その悪女は神をも誑かす

柴田

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三人目が迎えた結末(3)

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 ケイリクスからの命令を受け、グウェンダルはヨハンセンを担ぎ上げる。
 ヨハンセンは母親に手を伸ばすが、彼女が振り返ることはなかった。

「お待ちください陛下……っ!」
「あまりしつこいとそなたも放り出すぞ」
「ヨハンセンを廃嫡するというなら、わたくしとの間にもうひとり男児を成してください! どうか、どうかお願いです……」

 皇后の言葉を聞いて、必死に足掻いていたヨハンセンはぴたりと動きを止めた。母が必要としているのは〝ヨハンセン〟という個人ではなく、自分に権力を与えてくれる〝皇子〟なのだと思い知らされる。わかっていたのに期待した自分が愚かで惨めだ。
 ヨハンセンはグウェンダルの服を握り締め、ひとりで涙を流した。

「余は美しい女しか抱かない。去れ」
「……っわたくしは、わたくしは! 皇后でございます!」
「それがどうした。余が皇帝だ。余が帝国だ。余が法だ。そなたなど取るに足らない存在だと心得ておけ。大人しくしているならその席には座らせておいてやろう」
「…………ッ」

 皇后はケイリクスに背を向ける。
 メリーティアの隣を通り過ぎる際に怨念のこもったまなざしを向けてきた。

 皇后モナ・ヘイスティン・ヴェドニア。
 メリーティアの家族を殺し、グウェンダルを処刑台に立たせた女。

 ――次はあなたの番よ。

 メリーティアが負けじとにらみ返すと、モナは彼女の赤髪と同じくらい顔を真っ赤にして怒りを露わにした。

「メリーティア。一度家に帰るかい? 馬車を用意させよう」
「ありがとうございます、陛下」

 ケイリクスが手を打ち鳴らすと侍従が飛んでくる。
 メリーティアはすぐさまメイドたちに囲まれて別室へ連れて行かれ、真新しいドレスに着替えさせられた。やたらとサイズがぴったりなことは深く考えたくない。

 メリーティアは約二カ月ぶりにハイゼンベルグ家のタウンハウスに帰るのだった。


 一方、皇宮の城門前。

 着の身着のままのヨハンセンを、ケイリクスに言われるがまま連行してきたグウェンダルは、地面に蹲ってめそめそと泣いている彼の肩にマントをかけてやった。
 それから手を強引に引き寄せ、革の袋を持たせる。ずっしりと重いそれには、平民が一年は暮らしていけるだけの金貨が入っていた。

「あなたは愚かな選択をした。けれどまだやり直せるはずです」
「どうやり直せって言うんだよぉ……俺に平民のように働けって言うのか? 汗水たらしてしょうもない小銭を稼げって? 言うのは簡単だよな。同情していい気になりたいだけだろ? お前も内心では俺のこと嘲笑ってんだろぉ!」
「あなたがしょうもないと言った額を稼ぐのに平民たちがどれだけ苦労をしているのか、よく知るいい機会になるでしょう。あなたは帝国を導いていくお立場であったにもかかわらず彼らを軽んじておられます。彼らが納めた税金で我々貴族や皇族が暮らしているのですよ」
「わかってんだよぉそんなことは! ぐちぐち説教垂れやがってぇこのやろう偉そうに!」

 グウェンダルに怒り散らしながらも、ヨハンセンは革袋を胸に抱き締めて離さなかった。

「それにこれは同情ではありません。私はメリーティアのしたことは間違いだったと思っております。だからあなたにこれを渡すのです」
「なんでお前がメリーティアの代わりに俺に金を払うんだよ! まだメリーティアの婚約者気取りなのか? メリーティアはっ、メリーティアは俺の……っ、うわぁあん!」

 泣きじゃくるヨハンセンを置いて、グウェンダルはその場から立ち去る。

 メリーティアは変わってしまった。幼い頃は心根の優しい性格だったのに、今では人を貶めて笑っている。まるで毒花のようだ。
 ネビルやヨハンセンだけでは飽き足らず、次はケイリクスを狙っているようだった。

 けれどメリーティアは人を傷つけて快楽を得るような人間ではない。何が彼女をそうさせるのか。何が彼女をそこまで変えてしまったのか。思い返してみれば、あの日グウェンダルに抱かれにきたときからおかしかった。
 絶対に何か理由があるはずだ。

 どれだけメリーティアが悪女のように振る舞おうと、他人を陥れようと、いつかその手で人を殺めたとしても、グウェンダルは彼女のことを嫌いになることなどできない。忘れることなどできない。一度愛した相手だ。今も愛している。
 メリーティアが誤った道に進もうとしているなら、正してあげなければならない。彼女がわざと道を外れようとしているなら、共に歩んで支えてあげたい。
 どれだけ拒絶されようと、グウェンダルはメリーティアを諦めるつもりはなかった。

 ケイリクスを見つめていたメリーティアのまなざしを思い出すと、胸に言い知れぬ不安がこみ上げる。言葉とは裏腹に、そこには恋も愛も感じられなかったのだ。反対にケイリクスの瞳はどろどろと底なし沼のように愛欲に満ちていた。
 もしメリーティアが本当にケイリクスのもとに行くつもりなら、全力で止めなければならない。グウェンダルの本能が警鐘を鳴らしている。
 ケイリクスは底知れぬ、危険な香りのする男だ。

 そうでなくとも、このままではいつの日か彼女の心が壊れてしまう。グウェンダルはそれが恐ろしくてたまらなかった。

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