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ヤンキー彼女の怖い母から面接を受ける
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五章
3年生の武田から“学校の仕切り”を頼まれ、しばらくは平穏な日々が続いた。中間テストでは律輝は目標通り、トップ3入りを果たした。
担任の教師は顔に安堵の色を浮かべ、特進科の同級生たちは妬みの目を向けた。
クラスメイトたちから見ると、律輝はいまいましい存在だった。自分たちは青春時代の楽しいことを犠牲にして、ひたすら勉強に打ち込んでいるのに、律輝は年上の彼女がいて青春を謳歌しており、それでいて自分たちより成績がいい。今や律輝に話しかけてくれるのは、同じクラスの谷川圭介だけだった。
6月に入り、天気予報はとっくに梅雨入り宣言をしているのに、一向に雨が降らないある日のこと。律輝は校庭の芝生に座り、紗里と昼の弁当を食べていた。
「7月7日は17歳の誕生日だよね。何かプレゼントしなくちゃ」
「そんなのいいよ。僕はサリと一緒にいるだけでいいんだから」
紗里はうれしそうに微笑んだ。実は紗里はある計画を考えている。2人が付き合い始めて1カ月以上になるのに、まだ手をつなぐ程度の進展しかない。律輝の誕生日には贈り物の他にキスもプレゼントし、彼が望めばそれ以上のこともするつもりだった。
―リッキのファーストキスは、あたしがもらうんだ―
そんな期待に紗里の胸は膨らんでいた。
一方の律輝は近頃、やたらと女子の視線を感じて困っていた。太陽学園を仕切っているという話が広まったのだろう。1年生から3年生まで、主に普通科の女子から頻繁に声を掛けられる。
弁当を食べている律輝と紗里のもとに、2人の女子生徒がやってきた。最近声をかけられて顔見知りになった、普通科3年生の鈴本玲奈と高木美咲だった。玲奈が紗里のことを無視して律輝に話しかける。
「ねえ、リッキ君。今度あたしたちと遊びに行こうよ」
紗里は眉間にシワを寄せた。低い声で言う。
「お前らうるせえぞ。リッキはあたしと弁当食べてるんだ」
玲奈はわざとらしく目を丸くした。
「あら、九重、いたの」
制服のブラウスの胸元を大きく開いた美咲が近づいた。胸の谷間がはっきり見えている。思わず律輝の頬が赤くなった。
「九重といたってつまんないでしょ? だってこいつ、なんにも知らない処女なんだもん。あたしたちといた方が絶対楽しいよ」
「お前ら消えろ! 消えないと、はっ倒すぞ!」
怒りと羞恥心で紗里の顔は赤くなっていた。玲奈と美咲は笑い出した。
「あー怖い。じゃあリッキ君、またね」
美咲は去り際にウインクして、短いスカートの裾を軽くたたいた。スカートはめくれ上がり、白い太ももが露わになった。律輝の頬はさらに赤くなる。
「あいつら‥‥あいつら‥‥」
紗里は箸を折れんばかりに握りしめていた。
放課後。紗里はずっと不機嫌だった。一緒に歩いている律輝まで気分が暗くなる。小さな公園に差し掛かったところで紗里は突然立ち止まった。
「ねえ、今日あんたん家、お母さんいる?」
「いることはいるけど、今日は少し帰りが遅くなるって言ってた。母さんに用?」
紗里は真剣な目で律輝を見た。少し赤い顔をしている。
「‥‥あたしと‥‥しよう‥‥」
律輝は意味がわからない。
「しようって何を?」
紗里の顔はますます赤くなっていく。
「‥‥セ‥‥セックス‥‥あたしとセックスしよう‥‥」
今度は律樹の顔が赤くなっていった。だが、律輝は首を横に振った。
「‥‥今日は嫌だ。昼あんなことがあったから、サリはムキになってそんなこと考えてる」
次第に紗里は泣きそうな顔になった。律輝は横にある小さな公園の奥に、ベンチがあるのを見つけた。紗里の手を引いて公園に入り、2人ともそのベンチに座った。ベンチの後ろには大きな木があり、何本かの枝が下がって道路からは見えづらくなっていた。
「‥‥リッキのお母さんが言った通り、あんたの周りには女がどんどん増えていく。そのうち、あたしが特別なんて言えなくなるかもしれない‥‥」
切れ長の紗里の目に涙が溜まっていく。律輝は困り顔になった。
「僕にとってサリは特別だよ。だって僕の彼女じゃない」
紗里の目からはとうとう涙がこぼれてきた。
「‥‥だって、あたしが特別なんて、何の証拠もないじゃない。一緒に昼ごはん食べたり、たまに手をつないだり、そんなこと誰だってできる。あたしの場所が鈴本や高木に替わったって、別に不思議じゃない‥‥」
そう言って、紗里は両手で顔を覆ってしまった。嗚咽だけが聞こえてくる。律輝は紗里の肩を抱き、優しい声をかけた。紗里の体は不安で震えていた。
「サリにとって僕は『本物の漢』なんだろ? 『本物の漢』が彼女をコロコロ代える訳ないじゃない」
しかし、紗里は泣き止まない。
「サリが特別だっていう証拠を見せてあげる。顔を上げて僕を見てごらん」
その言葉に紗里はゆっくりと両手を下ろし、涙に濡れる顔を律輝に向けた。不意に唇に温かくて柔らかいものが触れた。目の前に頬を赤く染めた律輝の顔があった。
「‥‥僕のファーストキスの相手はサリ。これじゃ安心できない?」
紗里は顔をくしゃくしゃにして再び泣き始めた。先ほどまでの涙とは種類が違う涙だった。
「あーん、うれしいよぉ。リッキ、大好きだよぉ」
律輝は紗里を抱きしめた。彼女は細くて柔らかかった。
その日、寝るまで紗里の顔はニヤニヤしていた。
―あたしはリッキのファーストキスの相手なんだ―
そして、抱きしめられたときに感じた、律輝の力強い腕や厚い胸板を思い出した。にやけ顔が止まらないので、家族はみんな気味悪がっていた。
6月下旬。そろそろ期末テストが近づいてきた。前半はあまり雨が降らなかった梅雨が、後半になると本格的に振り始めた。紗里は試験勉強の合間に次の計画を考えていた。
当初は律輝の17歳の誕生日にキスをするつもりだったが、予想外に早くなった。次はどうするべきか。もっと深いキスをするべきか、それとも、最後まで行ってしまうべきか。
さすがに最後までは未経験の紗里も尻込みするが、相手が律輝なら後悔はしないと思う。
―どこまでやるにしろ、場所が必要だ。リッキの家にはお母さんがいるし、あたしの家はガサツな家族がいて、絶対に良い雰囲気など作れない。やっぱり、ホテルがいいだろう―
紗里は母、美紗子の前で、神妙な顔で正座していた。
「お母さん、お願い。お金貸して」
美紗子は紗里が受け継いだ切れ長の目で娘をにらんだ。
「あんたの場合、“貸して”じゃなくて“ください”でしょ? 一度も返って来たことないんだから」
「そんなこと言わないで。大事なことがあるの。どうか、お願いします」
すがりつくような目で紗里は美紗子を見た。美紗子は紗里の心を見透かすような目で見ている。
「大事なことって何? あたしが納得することなら考えてやらなくもない」
紗里はしばらく黙っていたが、言いにくそうな顔になる。
「‥‥もうすぐ友達の誕生日なの‥‥プレゼント買ってあげたくて‥‥」
美紗子は無言で紗里の目を見た。その圧力に負けて、紗里は目を逸らした。美紗子はニヤリと笑う。
「へえー。あんた、男ができたんだ」
「‥‥」
「今度、ウチに連れておいで。あたしが見て、金貸してやる価値がある男だと思ったら貸してやるよ」
「えっ?」
「嫌ならこの話はもう終わり」
こうして、期末テストが終わってすぐの日曜日、律輝は紗里の家を訪れることとなった。
律輝は市内の繁華街にある有名洋菓子店でケーキを買った。紗里の家族は5人だから、自分の分を入れて6個だ。さすがに有名店だけあって値段が高く、ケーキ代で4000円を超えてしまった。高校生には痛い出費だが、紗里の家族と初めて会うのに手ぶらという訳にもいかない。
紗里の家は律輝から見て、太陽学園の向こう側にある。紗里に書いてもらった地図を頼りに歩いていると、九重塗装店という看板が見えた。父の健蔵はこの塗装店を経営している。
敷地は結構広く、前に事務所と駐車場、道具入れの倉庫。後ろに自宅があった。玄関のインターホンを鳴らすと、すぐに紗里が出てきた。今日の彼女は自宅なので、Tシャツにショートパンツというリラックスした格好をしていた。
律輝だけでなく紗里も緊張していた。
「昨日からオヤジは友達と磯釣りに行っていない。いるのはお母さんと兄貴と弟。兄貴と弟はバカだけど、人はいいから」
玄関を入り、居間に通された。畳敷きの広い部屋だった。用意された座布団を横によけ、律輝は正座した。そして、正面にいる美紗子、右にいる紗里の兄の勇斗、左にいる弟の晴斗を見ながら頭を下げた。
「初めまして。太陽学園高校特進科2年生の矢村律輝と申します。紗里さんにはいつもお世話になっています」
そして、ケーキの箱を座卓の上に置いた。
「つまらないものですが、みなさんでどうぞ」
律輝は美紗子に母の美智と似た雰囲気を感じた。見た目は普通のおばさんだが、何か奥に芯のようなものがある。母で慣れ親しんだ空気に安心感のようなものを感じた。
「ご丁寧にありがとう。まあ、ここのケーキ高かったでしょ? 気を使わせてごめんなさいね」
聞きたくてうずうずした顔の弟の晴斗が口を出した。
「矢村君って特進の2年なのに、太陽学園を仕切っているって本当なんですか?」
「余計なこと言うんじゃないよ」
紗里が制止したが晴斗は続ける。
「市内の高校じゃ噂になってるよ。普通科の3年生20人を相手に瞬殺したって」
―話が大きくなってる!―
「いや‥‥20人じゃなくて7人。それに仕切ってるって言っても、行きがかり上だから」
兄の勇斗も興味がありそうだった。
「太陽の仕切りって言ったら、学校の奴がヤバいときは助けに行くんだろ? 大変だな」
律輝としては紗里の母親の前でこんな武勇伝を話したくはない。焦っていると美紗子が助け舟を出してくれた。
「特進科ということは、卒業したら大学に行くんでしょ?」
やっとまともな話になった。
「はい。まだどこを受けるのかは決めてないですけど」
「リッキは頭いいんだから。中間テストじゃ特進で2番になったんだよ」
このとき、律輝は紗里の言葉に美紗子の目が光ったような気がした。
「いや、2番だから。まだ上がいる」
こう答えないといけないような気がした。そして、その直感は当たっていた。急に美紗子は笑顔になる。
「そうね。2番で満足してちゃダメよね」
そして、ケーキの箱を持って立ち上がった。
「せっかく持って来てくれたんだから、みんなでいただきましょ」
美紗子が台所に行っている間に紗里は少し小声になった。
「ところで兄貴、この前聞いた田岡秀治の話をリッキにしてやって」
勇斗は180センチ近い大きな体で腕も太い。今は真面目に父の仕事を手伝っているが、昔はケンカが強くて有名な男だったらしい。太い眉毛を迷惑そうに寄せる。
「別に大した奴じゃねえよ。いつも取り巻き連れて偉そうにしてるけど、強い奴と本気でやり合うことはない。昔、ケンカのために呼び出されたけど、俺と竜太郎が暴れ出したら手下見捨てて逃げやがった」
まだ勇斗が高校生だった頃、些細なことが原因で田岡とケンカすることになった。一対一の約束だったが、田岡が約束を守るはずはないと思った勇斗は、親友の大野竜太郎と木刀を持って2人で行った。
思った通り、田岡は15、6人を集めていた。しかし、勇斗と竜太郎が暴れ始めると恐れおののき、13人を倒したところで逃げ出した。それ以降、勇斗の前には姿を見せなかったという。
「刑務所入ったんだって、細かいことが積み重なって、最後は車上荒らしでぶち込まれたって聞いてる。チンケな奴だよ」
「でも、そいつが帰ってきたら北山工業の奴ら、調子に乗るんじゃないの?」
不安そうな顔の晴斗に勇斗は言う。
「お前の学校にも強い奴はいるだろ? そいつらに任せとけばいいよ」
そして、親しげな目で律輝を見た。
「太陽学園が面倒なことに巻き込まれたら、俺の名前出してもいいよ。話だけで終わるなら、その方がいいだろ?」
「ありがとうございます」
そこに、ケーキとコーヒーを乗せたトレーを持って、美紗子が帰って来た。
「何の話で盛り上がってるの?」
勇斗は急に愛想のいい声を出す。
「勉強の話さ。1番目指してるんなら、大学は東大狙ったらどうだって言ってたんだ」
「それはいい話ね。矢村君、頑張ってね」
「はい」
律輝はそう答えるしかなかった。
面接のようなお茶会が終わり、勇斗と晴斗はどこかに出かけた。律輝は2階の紗里の部屋に案内された。紗里の部屋は女の子の部屋らしく、かわいらしい小物が飾られている。
律輝と紗里はカーペットの上に座り込んだ。
「あー緊張した。僕、お母さんに気に入ってもらえたかな?」
紗里はうれしそうだった。
「大丈夫。さっきケーキの皿とコーヒーカップを台所に持って行ったとき、『あれならOK』って言ってた。あれがよかったみたい、2番じゃダメってやつ」
あれは直感でそう言っただけだ。
「ウチのお母さんね、昔から何をやるにも中途半端は許さないの。やるなら1番を目指しなさいって言ってた」
そう言って、紗里は律輝にピッタリと体を寄せた。
「あたしはあんたのお母さんに会ったし、あんたはあたしの家族と会ったし、これでもう親公認の仲だね」
律輝の目の前にはショートパンツから伸びた紗里の白い脚があった。彼女は背が高いので脚も長い。律輝の胸はドキドキしてきた。そんな様子に紗里は気づいている。
「脚見てるの? リッキなら触ってもいいんだよ」
そして、律輝の手を取り自分の膝の上に乗せた。手の平を少し動かすと、白い脚からスベスベした感触が伝わってくる。紗里は恥ずかしそうな顔になった。
「くすぐったい。男の人に脚触られるの初めて」
2人の顔は徐々に接近していった。鼻と鼻がくっつきそうな距離でお互いの顔の角度が少し変わり、静かに唇が重なった。本当は律輝の誕生日にするつもりだったが、紗里は思い切って、少し開いていた律輝の唇から舌を入れた。
律輝は驚いてビクッと動いたが、紗里はそのまま舌を奥に入れて律輝の舌に触れる。律輝もそれに反応し、2人は舌を絡め合い、唾液を飲み合った。律輝が紗里を抱きしめた。紗里も律輝を抱きしめる。2人はしっかり抱き合い、体中に痺れるような快感を味わいながら、長い間唇を重ねていた。
唇が離れたとき、2人とも興奮していた。紗里の目は潤んでいる。
「抱いて‥‥」
「‥‥下にお母さんがいるよ」
「静かにやるから」
2人はお互いがたまらなく愛おしかった。異性のことがこんなに好きだと思ったのは、生まれて初めてだった。そのとき、下から美紗子の大きな声が聞こえた。
「紗里! お父さんが帰ってきたから、矢村君を紹介しなさい!」
紗里の目に怒りが浮かんだ。
「あのバカオヤジ! なんで今、帰って来るんだよ!」
この日の律輝と紗里の初体験はお預けとなった。
3年生の武田から“学校の仕切り”を頼まれ、しばらくは平穏な日々が続いた。中間テストでは律輝は目標通り、トップ3入りを果たした。
担任の教師は顔に安堵の色を浮かべ、特進科の同級生たちは妬みの目を向けた。
クラスメイトたちから見ると、律輝はいまいましい存在だった。自分たちは青春時代の楽しいことを犠牲にして、ひたすら勉強に打ち込んでいるのに、律輝は年上の彼女がいて青春を謳歌しており、それでいて自分たちより成績がいい。今や律輝に話しかけてくれるのは、同じクラスの谷川圭介だけだった。
6月に入り、天気予報はとっくに梅雨入り宣言をしているのに、一向に雨が降らないある日のこと。律輝は校庭の芝生に座り、紗里と昼の弁当を食べていた。
「7月7日は17歳の誕生日だよね。何かプレゼントしなくちゃ」
「そんなのいいよ。僕はサリと一緒にいるだけでいいんだから」
紗里はうれしそうに微笑んだ。実は紗里はある計画を考えている。2人が付き合い始めて1カ月以上になるのに、まだ手をつなぐ程度の進展しかない。律輝の誕生日には贈り物の他にキスもプレゼントし、彼が望めばそれ以上のこともするつもりだった。
―リッキのファーストキスは、あたしがもらうんだ―
そんな期待に紗里の胸は膨らんでいた。
一方の律輝は近頃、やたらと女子の視線を感じて困っていた。太陽学園を仕切っているという話が広まったのだろう。1年生から3年生まで、主に普通科の女子から頻繁に声を掛けられる。
弁当を食べている律輝と紗里のもとに、2人の女子生徒がやってきた。最近声をかけられて顔見知りになった、普通科3年生の鈴本玲奈と高木美咲だった。玲奈が紗里のことを無視して律輝に話しかける。
「ねえ、リッキ君。今度あたしたちと遊びに行こうよ」
紗里は眉間にシワを寄せた。低い声で言う。
「お前らうるせえぞ。リッキはあたしと弁当食べてるんだ」
玲奈はわざとらしく目を丸くした。
「あら、九重、いたの」
制服のブラウスの胸元を大きく開いた美咲が近づいた。胸の谷間がはっきり見えている。思わず律輝の頬が赤くなった。
「九重といたってつまんないでしょ? だってこいつ、なんにも知らない処女なんだもん。あたしたちといた方が絶対楽しいよ」
「お前ら消えろ! 消えないと、はっ倒すぞ!」
怒りと羞恥心で紗里の顔は赤くなっていた。玲奈と美咲は笑い出した。
「あー怖い。じゃあリッキ君、またね」
美咲は去り際にウインクして、短いスカートの裾を軽くたたいた。スカートはめくれ上がり、白い太ももが露わになった。律輝の頬はさらに赤くなる。
「あいつら‥‥あいつら‥‥」
紗里は箸を折れんばかりに握りしめていた。
放課後。紗里はずっと不機嫌だった。一緒に歩いている律輝まで気分が暗くなる。小さな公園に差し掛かったところで紗里は突然立ち止まった。
「ねえ、今日あんたん家、お母さんいる?」
「いることはいるけど、今日は少し帰りが遅くなるって言ってた。母さんに用?」
紗里は真剣な目で律輝を見た。少し赤い顔をしている。
「‥‥あたしと‥‥しよう‥‥」
律輝は意味がわからない。
「しようって何を?」
紗里の顔はますます赤くなっていく。
「‥‥セ‥‥セックス‥‥あたしとセックスしよう‥‥」
今度は律樹の顔が赤くなっていった。だが、律輝は首を横に振った。
「‥‥今日は嫌だ。昼あんなことがあったから、サリはムキになってそんなこと考えてる」
次第に紗里は泣きそうな顔になった。律輝は横にある小さな公園の奥に、ベンチがあるのを見つけた。紗里の手を引いて公園に入り、2人ともそのベンチに座った。ベンチの後ろには大きな木があり、何本かの枝が下がって道路からは見えづらくなっていた。
「‥‥リッキのお母さんが言った通り、あんたの周りには女がどんどん増えていく。そのうち、あたしが特別なんて言えなくなるかもしれない‥‥」
切れ長の紗里の目に涙が溜まっていく。律輝は困り顔になった。
「僕にとってサリは特別だよ。だって僕の彼女じゃない」
紗里の目からはとうとう涙がこぼれてきた。
「‥‥だって、あたしが特別なんて、何の証拠もないじゃない。一緒に昼ごはん食べたり、たまに手をつないだり、そんなこと誰だってできる。あたしの場所が鈴本や高木に替わったって、別に不思議じゃない‥‥」
そう言って、紗里は両手で顔を覆ってしまった。嗚咽だけが聞こえてくる。律輝は紗里の肩を抱き、優しい声をかけた。紗里の体は不安で震えていた。
「サリにとって僕は『本物の漢』なんだろ? 『本物の漢』が彼女をコロコロ代える訳ないじゃない」
しかし、紗里は泣き止まない。
「サリが特別だっていう証拠を見せてあげる。顔を上げて僕を見てごらん」
その言葉に紗里はゆっくりと両手を下ろし、涙に濡れる顔を律輝に向けた。不意に唇に温かくて柔らかいものが触れた。目の前に頬を赤く染めた律輝の顔があった。
「‥‥僕のファーストキスの相手はサリ。これじゃ安心できない?」
紗里は顔をくしゃくしゃにして再び泣き始めた。先ほどまでの涙とは種類が違う涙だった。
「あーん、うれしいよぉ。リッキ、大好きだよぉ」
律輝は紗里を抱きしめた。彼女は細くて柔らかかった。
その日、寝るまで紗里の顔はニヤニヤしていた。
―あたしはリッキのファーストキスの相手なんだ―
そして、抱きしめられたときに感じた、律輝の力強い腕や厚い胸板を思い出した。にやけ顔が止まらないので、家族はみんな気味悪がっていた。
6月下旬。そろそろ期末テストが近づいてきた。前半はあまり雨が降らなかった梅雨が、後半になると本格的に振り始めた。紗里は試験勉強の合間に次の計画を考えていた。
当初は律輝の17歳の誕生日にキスをするつもりだったが、予想外に早くなった。次はどうするべきか。もっと深いキスをするべきか、それとも、最後まで行ってしまうべきか。
さすがに最後までは未経験の紗里も尻込みするが、相手が律輝なら後悔はしないと思う。
―どこまでやるにしろ、場所が必要だ。リッキの家にはお母さんがいるし、あたしの家はガサツな家族がいて、絶対に良い雰囲気など作れない。やっぱり、ホテルがいいだろう―
紗里は母、美紗子の前で、神妙な顔で正座していた。
「お母さん、お願い。お金貸して」
美紗子は紗里が受け継いだ切れ長の目で娘をにらんだ。
「あんたの場合、“貸して”じゃなくて“ください”でしょ? 一度も返って来たことないんだから」
「そんなこと言わないで。大事なことがあるの。どうか、お願いします」
すがりつくような目で紗里は美紗子を見た。美紗子は紗里の心を見透かすような目で見ている。
「大事なことって何? あたしが納得することなら考えてやらなくもない」
紗里はしばらく黙っていたが、言いにくそうな顔になる。
「‥‥もうすぐ友達の誕生日なの‥‥プレゼント買ってあげたくて‥‥」
美紗子は無言で紗里の目を見た。その圧力に負けて、紗里は目を逸らした。美紗子はニヤリと笑う。
「へえー。あんた、男ができたんだ」
「‥‥」
「今度、ウチに連れておいで。あたしが見て、金貸してやる価値がある男だと思ったら貸してやるよ」
「えっ?」
「嫌ならこの話はもう終わり」
こうして、期末テストが終わってすぐの日曜日、律輝は紗里の家を訪れることとなった。
律輝は市内の繁華街にある有名洋菓子店でケーキを買った。紗里の家族は5人だから、自分の分を入れて6個だ。さすがに有名店だけあって値段が高く、ケーキ代で4000円を超えてしまった。高校生には痛い出費だが、紗里の家族と初めて会うのに手ぶらという訳にもいかない。
紗里の家は律輝から見て、太陽学園の向こう側にある。紗里に書いてもらった地図を頼りに歩いていると、九重塗装店という看板が見えた。父の健蔵はこの塗装店を経営している。
敷地は結構広く、前に事務所と駐車場、道具入れの倉庫。後ろに自宅があった。玄関のインターホンを鳴らすと、すぐに紗里が出てきた。今日の彼女は自宅なので、Tシャツにショートパンツというリラックスした格好をしていた。
律輝だけでなく紗里も緊張していた。
「昨日からオヤジは友達と磯釣りに行っていない。いるのはお母さんと兄貴と弟。兄貴と弟はバカだけど、人はいいから」
玄関を入り、居間に通された。畳敷きの広い部屋だった。用意された座布団を横によけ、律輝は正座した。そして、正面にいる美紗子、右にいる紗里の兄の勇斗、左にいる弟の晴斗を見ながら頭を下げた。
「初めまして。太陽学園高校特進科2年生の矢村律輝と申します。紗里さんにはいつもお世話になっています」
そして、ケーキの箱を座卓の上に置いた。
「つまらないものですが、みなさんでどうぞ」
律輝は美紗子に母の美智と似た雰囲気を感じた。見た目は普通のおばさんだが、何か奥に芯のようなものがある。母で慣れ親しんだ空気に安心感のようなものを感じた。
「ご丁寧にありがとう。まあ、ここのケーキ高かったでしょ? 気を使わせてごめんなさいね」
聞きたくてうずうずした顔の弟の晴斗が口を出した。
「矢村君って特進の2年なのに、太陽学園を仕切っているって本当なんですか?」
「余計なこと言うんじゃないよ」
紗里が制止したが晴斗は続ける。
「市内の高校じゃ噂になってるよ。普通科の3年生20人を相手に瞬殺したって」
―話が大きくなってる!―
「いや‥‥20人じゃなくて7人。それに仕切ってるって言っても、行きがかり上だから」
兄の勇斗も興味がありそうだった。
「太陽の仕切りって言ったら、学校の奴がヤバいときは助けに行くんだろ? 大変だな」
律輝としては紗里の母親の前でこんな武勇伝を話したくはない。焦っていると美紗子が助け舟を出してくれた。
「特進科ということは、卒業したら大学に行くんでしょ?」
やっとまともな話になった。
「はい。まだどこを受けるのかは決めてないですけど」
「リッキは頭いいんだから。中間テストじゃ特進で2番になったんだよ」
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「いや、2番だから。まだ上がいる」
こう答えないといけないような気がした。そして、その直感は当たっていた。急に美紗子は笑顔になる。
「そうね。2番で満足してちゃダメよね」
そして、ケーキの箱を持って立ち上がった。
「せっかく持って来てくれたんだから、みんなでいただきましょ」
美紗子が台所に行っている間に紗里は少し小声になった。
「ところで兄貴、この前聞いた田岡秀治の話をリッキにしてやって」
勇斗は180センチ近い大きな体で腕も太い。今は真面目に父の仕事を手伝っているが、昔はケンカが強くて有名な男だったらしい。太い眉毛を迷惑そうに寄せる。
「別に大した奴じゃねえよ。いつも取り巻き連れて偉そうにしてるけど、強い奴と本気でやり合うことはない。昔、ケンカのために呼び出されたけど、俺と竜太郎が暴れ出したら手下見捨てて逃げやがった」
まだ勇斗が高校生だった頃、些細なことが原因で田岡とケンカすることになった。一対一の約束だったが、田岡が約束を守るはずはないと思った勇斗は、親友の大野竜太郎と木刀を持って2人で行った。
思った通り、田岡は15、6人を集めていた。しかし、勇斗と竜太郎が暴れ始めると恐れおののき、13人を倒したところで逃げ出した。それ以降、勇斗の前には姿を見せなかったという。
「刑務所入ったんだって、細かいことが積み重なって、最後は車上荒らしでぶち込まれたって聞いてる。チンケな奴だよ」
「でも、そいつが帰ってきたら北山工業の奴ら、調子に乗るんじゃないの?」
不安そうな顔の晴斗に勇斗は言う。
「お前の学校にも強い奴はいるだろ? そいつらに任せとけばいいよ」
そして、親しげな目で律輝を見た。
「太陽学園が面倒なことに巻き込まれたら、俺の名前出してもいいよ。話だけで終わるなら、その方がいいだろ?」
「ありがとうございます」
そこに、ケーキとコーヒーを乗せたトレーを持って、美紗子が帰って来た。
「何の話で盛り上がってるの?」
勇斗は急に愛想のいい声を出す。
「勉強の話さ。1番目指してるんなら、大学は東大狙ったらどうだって言ってたんだ」
「それはいい話ね。矢村君、頑張ってね」
「はい」
律輝はそう答えるしかなかった。
面接のようなお茶会が終わり、勇斗と晴斗はどこかに出かけた。律輝は2階の紗里の部屋に案内された。紗里の部屋は女の子の部屋らしく、かわいらしい小物が飾られている。
律輝と紗里はカーペットの上に座り込んだ。
「あー緊張した。僕、お母さんに気に入ってもらえたかな?」
紗里はうれしそうだった。
「大丈夫。さっきケーキの皿とコーヒーカップを台所に持って行ったとき、『あれならOK』って言ってた。あれがよかったみたい、2番じゃダメってやつ」
あれは直感でそう言っただけだ。
「ウチのお母さんね、昔から何をやるにも中途半端は許さないの。やるなら1番を目指しなさいって言ってた」
そう言って、紗里は律輝にピッタリと体を寄せた。
「あたしはあんたのお母さんに会ったし、あんたはあたしの家族と会ったし、これでもう親公認の仲だね」
律輝の目の前にはショートパンツから伸びた紗里の白い脚があった。彼女は背が高いので脚も長い。律輝の胸はドキドキしてきた。そんな様子に紗里は気づいている。
「脚見てるの? リッキなら触ってもいいんだよ」
そして、律輝の手を取り自分の膝の上に乗せた。手の平を少し動かすと、白い脚からスベスベした感触が伝わってくる。紗里は恥ずかしそうな顔になった。
「くすぐったい。男の人に脚触られるの初めて」
2人の顔は徐々に接近していった。鼻と鼻がくっつきそうな距離でお互いの顔の角度が少し変わり、静かに唇が重なった。本当は律輝の誕生日にするつもりだったが、紗里は思い切って、少し開いていた律輝の唇から舌を入れた。
律輝は驚いてビクッと動いたが、紗里はそのまま舌を奥に入れて律輝の舌に触れる。律輝もそれに反応し、2人は舌を絡め合い、唾液を飲み合った。律輝が紗里を抱きしめた。紗里も律輝を抱きしめる。2人はしっかり抱き合い、体中に痺れるような快感を味わいながら、長い間唇を重ねていた。
唇が離れたとき、2人とも興奮していた。紗里の目は潤んでいる。
「抱いて‥‥」
「‥‥下にお母さんがいるよ」
「静かにやるから」
2人はお互いがたまらなく愛おしかった。異性のことがこんなに好きだと思ったのは、生まれて初めてだった。そのとき、下から美紗子の大きな声が聞こえた。
「紗里! お父さんが帰ってきたから、矢村君を紹介しなさい!」
紗里の目に怒りが浮かんだ。
「あのバカオヤジ! なんで今、帰って来るんだよ!」
この日の律輝と紗里の初体験はお預けとなった。
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むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
二重のカーテン (スカートの下の黒い意志)
MisakiNonagase
青春
洗濯物の隙間に隠したのは、母としての祈りと、娘のプライド。
かつて、女子高生という生き物はもっと無防備で、自由だった。
44歳の主婦、愛子が朝のベランダで手にするのは、娘たちが毎日履き替える漆黒のオーバーパンツ、通称「黒パン」。それは、令和を生きる娘たちが自らの尊厳を守るために身に着ける、鉄壁の「鎧」だった。
小学校時代のママ友たちとのランチ会。そこで語られるのは、ブルセラショップに下着を売っていた奔放な50代、無防備なまま凛と歩くしかなかった40代、そして「見せないこと」に命を懸ける10代の、あまりに深い断絶。さらには、階段で石像のように固まる父、生徒の背後に立たないよう神経を削る教師……。
一枚の黒い布を通して浮き彫りになる、現代社会の歪さと、その根底にある不器用なまでの「優しさ」。
ベランダに干された黒いカーテンの向こう側に、あなたは何を見ますか?
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
フラレたばかりのダメヒロインを応援したら修羅場が発生してしまった件
遊馬友仁
青春
校内ぼっちの立花宗重は、クラス委員の上坂部葉月が幼馴染にフラれる場面を目撃してしまう。さらに、葉月の恋敵である転校生・名和リッカの思惑を知った宗重は、葉月に想いを諦めるな、と助言し、叔母のワカ姉やクラスメートの大島睦月たちの協力を得ながら、葉月と幼馴染との仲を取りもつべく行動しはじめる。
一方、宗重と葉月の行動に気付いたリッカは、「私から彼を奪えるもの奪ってみれば?」と、挑発してきた!
宗重の前では、態度を豹変させる転校生の真意は、はたして―――!?
※本作は、2024年に投稿した『負けヒロインに花束を』を大幅にリニューアルした作品です。
至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件
こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。
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