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このときを待ち望んでいた(1)
しおりを挟むケイリクスの生誕パーティーまでの一週間。メリーティアは死に物狂いで体重を元に戻した。それから肌のメンテナンスにも力を入れ、最近あまり眠れていないことをケイリクスに打ち明けて睡眠薬を処方してもらい、無理やりにでも寝るようにしている。
当日は完璧な状態で皆の前に出なければならない。どれだけケイリクスに寵愛されているか、どれだけ幸せに暮らしているのかをモナに見せつけて、彼女の中の怒りの感情を煽るためだ。
公式的な行事では、皇帝のパートナーは本来なら皇后であるモナの役目である。それを横取りされたとあらば、怒り心頭に発するのは間違いない。
モナが手を出してくるのを待っているだけは、もうやめにしたのだ。
あっという間にケイリクスの生誕パーティー当日になり、メリーティアは朝から準備で忙しかった。
ドレスはケイリクスが皇宮のテーラーに命令し、たった一週間で作らせたものだ。そんな短い期間で仕上げたとは到底思えない渾身の一着を身にまとい、メリーティアは彼の前でくるりと回って見せた。ドレスに縫いつけられた無数のダイヤがきらきらと眩く輝く。
細いウエストをさらにコルセットで締めつけて強調し、まあるく膨らんだスカートとの対比に思わず目を奪われるロココドレスだ。グレーがかった白いドレスに紫の差し色を入れた優美なドレスは、贅沢にも精緻な刺繍をたっぷりと入れ、軽やかなレースやリボンで飾られている。その柔らかい雰囲気は、意外にもメリーティアによく似合っていた。
もちろんケイリクスとそろいのデザインだ。
「いかがですか?」
「……美しいね。本当に美しい。今すぐ画家を呼んでそなたの姿を描かせたいくらいだ」
一週間、必死で美しさを磨いた甲斐はあったようだ。
ケイリクスはしばし言葉にならない感動を噛み締めたあと、メリーティアの髪をそっと背中に流す。侍従が持つベロアが敷かれたジュエリーボックスから首飾りを手に取ると、彼女の首にかけた。
メリーティアの細い首にずっしりと重みがかかる。大粒のパープルダイヤモンドをいくつも連ねた首飾りはとびきり壮麗で、ひと目見ただけでも貴重な品であることが窺えた。同じ意匠の耳飾りもつけられると、まるで自身が美術品にでもなったような気持ちにさせられる。
「皇家の宝のひとつだ。初代の皇后がつけていたものだよ。そなたに贈るためにデザインを流行のものに手直しさせたのだが、やはりよく似合っている。――それとこれも」
最後に頭につけられたのはクラウンだ。ヴェドニア帝国では皇帝と皇后にのみ身に着けることを許されたものである。
「陛下……これは、」
「見てごらん」
ケイリクスにくるりと身体を反転させられて、メリーティアは姿見に映った自分を見る。ブリリアントカットダイヤモンドが数えきれないほどあしらわれた中に、これまた大粒のパープルダイヤモンドがティアドロップ型にカットされて等間隔に吊るされている。動きに合わせて揺れる華奢なデザインが愛らしく、それでいてその比類なき輝きはメリーティアに威厳を与えていた。
帝冠をかぶったケイリクスと並ぶと、さながら皇后のようだ。
「……やはりそなたにこそ相応しいな」
ケイリクスの口からこぼれた言葉はクラウンのデザインに対してなのか、それともクラウンを身に着ける立場に対する言葉なのかははっきりしなかった。
「グウェンダル、そなたもメリーティアの護衛として参加するように。特別に帯剣を許可しよう」
「承知いたしました」
近衛騎士の正装をしたグウェンダルを従えて、ふたりは今夜の会場となるホールへ向かう。
皇族が入退場に使う扉の前までくると、侍従がメリーティアを目にして呆気にとられた顔をした。おどおどと慌てる姿は、このまま彼女を通していいのかという葛藤故にだろう。
「音楽が聞こえるな」
「皇后陛下のご判断で一時間前にはじまっております」
「そうか。まあよい」
すでにパーティーの開始時刻よりかなり時間が押している。ここのところケイリクスはパーティーにあまり出席しなかったため、自分が主役であろうと平気で欠席する、とモナは早々に見切りをつけたのだろう。
判断に迷う侍従をケイリクスは冷たい目で見下ろし、問答無用で「疾く開けよ」と命じた。
「――ケイリクス・ケイト・ヴェドニア皇帝陛下、並びに……メ、メリーティア・ハイゼンベルグ嬢のご入場です!」
ホールに流れていた音楽がやみ、ダンスに興じていた貴族たちが一斉に首を垂れる。しかし彼らの隠しきれない動揺でホール全体が大きく波打ったのが、メリーティアにもわかった。
皇后の席に座っていたモナが立ち上がり、顔を真っ赤にしてぶるぶると震えている。
メリーティアはケイリクスの腕にわざとなまめかしく手を絡ませ、モナを挑発するように笑みを浮かべた。首をかすかに傾けると、クラウンについたティアドロップがしゃらりと揺れる。
ドレスも、首飾りも、耳飾りも、クラウンに至るまで、メリーティアが身に着けているもののほうが明らかにモナより輝きを放っていた。美貌も例外ではない。そして何よりもケイリクス自らエスコートして入場したというのが、モナの逆鱗に触れた。
――これではまるで、あの女のほうが皇后のようじゃない!
そんなモナの怒りがメリーティアには手に取るようにわかる。
出席した貴族もケイリクスの顔色を窺い、きっと今後はメリーティアを皇后のように扱うだろう。なぜならメリーティアの姿を見れば、ケイリクスにこのうえなく寵愛されているのが見てとれるからだ。貴族からしてみれば、皇后よりも皇帝を立てるのが当然であった。
――もっと怒りなさい。もっと憎みなさい。もっと、もっと、わたしを殺したいと思うくらいに。
メリーティアは瞳に力を込め、さらに笑みを深めた。
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