幼なじみ公爵の伝わらない溺愛

柴田

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29ー1.ふとしたときに気がつく愛

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 出産のために用意した部屋を、大勢の人が慌ただしく出入りを繰り返す。医者と助手たちの声が響くなか、ヘンリーの耳にはダリアのうめき声しか聞こえていなかった。

 ダリアは痛みに喘いでは、少しの間だけ弛緩するのを繰り返す。涙を流して震えながら痛いと叫ぶダリアの手を、ヘンリーはずっと握っていた。いきむたびに渾身の力で握られるので、骨まで軋むように痛い。けれどダリアはこれ以上に、もっともっと痛い思いをしているのだ。代われるものなら代わってあげたい。
 ダリアに求められて水を飲ませたり、汗を拭いたりするくらいしかできず、ヘンリーはハラハラしながら見守ることしかできなかった。

 真っ赤な顔をしていきんでいたダリアは、陣痛が去るたびに白い顔をしてぐったりとする。唇の血色も悪く、意識も朦朧としている様子だ。本当に大丈夫なのだろうか。むやみに医者を責めたくなる気持ちを抑えつける。神にも縋りたい気分だ。
 イングリッド公爵家の権力を最大限に使って、方々から腕のいい医者を集めたけれど、それだけでヘンリーの心配が減ることはなかった。

「いきんでください!」
「ん゙ん゙ぅ……! はぁ、はっ、はあ……っ」
「もう一度!」
「ふ、ゔぅゔー……っ!」

 出産は命懸けだと事前に聞いていたが、ヘンリーが想像していた何倍も壮絶だった。十数時間も苦しむだなんて、自分はダリアになんてことをさせてしまっているのだろうかと後悔しそうになる。

「ヘンリー……、ヘンリィ、ちゃんと応援して!」
「ダリア、がんばって!」
「もうがんばってるわよぉ!」
「そうだね! ダリア、世界一えらいよ!」
「もっともーっと褒めなさいよぉ!」
「もう頭が出てますよー! 次いきんだら肩が出ますからねー! はいっ、いきんでください!」

 そんなやり取りを繰り返し、ダリアが思い切りいきんだところで、「産まれましたよー!」という医者の明るい声が聞こえてきた。それと同時に力強い産声が部屋に響き渡る。
 ダリアとヘンリーはきょとんとしたあと、思わず顔を見合わせた。

「う、産まれたの……?」
「産まれたみたいだ」

 そんな二人のもとに、清拭を済ませた赤ん坊が医者に抱かれてくる。胸の上に乗せられた赤ん坊を見て、ダリアは「わあ」と口を動かした。
 泣くのをやめてもぞもぞと動く赤ん坊を見て、ダリアは目を潤ませる。赤ん坊はとても軽くて、とても重たい。先ほどまであんなに痛い痛いと喚いていたのも忘れて、ダリアの胸には言葉にならない想いが溢れていた。

「ちっちゃい……うそみたいにかわいい……ね、ヘンリーもそう思うでしょ?」

 ダリアが振り向くと、ヘンリーの目が涙で潤んでいた。鼻の頭を赤くして、ダリアと赤ん坊を優しいまなざしで見つめている。ヘンリーが泣くところを見たのは初めてで、ダリアは動揺して言葉を失った。
 ヘンリーはすんと鼻を鳴らしたあと、涙をどうにか堪えてにっこりと微笑んだ。

「うん。すっごくかわいい。ダリアに似てるね。……ありがとう、ダリア」
「……ヘンリーの目は節穴なの? どちらかというとあんたに似てるわよ」

 涙声なのを指摘することはせず、ダリアはヘンリーの頬を撫でた。

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