。つらい気持ちを、わずかでも分かち合ってあげたい。

「それじゃあ、お兄様の昔話を聞かせてあげよう。面白くもなんともない、よくある話だ。ただ……顔を見られたくないから、こうして抱き締めていてもいい?」

 背後に回ったマクシミリアンに抱きすくめられる。まだベッドの上という危うい場所ではあったが、先ほどのような濃密な空気は掻き消えていた。
 マクシミリアンに体重を預け、おなかに回された彼の手をポンポンと撫でる。

「知りたいです。お兄様のこと」


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