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35-1.新婚初夜の儀礼 1日目
しおりを挟むおずおずと近づいてきたジゼルを見上げ、ヴィンセントは自身の片方の膝をトントンと示す。「ここに座れ」ということだろう。ジゼルが腿に座ると、ヴィンセントはジゼルの手をすくい上げ、指先に口づけた。
「そんなに緊張せずとも、すぐに取って食ったりはしない」
「……しない、のですか?」
「ん? 少しは期待してくれていたのか?」
ヴィンセントの指摘にジゼルは首まで真っ赤にしてしまう。少し意地悪な言い方だったか、とヴィンセントは笑ってしまいそうなのをどうにか堪えた。ヴィンセントは、どうやら自分が浮かれているらしいことを自覚する。
「愛というものを学ぶとき、人の営みについても学んだ。人間を抱くのはおまえが初めてだから、傷つけてはいけないと案じてな」
「え……? 初めて?」
頭に大量の疑問符を浮かべたジゼルが何を思い浮かべたのか、手に取るようにわかる。ヴィンセントは話題にすべきか迷っていたが、その様子を見て口を開いた。
子どもをねだったネイアにヴィンセントがした仕打ちは、同じ女性に語るにはひどい内容であり、ジゼルに話すのも躊躇いがあった。
――心臓という弱みを握ったナイングレイまで味方につけ、ネイアは子作りを強要した。ヴィンセントはそんな彼女に、一人でして小瓶に出したものを投げて寄越したのだ。子どもをつくりたいなら好きにしろと宣って。それ以上の譲歩はできないと言い切ったヴィンセントにありったけの抗議をしたものの、最終的に折れたのはネイアのほうだった。勃たないのだから仕方がない。どれだけ強い媚薬を盛ろうと、ヴィンセントの身体はすぐに解毒してしまうのだから。
そんな話を聞かされたジゼルは、なんと答えたらいいのか困っているようだった。
「本来の私は竜なんだ。人間の交尾など詳しく知らない」
人の性行為について調べるヴィンセントを想像すると可笑しくて、ジゼルはつい吹き出してしまった。
緊張が解けた様子のジゼルに、ヴィンセントは表情を緩める。
「ある地方の新婚初夜の儀礼に、5日間かけて行うものがあった」
「い、5日間も……ですか」
「想像しているものとは少し違うぞ。5日間かけて、ゆっくり触れ合っていくんだ。行為に抵抗感のあるジゼルにぴったりだと思うんだが、どうだろうか」
頬を赤らめたジゼルの輪郭を撫でたヴィンセントの手が、耳をくすぐる。
「今日は見つめ合い、他愛のない話をして、最後に抱き締め合って眠ろうか」
「それだけ……?」
「明日には、触れるだけのキスをしよう。身体のあちこちを撫でて、口づけて……少しずつ少しずつ、たっぷりと時間をかけてお互いを知っていこう。私に触れられることに慣れるためにも。そして5日目、最後の日には、お前のここに私を受け入れてもらう」
低く落ち着いた声で話していたかと思えば突然、トン、とヴィンセントの指先が下腹部に触れて、ジゼルは小さく声を上げた。
「――いいか?」
ジゼルはそっと頷いた。
「まずはお互い裸になろうか」
「…………っ」
ジゼルはガウンに伸びてきたヴィンセントの手を、思わず止めてしまった。
「まだ恥ずかしいか?」
――違う。もちろん恥ずかしい気持ちもあるけれど、裸を見られたくないのはそんな理由からではなかった。
「私から脱ごう」
ヴィンセントは躊躇いもなくシャツを脱ぎ、均整のとれた肉体を惜しげもなく晒す。抜けるように白い肌が目に眩しくて、ジゼルはガウンの前をぎゅっと閉じた。
本当に美しい男だ。顔も、身体も、何もかもがきれいで、少しだけいやになる。
「……ジゼル? どうした? やっぱりまだ抵抗があるなら――」
うつむく顔を覗き込んでくるヴィンセントの赤い瞳は透き通るように美しく、その神秘的な縦長の瞳孔はジゼルの何もかもを暴いてしまうかのように見えた。
「……私の身体、きれいじゃないんです」
「ジゼルはきれいだ」
「そうじゃ……なくて」
ナイトドレスの下に隠れた自分の身体がどれだけ醜いか、ジゼルが一番知っている。ブランテ伯爵夫人に鞭打ちされた背中や腿の裏は裂けて血が滲み、今ではミミズが這ったあとのようにぼこぼこと皮膚が腫れていた。
ブランテ伯爵やアーノルドに殴られた打撲痕や、首を絞められた痣がないだけマシではあったが、どちらにしろ人に見せられたものではない。ジゼルが入浴や着替えをなるべく一人で行っていたのには、そんな理由があった。
ジゼルが自分との行為自体を忌避しているわけではないと悟ったヴィンセントは、ジゼルを立たせるとゆっくりガウンを脱がせた。ジゼルの身体は一度大きく跳ねたものの、拒みはしない。ただジゼルの目は、ヴィンセントの反応を恐れているようだった。
ジゼルの足元にぱさりとガウンが落ちる。ヴィンセントがジゼルの華奢な肩からナイトドレスの紐を落とすと、ガウンの上に静かに重なった。
「きれいだ」
「…………」
「泣くなジゼル」
裸のジゼルを膝に乗せ、ヴィンセントは涙の滲んだ目尻を撫でる。ジゼルの悲しみを取り去ってしまいたいのに、こういうときにかけるべき言葉をヴィンセントは持ち合わせていなかった。ただ正直に気持ちを伝えるほかない。
身体に残った傷を見せるのに、どれだけ勇気が必要だっただろうか。ヴィンセントがジゼルの背中をさすると、およそ人の肌とは思えないほど凸凹とした感触を指先に感じた。
竜であるヴィンセントには人の美醜はよくわからない。傷がそう醜いとも感じない。それでもこの傷がある限りジゼルの心を蝕むのなら、ヴィンセントの選択はひとつだ。
「ジゼル、痛いか?」
「もう痛くはない、です。少し引き攣れるような感覚があるだけで」
当時の痛みは、今も鮮明に思い出せる。火傷したようにいつまでもひりひり、じんじんと熱くて、痛みで何日も眠れなかった。ろくに手当てもしてもらえず、膿んだ傷からはひどいにおいがして、しばらく服に血や膿が滲んだ。そしてブランテ伯爵に連れて行かれた凶行の現場で、この身体を見た男たちの、まるでおぞましいものを見るような目が忘れられない。
思い出しては絶望に引きずり落とされるジゼルを見て、ヴィンセントは「まだ痛むのだな」と呟いた。ジゼルの心は、今もまだ傷ついたままだ。きっとそれは、何年、何十年がたとうと続く。
ヴィンセントは生まれて初めての無力感を感じた。
時を巻き戻せたならいいのに、と無茶なことを考える。
「――私の血を飲め」
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