幼なじみ公爵の伝わらない溺愛

柴田

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 換金した金を馬車に運び入れてもらう。
 ヘンリーが馬車に乗り込もうとステップに脚をかけたとき、店の玄関からデイヴィッドが投げ捨てられて転がるように出てきた。下着一枚になったデイヴィッドに、さらに貸金業者から借りた金の明細が投げつけられる。
 あの額では、デイヴィッド自身はおろか、シルフストン男爵家にも返済できまい。相手がカジノの貸金業者では、返済できなければ地獄を見るだろう。破産するだけで済めばいいほうだ。

 情けない姿で明細を握り締めるデイヴィッドを一瞥し、ヘンリーは馬車に乗り込んだ。コンコン、と天井を叩くと馬車が走りだす。

「待って! お願いだから待ってくれイングリッド公爵! どうか俺を哀れに思うなら情けを……! あんた金なんていっぱい持ってるだろ!? なあ、頼むよ……! ああっ」

 決死の思いで馬車の前に出てきたデイヴィッドは、馬に蹴られて道端に倒れ込んだ。発車したばかりでスピードが出ていなかったのが悔やまれる。あれくらいでは打ち身程度だ。そんな冷酷なことを考えながら、ヘンリーは帰宅を急がせた。


 ――イングリッド公爵邸へ帰り着いた頃には、とっくに日を跨いでいた。

 ヘンリーは金の入ったアタッシュケースには目もくれず、馬車を降りて邸宅に入るとまっすぐ寝室へ向かう。
 広いベッドだというのに、掛け布が隅のほうでこんもりと盛り上がっていた。ヘンリーはくすりと笑みをこぼす。覗き込んでみると、丸まった掛け布からダリアの顔だけが見えていた。ダリアは健やかな寝息を立てている。ダリアは一人で寝るとき、丸まって眠るのが好きらしい。「今日は用事があるから先に寝ていてほしい」と伝えたときは、わずかに不満そうにしていたが、一人でもちゃんと寝られたようだ。

 かわいらしい寝顔をついじっと見つめてしまっていると、視線がくすぐったかったのか、ダリアがぼんやりと目を覚ます。

「んん……ヘンリー、……いつ帰ったの?」
「たった今だよ。ごめんね、起こしちゃったね」

 ダリアの顔中にキスを落としていく。ダリアは寝ぼけているのか、抗議するように「んー」と唸ってはいるものの、顔まで掛け布の中に隠そうとはしなかった。

「こんな遅くまでどこ行ってたの……? なんだかご機嫌ね」
「ふふ、楽しいことがあったんだ。とってもね」
「まあ……私のヘンリーが……夜遊びを覚えてしまったのね? ……ゆゆしき、事態だわ……」

 そんなふうに呟きながら、ダリアは再び眠りに落ちていった。
 ヘンリーの庇護下であるイングリッド公爵邸、そのあたたかいベッドの中で、ダリアは安心したように眠っている。それだけのことがヘンリーにはうれしくてたまらない。

 時間が経つにつれてダリアの心の傷は少しずつ少しずつ癒えてきたようで、以前のように昼も夜もなく求められるようなことはなくなっていた。まだ部屋からは一歩も出ないものの、朝には起きて、きちんと決まった時間に食事を三回とり、ヘンリーが眠るときにいっしょにベッドに入ってくる。もちろん身体を重ねることはあるが、ただ抱き締めて眠ってほしいとダリアから要求される日もあった。
 強気に振る舞っているだけで、本当のダリアの心はひどく脆いから、回復するのにとても時間がかかるようだ。
 そんなダリアを傷つける人間は、誰であろうと許せない。絶対に報いは受けさせる。

 ひとまず今日で心のつかえが一つとれた。祝杯でもあげたい気分だ。
 今夜は自分へのご褒美としてダリアを抱き締めて眠ろうと、ヘンリーは急いで寝支度を整えにいくのであった。

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