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7.救い
しおりを挟む病院で一日入院し、すみずみまで検査をされた。ついでに沐浴もしてもらえたのだが、みるみるうちに湯の色が濁っていくのを見て驚いたのを覚えている。頭も身体も皇宮から逃げ出してから一度も洗っていない。元の銀髪を濃い灰色に見間違えるほど、垢と汚れがそれはそれはひどかった。
翌日、レニャとともに病院を訪れた彼女の両親は、こざっぱりとしたマクシミリアンをひと目見て息を呑んだ。
おそらくこのときにマクシミリアンが第一皇子だということを、彼らは気づいたのだろう。銀髪も、顔立ちも、幼い頃の皇帝と瓜二つだと皇宮でもよく言われた。
「おにーちゃん、かみのけもキラキラなのね!」
ベッドによじ登ってきたレニャが、頬を赤らめてにこにこ笑いかけてくる。
レニャの両親が、ベッドのそばのイスに腰かけた。
「僕はレフ・シュタルフリヒト。彼女は僕の妻であり当主のソーニャ。それから娘のレニャだ」
家門名を聞いて、マクシミリアンはハッと顔を上げた。
反逆に利用しようと思っていた家門が、まさか向こうのほうから近づいてくるとは思いもよらない展開だ。今後のことを思うなら、自分を彼らに売り込むべきだった。
しかし少し接しただけでも、彼らが心優しい人間であることがわかる。マクシミリアンが第一皇子だと気づいていなかったにもかかわらず、薄汚れた身体を一切の躊躇なく抱き上げて病院にまで連れて来てくれたのだ。善意を施してくれた相手を利用するなど外道の極み。畜生にも劣る。
「シュタルフリヒト公爵閣下。それからご夫君、ご令嬢。命が危ないところを助けていただき、ありがとうございました。お礼をしたいのですが、私には何も差し出せるものがございません」
マクシミリアンは深々と頭を下げる。
彼らを反逆に利用する案は棄却だ。また別の道を探ればいい。
「気にしなくていいのよ。ところで、私たちから提案があるんだけれど」
「……なんでしょうか?」
「シュタルフリヒト公爵家の養子になる気はないかしら?」
「…………は」
昨日もそんなようなことを言っていたが、レニャに合わせて冗談で言っているだけだと思っていた。まさか本気だったとは。
マクシミリアンを養子に迎えたところで、シュタルフリヒト公爵家には何のメリットもない。むしろデメリットのほうがはるかに大きい。万が一マクシミリアンの生存が皇后に知られたら、彼らも危険に晒される可能性がある。どうしてそんな提案をしたのか理解ができなかった。
「実はね、僕たちが今回帝都を訪れた理由は、養護施設から養子を迎えようとしていたからなんだ。レニャがずっと『お兄様がほしい』と駄々をこねるのだけど、弟はどうにかなっても、ほら……兄はね、どうがんばっても無理じゃないか」
「シュタルフリヒト公爵領の養護施設は、子どもたちが大人になったあときちんと自立できるように私たちが制度を整えて支援しているの。だからどうせならそういった支援があまり行き届いていないという帝都の養護施設から養子を迎えようとしていたのよ」
「あのときは、施設に行く途中だったんだ。レニャが突然馬車を降りると言って聞かなくってね。降りた途端にどこかへ走り出してしまうし、そこで君を見つけたあとは、君をお兄様にするって言い張っているんだ。だから、君さえよければうちの子になってほしいのだが、どうかね?」
シュタルフリヒト公爵夫妻は、かなり娘を溺愛しているようだ。
マクシミリアンが第一皇子だと知ってもなお娘のわがままを優先するとは、そうとしか思えない。親ばかというやつだ。
正直、ありがたい提案ではある。貧民街で暮らしてみて、子どもが一人で生きることの過酷さが身に染みた。キーラは娼婦だったため後ろ盾の家門もない。頼れるところはどこにもなく、あそこから自力で這い上がるためには、この顔なり身体なりを利用するほかないだろう。
しかし恩人である彼らのことを思うなら、マクシミリアンはこの提案を断るべきだ。
「……大変ありがたい提案ではございますが、お断り申し上げます」
マクシミリアンがそう言った途端、ベッドの上を転がっていたレニャが弾かれたように顔を上げる。マクシミリアンの胸元まで這い寄ってきたレニャの瞳は、涙でいっぱいになっていた。
「れにゃのおにいさまになってくれないの?」
「君のお兄さんに相応しい人はもっとほかにいるよ」
「やだやだやだ! おにいさまがいい!」
「でもね、」
マクシミリアンが必死の説得を試みたが、すべて失敗に終わった。レニャは病院の窓が震えるほど大泣きして、最後には泣き疲れて眠ってしまったのだ。
膝の上でぐずりながら眠るレニャを困った顔で見下ろした。
あんなに真っ赤な顔をして泣くほど求められて、うれしくないと言えばうそになる。
「どこかあてはあるのかね?」
「……ございません。でも、私を養子にしたらきっといつか後悔します」
「あなた自身の気持ちを聞かせてちょうだい」
「……私は、……」
小さな小さな手が、マクシミリアンの指をあらん限りの力で握っていた。
この子がいつか、キーラのように毒で死ぬようなことがあってはならない。マクシミリアンを養子に受け入れるということは、常にそういった危険と隣合わせになるということだ。レニャは、そういうほの暗い場所からは最も遠いところにいるべき存在だ。
マクシミリアンは、大事なものを二度とつくってはならない。それが弱みになる。しかしそれ以上に、もうあのような光景は見たくなかった。
「僕たちは黄金のシュタルフリヒトと呼ばれているんだ。怖いものはないよ」
「私があなたたちを利用するとは思わないのですか」
マクシミリアンは無意識にレニャの手を握り返す。
レフはそのマクシミリアンの手元をちらりと見下ろして、頬を緩めた。
「少なくとも、レニャを傷つけるようには見えないかな」
「それに、シュタルフリヒトは滅多なことでは崩れないわ」
穏やかにかまえるレフと、自信満々に腕を組むソーニャをそれぞれ見つめる。マクシミリアンはもう一度レニャを見下ろすと、彼らの提案を受け入れることにした。
それからマクシミリアンは、正式に養子としてシュタルフリヒト公爵家に迎え入れられた。
マクシミリアンの置かれた状況を鑑みると、すぐに帝都から出るべきだ。しかしひどい脱水症状と飢餓状態が長かったため長期の移動が困難で、回復するまでは帝都の公爵邸で過ごすことになった。スープやペースト状の食事からはじめて、固形物が食べられるようになった頃、皆でシュタルフリヒト公爵領へと向かった。
その間にそれとなく探りを入れてみたところ、皇宮でキーラが毒により亡くなったことは無理心中として片づけられているそうだ。どうやらマクシミリアンも世間では死んだことにされているらしい。
公爵家に馴染むのは時間がかかるだろうと思っていたが、レニャがどこに行くにもマクシミリアンを連れ回すため、そんなことを気にしている暇もなかった。公爵領に来て一カ月も経てば、使用人たちからも仲良し兄妹を見るような微笑ましい目で見られるようになっていた。
レニャを筆頭として、シュタルフリヒト公爵家の人たちはみな貴族らしからぬフレンドリーさだ。娘を溺愛しているのはもちろんのこと、養子に迎えたマクシミリアンにも同じように愛を注いでくれる。しばらくはたじたじのマクシミリアンであったが、慣れるのもあっという間だった。惜しみなく注がれるおおらかな愛は、8歳という年齢らしからぬ大人びた言動をしていたマクシミリアンが、ついついわがままを言ったり、喜怒哀楽を素直に露わにできるようになるほどの変化を与えた。
彼らに囲まれていると、あの日の凄惨な記憶をひととき忘れることができる。
皇宮という場所は、いつまでも子どもでいることを許さない。グラジオラス宮は唯一、小さな楽園のようだったが、息がつけたのはキーラのそばだけだ。ただしキーラのことも、第一皇子という地位を持った自分が守ってあげなければならない対象だと内心では感じていた。
だから本当の意味で息がつくことができたのは、シュタルフリヒト公爵夫妻に庇護されるマクシミリアン・シュタルフリヒトになってからであった。
◇◇◇
マクシミリアンが語った過去は、レニャの想像よりも遥かに過酷なものだった。
彼を貧民街で見つけたときのレニャは4歳だったから、その頃の記憶は曖昧な部分も多い。思い出の中のマクシミリアンはいつも笑っていた。誰に対しても穏やかで優しい彼にそんな過去があったとは、レニャを含め誰も気づいていなかっただろう。
どれだけつらかっただろうか。どれだけ苦しんだだろうか。家族の愛情に包まれて育ったレニャには、マクシミリアンの気持ちを想像することすら難しかった。
「お兄様、お顔は見ませんから、抱き締めさせてはくださいませんか?」
おなかに回されていた腕から力が抜けていく。レニャは振り返ってベッドに膝を立てると、羽織っていたシーツで包み込むようにしてマクシミリアンの頭をそっと胸に抱いた。
マクシミリアンはほっと熱い息をこぼす。長い睫毛が肌をくすぐった。
「あのとき私を見つけてくれてありがとう、レニャ」
どうしてあのとき、マクシミリアンを見つけ出せたのかは思い出せない。前世の記憶がないながらも、彼が貧民街で育ったという設定を覚えていたのかもしれない。ただの偶然だけれど、当時の自分を褒めてあげたい。
ゲームのマクシミリアンは、あんな状態から這い上がったのだ。シュタルフリヒト公爵家の養子になるまでにもさまざまな苦労があっただろう。犠牲にしたものは計り知れない。そんな思いをさせる前にマクシミリアンを見つけ出せて本当によかった。
「お兄様……っ」
「どうしてレニャが泣くんだ? 感受性が豊かな子だね」
マクシミリアンが泣いているところなど一度も見たことがない。誰にも見つからない場所で、ひとり泣いた日もあるのだろうと想像するだけで胸が張り裂けそうになる。
「あんなことをされたあとなのに、お兄様のために泣いてくれるのか」
「……いつから、わたしのことをそんなふうに想ってくれていたのですか?」
「難しいことを聞くね。いつから、なんてはっきりわからないよ。お前が私に無償の愛をくれるから、好きにならずにはいられなかった」
当初、レニャのことは純粋にかわいい妹として見ていた。
レニャから要求される〝お兄様像〟は一般的な兄とはかけ離れている。兄妹の枠を超えるようなことを望まれても、夢見る少女のおままごとのようなものだと感じていた。挨拶のキスや「お兄様と結婚する」発言などはちょっとどうかと将来が心配になるときもあったが、すべてに応えてあげたいと思うくらいには大事な存在だった。
いつからレニャのことを異性として見るようになったのか、はっきりとは覚えていない。
けれどキスをするのに躊躇いがなかった時点で、きっとマクシミリアンはレニャのことをはじめから好きだったのだと思う。「兄妹はそんなことしないよ」と窘めればいいだけなのに、いつからかマクシミリアンのほうから率先してことあるごとに口づけるようになっていった。
そしてまともな倫理観を持っているなら「兄妹では結婚できないよ」と教えてあげなくてはいけないのに、「本当の兄妹ではないから、できないこともない」と考えていたのはマクシミリアンのほうだ。
――あぁこれは、出会ったときにレニャが言っていたとおり〝うんめい〟なのだろう。
いつしかすんなりとその突飛な言葉を受け入れていた。
レニャといると自然と笑顔になれる。「お兄様」「お兄様」と一日に何度も呼びかけられるのがたまらなくうれしかった。レニャはマクシミリアンにまっすぐな愛情を向けてくれる。笑顔を向けられると愛しさで胸が苦しくなった。泣いていれば駆け寄って抱きしめたくなる。
レニャがマクシミリアンを兄として見ているのか男として見ているのか曖昧だったからこそ、気持ちは育っていく一方だった。
「レニャはいつも私のために泣いてくれるんだな」
「いつも……?」
「小さかったから覚えていないか。お兄様の大切な思い出だ」
マクシミリアンは体力が完全に回復したあと、毒の耐性をつけようと試みた。
今後ロイマン帝国で生きていくなら、また毒を盛られるようなことがあるかもしれない。しかし今後に備えてというよりも、トラウマを少しでも減らしたかったからだ。
あれから血が苦手になったのと、紅茶も無理になった。食事をするとき、飲み物を飲むとき、いつも緊張で身体が強張る。ひどいときはえずいてしまい、発作的に何も受けつけられなくなってしまうこともあった。あらゆる毒の耐性をつけていれば、そんな不安も和らぐのではないかと思ったのだ。荒療治にもほどがあるけれど、マクシミリアンには必要なことだった。
ただでさえ片目を失明し、顔の左上半分は見られたものじゃない。苦に思うマクシミリアンのためにソーニャが眼帯を買い与えてくれたものの、誰がどう見ても外見にハンデがあるのは明らかだ。弱みは少ないほうがいい。
皇宮でも少しは耐性をつけさせられたが、さらに毒の種類を増やした。
耐性をつけるために毒を飲んだ日は、必ず熱を出した。
特にかつて毒を受けて視力を失い周りの皮膚が爛れた左目が、蝕まれるようにじくじく痛む。
そんなときは、レニャが冷たい桶にくんだ水にタオルを浸し、献身的に左目を冷やしてくれた。小さな手は冷えて真っ赤になってしまっている。「おにいさま、いたい? レニャがなおしてあげるからね」と何度も声をかけてくるレニャの大きな瞳からポロポロと落ちてくる涙は、とても熱かった。
片側だけの視界で見るだけでも目が潰れてしまいそうに眩しいのに、レニャを両の目で見られたならどれほど愛らしい景色が広がるのだろうと想像すると、左目の視力がないことがとても残念に思えた。
こんな感情を抱えたまま兄妹ではいられないと感じたのは、レニャに対してはっきりと欲を覚えたときからだ。
それからは自分のことを「お兄様」と呼んで、兄の殻に閉じこもるようにした。
しかしながらマクシミリアンがどれだけ距離を置こうとしても、レニャは離れたがらなかった。
レニャは思春期と言われる年齢になっても、マクシミリアンにキスをせがんだ。並んで歩くときはいつも腕にぎゅっとしがみついてくる。マクシミリアンに女性が近づくと嫉妬してすねてしまい、機嫌をとるのが大変だった。そんなときは「お前をこの世で一番愛しているよ」と10回は言わなければ許してもらえない。だんだん緩んでいく頬を隠せていないところがまた愛らしかった。添い寝をしてくれないと寝られないとわがままを言う姿は、誘われているのかと勘違いしそうになる。
これでただの妹というには無理があった。
きっとレニャにとってマクシミリアンは理想の兄であると同時に、理想の男なのだ。
10歳を超えてからは言わなくなったが、「お兄様と結婚する」というのも半ば本気だったのだろう。そう思いたかった。そうでなければ、アカデミーになど快く送り出せるはずもない。
「ずっと好きだった。レニャのことを妹として見たことなんて本当は一度もない。でも、こんな無理やり私のものにしようとしていたわけじゃない。レニャは私のことを選んでくれると信じていたから」
レニャのアカデミーでの交友関係は、とある伝手を使ってすべて把握していた。
15歳の頃出会ったバレンティン・ハーミットとともに、情報ギルドを設立したのだ。これは表の事業である商会とは別のものだ。シュタルフリヒト公爵家を巻き込むわけにはいかないため反逆はやめたものの、マルガリータへの復讐だけは諦めることができなかった。マルガリータを追い詰めるためには、公爵領から出られないマクシミリアンの代わりに、情報を集める目や耳になってくれる者が必要だった。それがバレンティンだ。
情報ギルドの諜報員が集めた情報によると、レニャの交友関係は相当広いようだった。マクシミリアンのような性格が屈折した男を手玉に取るような子なのだ。明るくて優しい彼女が皆から好かれるのははじめからわかっていた。
しかし男子生徒とも仲良くしていると聞いて、いい気分はしない。
しかもそれがエリアスともなればなおさらだ。
腹違いの弟。憎き敵の息子。そしてレニャは言っていた。「わたしが一番好きなのはお兄様属性で、二番目に好きなのが正統派王子様なの」と。いまいち何を言っているのかはよくわからなかったが、とにかくマクシミリアンの次に『王子様』が好きらしいのだ。ロイマン帝国において王子様と呼べるのは皇太子であるエリアスくらいしかいない。つまり、レニャのタイプ第二位だ。
これには居ても立っても居られずに、危険を顧みず公爵領から帝都に出てきてしまった。バレンティンが「今年の成人式典は皇太子の婚約者選びも兼ねている」だなんて余計な情報を寄こしたせいだ。
しかしもう皇后に復讐する準備はほとんどできている。
タイミングとしてはちょうどよかった。
そうして久しぶりに会ったレニャは、以前と変わってしまっていた。挨拶のキスに消極的になり、口づけるたびに顔を赤らめる。ベタベタと四六時中くっついてこなくなった。添い寝を嫌がる素振りを見せる。
それらがマクシミリアンを男として意識するゆえの反応ならいい。しかしそうでないならと考えると、焦りを生んだ。
極めつけは『成人式典』でエリアスのパートナーに選ばれたときに、レニャが断らなかったことだ。そして求婚状まで送られてきて、マクシミリアンは頭が真っ白になった。
「レニャを奪われたら、お兄様はエリアスまで殺してしまう」
総毛立つような低い声に、レニャはひくっと喉を鳴らした。
マクシミリアンの背後で、悪魔が『エリアスを殺してしまえ』と囁いている。その言葉が冗談でもなんでもないことを本人が教えてくれた。ちなみに淫魔は『レニャを監禁してひとりじめしてしまえばいい』と囁いている。こちらも常軌を逸している。
レニャとしては、エリアスからの求婚は断りたい。だからといって、マクシミリアンと結婚したいかと聞かれるとすぐには答えが出ない。まだレニャの中で兄なのか男なのか論争に決着がついていない。だというのにいきなり「好きだ」と言われて混乱している。自分の気持ちがマクシミリアンと同じものなのか家族に対するものなのかはっきりしないうちは、彼の気持ちには応えられない。
とはいえ、前世の記憶が戻ってからはほとんど兄としては見られていないのも事実だ。記憶が戻る前も怪しかったが、今は確実にマクシミリアンのことを男として意識している。そして好きか嫌いかで言うと、かなり好きだ。そうでなければこれほどいちいちドキドキしていないし、先ほどの行為だって全力で拒否していた。
けれどもう少し時間が欲しい。迷いなくマクシミリアンを好きだと言えるまでの時間が。
「落ち着いてください、お兄様。皇太子殿下からの求婚はわたしの一存では断れません。お父様とお母様でも穏便に断るのはさすがに無理でしょう」
「結婚するのか? お兄様以外の男と」
胸元から顔を上げたマクシミリアンににらみつけられる。最後まで話を聞きなさい、とレニャはマクシミリアンの唇をつまんだ。
「ひとまず婚約、というかたちをとるしかないです。でも婚約式をするまでは婚約の事実は認められません。時間を稼ぐんです。婚約式までに向こうから婚約を取りやめると言わせるしかありません」
「そしてそれまでに私はレニャを口説けばいいんだな?」
「う……お手柔らかにお願いします」
「レニャは何も心配しなくていい。もしエリアスが婚約を強引に推し進めようとするならお兄様に考えがある。お兄様が第一皇子として復帰すればいい」
「や、やっぱり反逆するんですか……?」
情けない声を上げるレニャに対して、マクシミリアンは笑った。
「いいや。そうするとシュタルフリヒト公爵家に迷惑をかけるだろう。ただ正体を明かせばいいさ。聡い者は『成人式典』で私の出自に気づいているだろう。何せ私の顔は皇帝の若い頃にそっくりらしいからな。年老いたらアレになるとは思いたくない……。気づいていながら誰もが口を噤んでいる。ほかならぬ私が身分を隠しているから。第一皇子だと明言すれば私の命が危なくなりはするだろうけれど、レニャのためならどんな苦難だって乗り越えてやるさ。以前とは違って私の後ろ盾にはシュタルフリヒト公爵家がいるんだ。味方をする家門も多く現れるはずだから、前のようには簡単にしてやられたりしない」
皇宮に戻れば、また皇后に命を狙われる日々がはじまるだろう。レニャはマクシミリアンにそんな目に遭ってまで、第一皇子に戻ってほしくなどない。
けれどマクシミリアンは、自分の身を危険に晒してでもレニャを誰にも渡したくないと思ってくれているのだ。安易に「そんなことはしないで」だなんて言えやしない。
「いま話したのは最悪の場合にとる手段だ。ひとまずレニャが上手くやれるよう祈ってるよ」
何がなんでも、エリアスが婚約をやめたくなるよう誘導しなくてはならなくなった。
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