幼なじみ公爵の伝わらない溺愛

柴田

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1ー1.ハイデル家の狂犬

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 大陸を統一し、世界の覇権を握っていると言っても過言ではないロド帝国。
 その皇宮で開かれる舞踏会は、絢爛豪華という言葉でも足りないほどの規模であり、贅の限りを尽くした大饗宴の場だ。

 そこに華を添えるのは、美しく着飾った令嬢や夫人たち。
 上品な装いの女性たちであったが、虫も殺せぬような淑やかな笑みを浮かべながら、水面下では牽制や争いが絶えなかった。社交界は女性たちの戦場である。

 そしていつもその中心にいるのは――ニーナ・ハイデルだった。
 ニーナは、ハイデル公爵家の一人娘だ。帝国に三つしかない公爵家の一角という自負もあり、ニーナは度を超えて高飛車で高慢、とにかく傍若無人なことで有名だった。しばしば狂犬とも呼称される彼女は、その強烈な性格のせいで社交界では爪弾き者とされている。
 緩くウェーブした艶やかな黒髪をかき上げ、ニーナは一人の令嬢を見下ろした。元々つり気味の目は、力を込めるともっとキツイまなざしになる。

 ギロリとにらまれると、ニーナの金色の瞳が鈍く光っているように見え、令嬢――ロザライン・ビネガーは恐ろしさに息を呑んだ。
 ロザラインとニーナでは頭一つ分ほど背丈に差がある。見下ろされているだけでも威圧感があるのに、ニーナは明確な敵意を持ってロザラインをにらんでいた。ロザラインが怯むのも仕方がない。ロザラインの周りを囲む友人たちも、威勢がよかったのは最初だけで、今や腰が引けている。

「だから、教えてちょうだいよ。何をそんなに楽しそうに話していたの?」
「ハイデル嬢には関係のないことです」
「うそよ。私の名前が聞こえたもの。……いいえ、違うわね。ハイデル家の狂犬、って言っていたのだったかしら。ねぇ、黙っていないでなんとか言ったらどう?」

 ニーナはロザラインのあごを掴み、力ずくで顔を上げさせた。
 怯えていたロザラインは、ニーナからの強引な扱いに怒りを募らせる。嫌悪感丸出しの顔でニーナをにらみ見据えたロザラインは、口の片端を上げて皮肉げに笑った。

「しつこいわね」
「陰でこそこそ噂しているあんたは陰湿だわ。ロザライン・ビネガー」
「な……っ! だったらいいわ。教えてあげる。誰からもダンスに誘ってもらえないハイデル家の狂犬は、壁の花というには巨大で邪魔くさいって言ったのよ!」

 ニーナにだけ聞こえるよう、抑えられた声だった。

「なんですって!?」

 カッとなったニーナは、反射的に腕を振り上げた。

 言ってやったとばかりに興奮していたロザラインは、それを見て咄嗟に目を瞑る。殴られるのは想定内だった。ロザラインは侯爵家の娘である。家格ではニーナに劣るが、ロザラインは皇太子の婚約者候補だ。ロザラインを殴れば、ニーナは少なからず罪に問われるだろう。
 いかなハイデル公爵家といえど、皇太子の婚約者候補に手を出せば無傷ではいられない。
 威張ってばかりでいつも大きな顔をしているニーナを、ロザラインは自分の顔を犠牲にしてでも、一度痛い目に遭わせてやりたかった。皇太子の婚約者候補に残ったロザラインを妬んだニーナから、嫌がらせをされる日々はもうたくさんだ。
 今は皇宮の舞踏会の真っ最中。証人はたくさんいる。

 ニーナの手が振り下ろされる瞬間、ロザラインは衝撃に備えて歯を食い縛った。
 ――しかしいつまで待っても、痛みは訪れない。

 ロザラインがおそるおそる顔を上げると、ニーナは振り下ろそうとしていた手を何者かに掴まれていた。

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