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君がための護衛騎士(1)
しおりを挟む翌日、ケイリクスが護衛騎士だといってグウェンダルを連れてきた。
前回も護衛騎士はいたが、見知らぬ近衛騎士だったと思う。二名でローテーションして、ケイリクスと夜伽をしているとき以外は四六時中ついて回られて鬱陶しかった。
皇帝の情婦でしかない貴族令嬢に近衛騎士がつきっきりだったのだ。
今のグウェンダルの地位は帝国騎士団長であり、そんな任務につく立場では決してない。なぜケイリクスがわざわざグウェンダルを連れてきたのかわからず、メリーティアは困惑するばかりだった。
「余がいないときはグウェンダルがそなたを守ってくれる」
「……どうしてホールトン公爵なのですか? 彼は騎士団長ですわ」
「そなたを守るために決まっているだろう。グウェンダルは帝国一の剣の使い手だ。余に忠誠を誓っているから信用も置ける。そなたを守るのにこれ以上相応しい騎士がいるか?」
にこやかに説明されても納得いかず、メリーティアはにらむようにグウェンダルを見た。騎士団長にまで昇り詰めたのにこのような扱いをされて不満はないのか、と視線で問いかける。
しかしながら、グウェンダルの無表情から感情を読み取ることは難しかった。「我が命に代えてもお守りいたします」と騎士礼をされ、メリーティアは言葉に詰まる。
「グウェンダルでは心許ないか?」
「い、いえ、少し……驚いただけですわ」
試すかのような視線が鼻につく。
メリーティアはぎこちなく微笑み返すことしかできなかった。
ケイリクスがグウェンダルを護衛騎士に任命した理由は、すぐにはっきりする。
政務を終え離宮へと戻ってきたケイリクスは、さっそくメリーティアを抱いた。グウェンダルが扉の外で護衛していることを知っていながら、である。
どうやらメリーティアの善がる声を彼に聞かせたいようだった。
グウェンダルがメリーティアにまだ気があるのをわかっていてやっている節がある。メリーティアはもう自分のものだと知らしめたかったのだろう。優越感に浸りたかったのだろう。
メリーティアはケイリクスの浅ましい心情をすべて見透かしていながら、グウェンダルに声を聞かれる状況で抱かれるのも、彼が護衛騎士を続けることも「嫌だ」ということはできなかった。
もし拒否をしたら、メリーティアがグウェンダルを意識していることをケイリクスに教えることになる。そうなればこの復讐計画は台無しだ。きっとケイリクスはグウェンダルを排除するだろう。
だからメリーティアは歯を食いしばり、ケイリクスの溺れる愛にただ喘いだ。
――早く。早く。早く。
◇◇◇
離宮に連れて来られてから一週間が経った。
今は離宮に囚われている、というよりも自ら望んで閉じこもっていると言うべき状態だ。以前よりも確実に自由度が増していた。ケイリクスに許可を得れば、タウンハウスからあれこれ持ってこさせたり、衣装室や宝石商を呼びつけることもできる。
とはいえドレスや装身具はすでに溢れるほど離宮に用意されていたため、主にタウンハウスの執事とのやり取りしかしなかった。
窓に鉄格子もはまっておらず、離宮の玄関扉も施錠されていない。逃げようと思えばいつでも逃げられるけれど、一度でもそんな素振りを見せればまた前回のように軟禁されるだけだ。
庭園を少し歩いていくと、ここ一帯が高い塀に囲われていることを知った。出るのは当然ながら、外から侵入することも難しそうだ。やはり出入口は皇帝宮しかない。
皇帝宮へと続く扉も施錠されてはいないようで、それが逆にメリーティアを落ち着かない気持ちにさせた。
またしても試されているような気分だ。
おそらくケイリクスは、本心ではメリーティアの気持ちを疑っているのだろう。そうして隙を見せてこちらを試しては、メリーティアに愛されていると実感したいのだ。
メリーティアはテーブルに頬杖をついて浅くため息をついた。
侍女にレターセットを持ってこさせると、タウンハウスの執事宛てに手紙を綴る。
「これをハイゼンベルグのタウンハウスに送ってちょうだい」
ここ数日、何度かタウンハウスから物を送ってもらっているため、侍女は慣れた様子で手紙を受け取った。このあと侍女がケイリクスのもとへ持って行って中身をあらためてから、タウンハウスへ手紙が届けられる手筈になっている。
手紙を書くともうやることがなくなってしまい、メリーティアは手慰みにクッキーをつまんだ。
侍女がいなくなると、グウェンダルとふたりきりになる。だがこの一週間、最初の挨拶以外は彼と口をきかなかった。グウェンダルのほうも与えられた任務を黙々とこなすだけで、気配を消して壁になっている。
毎晩あられもない声を聞かされて辟易しているはずなのに、顔色ひとつ変わらない。どちらかといえばメリーティアのほうがそのことを気にしてしまっていた。いっそ護衛騎士を辞退したいとケイリクスに言ってくれればいいのにと思いながら、無意識に再びため息をつく。
「……皇后陛下は怒っているかしら?」
唐突に尋ねると、グウェンダルがこちらへ視線を向ける。
離宮にいるとあまり外の情報が入ってこない。万が一モナがケイリクスの強情さに折れてメリーティアを容認するようでは、この計画は破綻してしまう。また一からモナを陥れる方法を考えなければならなかった。
――もしかして、皇后は本当にもう諦めてしまったのでは?
そんな考えが浮かび、メリーティアは頭を横に振る。ヨハンセンを失ったモナは焦っているはずだ。そしてメリーティアを相当恨んでいるはずだから、絶対に殺そうと企んでいるに決まっている。
だけど、一体いつまで皇帝のもとに囚われていなければならないのか。
モナが今この瞬間に痺れを切らしてくれやしないかとやきもきする。メリーティアは、モナが手を出してくるのを今か今かと待っていることしかできない。もどかしさだけが募っていく。
まだ一週間しか経っていないというのに、メリーティアは早くも待ちきれなかった。
前回モナが動きを見せたのは、メリーティアがケイリクスの子を孕んでからだ。もし一年経ってもモナが動かなければ、またそうするしかないのだろうか。できればほかの命を犠牲にしたくはない。それがたとえケイリクスとの間にできた望まぬ子の命だとしても。
「――毎日皇帝陛下と口論なさっているようだ」
「まあ、そうなのね」
「…………」
メリーティアがうれしそうに手を合わせると、グウェンダルは何か言いたげに口を開いた。しかし何を言うこともなく唇を引き結び、視線を伏せるのだった。
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