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14.婚約式の結末
しおりを挟む問題の狩猟大会から十日。
暗殺未遂事件からこれまで、一度も公の場にマクシミリアンは姿を現していない。シュタルフリヒト公爵家からも何の知らせもなく、巷ではマクシミリアンはすでに亡くなっているとか、生死の境を彷徨っているとか、さまざまな噂が流れていた。
責任の追及をされている皇家――特に皇帝は、マクシミリアンの暗殺を企んだ者を捜すのに躍起になった。おそらく皇帝はすでに黒幕が誰かを知っている。
暗殺者に扮した帝国騎士団の騎士。そして警備が厳重な皇家所有の森に彼らを潜り込ませることができる者は多くない。犯人に辿り着いたところで、明らかにできるはずはなかった。
相手は黄金のシュタルフリヒト。実際に殺そうとしたのが平民出身の養子だろうと、シュタルフリヒト公爵家は犯人を許さないだろう。そして黄金のシュタルフリヒトは慈善事業に力を入れているため、国民たちからの人望が厚い。貴族への影響力も凄まじい。マルガリータが企んだことと知られれば、皇家の威信は地に落ちかねない。
暗殺未遂事件の捜査は、一向に進むことがなかった。
一方、帝都のシュタルフリヒト公爵邸にて。
マクシミリアンは、一度屋敷にバレンティンを呼んで二人で何やらこそこそと話し合っていたようだ。マクシミリアンはレニャに対しては後ろ暗い部分をあまり見せないようにしているため、何を企んでいるかは教えてもらえていない。
ただ、婚約式に向かうときに同行させてくれとだけ言われている。
きっとそこでマルガリータと決着をつけるつもりなのだろう。
◇◇◇
婚約式当日。
当日どうなるかわからないため、エリアスと話し合って誰も招待はしないことに決めていた。婚約式を予定どおり執り行うとしても、立会人もなく当人ふたりだけで誓いを交わす。あまり貴族間では一般的ではないため、今回は特別である。
婚約式の場所は、皇宮にある大聖堂だ。
大聖堂の扉を開けて入ってきたレニャを見て、エリアスが目を眇める。
二人で準備したドレスは、着てこなかった。
「マクシミリアン公子、お元気になられたようでよかったです」
「その節は、お世話になりました」
「今日はどういった用でこちらにいらしたのですか?」
「そう警戒なさらずともよいではありませんか。おふたりの邪魔をするつもりはございません」
「それならなおさら――」
「私が今日お会いしたかったのは、ほかならぬ皇后陛下です」
にっこりと微笑むマクシミリアンを見て、エリアスの隣に立っていたマルガリータが幽霊でも見たような驚愕の表情で固まっている。
マルガリータは、マクシミリアンがこの世を去れば、エリアスとレニャとの結婚は大賛成だった。黄金のシュタルフリヒトの後ろ盾を得れば、エリアスが皇帝となったとき非常に心強いためだ。それにレニャとエリアスが結婚をすれば、狩猟大会での皇家の不手際を非難する声などたちまち消え去るだろう。
レニャとの結婚は、シュタルフリヒト公爵家が皇家の不手際を許したことに繋がる。
婚約さえ済ませてしまえば結婚など目前だ。
マルガリータはレニャを大いに歓迎するつもりで、エリアスとともに大聖堂で待っていた。もちろんレニャとエリアスとの間の賭けのことは知らない。立会人は不要と言われたにもかかわらず、マルガリータはふたりが誓いを交わすのを強引に見届けるつもりだったのだ。
まさかそこにマクシミリアンが現れるとも知らず。
「――皇后陛下、ごきげんよう。マクシミリアン・シュタルフリヒトがご挨拶申し上げます」
「ぁ、……あ……」
「母上……?」
声も出ない様子のマルガリータを、エリアスが不審そうに見る。
「狩猟大会の件で是非とも皇后陛下にお話ししておきたい事柄があり、参った次第です」
「ああ、その件ですか。当事者ですからね。気になることはたくさんおありでしょう。皇家の一員として警備の不手際を僕からもお詫び申し上げます」
「いえ、いえ。皇太子殿下は詫びる必要などございません。そうですよね? 皇后陛下」
微笑みながらにらみつけられ、マルガリータは悲鳴を呑み込んだ。
誰だ、マクシミリアンが生死の境を彷徨っているだとか言ったのは。ピンピンしているではないか。マルガリータは発狂しそうだった。
マクシミリアンを殺し不安の目を潰したと思っていたのに、いつの間にか追い詰められているのは自分のほうだ。
「事件は母上が責任者となって捜査しています。――母上、ローズ宮にマクシミリアン公子をお連れして捜査の進行状況をお伝えするのがよいのでは? ここは母上が、公子のご不安な気持ちに寄り添ってさしあげてください。僕は式の前に、レニャと話さなければならないことがありますので」
エリアスのまっすぐなまなざしが突き刺さる。マルガリータがしていることは全部、ぜんぶエリアスのためなのに。エリアスがマルガリータを死神のもとへ追い立てる。
エリアスは母がその事件の黒幕だとちっとも気づいていないのだ。
「い、いえ……っ、わたくしは……!」
「あぁありがたい。皇太子殿下、寛大なご配慮痛み入ります。それではローズ宮までご案内いただけますか。皇后陛下」
「…………」
マルガリータには、マクシミリアンの丁寧な命令を聞き入れる道しか残されていなかった。
大聖堂に残ったレニャとエリアスは、しばらく無言で見つめ合う時間が続いた。
普段と変わらぬドレスを身にまとうレニャとは異なり、エリアスは婚約式のために用意された正装を着ている。柔らかく跳ねる栗毛は、きれいに整えられていた。
誰も招待をしていないにもかかわらず、ふたりだけのために生花やリボンで飾りつけられた大聖堂。婚約をしたら、きっとここで結婚式も行ったのだろう。準備段階では紙面でしか見ていなかったものを実際に目にしたあとでも、エリアスの目の前に立っていることに違和感しか覚えなかった。
約束した半年間。エリアスに心を揺さぶられることは一度もなかった。きっと、これからもその機会は訪れない。
エリアスとの間に、選択肢のバーが現れる。
『エリアスを選ぶ』
『エリアスを選ばない』
きっとこれが、『エンデビ』におけるエリアスルートの最後の選択肢だ。エリアスの背後に見える天使と悪魔。天使の囁く吹き出しが大きくなっている。『エリアスを選ぶ』を選択すれば、ハッピーエンドは確定だ。
でも、レニャが望むのはハッピーエンドではない。
万人からハッピーと言われるエンドじゃなくてもいい。波乱万丈な道のりだっていい。マクシミリアンと迎えるエンドなら、どんなものだって受け入れられる。エンドの指標となるミニキャラが、悪魔と淫魔しかいないマクシミリアン。たとえ彼にハッピーエンドが用意されていなくても、レニャの心は決まっている。
今はレニャがヒロインだ。いざとなれば自分でハッピーエンドを作ればいい。
「――エリアス」
「わかってる。わかってるよ、レニャ。君がドレスを着て来なかったのを見てすぐにわかった。……いや、その前から君の答えはわかっていた」
エリアスは、眉を下げてくしゃりと笑った。
「この半年間、僕のわがままに付き合ってくれてありがとう。君に罪悪感を抱かせてごめん。フるほうもつらいよね。だから言わなくて大丈夫だよ。君の気持ちは知ってる」
エリアスのことが嫌いなわけではない。友人として過ごしたアカデミーでの時間はとても楽しい思い出として今も残っている。この婚約の申し出を断れば、もう友人ですらいられない。個人的に会うことはなくなり、皇太子である彼のことを「エリアス」と呼ぶことは二度とない。
その縁が切れるのを寂しいと思っているのは、レニャだけではないはずだ。
それでも勇気を出して告白してくれたエリアスに、きちんと向き合いたい。
「わたしを好きになってくれてありがとう」
「……うん、君の幸せを願ってる」
いつかエリアスを幸せにしてくれる女性が現れるのを、レニャも心の中で願った。
「わたし、お兄様を迎えに行かないと!」
ドレスの裾を持ち上げて走り去っていくレニャを見送る。気持ちを伝えてすっきりしたエリアスの表情には、憂いはわずかしか滲んでいなかった。
マクシミリアンの隣に並ぶレニャが、いつも眩しいくらいの笑顔だと知っているからだ。レニャは誰に対してもいつも明るく笑っていて、いっしょにいると元気がもらえるような女の子だ。それでもマクシミリアンに向ける笑顔だけは特別なものだと断言できる。レニャのことをずっと見てきたエリアスだから、そのかすかな違いに気づいた。
おそらくふたりは愛し合っているのだろう。
元平民、義理の兄妹、両親の許しが得られるかどうか、ふたりの間に障害はたくさんある。しかしふたりが幸せに笑い合う姿しか、エリアスには想像ができないのだった。
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