ウチの学校の番長は特進科2年生

夏輝

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何でも知ってる、元レディースの母さん

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 四章
 
 謝罪から懇願の場所になった神社を後にして、律輝りつき紗里さりは肩を並べて歩いていた。並ぶと173センチの紗里の方が、かなり背が高い。紗里は頭の中にあった疑問を口にする。
 「ねえ、あんた、どうしてあんなに強いの?」
 律輝は微笑んだ。
 「子供の頃から僕と兄さんは母さんに鍛えられたんだ。母さんはよく『どんなに真面目に生きていても、人生には理不尽な火の粉が降りかかることがある。そのときは、自分で火の粉を振り払わなければならない。だから、振り払う力を身につけろ』って言ってた。ケンカは理不尽な火の粉を振り払うときしかやらない」
 「何だか、奥が深いような、ただのケンカの言い訳のような、変な言葉‥‥」
 そして、何かを思い出したような顔になった。
 「そうだ。ウチの兄貴、3歳年上だから、その田岡って奴のこと何か知ってるかもしれない。すぐに話が聞きたいけど、今日は遠い現場に行ってるから帰り遅いしなぁ」
 紗里の家は父親の健蔵が塗装店を経営しており、兄の勇斗も父の仕事を手伝っている。今は真面目に働いているが、昔はケンカが強くて有名なヤンキーだったそうだ。
 「じゃあ、ウチの母さんに聞いてみよう。時代も場所も違うけど、母さんはそっちの方に詳しそうだから」
 律輝の言葉に紗里は急に緊張してきた。律輝とはいつも一緒にいるが、母親と会うのは初めてだ。付き合い始めた日に見せてもらった、レディース時代の母の写真を思い出した。
 ―礼儀がなってないと、ぶっ飛ばされるかなぁ‥‥—
 
 
 律輝の自宅は学校の最寄り駅から南に3駅目に近い2階建ての一軒家だった。10年前に両親が頑張って建てたのだ。
 紗里は2階の律輝の部屋に入った。勉強部屋兼寝室だ。ベッドの向かい側に勉強机があり、その周囲の本棚には九重ここのえ家では絶対に見ないような難しそうな本や、その解説書が並んでいた。紗里は兄と弟の部屋以外で男性の部屋に入るのは初めてだった。
 「結構きれいにしてるね。ウチの弟の部屋なんか、いつもぐちゃぐちゃだけど」
 紗里の弟の晴斗は同じ市内にある西福工業高校の1年生で、1年生の中では名の知れたヤンキーだそうだ。
 律輝は台所から持って来た、コーラの入ったグラスを背の低いガラステーブルに置いた。
 「ウチの母さんはきれいにしてないと怒るんだ。いいかげんな部屋にはいい加減な精神が宿るって」
 紗里はだんだん怖くなって、身なりに乱れがないかチェックする。律輝は感心したような顔になっていた。
 「武田さんって顔は怖いけど、ホントは優しい人なんだね。みんなのために厄介な役目を引き受けて」
 「優しいっていうのかな? あいつ、妙に責任感が強いんだ。卒業した前の3年生に、最初に仕切りをやれって言われたのは村山だった。でも、村山は自分勝手だから、先輩たちの前では『やります』って言ったくせに、先輩たちがいなくなるとさっさと逃げた。仕方なく、それほど強くないのに武田が引き受けたんだ」
 「やっぱり優しいよ。みんなのこと考えてないとできないことだから」
 そのとき、1階の玄関が開く音が聞こえた。
 「パートから帰って来たみたい。下に降りよう」
 
 玄関で靴を脱ぎ、買い物袋をぶら下げて廊下を歩いていた美智の目の前に、階段から律輝が顔を出した。
 「お帰り」
 「びっくりするじゃないの。ただいま」
 そして、律輝の後ろから姿を現した紗里を見て、今度は目を丸くした。
 「こちら、九重紗里さん。母さん、相談があるんだけど」
 美智の丸かった目が次第に細くなってきた。
 「なに、赤ちゃんができたの?」
 律輝も紗里も美智が何を言っているのか一瞬わからなかったが、意味を理解して2人とも顔が赤くなった。
 「違うよ! 真面目な話だよ!」
 「赤ちゃんの何が不真面目って言うの? まあ、不真面目にやっても、できるときはできるけどね」
 「違うって!」
 赤い顔のまま、紗里は出来るだけ丁寧にお辞儀をした。
 「九重紗里と申します。どうか、よろしくお願いいたします」
 その固い姿に美智は笑ってしまった。
 「そんなに緊張しなくていいのよ。どうせリッキが昔の写真でも見せたんでしょ」
 紗里の目から見て、矢村美智は普通のおばさんだった。平均的な身長で、43歳の年相応に体型は少しふっくらしている。セミロングの髪を後ろで縛り、特攻服の頃の面影はない。
 しかし、紗里は知っている。こんな人こそ怒らせると怖いのだ。自分の母の美紗子と同じ匂いがする。兄の勇斗が中学生の頃、バイクの窃盗で警察に捕まったとき、美紗子は勇斗をボコボコにした。父の健蔵が体を張って止めたほどだった。その母と同じ匂いがする。
 美智は真っすぐ台所に向かって、キッチンテーブルに買い物袋を下ろした。
 「すぐにご飯の用意するからね。話は作りながら聞くから。紗里ちゃんだっけ? あなたもよかったら食べて行って」
 律輝と紗里はダイニングテーブルの椅子に座り、昨日の村山とのケンカから今日の3年生たちとのやり取り、田岡という男のこと、律輝が太陽学園を仕切ることを話した。
 
 
 今日の矢村家の夕食メニューはキーマカレーと大根サラダだった。
 「遠慮しないで食べてね。少し辛いけど、若い人にはこのくらい刺激的な方がいいでしょ?」
 緊張しながら食べたカレーは、最初口の中でスパイスの香りが広がり、次にほんのり甘さがきて、最後にピリッと辛いというものだった。少々辛いが、また口に運びたくなる。
 「おいしい‥‥」
 「そうでしょ? 母さん、カレー粉から作ってるんだ」
 「口に合ってよかった」
 美智は微笑んだ。自分も一口食べる。
 「今日は結構いい出来ね。それでさっきの話だけど」
 律輝と紗里は身を乗り出した。美智はそんな2人を見て笑う。
 「リッキはそんなに気にすることはないと思う。その田岡って男、多分、小物よ」
 美智の言葉に律輝は目を丸くした。
 「そんなことないでしょ? 3年生の武田さんは根っからの極悪人って言ってたし、実際、刑務所に入ってるし」
 「そりゃあ刑務所に入ってるなら、何かヤバいことやったんでしょう。でもね、考えてみなよ。本当の悪の世界に入った奴が、いつまでも高校生とつるんでたりする?」
 「‥‥それは‥‥そうですね‥‥」
 遠慮がちに紗里が言った。美智はうなずく。
 「普通、本当の悪の世界に入った奴は、その世界で仲間や子分を作るもんだ。ヤクザなんかがそうでしょ? 多分、その男は悪の世界に入ったはいいけど、自分の器量が足りなくて、本物の悪党から相手にされてないんだ。だから高校生やその辺の不良を使って、自分にできる範囲の悪事を働いてきたんだ。つまり、小物だよ」
 「でも3年生の武田さんは根っからの極悪人って言ってたよ」
 律輝の反論に美智は静かに首を横に振った。
 「それは、その男の演出だね。年下の者に、いかに自分はヤバい奴なのかって見せつけてるだけ。でもね、1つだけ気をつけておきなさい。そんな奴は追いつめられると、突拍子もないことをするから。そこは注意するように」
 そして、美智は紗里の方を向いた。
 「あたしはむしろ、紗里ちゃんの方が心配」
 「あたしですか?」
 美智は箸で大根サラダを口の中に放り込んだ。
 「だってリッキ、学校を仕切ることになったんでしょ? そしたら、他の女の子が言い寄って来るかもしれない。学校で一番強い男の彼女になりたいって子がいても、不思議じゃない」
 「うぐっ」
 紗里は息を飲み込んだ。美智はウィンクした。
 「まあ、紗里ちゃんはきれいだから、リッキが離さないとは思うけどね」
 律輝の表情は自信に満ちていた。
 「心配しないで。僕はサリ一筋だから」
 「親の前でいちゃついてんじゃねーよ」
 美智は笑い飛ばした。
 
 
 食事の後、律輝は紗里を学校の最寄り駅まで送り、自宅方面行のバスに乗せて帰って来た。母の美智はもう家事を終えて、風呂上がりのビールを楽しんでいる。
 律輝がリビングを通り過ぎようとすると、美智が声をかけた。
 「待って。そこに座りなさい」
 ダイニングテーブルの椅子に律輝が座ると、美智は優しい顔になった。
 「紗里ちゃん、いい子だね。本当にあんたのことが好きみたい。大切にするんだよ」
 母の言葉に律輝は少し頬を赤らめる。
 「うん」
 「‥‥さっきはあの程度しか言わなかったけど、これからあんたは結構モテると思う。だって、特進の2年なのに学校で一番強い訳でしょ? どう考えても目立つよ」
 「さっきも言ったけど、僕はサリだけ‥‥」
 美智は手を振って律輝の言葉を遮った。
 「聞きなさい。あんたは三拍子揃ってるの。いくらケンカが強くても鬼瓦みたいな顔じゃモテない。でも、あんたは平均的な男性の身長より少し小さくて、童顔のかわいい顔をしている。それに、頭は悪くない。強い、かわいい、頭がいいの三拍子が揃ってる。今回のことで有名人になるから、女の子たちが放っておくはずがない」
 何と反論していいかわからず、律輝は黙っていた。リビングにある壁掛け時計の音がやけに大きく聞こえた。
 子供の頃から母は、普通の親では言わないようなことを話してくれた。ケンカで勝利したときのこと、警察に捕まりそうになったこと、女の子との付き合い方。どの話も息子を男として認めていたから話してくれたのだと思う。
 ビールを飲み終えた美智は空の缶をテーブルに置いた。
 「‥‥これからは大人の話。あたしね、パパと約束していることがあるの」
 「約束?」
 「うん。パパは単身赴任が多いでしょ? ずっとあたしのことを好きでいてくれてるけど、パパだって男だから、たまには女が恋しくなるときもある。そんなときは、何があってもパパの中であたしが一番の女であること。そして、浮気してもあたしに絶対バレないこと。この2つを条件に女遊びしてもいいって言ってるの」
 当惑する息子を見て美智は少し笑った。
 「つまり、何が言いたいかって言うと、軽いノリで近づいてきた女は適当にあしらいなさい。でも、本気で気持ちをぶつけてきた子は、しっかり受け止めてあげなさい。あんた優しいから、そんなときは抱いてあげるかもしれない。そうなったときのために、あたしとパパとの約束を覚えておきなさいって言うこと」
 言葉に迷いながら律輝は言った。
 「‥‥それって、相手次第で浮気してもいいっていうこと?」
 「そうじゃない。自分にとって、一番大切な人は誰なのかを自覚しなさいということ。いい加減な気持で他の女と遊んで紗里ちゃんを泣かせたら、そのときは、あたしが許さない」
 優しくも怖い母の目が、律輝には温かく見えた。
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