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このときを待ち望んでいた(3)
しおりを挟むケイリクスが政務を終え、夕食を共にとったあとの語らいの時間でもあるティータイム。メイドがソーサーに乗せたカップを運んでくる姿に、ふとかすかな違和感を覚えた。引き寄せられるように視線を向けた瞬間、メリーティアは歓喜に打ち震える。
ようやくだ。ようやくそのときがきた。
顔を強張らせてわずかに震えながら紅茶を運ぶメイドの様子に、強く既視感を覚える。
メリーティアが死んだあの日。モナによって茶に毒を盛られたのとまったく同じ状況、同じメイド、そして同じ桃の香りがした。
妊娠していたときとは違いケイリクスと茶葉の種類は変えていないはずだが、どうやって毒を盛ったのだろうか。あらかじめカップに数滴垂らしていたのか、飲み口に塗ってあるのか、まさかこの場で毒を入れるような大胆な真似はしていないだろう。そんなことをすればグウェンダルもケイリクスも気づかないわけがない。
この離宮に配置されている使用人は、すべてケイリクスが選んだ精鋭ばかりだ。このメイドも例外ではなく、自らの手で今から人ひとりを殺そうというのに、紅茶がほんの少し波打つ程度にしか震えていない。
それは真正面にいるメリーティアだからこそ違和感を抱く程度のものであり、背を向けているケイリクスや、扉付近に立っているグウェンダルには、メイドのこの緊張に満ちた表情すら見えていないのだから気づけないのも無理はなかった。
メリーティアはテーブルの下で、ドレスの隠しポケットに片手を入れる。そこにはいつもモモネンの花弁の包みを忍ばせてあった。
ポケットの中で包みを開き、花弁を掌に握り締める。
目の前に置かれた紅茶のカップを持ち上げると、メイドが生唾を呑む音が小さく聞こえた。
このときをずっと待ち望んでいた。
けれど毒を飲んだときの壮絶な苦しみを鮮明に覚えているせいか、指先が震えてしまう。それを隠すためにさっと口をつけ、ひとくち含む。飲み込もうとすると拒むように喉がぎゅっと狭くなった。それでも無理やり飲むと、覚えのある熱さが胃の腑を焼く。
この痛みは、何度経験しようと決して慣れることはないだろう。
こみ上げたものが身体の内側から喉を抉じ開け、せきと共に口からこぼれた瞬間、ケイリクスが呆然と目を見開くのが見えた。
ケイリクスはイスを倒さんばかりの勢いで立ち上がると、足をもつれさせながらテーブルを回ってくる。メリーティアの身体がぐらりと傾いた。イスから落ちる寸前でケイリクスに抱き留められるが、今は天地も左右もわからない。
そんな状態でメリーティアは必死に手を動かし、咳き込む口を押さえるふりをしてモモネンの花弁を口に入れた。吐いた血ごとなんとか飲み込む。そうすると、次第におなかの痛みが和らいでいった。
解毒剤を呑んだことを悟られないように、口の中に残っていた血をせきをしながら吐けば、ケイリクスは青褪めながら必死にメリーティアの名を繰り返し呼んだ。
「早く医者を呼んで来い! 急げ!!」
ケイリクスの声が雷鳴のように響く。
かと思えば耳元で弱々しい掠れ声がこぼされた。
「メリーティア……! 死なないでくれ……! 余を置いていくな!」
血で汚れるのもかまわずに、頬をすり寄せるようにしてきつく抱き締められる。ケイリクスの涙が肌になすりつけられているようで気分が悪かった。
そのとき。ケイリクスの肩越しにグウェンダルと目が合う。
彼は顔色を真っ白にしながらも、メリーティアに毒を盛ったメイドの腕を片手で捻り上げ、背中を膝で踏み身柄を取り押さえていた。もう片方の手はなぜか自身の懐に伸びている。その手にメリーティアが渡したモモネンの花弁の包みが握られているのを目にして、彼にだけ伝わるよう首を小さく横に振った。
なぜ、と言いたげな視線を受け、メリーティアはもう一度咳き込むふりをして掌を口に当てる。血と共に吐き戻してしまったときのために、と残しておいた花弁を舌先に乗せ、飲み込むところをグウェンダルに見せた。
解毒剤を買った店の店主は、花弁をそのまま呑めば症状が和らぐとだけ言っていたはずだ。
花弁を煎じたものを飲んですぐに完治したら、メリーティアの命が脅かされた事実をケイリクスが軽視しかねない。そんなことはないだろう、とは思うものの念のためだ。
店主がモモネンの根から抽出した毒は珍しいと言っていたから、解毒剤を取り扱っている薬屋はあまり多くないだろう。ケイリクスはメリーティアが死ぬかもしれない恐怖に存分に怯えればいい。そして愛しのメリーティアをそんな目に遭わせた人物への憎悪を膨れ上がらせろ。
メリーティアは遠のく意識のなかで、そんなことを考えていた。
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