ウチの学校の番長は特進科2年生

夏輝

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ヤンキー彼女の怖い母から面接を受ける

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 五章
 
 3年生の武田から“学校の仕切り”を頼まれ、しばらくは平穏な日々が続いた。中間テストでは律輝は目標通り、トップ3入りを果たした。
 担任の教師は顔に安堵の色を浮かべ、特進科の同級生たちは妬みの目を向けた。
 クラスメイトたちから見ると、律輝はいまいましい存在だった。自分たちは青春時代の楽しいことを犠牲にして、ひたすら勉強に打ち込んでいるのに、律輝は年上の彼女がいて青春を謳歌しており、それでいて自分たちより成績がいい。今や律輝に話しかけてくれるのは、同じクラスの谷川圭介だけだった。
 
 6月に入り、天気予報はとっくに梅雨入り宣言をしているのに、一向に雨が降らないある日のこと。律輝は校庭の芝生に座り、紗里と昼の弁当を食べていた。
 「7月7日は17歳の誕生日だよね。何かプレゼントしなくちゃ」
 「そんなのいいよ。僕はサリと一緒にいるだけでいいんだから」
 紗里はうれしそうに微笑んだ。実は紗里はある計画を考えている。2人が付き合い始めて1カ月以上になるのに、まだ手をつなぐ程度の進展しかない。律輝の誕生日には贈り物の他にキスもプレゼントし、彼が望めばそれ以上のこともするつもりだった。
 ―リッキのファーストキスは、あたしがもらうんだ―
 そんな期待に紗里の胸は膨らんでいた。
 一方の律輝は近頃、やたらと女子の視線を感じて困っていた。太陽学園を仕切っているという話が広まったのだろう。1年生から3年生まで、主に普通科の女子から頻繁に声を掛けられる。
 弁当を食べている律輝と紗里のもとに、2人の女子生徒がやってきた。最近声をかけられて顔見知りになった、普通科3年生の鈴本玲奈と高木美咲だった。玲奈が紗里のことを無視して律輝に話しかける。
 「ねえ、リッキ君。今度あたしたちと遊びに行こうよ」
 紗里は眉間にシワを寄せた。低い声で言う。
 「お前らうるせえぞ。リッキはあたしと弁当食べてるんだ」
 玲奈はわざとらしく目を丸くした。
 「あら、九重、いたの」
 制服のブラウスの胸元を大きく開いた美咲が近づいた。胸の谷間がはっきり見えている。思わず律輝の頬が赤くなった。
 「九重といたってつまんないでしょ? だってこいつ、なんにも知らない処女なんだもん。あたしたちといた方が絶対楽しいよ」
 「お前ら消えろ! 消えないと、はっ倒すぞ!」
 怒りと羞恥心で紗里の顔は赤くなっていた。玲奈と美咲は笑い出した。
 「あー怖い。じゃあリッキ君、またね」
 美咲は去り際にウインクして、短いスカートの裾を軽くたたいた。スカートはめくれ上がり、白い太ももが露わになった。律輝の頬はさらに赤くなる。
 「あいつら‥‥あいつら‥‥」
 紗里は箸を折れんばかりに握りしめていた。
 
 放課後。紗里はずっと不機嫌だった。一緒に歩いている律輝まで気分が暗くなる。小さな公園に差し掛かったところで紗里は突然立ち止まった。
 「ねえ、今日あんたん、お母さんいる?」
 「いることはいるけど、今日は少し帰りが遅くなるって言ってた。母さんに用?」
 紗里は真剣な目で律輝を見た。少し赤い顔をしている。
 「‥‥あたしと‥‥しよう‥‥」
 律輝は意味がわからない。
 「しようって何を?」
 紗里の顔はますます赤くなっていく。
 「‥‥セ‥‥セックス‥‥あたしとセックスしよう‥‥」
 今度は律樹の顔が赤くなっていった。だが、律輝は首を横に振った。
 「‥‥今日は嫌だ。昼あんなことがあったから、サリはムキになってそんなこと考えてる」
 次第に紗里は泣きそうな顔になった。律輝は横にある小さな公園の奥に、ベンチがあるのを見つけた。紗里の手を引いて公園に入り、2人ともそのベンチに座った。ベンチの後ろには大きな木があり、何本かの枝が下がって道路からは見えづらくなっていた。
 「‥‥リッキのお母さんが言った通り、あんたの周りには女がどんどん増えていく。そのうち、あたしが特別なんて言えなくなるかもしれない‥‥」
 切れ長の紗里の目に涙が溜まっていく。律輝は困り顔になった。
 「僕にとってサリは特別だよ。だって僕の彼女じゃない」
 紗里の目からはとうとう涙がこぼれてきた。
 「‥‥だって、あたしが特別なんて、何の証拠もないじゃない。一緒に昼ごはん食べたり、たまに手をつないだり、そんなこと誰だってできる。あたしの場所が鈴本や高木に替わったって、別に不思議じゃない‥‥」
 そう言って、紗里は両手で顔を覆ってしまった。嗚咽だけが聞こえてくる。律輝は紗里の肩を抱き、優しい声をかけた。紗里の体は不安で震えていた。
 「サリにとって僕は『本物の漢』なんだろ? 『本物の漢』が彼女をコロコロ代える訳ないじゃない」
 しかし、紗里は泣き止まない。
 「サリが特別だっていう証拠を見せてあげる。顔を上げて僕を見てごらん」
 その言葉に紗里はゆっくりと両手を下ろし、涙に濡れる顔を律輝に向けた。不意に唇に温かくて柔らかいものが触れた。目の前に頬を赤く染めた律輝の顔があった。
 「‥‥僕のファーストキスの相手はサリ。これじゃ安心できない?」
 紗里は顔をくしゃくしゃにして再び泣き始めた。先ほどまでの涙とは種類が違う涙だった。
 「あーん、うれしいよぉ。リッキ、大好きだよぉ」
 律輝は紗里を抱きしめた。彼女は細くて柔らかかった。
 
 その日、寝るまで紗里の顔はニヤニヤしていた。
 ―あたしはリッキのファーストキスの相手なんだ―
 そして、抱きしめられたときに感じた、律輝の力強い腕や厚い胸板を思い出した。にやけ顔が止まらないので、家族はみんな気味悪がっていた。
 
 
 6月下旬。そろそろ期末テストが近づいてきた。前半はあまり雨が降らなかった梅雨が、後半になると本格的に振り始めた。紗里は試験勉強の合間に次の計画を考えていた。
 当初は律輝の17歳の誕生日にキスをするつもりだったが、予想外に早くなった。次はどうするべきか。もっと深いキスをするべきか、それとも、最後まで行ってしまうべきか。
 さすがに最後までは未経験の紗里も尻込みするが、相手が律輝なら後悔はしないと思う。
 ―どこまでやるにしろ、場所が必要だ。リッキの家にはお母さんがいるし、あたしの家はガサツな家族がいて、絶対に良い雰囲気など作れない。やっぱり、ホテルがいいだろう―
 
 紗里は母、美紗子の前で、神妙な顔で正座していた。
 「お母さん、お願い。お金貸して」
 美紗子は紗里が受け継いだ切れ長の目で娘をにらんだ。
 「あんたの場合、“貸して”じゃなくて“ください”でしょ? 一度も返って来たことないんだから」
 「そんなこと言わないで。大事なことがあるの。どうか、お願いします」
 すがりつくような目で紗里は美紗子を見た。美紗子は紗里の心を見透かすような目で見ている。
 「大事なことって何? あたしが納得することなら考えてやらなくもない」
 紗里はしばらく黙っていたが、言いにくそうな顔になる。
 「‥‥もうすぐ友達の誕生日なの‥‥プレゼント買ってあげたくて‥‥」
 美紗子は無言で紗里の目を見た。その圧力に負けて、紗里は目を逸らした。美紗子はニヤリと笑う。
 「へえー。あんた、男ができたんだ」
 「‥‥」
 「今度、ウチに連れておいで。あたしが見て、金貸してやる価値がある男だと思ったら貸してやるよ」
 「えっ?」
 「嫌ならこの話はもう終わり」
 こうして、期末テストが終わってすぐの日曜日、律輝は紗里の家を訪れることとなった。
 
 
 律輝は市内の繁華街にある有名洋菓子店でケーキを買った。紗里の家族は5人だから、自分の分を入れて6個だ。さすがに有名店だけあって値段が高く、ケーキ代で4000円を超えてしまった。高校生には痛い出費だが、紗里の家族と初めて会うのに手ぶらという訳にもいかない。
 紗里の家は律輝から見て、太陽学園の向こう側にある。紗里に書いてもらった地図を頼りに歩いていると、九重塗装店という看板が見えた。父の健蔵はこの塗装店を経営している。
 敷地は結構広く、前に事務所と駐車場、道具入れの倉庫。後ろに自宅があった。玄関のインターホンを鳴らすと、すぐに紗里が出てきた。今日の彼女は自宅なので、Tシャツにショートパンツというリラックスした格好をしていた。
 律輝だけでなく紗里も緊張していた。
 「昨日からオヤジは友達と磯釣りに行っていない。いるのはお母さんと兄貴と弟。兄貴と弟はバカだけど、人はいいから」
 玄関を入り、居間に通された。畳敷きの広い部屋だった。用意された座布団を横によけ、律輝は正座した。そして、正面にいる美紗子、右にいる紗里の兄の勇斗ゆうと、左にいる弟の晴斗はるとを見ながら頭を下げた。
 「初めまして。太陽学園高校特進科2年生の矢村律輝と申します。紗里さんにはいつもお世話になっています」
 そして、ケーキの箱を座卓の上に置いた。
 「つまらないものですが、みなさんでどうぞ」
 律輝は美紗子に母の美智と似た雰囲気を感じた。見た目は普通のおばさんだが、何か奥に芯のようなものがある。母で慣れ親しんだ空気に安心感のようなものを感じた。
 「ご丁寧にありがとう。まあ、ここのケーキ高かったでしょ? 気を使わせてごめんなさいね」
 聞きたくてうずうずした顔の弟の晴斗が口を出した。
 「矢村君って特進の2年なのに、太陽学園を仕切っているって本当なんですか?」
 「余計なこと言うんじゃないよ」
 紗里が制止したが晴斗は続ける。
 「市内の高校じゃ噂になってるよ。普通科の3年生20人を相手に瞬殺したって」
 ―話が大きくなってる!―
 「いや‥‥20人じゃなくて7人。それに仕切ってるって言っても、行きがかり上だから」
 兄の勇斗も興味がありそうだった。
 「太陽の仕切りって言ったら、学校の奴がヤバいときは助けに行くんだろ? 大変だな」
 律輝としては紗里の母親の前でこんな武勇伝を話したくはない。焦っていると美紗子が助け舟を出してくれた。
 「特進科ということは、卒業したら大学に行くんでしょ?」
 やっとまともな話になった。
 「はい。まだどこを受けるのかは決めてないですけど」
 「リッキは頭いいんだから。中間テストじゃ特進で2番になったんだよ」
 このとき、律輝は紗里の言葉に美紗子の目が光ったような気がした。
 「いや、2番だから。まだ上がいる」
 こう答えないといけないような気がした。そして、その直感は当たっていた。急に美紗子は笑顔になる。
 「そうね。2番で満足してちゃダメよね」
 そして、ケーキの箱を持って立ち上がった。
 「せっかく持って来てくれたんだから、みんなでいただきましょ」
 美紗子が台所に行っている間に紗里は少し小声になった。
 「ところで兄貴、この前聞いた田岡秀治ひでじの話をリッキにしてやって」
 勇斗は180センチ近い大きな体で腕も太い。今は真面目に父の仕事を手伝っているが、昔はケンカが強くて有名な男だったらしい。太い眉毛を迷惑そうに寄せる。
 「別に大した奴じゃねえよ。いつも取り巻き連れて偉そうにしてるけど、強い奴と本気でやり合うことはない。昔、ケンカのために呼び出されたけど、俺と竜太郎が暴れ出したら手下見捨てて逃げやがった」
 まだ勇斗が高校生だった頃、些細なことが原因で田岡とケンカすることになった。一対一の約束だったが、田岡が約束を守るはずはないと思った勇斗は、親友の大野竜太郎と木刀を持って2人で行った。
 思った通り、田岡は15、6人を集めていた。しかし、勇斗と竜太郎が暴れ始めると恐れおののき、13人を倒したところで逃げ出した。それ以降、勇斗の前には姿を見せなかったという。
 「刑務所入ったんだって、細かいことが積み重なって、最後は車上荒らしでぶち込まれたって聞いてる。チンケな奴だよ」
 「でも、そいつが帰ってきたら北山工業の奴ら、調子に乗るんじゃないの?」
 不安そうな顔の晴斗に勇斗は言う。
 「お前の学校にも強い奴はいるだろ? そいつらに任せとけばいいよ」
 そして、親しげな目で律輝を見た。
 「太陽学園が面倒なことに巻き込まれたら、俺の名前出してもいいよ。話だけで終わるなら、その方がいいだろ?」
 「ありがとうございます」
 そこに、ケーキとコーヒーを乗せたトレーを持って、美紗子が帰って来た。
 「何の話で盛り上がってるの?」
 勇斗は急に愛想のいい声を出す。
 「勉強の話さ。1番目指してるんなら、大学は東大狙ったらどうだって言ってたんだ」
 「それはいい話ね。矢村君、頑張ってね」
 「はい」
 律輝はそう答えるしかなかった。
 
 
 面接のようなお茶会が終わり、勇斗と晴斗はどこかに出かけた。律輝は2階の紗里の部屋に案内された。紗里の部屋は女の子の部屋らしく、かわいらしい小物が飾られている。
 律輝と紗里はカーペットの上に座り込んだ。
 「あー緊張した。僕、お母さんに気に入ってもらえたかな?」
 紗里はうれしそうだった。
 「大丈夫。さっきケーキの皿とコーヒーカップを台所に持って行ったとき、『あれならOK』って言ってた。あれがよかったみたい、2番じゃダメってやつ」
 あれは直感でそう言っただけだ。
 「ウチのお母さんね、昔から何をやるにも中途半端は許さないの。やるなら1番を目指しなさいって言ってた」
 そう言って、紗里は律輝にピッタリと体を寄せた。
 「あたしはあんたのお母さんに会ったし、あんたはあたしの家族と会ったし、これでもう親公認の仲だね」
 律輝の目の前にはショートパンツから伸びた紗里の白い脚があった。彼女は背が高いので脚も長い。律輝の胸はドキドキしてきた。そんな様子に紗里は気づいている。
 「脚見てるの? リッキなら触ってもいいんだよ」
 そして、律輝の手を取り自分の膝の上に乗せた。手の平を少し動かすと、白い脚からスベスベした感触が伝わってくる。紗里は恥ずかしそうな顔になった。
 「くすぐったい。男の人に脚触られるの初めて」
 2人の顔は徐々に接近していった。鼻と鼻がくっつきそうな距離でお互いの顔の角度が少し変わり、静かに唇が重なった。本当は律輝の誕生日にするつもりだったが、紗里は思い切って、少し開いていた律輝の唇から舌を入れた。
 律輝は驚いてビクッと動いたが、紗里はそのまま舌を奥に入れて律輝の舌に触れる。律輝もそれに反応し、2人は舌を絡め合い、唾液を飲み合った。律輝が紗里を抱きしめた。紗里も律輝を抱きしめる。2人はしっかり抱き合い、体中に痺れるような快感を味わいながら、長い間唇を重ねていた。
 唇が離れたとき、2人とも興奮していた。紗里の目は潤んでいる。
 「抱いて‥‥」
 「‥‥下にお母さんがいるよ」
 「静かにやるから」
 2人はお互いがたまらなく愛おしかった。異性のことがこんなに好きだと思ったのは、生まれて初めてだった。そのとき、下から美紗子の大きな声が聞こえた。
 「紗里! お父さんが帰ってきたから、矢村君を紹介しなさい!」
 紗里の目に怒りが浮かんだ。
 「あのバカオヤジ! なんで今、帰って来るんだよ!」
 この日の律輝と紗里の初体験はお預けとなった。
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