お義兄さまの頭の中には悪魔と淫魔が住んでいる

柴田

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12.目覚め

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 マクシミリアンは馬車の中で意識を失ってしまった。公爵邸に着いてすぐ医者を呼び治療を受けさせる。本人の毒への耐性もあり命の心配はないとの見たてだ。しかしながら剣に塗られていたのは猛毒のようで、耐性があろうとひどい苦痛に苛まれることになるのは変わらない。
 一瞬だけ意識を取り戻したマクシミリアンが盛られた毒が何かを医者に伝えたため、すぐに解毒薬を投与することができたのは幸いであった。それにより少しは状態がよくなったものの、毒と傷によりひどい熱で三日三晩魘された。
 目を離した隙にマクシミリアンの息の根が止まってしまうのではないかと恐れ、レニャは、ひとときもそばを離れることができなかった。

 四日目の朝。レニャは少しだけ仮眠をとった。食事もとるよう勧められたけれど喉を通らない。マクシミリアンが眠るベッドのそばにイスを持ってきてもらい、手を握る。
 最初よりは随分と指先まで血が通い、温かくなった。そのせいか、握っているうちにうとうとと船を漕いでしまう。
 夢と現を彷徨っていると呻くような声が聞こえ、レニャはハッと顔を上げた。

「お兄様……!」

 銀色の睫毛が震え、ゆっくりと瞼が開く。アイスブルーの右目と白く濁った左目がはっきりとレニャを映しているのがわかって、熱いものがこみ上げた。

「……レニャ……」

 思わずマクシミリアンの胸に顔を埋めると、優しく頭を撫でられる。そうされると余計に涙と鼻水が溢れてしまう。

「顔を上げて、レニャ。お兄様にかわいいお顔を見せてくれ」
「うう……すっごくひどい顔をしてるから見せられません……。お兄様が目を覚まさなかったらどうしようって、わたし、わたし……っ」
「偉そうなことを言ったのに、お前に心配をかけてしまったな」

 両手で顔を撫でるようにしてすくい上げられる。涙でぐちゃぐちゃになっているのを見て、マクシミリアンが愛おしげに目じりを下げた。
 その表情を向けられていると、たまらない気持ちになる。「レニャ」と呼ぶ声がとても恋しかった。
 レニャはベッドに手をついて、マクシミリアンにぐっと上体を近づける。かさついた唇にちょんと口づけて、すぐに離れた。
 恥ずかしくて目が合わせられない。
 けれど何の反応もないことが気になってついつい視線だけ向けてみると、マクシミリアンは耳や首元まで真っ赤に染めて顔を両手で覆っていた。

「……死んでしまう、ときめきで」
「今はそういう冗談はやめてくださいっ」
「このキスはどういう意味だ?」
「……おはようのキスです」
「それだけか?」
「それだけです」
「ふーん」

 身体を起こそうとするマクシミリアンの背中を支える。毒はすっかり抜けたようで、熱も下がっているようだった。あとは体力の回復を待つのみだ。肩のけがはそれほど深くなく、神経にも影響はないと医者が言っていた。
 涙が引っ込んだところでベルを鳴らし、医者を呼び入れる。
 毒で爛れた左目を人に見られることを嫌うマクシミリアンは、医者が入ってくる前に枕の横に置いてあった眼帯をつけた。
 大人しく診察を受けながらも、マクシミリアンは早く現状の把握がしたいようだ。

「あれから何日経った?」
「四日です。エリアスが皆にマクシミリアンは何者かに襲撃をされたみたいだと説明したので、あのあとすぐに狩猟大会は中止になったそうです。暗殺者が忍び込んだのは警備が甘かったからだと、狩猟大会を主催した皇家が参加した貴族たちから非難されています」
「ふん。いい気味だ。――ところでバレンティンが訪ねてこなかったか?」
「泣きながらいらっしゃいましたよ。お兄様が目を覚ましたら連絡をしてほしいと言われています」

 バレンティンは狩猟大会のあったその日にすぐ公爵家を訪ねてきた。マクシミリアンとともに森を回ると言っていたため、彼が襲われる光景を間近で見たのかもしれない。よほど心配していたのか、目がパンパンに腫れていた。
 マクシミリアンが意識を取り戻さないことを告げると、とぼとぼと帰っていった。それから毎日、マクシミリアンの様子を窺う手紙が届いている。
 医者が部屋を立ち去ったあと、レニャは意を決して気になっていたことを聞いてみた。

「暗殺者は、やっぱり皇后陛下が差し向けたのですか?」
「十中八九そうだろうな。暗殺者のひとりを生け捕りにしてバレンティンに密かに連れ帰らせたから、あれから四日も経っているなら拷問……尋問により黒幕を吐いているだろうさ。落ち着いたら一度バレンティンのもとへ行かないと」

 バレンティンの情報ギルドの本拠地となっている建物の地下では、今頃捕まった暗殺者が「いっそ殺してくれ」と懇願しているだろう。マクシミリアンはその光景を想像してほくそ笑んだ。そこにはほかにも皇后の罪に加担した人間を調べ上げ、秘密裏に捕まえて閉じ込めている。

「今後、どうするおつもりですか? また同じようなことがあったらと思うと……心配です」
「暗殺者をひとり逃がしてある。奴は皇后に、毒を塗った剣で私を切ったことを報告したはずだ。皇后は私が毒にやられて死ぬと思って今頃油断しているだろう。だから私が回復したことはしばらく黙っていてほしい」
「それなら、お医者さまや使用人たちへの口止めの徹底と、皇后陛下が偵察を寄こすかもしれないので屋敷の警備を強化しましよう」
「ああ、それがいいだろう」

 いっそのこと、「マクシミリアンは生死の境を彷徨っている」とでも噂を流してしまってもいいかもしれない。マクシミリアンが二度と命の危機に晒されないためにはどうするのがよいだろう、とレニャは頭を悩ませる。
 頭をひねっていると、彼にまだ伝えていないことがあったことを思い出した。

「そういえば、お兄様が暗殺者に襲撃されたことを聞いたお母様とお父様が、帝都に向かってきているそうです」
「そんなに大事にすることでもないのに……。公爵領からでは遠いだろう」

 ソーニャが馬を使い潰す勢いで駆けて来たなら一週間以内に着くだろうが、レフは乗馬が得意ではない。そのためおそらく馬車に乗ってくるだろうから、到着は早くても三週間後だ。
 マクシミリアンは養子になって十年以上経つというのに、まだシュタルフリヒト公爵夫妻に対してどこか遠慮がちなところがある。しかし息子が暗殺されかけたと聞けば、あの二人がじっとしてなどいられるわけがない。

「お母様とお父様がこちらに到着したら、裁判を起こしましょう。皇后陛下が暗殺者を雇ったという証拠はそろっているんですよね?」
「私は……皇后の罪を公にするつもりはない」
「ど、どうしてですか……?」
「裁判にかけて罪に問うたところで、相手は皇后だ。そして世間的に私は第一皇子ではなく元平民の公爵家の養子。皇后の有罪が確定してもよくて幽閉だろう」
「そんな……」
「いいんだ。私は身分を明かすつもりもない。私は一生マクシミリアン・シュタルフリヒトでいたいと思っている。それに……私からしてみれば処刑でも生ぬるい。母上と同じ目に遭わせてやらなければ気が済まない。だから、あとは皇后との〝話し合い〟次第だな。シュタルフリヒト公爵家には迷惑をかけないようにするから、心配しないでくれ」
「話し合い、ですか」
「皇后はもう詰んでるんだ。そのときがくるまで、お兄様はのんびり身体の回復に努めるとしよう」

 目覚めたばかりのマクシミリアンのため、栄養たっぷりのスープを作ってもらった。ベッドサイドテーブルに皿を置いて侍女が立ち去ると、マクシミリアンがにこにことしながらレニャを見てくる。

「なんですか……?」
「レニャが食べさせてくれ」
「ご自分で食べられますよね……?」

 無言のまま笑顔で見つめられ、レニャは結局その圧に負けるのだった。
 ベッドの端に座ってマクシミリアンにスープを食べさせる。レニャが差し出すスプーンをうれしそうに口に入れる姿を見てしまうと、「あとは自分で食べて」と途中で投げ出す気も起きない。目覚めたばかりとは思えないほど食欲もあり、一安心だ。
 ほっとしたせいか、レニャはだんだん眠くなってきてしまった。
 ほとんど空になった皿を片手に瞼が落ちそうになるレニャを見て、マクシミリアンが微笑む。

「お兄様はよほどレニャに心配をかけてしまったようだ。少し眠りなさい。お兄様も早く元気になれるよう、もう少し眠ろうかな」

 マクシミリアンはレニャの手から皿とスプーンを取り上げ、ベッドサイドテーブルに戻した。
 目を擦りながらベッドを降りようとするレニャを引き留める。

「ここで眠っていいよ」
「じ、自分の部屋に帰りますっ」
「でもどうしよう。お兄様、ひとりで眠れそうにないんだ。殺されかけてとても恐ろしかった。ひとりになるのが不安でたまらない。レニャが隣で眠ってくれたらきっとぐっすり眠れるだろうな」

 本気で言っているのかわからない表情だ。けれどマクシミリアンが恐ろしい目に遭ったのは事実のため、訴えを無碍にすることもできない。

「それならしょうがないですね。わたしが添い寝してさしあげます」

 レニャは渋々ベッドに戻った。
 マクシミリアンがまくった布団の中にもぐりこみ、枕をひとつ借りる。
 背中を向けるかたちで寝転ぶと、うしろからそっと抱き締められた。確かめるように髪の匂いを嗅がれている。「恥ずかしいからやめてほしい」と振り解こうとして――マクシミリアンの手が震えていることに気がついた。レニャは大人しくされるがままになることにした。

 きっと、暗殺者に殺されかけたことが恐ろしかったのではないだろう。暗殺者に襲われるのは初めてのことではないと言っていた。原因は毒か、血か。エリアスに連れられて森から帰ってきたときのマクシミリアンは、元の髪色がわからないほど血に染まっていた。どちらも彼の凄惨な過去の記憶を呼び起こすものだ。
 レニャを抱き締めているだけで少しでも彼の心の慰めになるなら、添い寝くらいいくらでもしてあげたいと思った。

 こうしていると、子どもの頃のマクシミリアンが耐性をつけるために毒を飲むたびに体調を崩していたのを思い出す。あのときもレニャが看病をして、たまに添い寝をした。いつも頼もしいマクシミリアンがそのときばかりはレニャに甘えてくれているようで、少しうれしかった。
 レニャはこっそりと笑って、眠気に誘われるまま目を閉じた。

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