その悪女は神をも誑かす

柴田

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バシリー伯爵邸の仮面舞踏会(1) ※

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 二カ月ぶりにタウンハウスに戻ったメリーティアは、自室のベッドに倒れ込んだ。
 好きでもない男とそれだけの長期間ずっといっしょにいるのはさすがに堪えた。ケイリクスに離宮に囚われていた頃よりは随分マシだが、それでも心がすり減るのは変わりない。

 だが、どちらかといえばこれからが本番だ。
 息子を皇帝にするという悲願を絶たれたモナに関しては、すでに復讐は終えたようなものだった。けれど彼女と、そしてケイリクスの命を刈り取らなければメリーティアの復讐は終わらない。終わることなどできない。


 部屋にノックが響き入室を許可すると、侍女が木箱を持って入ってきた。

「ハイゼンベルグ侯爵様からお荷物が届いております」

 受け取って箱を開けてみる。――『ヴィネコット』だ。

 アイボリー家から前回同様に、「マイルズの補佐官試験合格祝い」と称して贈られてきた、と同封された手紙に綴られている。前回はトリーが贈ったと言っていたが、今回はアイボリー家が直々に贈ってきたようだった。アイボリー家はモナに脅されている立場だろうけれど、悪事の片棒を担ぐというなら彼らも容赦しない。

 だが、ひとまずほっと胸を撫で下ろす。メリーティアがどれだけおかしな行動をしたとゴシップ誌で騒がれようと、あの日の言葉を信じて『ヴィネコット』を開封せず届けてくれた父に感謝した。
 おかげで前回の二の舞にはならなさそうだ。
 ヨハンセンが廃嫡されたため、皇位継承争いのことで家族が害されることはもうないだろう。しかし今回のことで完全にモナから恨まれているため、メリーティアをハイゼンベルグ家もろとも潰そうとしてくる可能性がないとは言えない。

 どちらにしろまず片づけるべきはモナだ。

 ――でも、ちょっと疲れたわ……。

 メリーティアは侍女を下がらせると、食事をするのも忘れて昏々と束の間の休息を貪るのだった。


   ◇◇◇


 あれから一週間。
 メリーティアはバシリー伯爵家を訪れていた。今夜、ここで仮面舞踏会が開催されるのだ。

 バシリー伯爵家では毎年仮面舞踏会を開いており、普段とは一風変わったパーティーが楽しめると貴族の間で人気を博していた。しかしながら直々に招待された人物しか参加することができないことでも有名だ。譲り受けた招待状は無効にされるらしい。

 そして今回はそこに皇帝が参加するという噂が流れており、余計に注目を集めていた。

 メリーティアのもとに招待状が届いたのは、皇宮からタウンハウスに戻った翌日のことだ。ケイリクスからの指示で送られたものだとすぐにピンときた。この仮面舞踏会で会おう、ということだろう。
 早くもケイリクスがメリーティアの撒いた餌に食いついたのだ。

 メリーティアの計画では、再びあの離宮で過ごす必要がある。そのためにもどうやってケイリクスのもとへ行こうか悩んでいたが、このチャンスを有効に使えばいい。
 メリーティアが単身でいきなり皇宮に行けば、ケイリクスは喜んで受け入れるだろうが、モナが邪魔をしない保証がない。一度タウンハウスに戻ったのは悪手だったと後悔していたところだったが、渡りに船だ。
 ケイリクスとともに入宮したほうが安全だろう。皇宮はケイリクスの天下ではあるが、前回メリーティアに毒入りの茶を渡したメイドのように、どこにモナの手先が潜んでいるかわからない。あの閉ざされた離宮の専属メイドすら手懐けたのだ。用心して損はない。

 早いところ、仮面舞踏会の参加者の中からケイリクスを見つけだそう。

 メリーティアはそう意気込むと、馬車から降りてバシリー伯爵邸を見据えた。

 続々と会場に入っていく参加者たちは、皆一様に仮面で顔を隠している。普段の舞踏会と違うのはそれだけではない。男性は少し気楽な服装で、女性は露出が極端に多いドレスを着ている人が多かった。全員ひとりなのは、参加資格があるのが招待された本人だけだからだ。パーティーには珍しく、なぜかペアの帯同が許されていない。
 どんなパーティーなのかは参加者だけの秘密らしく、内容に関しての噂はほとんど聞かない。

 メリーティアも人々にならって入口で侍従に招待状を見せ、会場へと足を踏み入れた。

「……まあ」

 灯りがわざと絞られているようで、人の顔の判別も難しいほどホール内は薄暗い。
 会場となっている小規模なホール内はところどころに天井から長いカーテンがかけられ、舞踏会と銘打っているのに、ソファが堂々といくつも置かれていたりする。その妖しげな雰囲気は異様としか言いようがない。

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