お義兄さまの頭の中には悪魔と淫魔が住んでいる

柴田

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9.花まつり

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 お茶会の会場にまで乗り込んできたマクシミリアンには、正直言って驚きを隠せなかった。あれでは宣戦布告のようなものである。もっと慎重にことを進めなければ危険ではないのか、とレニャはジト目でマクシミリアンを見上げた。
 わざわざバレンティンを連れてきたことも、何か理由があるのだろうか。
 レニャがこっそりバレンティンを振り返ると、メガネをクイッと上げた彼と視線が重なる。ハッとして慌てて顔を前に戻した。情報ギルドの長だから、バレンティンの目つきはこちらを探っているように見えて居心地が悪い。
 一連のレニャの行動を見ていたマクシミリアンがくすくすと笑う。

「バレンティンとはさっき皇宮で会ったんだ」
「……仲良しですね」
「おや、嫉妬か? うれしいな」

 そんなわけがない。
 マクシミリアンと、バレンティンと、マルガリータ。三人の共通点が見つからない。マルガリータはバレンティンに対してもなんだか意味深な視線を向けていた。ここで三角関係が成立するわけはないし、とレニャは推理でもしている気分だ。
 バレンティンではないなら、彼の生家であるハーミット侯爵家が関係している可能性は?
 しかし残念ながら、レニャはハーミット侯爵家についてバレンティンの生家という以上の情報を持ち得ていなかった。

「用事は済みましたので、僕はこちらで失礼いたします」
「ああ。ご苦労だったなバレンティン。おかげで今日はいいものを見られた。あの女の狼狽える顔で酒が10杯は飲める」
「同感です。それでは、ごきげんよう」

 レニャにはいまいち要領を得ない話をして、ふたりはなんともあくどい表情を浮かべる。マクシミリアンの背後では、悪魔と淫魔がワイングラスで乾杯していた。レニャの前では決して見せないマクシミリアンの悪い面を垣間見て、少しどきどきしてしまったことは秘密にしておこう。
 バレンティンと別れたあと、マクシミリアンとともに馬車に乗り込む。

「そういえば、このあと用事なんてありましたか?」

 茶会の会場に乗り込んできた際にマクシミリアンが言っていたことを思い出す。レニャの記憶では、今日はマルガリータとの茶会の予定しか入っていなかったはずだ。

「ああ、デートだよ。もちろんお兄様と」
「デート?」
「帝都に来てからあまりふたりで出歩く機会がなかっただろう? ちょうど今夜は下町で花まつりをやるらしい。お兄様といっしょに行かないか?」
「お祭り! 行きたいです!」
「レニャなら喜んでくれると思った」

 うれしそうに笑うマクシミリアンにつられて笑顔になる。レニャが喜ぶ顔が見たいから、とマクシミリアンは昔からいろいろな場所に連れ出してくれた。公爵領での祭りや、初雪が降ったとき、空に大きな虹がかかったとき、近くの村で子ヤギが生まれたときなど、一番にレニャに教えてくれるのはいつもマクシミリアンだ。
 彼と見る景色は何よりも色鮮やかに輝いて見えた。
 帝都の花まつりはレニャも初めてだ。今からもう楽しみで仕方ない。

「一度屋敷に帰って着替えてから行こう」
「平民のふりをして行くんですね? 楽しそう!」

 公爵邸に戻ると、さっそく目立たない服装に着替えた。平民出身のメイドから私服を貸してもらい、動きやすいワンピースと踵の低い靴を履いて鏡の前でくるくると回る。窮屈なコルセットもしなくていいのでとても楽だ。本音を言えば毎日これがいい。むしろズボンがいい。
 レニャが平民のふりをするのはこれが初めてではない。公爵領にいたときも、時折こうしてマクシミリアンと町に繰り出していたのだ。

 逸る気持ちを抑えてエントランスホールへ向かう。そこにはすでにマクシミリアンの姿があった。
 レニャと同じように、マクシミリアンもまた平民の服を着ている。白いチュニックに腰ベルト、カーキ色のズボンとブーツというありふれた服装だ。しかし輝く銀髪と整った顔貌、それから類まれなるスタイルの良さのせいで彼の高貴さがちっとも隠れていない。
 眼帯はいつもの革製の黒いものだ。パーティーへ行くときは服の色に合わせた色にしたり、刺繍が入ったものやレースを縫いつけたものを着用していることもある。

「お兄様、お待たせしました」
「ああレニャ、お前はどんな服でも似合ってしまうな。かわいいよ」

 開口一番に褒められて悪い気はしなかった。

「お兄様もすてきです!」
「ふふ、そうかい? レニャはお兄様をおだてるのが上手だね。レニャに褒められるとまるで絶世の美男子にでもなったようだ。それじゃあ行こうか、マイレディ」

 馬車に揺られて貴族街を抜け、平民街の近くで降りる。空はすでに薄暗くなっているが、祭りのためにランタンで飾られた町はオレンジ色の光に包まれていた。
 マクシミリアンの手を引いて大通りへ出る。
 すると子どもたちが至るところで編みかごを片手に花かんむりを配っていた。この花まつりは、花かんむりをかぶるのがお決まりのようだ。厳めしい顔の男性も、ベンチに座って祭りの様子を眺めている老婆も、母の腕に抱かれた赤ん坊まで、一様に花かんむりをかぶっている。
 子どもから花かんむりを頭に乗せてもらったレニャは、マクシミリアンの分も受け取った。

「お兄様、ちょっと屈んでくださいな」
「はいお姫さま。これで届くかな?」

 マクシミリアンの頭の上に花かんむりをそっと乗せる。キラキラとした銀髪に負けないよう、濃い色の花で編まれたものを選んだ。マクシミリアンは昔から何かとピンク色のものを見につけたがるため、濃いピンクや淡いピンクのグラデーションが鮮やかな花かんむりだ。

「お兄様にこういうかわいらしいのはあまり似合わないんじゃないか?」
「とってもお似合いですよ。まるで花の妖精みたいです」
「花の妖精というなら、お兄様よりもレニャのほうだろう。ほら、とても愛らしい」

 レニャの花かんむりは、シロツメクサで編まれた素朴なものだ。頬を両手で包み込んでじっと見下ろしてくるマクシミリアンの視線がくすぐったい。

「このまま妖精さんを連れ去ってしまいたい」
「ほ、ほ、ほら、早く行きましょうお兄様っ」
「そんなに急がなくて祭りは逃げたりしないよ」

 マクシミリアンの左腕を引っ張って人込みの中に入っていく。
 花まつりというだけあって、建物や屋台の店先に生花が飾られていた。あたりにはさまざまな花のいい香りがふんわりと漂っている。前世の日本で行われていたお釈迦様の誕生を祝う花まつりとは違い、その名のとおり季節の花を楽しむだけの祭りのようだ。
 けれど元が日本で開発された乙女ゲームのせいか、西洋風の世界観とはそぐわないような出店も多く見受けられる。レニャにとっては懐かしくてたまらず、ついついはしゃいでしまう。

「レニャ、こっち」

 ぐい、と手を引かれて、マクシミリアンの右側に立たされる。

「左側に立つとレニャのかわいい顔が見られないから、ずっとこっちにいてくれ」

 レニャはマクシミリアンに話しかけるとき、必ず右側から声をかけてくれる。歩くときはいつもマクシミリアンの左側に立って視界を補ってくれる。優しい心遣いがうれしいけれど、マクシミリアンはいつだって視界にレニャを映していたかった。
 にっこりと微笑まれて、レニャは顔を赤らめる。

「お兄様はいちいち心臓に悪いです……」
「ときめいた?」
「……知らないです」

 そっぽを向いて、マクシミリアンの視線から逃れる。
 それからは屋台で買ったりんご飴や串焼きを食べたり、金魚すくいや射的などを楽しんだり、ファンタジーの世界にいるとは思えない体験ができてレニャは大満足であった。
 大通りを抜けた先の広場では、小規模な音楽隊が生演奏をしている。盆踊りとは少し違うけれど、みんなで輪になって踊ったりペアで踊ったり、と思い思いのダンスに興じていた。
 ベンチに腰かけてその光景を眺めていると、不意にマクシミリアンが口を開く。

「詳しく聞いていなかったけれど、皇太子との婚約の話はどうなった?」
「あ……えっと、半年後に婚約式をすることになりました。それまでに私がエリアスを好きにならなかったら、婚約は白紙にしてくれるそうです」
「……エリアスも本気なんだな」

 呟いたマクシミリアンの表情からは、何を考えているか読み取れなかった。
 こちらを振り向いたマクシミリアンが、おもむろに手を握ってくる。

「好きだよ、レニャ」

 唐突な告白に、胸がどきどきと鼓動を速めていく。視線を合わせていられなくなって思わず瞼を伏せると、指先をすり、と撫でられた。

「あいつにこう言われたときも、どきどきした?」
「…………っ」

 はめられた気分だ。こんな場所で告白されたのかと思ってしまった。
 告白はすでにされていて、返事を待ってもらっている状況なのだからはめられたも何もない。しかしまんまとどきどきさせられてしまったことが、マクシミリアンの手の中で意のままに転がされているようで悔しい。

「半年か……。狩猟大会の少しあとくらいだな」
「でも、わたしがエリアスを好きにならなかったら婚約を白紙にしてくれるんだからいい取引じゃないですか? その代わりときどきエリアスとデートしたり……しなきゃいけないんですけど……」
「…………お兄様も着いて行っていい?」
「デートに兄同伴はありえないと思います」

 マクシミリアンはムッとした顔をして、不満を隠そうともしない。

「皇太子とデートした分だけお兄様ともデートしてくれるなら許す」
「……もう。今だって毎日お兄様といるのに」
「おや。お兄様はまだ本気を出していないよ? 本気で口説きにかかっていいのか?」

 目を三日月型に撓らせたマクシミリアンが、レニャのあごをクイッと持ち上げる。微笑む顔は妖艶で、見つめられていると内に秘めた欲望で焦げてしまいそうなほどまなざしが熱い。
 背後で淫魔が『フレーフレー!』と旗を振っているのを見る限り、マクシミリアンの本性は淫魔に限りなく近いのかもしれない。本気を出したらどんなふうに誘惑してくるのか、多少興味があった。
 しかし今でもたじたじなのに、これ以上の誘惑に抗いきれる自信がない。あぁこれではだめだ、とレニャは首を横に振る。好みの男性から言い寄られてハイになってしまっているだけなのか、マクシミリアンのことが好きなのか余計に曖昧になってしまう。
 少なくとも、エリアスとのことが片づいてから本気を解禁してほしい。

「お、お兄様ともデートしますから……っちょっと離れてください」
「いやだ」
「なんでですかっ」
「キスがしたくなった」
「こんな人前ではだめです!」
「人前じゃなかったらいいんだな?」
「あ、ああー!」

 いらんところで選択肢が出てしまった。スルーするわけにもいかない。『キスを受け入れる』『自分からキスをする』ろくな選択肢がなくて泣きたくなった。
 最近悪魔はまったく仕事をしておらず、吹き出しが小さすぎて何を囁いているのか読めやしない。淫魔はデッカい吹き出しで『キスなんかじゃ物足りないだろ。青姦だ、青姦!』と物騒なことを囁いている。マクシミリアンが涼しげな顔の下でそんな下品なことを考えているだなんて、できれば知りたくなかった。
 結局どちらの選択肢を選んでも淫魔の囁きが大きくなるのはもはやお決まりなので、悩む必要もない。ただどちらがマシかというだけの話である。
 レニャは意を決して、マクシミリアンの唇の端を啄んだ。

「……レニャ」

 おずおずと顔を離すと、すぐに唇を奪われた。これなら最初から『キスを受け入れる』を選んでいたほうがよかったかもしれない、と思うレニャであった。


   ◇◇◇


 それからは、エリアスと婚約式の打ち合わせをしたり、デートをしたり、着々と時間だけが過ぎていった。どれだけ楽しい時間をともに過ごそうと、素晴らしい婚約式を準備しようと、レニャの心は動かない。どうせ無駄になってしまうのに、とこっそり思いながら進める婚約式の準備は、あまり身が入らなかった。
 隅々まで採寸をして出来上がったドレスは、まるでウエディングドレスのように豪華だ。トルソーに飾られたそれを眺める。自分がこのドレスを着てエリアスの隣に立つ姿が想像できない。レニャはずっと、他人の婚約式の準備を手伝っているような気分だった。

 エリアスとのデートもそうだ。楽しいは楽しいのだけれど、何度デートを重ねてもやはり友だちとしてしか見られない。エリアスのことはすてきな男性だと思う。顔もかっこいいし、気遣いのできる優しい性格だ。ゲームでも攻略を最後までとっておいたのだ。タイプではある。でも、レニャは今ゲームをプレイしているわけではない。この世界で生きていて、自分で人生を歩いて行っている。レニャが進む先にはエリアスはいないのだ。
 そこにはすでにマクシミリアンがいる。今さら横入りする隙間もなかった。

 エリアスとデートをした回数だけ、マクシミリアンともデートをした。エリアスへの気持ちが友だちのまま停滞している一方、マクシミリアンへの気持ちは育っていくばかりだ。
 エリアスにどれだけ積極的にアプローチされてもまったくどきどきしないと気づいてしまったとき、ようやく自分の気持ちをはっきり自覚することができた。マクシミリアンのことが好きなのだと。
 このまま賭けを続けるのは、エリアスに対して申し訳ない。
 けれどレニャを振り向かせようとがんばっているのだから、途中で「絶対にあなたを好きにはならないからもうやめよう」だなんて心無いことは言えそうになかった。


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