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7ー1.甘い囁きに流されて ※
しおりを挟むひとしきり叩いて思いの丈を叫んだニーナは、ふうふうと息を荒げていた。
頬を叩かれた弾みで顔を横に向けたまま、ヘンリーがニーナへ視線を流す。
「デイヴィッドに言いたいことはそれだけ?」
「…………ええ」
「まだすっきりしないよね。言いたいことを言うだけじゃ物足りないよね」
もうじゅうぶんデイヴィッドへの気持ちに整理がついたと思ったが、ヘンリーがそう言うなら、まだ足りない気もした。
「それじゃあ次は、デイヴィッドとしたかったことを教えて? デートしたかったんだよね。結婚したかったんだよね。心から愛してほしかったんだよね。あとは、何がしたかった?」
「あと、は…………」
「キスとか?」
「キ……ス……?」
ニーナはヘンリーの唇をじっと見つめた。デイヴィッドとそんなことをするのを想像したことはなかった。恋人らしい具体的な行為がニーナにはわからなかったからだ。
でも言われてみれば、キスをしてみたかったかもしれない。
ニーナがおそるおそる頷くと、ヘンリーがゆっくりと顔を近づけてくる。
妙に心臓がドキドキした。
ちゅ、とかわいらしいリップ音を鳴らして唇が離れていく。デイヴィッドとしたいことをしているはずなのに、微笑むヘンリーの顔には彼の姿が重ならなかった。
もう一度唇を啄まれる。ヘンリーの唇は、とてもやわらかくて気持ちいい。
「もっと濃厚なキスだって、したかったよね?」
「う、ん……たぶん」
舌が唇の間から入ってくる。びっくりしたけれど、舌が触れ合うのは嫌じゃなかった。どうしてヘンリーとキスをしているんだろう、と不思議に思いはしたものの、舌を絡められているうちに頭の中がふわふわしてきて、考えるのが面倒になっていった。
ヘンリーの舌は優しくニーナの口内を撫でていく。顔が離れたときに、こくん、と喉仏が上下するのが見えて、ヘンリーがニーナの唾液を飲み込んだのだと思うと変な気分になった。
「抱き締めてほしいと思ったことは?」
「ある……かも?」
ぐっと持ち上げられて、ヘンリーの膝の上に乗せられる。顔に似合わず力持ちなのだな、と感心していると、ヘンリーの両腕が背中に回って抱き締められた。上半身がぴったりと密着して、互いの体温が溶け合っていく。抱き締められているとなんだかとても心地がいい。もっとくっつきたくて、ニーナもおずおずとヘンリーの背に手を添えた。
ヘンリーの背中は意外と硬くてごつごつしている。顔を寄せてみた首は太くて、いい香りがした。ヘンリーの胸は広く、腕も長いので、抱き締められると長身のニーナでもすっぽりと収まってしまう。
――自分はデイヴィッドとこんなことがしたかったんだろうか。
――デイヴィッドと抱き締め合っても、こんな気持ちになるんだろうか。
自分の気持ちももはやよくわからない。だけれど自分は恋人とするようなことをしたかったのだから、ひととおりそれらしいことをしたら満足して、デイヴィッドのことを忘れられるかもしれない、とニーナはぼんやりした頭で考えた。
ヘンリーの心臓がドクンドクンとうるさいから、つられるようにニーナの心音も早くなっていく。そわそわと落ち着かない気持ちになる一方で、ずっとこうしていたいような気もして、ニーナはヘンリーの背中に回した腕に力を込めた。
しばらく抱き締めあったあと、ヘンリーを見つめる。ヘンリーもニーナを見つめていた。
「抱き締め合ったまま、キスしてみたい」
「いいよ」
抱き合ったまま唇を重ね、舌を絡ませる。くちゅ、ちゅぷ、と唾液を混ぜる音が聞こえていて、気持ちよくて、ドキドキして、指先が甘く痺れて、おなかの底のほうがきゅーっと締めつけられるようにひどく疼いていた。
下着が濡れているような感覚があり、心地が悪い。もぞもぞとおしりを揺らすと、背中に回されたヘンリーの手が跳ねたような気がした。
「キス、気持ちいいね」
「……ん」
「もっといやらしいことは、してみたいって思わなかった?」
「もっと……いやらしいこと……?」
「そう。愛し合う人たちはみんなしてる」
愛し合う人たちがすること。それって一体何なのだろうか。
ニーナは生まれてすぐ両親に捨てられて、劣悪な環境の孤児院で奴隷として育てられ、ハイデル公爵家では皇后になるためだけに厳しく躾けられてきて、愛されたことなんて一度もない。
気持ちのこもっていない「愛してる」では、結局何も満たされなかった。
「私にはわからない。自分がデイヴィッドと何をしたかったのか、もうよくわからないの。特別なことがしたかったわけじゃないわ。普通のことがしたかっただけなの。だから……愛し合ってる人たちがしてること、全部して」
「いいよ。僕が教えてあげる」
ヘンリーはいつものように微笑んだ。口づけながら、ニーナを抱き上げる。そのまま広い私室内を移動して、奥にある寝室の扉を開けた。
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