その悪女は神をも誑かす

柴田

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君がための護衛騎士(3)

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「君は私に自由がほしいと言った。これが君が望んだものか? 君がこの状況を楽しんでいるようには見えない。そばで守れるならと護衛騎士になったが、君が壊れていくのをただ見ているだけなんて無理だ。もし君がここから逃げ出したいというなら私を頼ってくれ。ここからも、皇帝の腕からも、帝国からでも、君を救い出してみせるから」
「――――」

 メリーティアはひゅっと息を呑んだ。
 だから聞きたくなかったのだ。何もかも諦めて縋ってしまいたくなるから。もう復讐なんてやめようって投げ出してしまいそうになるから。
 覚悟を決めたはずなのに、自分の弱い心が情けなくてたまらなかった。

 メリーティアは口元を手で覆い、声もなくぽろぽろと涙をこぼす。

「……メリーティア……」
「――メリーティア!」

 グウェンダルに被せるように、ケイリクスの声が響いた。

 政務を終えて帰ってきたようだ。ケイリクスはメリーティアに駆け寄ると、膝をついて顔を両手でそっと包み込み、今にもつられて泣きだしそうな顔で覗き込んでくる。

「どうして泣いているんだい? 何か嫌なことがあったのか? 余に教えてくれ」
「違いますわ。目に砂が入ってしまっただけです」
「見せてごらん。あぁ目が赤くなってしまっているね。今日は風が強いからもう部屋に戻ろう。今日のディナーはそなたの好きなものだけを用意させたんだ」
「ありがとうございます、陛下」

 メリーティアは普段どおりの笑顔を浮かべ、ケイリクスの腕に両手を絡める。
 ふたりが並んで歩く姿をしばし眺めてから、グウェンダルもあとに続いた。


 ケイリクスの言ったとおり、テーブルにはメリーティアの好物ばかりが並べられていた。
 普段どおりを装って食事をする。ぱくぱくと食べ進めるメリーティアの姿を、彼はうれしそうに眺めていた。

 食後には紅茶を飲みながら、その日あったことなどを話してくる。メイドが紅茶を淹れるさなかにも、ケイリクスはメリーティアの笑顔を引き出そうと言葉を尽くした。
 最近は、マイルズがユージーンのもとで働き出したそうだ。マイルズはユージーンのことを慕っているから、とても張り切っている姿が想像できる。

 頬を緩めたメリーティアを見て、ケイリクスが密かにほっと息をつくのを、グウェンダルだけが気づいていた。
 どうやらケイリクスも、メリーティアの身体と心の不調が気にかかっているようだ。メリーティアを誰よりも、もしかしたらグウェンダルよりも執拗に見つめてきたのだから、彼女の機微に疎いはずがない。
 だがケイリクスは、表面上は素知らぬふりを続けている。不調の原因が自分にあるということからは目を逸らしたいのだろう。または、ただメリーティアを手放したくないだけか。

 グウェンダルは込み上げそうになる激情を抑え込んで、メリーティアへ視線を流す。

 彼女がただ「助けて」とひとこと言ってくれたなら、すぐにでもこの場から攫うつもりだった。けれど何か理由があるのか、メリーティアは歯を食いしばってでもケイリクスのもとから離れようとしない。かまわずに強引に引き剥がすこともできた。しかしそれはメリーティアの意思を無視する行為だ。そんなことはグウェンダルにはできなかった。


 紅茶を半分ほど飲んだところで、メリーティアが「あの」と声を上げる。

「――陛下にお願いがあるんです」

 メリーティアの唐突な切り出しに、ケイリクスは前のめりになった。彼女から頼られることはほとんどなく、ドレスや宝石を贈ってもそれほど喜ばない。たまに何かを言ってきたかと思えば、タウンハウスへ手紙を届けてほしいという至極簡単なことばかりだ。
 メリーティアたっての願いなら、なんでも叶えてあげたかった。

「一週間後に陛下の生誕パーティーが開かれるのですよね?」
「そうだよ。そなたが余の誕生日を覚えていてくれてうれしいな」
「そのパーティーに、わたしをパートナーとして連れて行ってはくださいませんか?」

 長い睫毛を瞬かせて見上げられ、ケイリクスは一切の躊躇いなく「いいよ」と微笑んだ。

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