6 / 9
6話
しおりを挟む仮面舞踏会も終わり、いつもどおり公爵家へと送ってくれた馬車の中。
フィーナは、馬車の扉を開けようとするディートリヒの手を握った。驚いて振り向いたディートリヒの手に、震える指を絡める。
きっと今、フィーナの顔は真っ赤に染まっているだろう。彼女を見たディートリヒが、何かを察してハッとしたようにつられて赤面するほどに。
「……陛下。わたくしを、あなたの皇后にしてくださいますか……?」
照れと緊張で震える唇で告げると、ディートリヒは声にならない様子でフィーナの名を呼んだ。彼もまた感激に打ち震えていて、フィーナと絡めた指に徐々に力がこもっていった。
席を立ったディートリヒが、皇家の馬車とはいえ狭いところでフィーナの前に片膝をつく。
「もちろんだ。ああ、もちろんだともフィーナ。夢じゃないだろうな? 見てくれ、私の手を。こんなに震えている」
ディートリヒの手を、フィーナが両手でそっと包み込む。
するとディートリヒは堪えるように唇を噛んだ。それからすぐ我慢の限界を迎えたらしく、ディートリヒは熱い眼差しでフィーナを見上げてくる。
「キスしても?」
恥ずかしくて小さく頷くことしかできないフィーナの頬に、ディートリヒの大きな手が触れる。そっと彼の顔が近づいて、やがて唇が重なった。
柔らかく触れ合い、離れる。そのままの距離で見つめ合い、どちらからともなくまた唇を重ね、今度は舌を絡め合わせた。
ディートリヒの手も、唇も、舌も熱い。胸がドキドキと太鼓のようにうるさく鳴っているのに、頭はぼーっとする。ディートリヒのキスはとても優しく、そして官能的だった。
「はぁ、……フィーナ」
「陛下……」
「ディーーーートリヒ!!!」
バンッと大きな音で馬車の扉が開かれる。
家の前についたというのに、いつまでたっても出てこないのを不審に思ったコルン公爵が、痺れを切らして乗り込んできた。
「邪魔が入ったな」
ディートリヒはいたずらっぽく笑う。
もしコルン公爵が現れなかったら、あのあと一体どうなってしまっていたのだろうかと想像を膨らませ、フィーナはポッと頬を赤らめた。
「ディートリヒ! 貴様という奴は!」
「お父さま、皇帝陛下ですよ!」
「今は公の場でもないからかまわないさ。それに、これから私の義父になる人だ。そうだろう?」
「……っ、はい!」
「え? え? どういうことだフィーナ? まさか……っ」
「お父さま。わたくし、皇后になります」
「フィーナ!!!?」
◇◇◇
コルン公爵の多少の反対はあったものの、今日ディートリヒとフィーナの結婚式が盛大に行われた。
長らく新しい皇后を迎えなかった皇帝の結婚を喜ぶ声もあれば、皇太子妃だったフィーナを皇后に迎えることを良く思わない声ももちろんあった。
だがフィーナがこれまで努力して築き上げた淑女の鑑という印象と、皇太子妃だった頃手がけた仕事の成果、また彼女の人となりを知ると誰もが二人の結婚を祝福した。
皇太子の廃嫡により一時揺らいだ皇家の権威が、皇后を迎えたことにより再び確固たるものとなって輝きだす。
結婚式のあとに開かれたパーティーを途中で退席し、二人は皇宮にある部屋に戻ってきていた。
一旦別れ、皇后の部屋に入ったフィーナを迎えた侍女たちにより身体を隅々まで磨き上げられる。
薄手のネグリジェを着たフィーナは、夫婦の寝室に繋がる扉をおずおずと開いた。
「フィーナ、おいで」
既にベッドに腰掛けていたディートリヒに促され、緊張の面持ちで歩み寄る。ディートリヒはガウン姿だ。ディートリヒも湯を浴びたようで、いつも整えられている髪がおりているせいか、より若く見えた。
「ワインだ。そなたも飲むか?」
「いただきます」
緊張を和らげるためには、お酒を飲むのが一番いいだろう。そう思ってグラスを受け取り、フィーナはワインをぐいっと飲み干した。
こういった行為は、初めてというわけではない。アレクセイと夫婦だったのだから当然だ。
それなのに、ディートリヒとの初夜にとてつもなく緊張している自分がいてフィーナは戸惑っていた。決して嫌だからではない。むしろ式の間も、パーティーのときからもずっと期待に胸が高鳴ってしまっていた。とうとう二人きりの夫婦の空間にきてしまい、そわそわと落ち着かない。
「はは、いい飲みっぷりだが、ほどほどにな」
「は、はいっ」
普段と変わらない様子のディートリヒが少し恨めしい。初夜に緊張しているのは自分だけなのだ。
空になったグラスをディートリヒに取られ、サイドテーブルに置かれる。
ディートリヒは隣に座るフィーナを見て苦笑した。
「そんなに硬くならないでくれ」
「む、むりです……っ、緊張するし、ドキドキするし、陛下もいつもよりっ、素敵で……」
「あんまりかわいいことを言うんじゃない」
ディートリヒがため息をつく。その息は熱かった。
「……陛下」
「名前を呼んで」
「ディートリヒ様、……っあ」
ディートリヒの指が、首筋をくすぐりながらフィーナの髪を後ろに流す。
「……綺麗だ、フィーナ」
ネグリジェを着た華奢な身体を眺め、初めて見るフィーナの扇情的な姿にディートリヒは喉仏を上下させる。
フィーナに対して情けないところを見せたくないと余裕ぶるディートリヒだが、彼もまた愛しの妻と迎える初夜に密かに緊張していた。
238
あなたにおすすめの小説
お買い上げありがとうございます旦那様
キマイラ
恋愛
借金のかたに嫁いだ私。だというのに旦那様は「すまないアデライン、君を愛することはない。いや、正確には恐らく私は君を愛することができない。許してくれ」などと言ってきた。
乙女ゲームのヒロインの姉に転生した女の結婚のお話。
「王太子殿下に魅了をかけてしまいました。大至急助けてください」にチラッと出てきたアデラインが主人公です。単体で読めます。
唯一の味方だった婚約者に裏切られ失意の底で顔も知らぬ相手に身を任せた結果溺愛されました
ララ
恋愛
侯爵家の嫡女として生まれた私は恵まれていた。優しい両親や信頼できる使用人、領民たちに囲まれて。
けれどその幸せは唐突に終わる。
両親が死んでから何もかもが変わってしまった。
叔父を名乗る家族に騙され、奪われた。
今では使用人以下の生活を強いられている。そんな中で唯一の味方だった婚約者にまで裏切られる。
どうして?ーーどうしてこんなことに‥‥??
もう嫌ーー
真面目な王子様と私の話
谷絵 ちぐり
恋愛
婚約者として王子と顔合わせをした時に自分が小説の世界に転生したと気づいたエレーナ。
小説の中での自分の役どころは、婚約解消されてしまう台詞がたった一言の令嬢だった。
真面目で堅物と評される王子に小説通り婚約解消されることを信じて可もなく不可もなくな関係をエレーナは築こうとするが…。
※Rシーンはあっさりです。
※別サイトにも掲載しています。
出戻り令嬢は馭者台で愛される
柿崎まつる
恋愛
子どもが出来ないことを理由に離縁された伯爵令嬢ソフィ。やけ酒して馭者台に乗り込んだ彼女は、幼馴染のイケメン馭者セレスタンに抱きとめられる。狭い馭者台に重なり合う二人。多くの婿養子の誘いを断ってなお伯爵家で働き続けるセレスタンの抑えきれない想いが、ソフィを甘く翻弄してーー。
義姉の身代わりで変態侯爵に嫁ぐはずが囚われました〜助けた人は騎士団長で溺愛してきます〜
涙乃(るの)
恋愛
「お姉さまが死んだ……?」
「なくなったというのがきこえなかったのか!お前は耳までグズだな!」
母が亡くなり、後妻としてやってきたメアリー夫人と連れ子のステラによって、執拗に嫌がらせをされて育ったルーナ。
ある日ハワード伯爵は、もうすぐ50になる嗜虐趣味のあるイエール侯爵にステラの身代わりにルーナを嫁がせようとしていた。
結婚が嫌で逃亡したステラのことを誤魔化すように、なくなったと伝えるようにと強要して。
足枷をされていて逃げることのできないルーナは、嫁ぐことを決意する。
最後の日に行き倒れている老人を助けたのだが、その人物はじつは……。
不遇なルーナが溺愛さるまで
ゆるっとサクッとショートストーリー
ムーンライトノベルズ様にも投稿しています
義兄様と庭の秘密
結城鹿島
恋愛
もうすぐ親の決めた相手と結婚しなければならない千代子。けれど、心を占めるのは美しい義理の兄のこと。ある日、「いっそ、どこかへ逃げてしまいたい……」と零した千代子に対し、返ってきた言葉は「……そうしたいなら、そうする?」だった。
鉄壁騎士様は奥様が好きすぎる~彼の素顔は元聖女候補のガチファンでした~
二階堂まや♡電書「騎士団長との~」発売中
恋愛
令嬢エミリアは、王太子の花嫁選び━━通称聖女選びに敗れた後、家族の勧めにより王立騎士団長ヴァルタと結婚することとなる。しかし、エミリアは無愛想でどこか冷たい彼のことが苦手であった。結婚後の初夜も呆気なく終わってしまう。
ヴァルタは仕事面では優秀であるものの、縁談を断り続けていたが故、陰で''鉄壁''と呼ばれ女嫌いとすら噂されていた。
しかし彼は、戦争の最中エミリアに助けられており、再会すべく彼女を探していた不器用なただの追っかけだったのだ。内心気にかけていた存在である''彼''がヴァルタだと知り、エミリアは彼との再会を喜ぶ。
そして互いに想いが通じ合った二人は、''三度目''の夜を共にするのだった……。
コワモテ軍人な旦那様は彼女にゾッコンなのです~新婚若奥様はいきなり大ピンチ~
二階堂まや♡電書「騎士団長との~」発売中
恋愛
政治家の令嬢イリーナは社交界の《白薔薇》と称される程の美貌を持ち、不自由無く華やかな生活を送っていた。
彼女は王立陸軍大尉ディートハルトに一目惚れするものの、国内で政治家と軍人は長年対立していた。加えて軍人は質実剛健を良しとしており、彼女の趣味嗜好とはまるで正反対であった。
そのためイリーナは華やかな生活を手放すことを決め、ディートハルトと無事に夫婦として結ばれる。
幸せな結婚生活を謳歌していたものの、ある日彼女は兄と弟から夜会に参加して欲しいと頼まれる。
そして夜会終了後、ディートハルトに華美な装いをしているところを見られてしまって……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる