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34-1.初めての接吻
しおりを挟むヴィンセントはずっと待って、焦れて、もう限界が近かった。待つことは得意だと自己分析していたのに、ジゼルを前にするとそうではなくなるようだ。
ジゼルに触れたい。ジゼルの気持ちが欲しい。――全てが欲しい。
「ジゼル、私と共に生きてくれるか?」
しがらみは何もない。拒む理由もない。ジゼルの気持ちもまた、ヴィンセントにあるのだから。
ジゼルが肯定の意味で瞼を閉じると、ゆっくりと唇が重なる。
音も立てないような静かなキスは、ほんのわずかに唇の表面が触れ合っただけで離れていった。もう終わりかと名残惜しむようにジゼルが睫毛を震わせると、ヴィンセントの熱い吐息が唇を掠める。
「……いやではなかったか?」
ジゼルのためにヴィンセントがあらんばかりの心を尽くしてくれているのだと感じて、思わず胸がいっぱいになった。少しもいやではないから困る。むしろ、もっと触れていたい。
いつもは無表情なヴィンセントが、物欲しげに瞳を揺らしている。
今度はジゼルのほうから啄むようなキスをすると、ヴィンセントは目を見開いた。それから、唇が深く重なる。
「んっ」
「……は」
一度、二度、と角度を変えて唇を重ねたあと、ヴィンセントは顔を離した。
「今日はここまでにしよう。止められなくなりそうだ。ジゼルに嫌われたくはない」
つい先刻までは共に生き、共に死ぬだけでいいと思っていたというのに。一度ジゼルに触れると歯止めが利かなくなってしまったことに、最も動揺していたのはヴィンセント自身だ。下唇を噛んで顔を背けるヴィンセントは、ジゼルを前に最大限の我慢を己に強いているように見えた。
ヴィンセントとそういう行為をするのがいやなわけではない、とジゼルは思う。ただ、ジゼルにとって性行為は嫌な記憶しかなく、痛く、苦しいことという認識しかなかった。一般的には愛し合う者同士のすることなのに、ジゼルにとっては違う。
――――それに。こんなに穢れた身体を、ヴィンセントという美しい竜に触れさせたくなかった。
けれど同時に、ヴィンセントの望みに応えてあげたいという自分もいて、ジゼルはもっと早く彼と出会えなかったことをひどく悔いる。
「……ジゼル。おまえにそんな顔をさせたいわけではない」
「公爵さま」
「おまえがいやがるならしない。怖いんだろう?」
ヴィンセントの声は優しくて、しかし焦がれるように掠れていた。
「公爵さまがいやなんじゃないんです。あなたが怖いわけでも……私は、……んっ」
ジゼルの言葉を遮って、ヴィンセントの唇が再び重なる。
「こうして口づけを許されただけでもうれしいよ」
自分の欲求よりもジゼルの気持ちを汲んでくれようとするヴィンセントの優しさに、胸が苦しくなる。――どうしたらヴィンセントは喜んでくれるだろうか。彼が与えてくれたすべてのものに報いたい。ジゼルも、同じだけヴィンセントに何かをあげたかった。
ヴィンセントの背中に両腕を回して、ぎゅっと抱き着く。
「ジゼル? あまりくっつくな。今の私には余裕がない」
「…………公爵さまのしたいこと、私に教えてくださいませんか……?」
ヴィンセントが息を呑む。ぶわりと身体中が熱くなった。まるで発情期がきたと錯覚してしまうほどの肉体の反応に、ヴィンセントは背中を震わせる。気を確かにもっていないと、より本能に近い竜の姿に戻ってしまいそうだ。
「いいのか……?」
覚悟を決めたつもりだったのに、ジゼルの身体は無意識に強張っているようだった。
そのことを敏感に感じ取ったヴィンセントは、己の中の獰猛な欲望を抑えつける。ジゼルの小さな身体を抱き締めて、背中をさするように撫でた。
だがもうヴィンセントは、ジゼルに触れないという選択はできそうになかった。
「――今夜、私の部屋に来てくれ」
耳元で囁く声に、ジゼルは「はい」と震えそうになる声で短く答えた。
◇◇◇
卒業記念パーティーが行われていたのは昼間で、エスター公爵家に帰ってきたのは夕方近くだった。ジゼルは一旦ヴィンセントと別れ、簡単な夕食を部屋で済ませたあと、一人で湯に浸かる。人に身体を見られることを嫌うジゼルは、エスター公爵家に来てからも入浴の手伝いは断っていた。
準備までは侍女がしてくれる。ジゼルはバスタブのふちに顎を乗せ、髪や身体を洗うための道具が並べられたラックを眺めた。その中から一番好みの匂いの香油を手に取り、湯に数滴垂らす。いつもはしないそんなことをする自分に、ジゼルは急に恥ずかしさが込み上げた。
それでも湯気にのって漂う香油のいい匂いに浸っていると、だんだん気分が落ち着いてくる。
――――エスター公爵家の屋敷内にあるジゼルの私室は、アカデミーを卒業して帰って来るといつの間にか場所が変わっていた。
これまではヴァルトロやキリアンの私室もある階だったというのに、メイドに着いて行くようヴィンセントに指示され、案内された部屋はヴィンセントの私室がある階だったのだ。
しかもヴィンセントの――エスター公爵家当主の隣の部屋だ。そこは公爵夫人の使う部屋だったが、ネイアは別邸に隔離されていたため今までは空室だった。誰も使っていなかったとは思えないほどきれいに保たれた部屋は、どこか雰囲気が以前までのジゼルの私室と似ている。
『今夜、私の部屋に来てくれ』――ヴィンセントの言葉が耳にこびりついて離れない。新しい私室を見て回っているときに気がついたのだ。寝室にあった、謎の扉に。きっとあの向こうには、ヴィンセントの寝室か、もしくは夫婦の閨がある。
想像して顔が火照ってきたジゼルは、のぼせないようにと慌てて湯から上がった。
しかし恥ずかしさと少しの期待で緩んだジゼルの表情も、タオルで濡れた身体を拭きながら自分の身体を眺めるうちに、だんだん曇っていった。
もうヴィンセントはジゼルを待っているだろうか。そうは思いながらも、支度をするジゼルの動作は時間を引き延ばすかのようにのろのろとしていた。
誰がどんなことを聞いて用意したのか、いつもジゼルが着ている夜着よりも随分と薄い生地のナイトドレスだけが置いてあり、着用するほか選択肢がなかったため着てはみたものの、なんとも心許ない布の薄さに早くも心が折れそうになる。
さすがにそれだけでは羞恥心が耐え切れず、上にガウンも羽織った。
その恰好のまま、寝室にある謎の扉の前で佇むこと数分。意を決してほんの少し扉を開けて覗いてみると、やはりそこには大きなベッドがあって、ヴィンセントが腰かけていた。
「もう少し時間がかかると思ったが、意外と早かったな」
「気づいていたんですか?」
「バレていないとでも?」
クスクスと笑うヴィンセントは、読んでいた本を閉じてサイドテーブルに置くと、「おいで」とジゼルを手招きした。
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