お義兄さまの頭の中には悪魔と淫魔が住んでいる

柴田

文字の大きさ
6 / 19

6.マクシミリアン・クラント

しおりを挟む



 マクシミリアンの母、キーラはいわゆる高級娼婦と呼ばれる職業に就いていた。平民ながらも美しかった彼女は、場末の娼館の末端娼婦から昇り詰め、いつしか貴族からも贔屓にされるようになった。
 そんなキーラに興味を持った皇帝ニコライが、彼女を寝室に呼び込んだことからすべては始まったのだ。
 彼女とひと晩過ごしたあと、皇帝はすっかりキーラに夢中になった。すぐにキーラを専属の娼婦とし、皇宮に置くほどまでの入れ込みようだ。毎晩部屋に呼びつけていたため、皇帝とキーラの間に子ができるのはあっという間のことだった。

 キーラは平民で娼婦。いくら皇帝の子を産もうと、側室にすらなれない立場である。しかし皇帝は彼女に皇帝宮のすぐそばにある、皇宮の中で最も美しいグラジオラス宮を与えた。それをよく思わなかったのは、皇后マルガリータである。
 マルガリータは皇后になってからすでに三年が経過していたが、なかなか子を授からなかった。
 当時婚約者がいたマルガリータを無理やり皇后にするほどだったニコライの寵愛も、続いたのはたった一年だ。今では月に一度のお渡り以外、皇后宮には寄りつきもしない。
 そのような状況で、新しく寵愛している娼婦との間に子ができたとあっては、マルガリータの怒りも当然であった。
 キーラが側室になれなくとも、子どもは皇帝の血を継ぐ子だ。マクシミリアンと名づけられた子どもは、第一皇子の座を手に入れた。

 それから四年後、マルガリータも子を授かった。
 皇后と皇帝との間に生まれた正当後継者だ。だが、第一皇子の存在が邪魔だった。相変わらずニコライはキーラを寵愛している。ただ一つ救いがあるとすれば、ニコライはどれだけ女のことを気に入っていても、その女が産んだ子は自分の子どもであってもかけらも興味がないことだ。
 けれど皇太子を選ぶ時期がきたとき、まだキーラへの寵愛が続いていて、もし彼女が自分の息子を後継者に望んだなら、おそらくニコライはマクシミリアンを皇太子にするだろうという確信があった。
 そうでなくとも、憂いは事前に減らしておくべきだ。
 そう考えたマルガリータのことを否定はできない。マクシミリアンとて、マルガリータの立場なら同じことをしたかもしれないからだ。

 ――マルガリータは、キーラとマクシミリアンに毒を盛ったのだ。

 あの日のことはよく覚えている。忘れたくても忘れられない凄惨な記憶だ。

 初夏の清々しい陽気で包まれたグラジオラス宮のテラスで、マクシミリアンは母とともにティータイムを過ごしていた。それがいつもの日課だった。皇子としての勉強の合間にわずかに訪れる休息の時間だけを、マクシミリアンはとても楽しみにしていた。
 夜はニコライがキーラを奪っていってしまうため、本当に限られた親子の時間なのだ。

 真っ白なテーブルクロスの上に、侍女が用意したティーセットとデザートが並べられている。甘いものが苦手なマクシミリアンのために、甘さ控えめのデザートを用意するようにしてくれているのを知っている。
 部屋の至るところに、庭園で咲いたグラジオラスを活けた花瓶が置いてあった。テーブルの上にも一つ花瓶が置かれている。グラジオラスの色は、紫かピンクで統一されていた。ほかの色が咲いているのは見たことがない。
 キーラはグラジオラスが好きなようだった。「とてもすてきな花言葉なのよ」とよく言っていたが、ニコライから送られた愛の言葉だと思うと、マクシミリアンはその意味を調べる気にはなれなかった。それに、キーラが本当は別の花が好きなのも知っている。

 娼婦上がりの愛妾のせいか、キーラの周囲の使用人は皇宮と比べると劣っていた。侍女すらコロコロ変わり、ニコライから贈られた宝飾品が紛失するのも日常茶飯事。もちろん料理の腕も、皇宮のシェフとは比べ物にならない。立場上、皇宮に行くことも多いため、マクシミリアンは自身の母がニコライ以外には冷遇されていることをそれとなく気づいていた。
 しかし母とともに飲む紅茶が、ともに食べるデザートが、マクシミリアンにとってこのうえないごちそうなのだ。

 キーラはとても温かく、優しい母だった。皇宮では早急に大人になることを求められるから、いつも気を張っていなくてはいけない。キーラの前でだけ子どもでいられる。敵ばかりの皇宮で、キーラだけがマクシミリアンの絶対の味方だった。
 実の父であるニコライは後継者のことには興味がなく、マクシミリアンはおろか、皇后の子であるエリアスの顔すら覚えていない可能性が高い。
 ニコライがキーラに飽きる日がきたら、マクシミリアンは母とふたりで逃げようと思っていた。皇子の立場なんか捨てて、誰にも見つからないどこか遠くへ。

 侍女が紅茶を注いだカップを持ち上げる。マクシミリアンはまだ紅茶の味が苦手だった。それと熱いのも。皇宮でやろうものならマナー教師に叱られるが、キーラの前でだけはふーふーと息を吹きかけて冷ますことを許される。
 一生懸命紅茶を冷ますマクシミリアンの姿を、キーラは微笑ましげに見つめていた。
 キーラもカップを持ち、何度か口をつけて紅茶を三分の一ほど飲んでソーサーに置く。その頃になって、マクシミリアンはやっと一口飲み込んだ。もう一口飲もうとして、カップのふちに口をつける。

 その瞬間だった。
 目の前のキーラが、ごぼっと大量の血を吐くのが見えた。
 状況が理解できないマクシミリアンは呆然と固まっていることしかできなくて、慌てるメイドたちの声がどこか遠くに聞こえていた。
 ぐらぐらと、腹の底が煮え立つように熱かった。
 血を吐きながら、キーラが這う這うの体で近づいてくる。テーブルの上のものをなぎ倒しながら手を伸ばしたキーラが、マクシミリアンの手を力の限り払った。そのときやっと自分がカップに口をつけたままなことを思い出す。
 中身がばしゃんと顔の左側にかかった。落ちたティーカップが華奢な音を立てて割れる。
 熱い。痛い。紅茶がかかった顔の左側、特に目が燃えるように熱かった。おなかの熱とよく似ている、と思った。

 マクシミリアンは自分が毒を飲んだことを悟った。そして、キーラも。
 視界の端で、ひとりの侍女がほくそ笑むのが見えた。あの侍女は、皇后のもとで働いているところを見たことがある。つまり、毒を盛ったのは皇后に違いない。どうしてもっと早くそれに気づかなかったのだろう、とマクシミリアンは自分に腹がたった。

 成す術もなくイスから転げ落ちる。目と腹の痛みに呻いていると、倒れるように覆いかぶさってきたキーラが片手に花瓶を握っていた。テーブルの上には水差しもあったけれど、その中身が安全か信用できなかったのだろう。
 キーラはグラジオラスの切り花を乱暴に引き抜き、花瓶の口をマクシミリアンの口元にあてがった。容赦なく花瓶の水を大量に飲まされる。それから喉に指を入れられて、強制的に胃の中身をひっくり返された。
 何度も水を飲まされ、吐かされ、意識がもうろうとした中で、びちゃびちゃと雨が降り注いでいたのを覚えている。
 その日は快晴で、雨など降っていなかった。
 キーラの吐いた血が、マクシミリアンの上に絶え間なく降り注いでいた。

 一口飲んだマクシミリアンでもこれほど腹が痛むのだ。キーラの痛みは計り知れない。しかしそんな激痛と苦しみに苛まれながらも、キーラはマクシミリアンを救うことしか考えていないようだった。メイドが止めようとするのも払いのけて、何度もマクシミリアンの胃の中を洗い流す。左目にも水をかけられ、痛みで気絶することもできない。
 だから、キーラの姿が今も右目に焼きついている。自分のことは二の次で、必死の形相でマクシミリアンを救おうとしているから、「もういいよ」なんて言うことはできなかった。
「死んだらだめよ」「しっかりして」と声が嗄れるほど呼びかけられる。
 キーラの吐いた血で辺りは一面真っ赤に染まっており、マクシミリアンはまるで大きな水たまりの上に寝ているようだった。

 おなかの痛みがマシになってきた頃、キーラが護衛騎士を呼びつけた。
 マクシミリアンを抱えて秘密の通路から逃げろと言うのだ。キーラはネックレスもピアスも引きちぎって護衛騎士のポケットに詰め込むと、マクシミリアンを託した。
「待って」と言おうとしたのに、胃液で喉が荒れていて声が出せなかった。もっと死ぬ気で声を出せばよかった、と今でも後悔している。逃げるならいっしょに逃げようと言いたかったのに、キーラの姿がどんどん遠ざかっていく。
 騎士はカーペットをまくり、石畳を一枚外した。秘密の通路に繋がる階段を下っていく。最後に見たキーラは、マクシミリアンに向かって微笑んでいた。


 秘密の通路を抜けた先には、森が広がっている。騎士はマクシミリアンを抱えたまましばらく走り続けた。日頃はあまり勤務態度がよくなかったが、ネックレスとピアスの分は働いてくれるようだ。
 意識が落ちかけるたびに、走る振動で目が覚める。

 皇宮からそこそこ離れた場所までくると、いきなり乱暴に放り投げられた。血が乾ききっていない服が土で汚れる。そのことに抗議する力すら残っていなかった。
 騎士はマクシミリアンを押さえつけ、服についたボタンや装飾品を根こそぎ引きちぎっていく。
 ――あぁこいつも裏切るのか、とぼんやりした頭で思った。
 戦利品をポケットに詰め込んだ騎士は、マクシミリアンのあごを掴み顔を舐め回すように眺める。「左目は潰れちまったが売ればいい金になりそうだ」と呟いていた。奴隷商にでも売りつけるつもりなのだろう。どこまでも金にがめつい男だ。

 もう売られようと野垂れ死のうとどうでもよかった。
 きっともうキーラは助からない。あれだけの吐血だ。胃を破り毒で臓器がめちゃくちゃになっているだろう。いつかふたりでどこか遠くへ行って暮らすという夢は、二度と叶えることができなくなった。
 いっそ死んだほうがマシだ。

 ――そう、思うのに。気づけば勝手に足が走りだしていた。
 立ち小便をしている騎士の隙を突き、森の中を駆けて行く。しかし消耗した身体ではスピードが出ず、足がもつれて倒れ込んだ。追いかけてきている騎士の怒声がすぐ近くで聞こえる。マクシミリアンは腕で這うようにしてでも逃げた。
 水の流れる音が聞こえる。近くに川があるのだ。
 マクシミリアンはもう一度立ち上がり、力の限り走った。マクシミリアンの足を動かしていたのは、生きたいという本能でもなく、死にたくないという恐怖でもない。ただ「死んだらだめよ」と叫んでいたキーラの声が、まだ耳にこびりついているからだった。
 騎士がすぐそばまで追いついてきている。マクシミリアンは振り返らなかった。躊躇いもせず、目の前の川に飛び込む。

 流れの早い川を前にして、さすがに騎士はそれ以上追うのを諦めたようだった。
 この騎士が自分の意思でマクシミリアンを奴隷商に売ろうとしていたのか、これもマルガリータの差し金なのかは定かではない。だがあとから誰かに問い詰められたとき、騎士は「マクシミリアンは川に身を投げて死んだ」と報告するだろう。死人扱いされたほうが逃げるには都合がいい。

 川に飛び込んだまではよかったものの、ほとんど溺れている状態のままひたすら流されている。もう体力は尽きていた。
 ここで死んだらそれまでだと思いながらも、マクシミリアンはなんとか川岸に辿り着くことができた。川辺に倒れ込んで、飛びそうになる意識と戦う。野生の動物に食われるかもしれないと危機感を抱いたけれど、重たい瞼は容赦なくマクシミリアンを眠りへと誘った。


 数時間眠って目を覚ます。身体は鉛のように重く、左目はじくじくと痛むけれど、それ以外はなんともなかった。自分の身体を見下ろすとボロ雑巾のようで、野生の動物もこんなものは食べたくないだろうという感想が浮かんだ。
 随分と流されてきたようで、皇宮がとても小さく見えた。
 なんとか森を抜け、人の気配がある場所まで辿り着く。どうやら帝都の下町まできたらしい。マクシミリアンは重い身体を引きずってなんとか町に溶け込もうとしたが、汚れた姿では浮いていた。結局マクシミリアンが一息つくことができたのは、貧民街に着いてからだった。

 着の身着のまま――というよりも金目になるものはすべてあの騎士にはぎ取られたため、換金できそうなものは何一つ持っていなかった。皇宮のテイラーが仕立てた服は上質な布を使っているだろうが、ところどころ破れて血や泥で汚れているため売れそうにない。
 マクシミリアンは雨水を啜って、ゴミをあさり、時折露店から果物を盗んで食いつないだ。
 もう何の希望もないのだ。こんなことをしてまで生き延びたくなんてないのに、キーラの残した言葉が呪いのようにマクシミリアンを足掻かせる。眠るたびにあの日の悪夢を見た。あの日の記憶ばかりがよみがえって、キーラとのあたたかい思い出が霞んでいく。

 キーラは本当はニコライの寵愛なんて望んでいなかった。マクシミリアンも、皇位に微塵も未練はない。エリアスが皇太子になったって喜んで祝福してやれる。それなのにどうして殺されなければならなかったのか。どうしてこんなにつらい思いをしなければならないのか。
 昏く澱んだ心には、憎悪ばかりがわいてくる。
 キーラの「死んだらだめよ」という言葉だけで死んだように生きていたマクシミリアンだったが、いつしかマルガリータ――それから皇家への憎しみが生の原動力となっていった。

 ニコライがもっとマルガリータを尊重していればよかったのだ。キーラを寵愛していたのなら、誰にも傷つけられないようにしっかりと守るべきだった。いくら子どもがなかなか授からなかったからといって、娼婦が産んだ子に皇位継承権など与えなければよかった。
 何もかももう遅い。無力な自分が嫌になる。無能なニコライにうんざりする。強欲なマルガリータに吐き気がする。次期皇帝の座がキーラとマクシミリアンの犠牲の上で成り立っていることすら知らない無垢なエリアスに苛立つ。
 いつか必ずあの腐った皇家を滅ぼしてやる。特にマルガリータはキーラと同じ目に遭わせてやらなければ気が済まない。

 そのためには力がいる。金がいる。皇家に対抗できる家門は帝国内では三つだけだ。武のサジェス、知のセルゲイ、それから黄金のシュタルフリヒト。戦争をするには金がかかる。金がなければ武器も人も集まらない。利用するならシュタルフリヒト公爵家がいいだろう。
 サジェス公爵家は代々皇家に忠誠を誓う騎士の家系だ。セルゲイ公爵家の現当主は宰相を務めている。それに比べ、シュタルフリヒト公爵家はあまり政治に関与する性質ではないところもちょうどよかった。
 ありあまる金で養護施設や孤児院を支援していると聞く。そういう人間は総じて善人、いいや偽善者だ。いいことをする自分に酔っているだけ。それだけに御しやすい。マクシミリアンが小汚い見た目で不幸な身の上を話せば、同情して簡単に懐に入れてくれるだろう。

 ――ああ、でも。おなかが空いた。もう一週間もまともに食べていない。その一週間前にありつけた食事だって、夏の暑さで腐った残飯だったから吐き戻してしまった。喉もからからに乾いている。もう一歩だって動けそうになかった。
 貧民街の狭い路地で、壁にもたれかかってぼんやりと空を見上げる。
 皇宮で見ようと、川に流されている間に見ようと、貧民街で見ようと、空はきれいだ。けれど左半分がぼやけてしまって、両の目を開くと世界が濁って見えた。

 ここまでか。
 復讐すらできないまま、こんな場所で、誰にも知られずに死んでいく。なんて惨めで、むなしい人生だっただろう。あのときキーラとともに死んでいれば、きっともう少しマシだった。
 マクシミリアンはそっと目を閉じる。

「――……、……っ、ねぇ!」

 高い声がうるさくて、重い瞼をそっと上げた。ぱち、ぱち、とゆっくり瞬くと、霞んだ視界が明瞭になっていく。
 見知らぬ幼い女の子に見下ろされていた。
 ああ天使のお迎えか、と漠然と思ったのを覚えている。貧民街にいるはずのないふりふりのドレスを着ていたから余計にそう感じたのだろう。服装や、ふくふくの頬、さらりと艶のある髪を見る限り、どこかの貴族の子だろう。迷子だろうか。こんな場所にいては、悪い人間に捕まって売られてしまいかねない。
 じと、と見上げると「おなかへってる?」「のどかわいた?」「こっちのおめめいたい?」「だいじょうぶ?」と矢継ぎ早に聞かれる。「どう見たら大丈夫に思えるんだよ頭お花畑か」と答えようとしたけれど、あいにく喉が渇いていて声が出ない。くりくりの大きな瞳は穢れを知らずとても輝いていて、なぜか目を背けたくなった。

「おにーちゃん、れにゃのおうちにおいでよ」

 保護者はいないのか。保護者は。
 マクシミリアンは力なく首を巡らせた。路地の向こうのほうに、こちらへ慌てて駆けてくる小太りの男性と、やたらと全身がキラキラした女性が見えた。確実にこの少女の両親だろう。

「これってうんめいだとおもうの! なにかにみちびかれてここにきたのよ。だからわたしのおにーちゃんになって!」

 寝ぼけたことを言っている。

「レニャ! はぁ、はぁ、急に走り出したら危ないだろう?」
「おとうさま! おかあさま!」

 やっと追いついてきた少女の父親は、ぜーはーと死にそうな呼吸をしている。身なりからして上級貴族だろう。皇宮で暮らしているうちに目が肥えたマクシミリアンから見れば、彼らがかなり裕福な家門だとひと目でわかる。

「きゃっ、どうしたのこの子! ぐったりしているじゃない」
「れにゃのおにーちゃんにするの! とってもおかおがかっこいいのよ。それにおめめがみずいろでおそらみたいにきれいなの。だからぜったいぜったい、いっしょにおうちにつれてかえる!」
「えぇ!? レニャ、一体何を言っているの?」

 こういう成金貴族は、貧民街に住む人々を自分たちと同じ人間とは認識していない。きっと汚物を見るようなまなざしで見られ、心無い言葉を投げつけてくるのだろう。
 どうせもうすぐ死ぬのだから、最後くらい静かに死なせてほしいものだ。
 マクシミリアンがため息をつきたいのを我慢していると、そばに人がしゃがみ込む気配がした。ぐんっと身体が浮き上がって、声も上げられずに目を見開く。

「まずは病院よ。そのあとにいっしょにお家に帰りましょう」
「やったー! おかあさまさいこう!」
「ソーニャ、重いだろう? 僕が抱っこするよ」
「これくらい平気よ! あなたの足の遅さじゃ日が暮れちゃうわ!」

 そう言うと少女の母親は父親を置いて、マクシミリアンを抱いたまま大通りの馬車まで走っていった。レニャと呼ばれた少女も一生懸命に着いてくる。馬車に先に乗り込み、レニャが乗ったのを確認すると馬車を近くの病院まで走らせる。父親は置いて行かれてしまった。
 マクシミリアンはずっと頭に疑問符を飛ばし続けていた。状況が理解できない。こんな小汚い子どもなど捨ておくものとばかり思っていたのに、一体どうなっているというのか。どちらかというと捨てて行かれたのは少女の父親のほうである。
 少女の母親の膝の上に頭を置いた状態で寝かされている。皮脂と埃でべとべとの頭を撫でられ、顔の汚れをきれいな白いハンカチで拭ってくれていた。

「すぐに病院につくわ。もう少しだけ我慢するのよ」
「おにーちゃん、れにゃのすいとうのおみずあげる!」

 かわいらしいウサギ柄の水筒を口元に押しつけられ、かぶせるような勢いで水を飲ませてくれる。
 皇宮から逃げ出して何日が経ったのだろう。きれいな水を飲むのはとても久しぶりで、ほのかに甘い味がした。
「れにゃのおやつもあげる!」と小さな手の温かさで溶けたチョコレートを口に詰め込まれる。むせてしまいそうなほどに甘くて、不思議と涙が滲んだ。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

騎士団長のアレは誰が手に入れるのか!?

うさぎくま
恋愛
黄金のようだと言われるほどに濁りがない金色の瞳。肩より少し短いくらいの、いい塩梅で切り揃えられた柔らかく靡く金色の髪。甘やかな声で、誰もが振り返る美男子であり、屈強な肉体美、魔力、剣技、男の象徴も立派、全てが完璧な騎士団長ギルバルドが、遅い初恋に落ち、男心を振り回される物語。 濃厚で甘やかな『性』やり取りを楽しんで頂けたら幸いです!

【完結】隣国のモフモフ騎士団長様、番ではない私でよろしいのですか?

こころ ゆい
恋愛
※2/28完結致しました!すべては読者の皆様のおかげです!本当にありがとうございました!🌱 ※番外編書きたい気持ちがあるのですが、一旦、恋愛小説大賞の締め切りに合わせて、完結とさせて頂きます。🌱 ※最後、急ぎ足で駆け抜けたので、説明不足や誤字脱字多くなっているかもしれません。都度見つけ次第、修正させて頂きます。申し訳ありません。💦 ジャスミン・リーフェント。二十歳。 歴史あるリーフェント公爵家の一人娘だが、 分厚い眼鏡に地味な装い、常に本を読んでいる変わり者。皆が自分のことをそう言っているのは知っていた。 モーリャント王国の王太子殿下、コーネル・モーリャントとの婚約が王命で決まってから十三年。王妃教育を終えても婚姻は進まず、宙ぶらりん状態。 そんな中、出席した舞踏会でいつも通り他の女性をエスコートする王太子殿下。 それだけならまだ良かったが、あろうことか王太子の連れた女性が事件を巻き起こす。その最中で言い渡された婚約破棄。 「....婚約破棄、お受けいたします」 そのあと、ジャスミンは一人旅に出てある人物と出会った。 これは、婚約破棄された女性が獣人国で知らぬうちに番と出会い、運命に翻弄されていく物語。

乙女ゲームの世界に転移したら、推しではない王子に溺愛されています

砂月美乃
恋愛
繭(まゆ)、26歳。気がついたら、乙女ゲームのヒロイン、フェリシア(17歳)になっていた。そして横には、超絶イケメン王子のリュシアンが……。推しでもないリュシアンに、ひょんなことからベタベタにに溺愛されまくることになるお話です。 「ヒミツの恋愛遊戯」シリーズその①、リュシアン編です。 ムーンライトノベルズさんにも投稿しています。

初恋をこじらせた騎士軍師は、愛妻を偏愛する ~有能な頭脳が愛妻には働きません!~

如月あこ
恋愛
 宮廷使用人のメリアは男好きのする体型のせいで、日頃から貴族男性に絡まれることが多く、自分の身体を嫌っていた。  ある夜、悪辣で有名な貴族の男に王城の庭園へ追い込まれて、絶体絶命のピンチに陥る。  懸命に守ってきた純潔がついに散らされてしまう! と、恐怖に駆られるメリアを助けたのは『騎士軍師』という特別な階級を与えられている、策士として有名な男ゲオルグだった。  メリアはゲオルグの提案で、大切な人たちを守るために、彼と契約結婚をすることになるが――。    騎士軍師(40歳)×宮廷使用人(22歳)  ひたすら不器用で素直な二人の、両片想いむずむずストーリー。 ※ヒロインは、むちっとした体型(太っているわけではないが、本人は太っていると思い込んでいる)

婚活に失敗したら第四王子の家庭教師になりました

春浦ディスコ
恋愛
王立学院に勤めていた二十五歳の子爵令嬢のマーサは婚活のために辞職するが、中々相手が見つからない。そんなときに王城から家庭教師の依頼が来て……。見目麗しの第四王子シルヴァンに家庭教師のマーサが陥落されるお話。

責任を取らなくていいので溺愛しないでください

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
漆黒騎士団の女騎士であるシャンテルは任務の途中で一人の男にまんまと美味しくいただかれてしまった。どうやらその男は以前から彼女を狙っていたらしい。 だが任務のため、そんなことにはお構いなしのシャンテル。むしろ邪魔。その男から逃げながら任務をこなす日々。だが、その男の正体に気づいたとき――。 ※2023.6.14:アルファポリスノーチェブックスより書籍化されました。 ※ノーチェ作品の何かをレンタルしますと特別番外編(鍵付き)がお読みいただけます。

余命僅かな大富豪を看取って、円満に未亡人になるはずでした

ぜんだ 夕里
恋愛
傾きかけた家を救うため、私が結んだのはあまりにも不謹慎な契約――余命いくばくもない大富豪の辺境伯様と結婚し、彼の最期を穏やかに看取ることで莫大な遺産を相続する、というものだった。 しかし、人の死を利用して富を得るなど不正義! そう考えた私が立てたのは、前代未聞の計画。 「そうだ、遺産が残らないくらい贅沢の限りを尽くしてもらえば、すべて丸く収まるじゃない!」

【R18】熱い夜の相手は王太子!? ~婚約者だと告げられましたが、記憶がございません~

世界のボボブラ汁(エロル)
恋愛
激しい夜を過ごしたあと、私は気づいてしまった。 ──え……この方、誰? 相手は王太子で、しかも私の婚約者だという。 けれど私は、自分の名前すら思い出せない。 訳も分からず散った純潔、家族や自分の姿への違和感──混乱する私に追い打ちをかけるように、親友(?)が告げた。 「あなた、わたくしのお兄様と恋人同士だったのよ」 ……え、私、恋人がいたのに王太子とベッドを共に!? しかも王太子も恋人も、社交界を騒がすモテ男子。 もしかして、そのせいで私は命を狙われている? 公爵令嬢ベアトリス(?)が記憶を取り戻した先に待つのは── 愛か、陰謀か、それとも破滅か。 全米がハラハラする宮廷恋愛ストーリー……になっていてほしいですね! ※本作品はR18表現があります、ご注意ください。

処理中です...