ウチの学校の番長は特進科2年生

夏輝

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心は通じ合ってるのに遠い初体験

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 六章
 
 紗里との仲がここまで進むと、律輝もこれからの展開のことを考えてしまう。紗里が同級生の加藤真美の買い物に付き合うから、一緒に帰れないと連絡してきた日、律輝は久しぶりに中学時代の友人である横山智也に会った。
 智也は市内にある中レベルの高校、春日山高校に進学している。高校に入ってから不良っぽい格好をするようになったが、“ぽい”だけで不良になった訳ではない。智也とは繁華街近くの安いコーヒーショップで待ち合わせをした。
 「よう、久しぶり。元気だった?」
 智也が通う春日山高校でも律輝の噂を知っている者はいるだろうが、智也はそんなグループには属してないので、今の律輝の立場は知らない。
 「相談したいことがあるんだ」
 そして、律輝は単刀直入に切り出した。
 「ねえトモヤ、セックスしたことある?」
 飲んでいたアイスコーヒーを智也は吹き出しそうになった。ひとしきり咳き込んだ後、目を丸くする。
 「お前、いきなり何言うんだよ」
 面食らっている智也に律輝は紗里という彼女ができて、次はセックスという段階まで進んでいることを話した。智也はうらやましそうな顔をした。
 「正直言って、俺はまだ女とそんな段階まで行ったことがない。でも、リッキの頼みだ。俺にできることは協力する」
 そして、キスからセックスまでどうやってつなげていくか、その展開を一緒に考えてくれた。だが、悲しいことに童貞同士が話し合っても明るい兆しは見えない。智也は急に思い出したように言う。
 「ところでリッキ、お前、コンドーム持ってるの?」
 律輝はハッとした。今までセックスまでの進行ばかりを考えて、重要な避妊のことが抜け落ちていた。
 「持ってない。どうしよう」
 「どうしようって、買わなきゃ。コンビニやドラッグストアに売ってるよ」
 「恥ずかしいよ」
 「何だよそれ。自分が使うんだろ。ジュースやお菓子に紛れ込ませて買えば大丈夫だって」
 結局、智也への相談では何もいいアイデアが浮かばず、家に帰る途中のコンビニで、ジュースや菓子類と一緒にコンドームを買って帰った。
 レジにいた大学生風の男性店員が、コンドームの箱のバーコードをチェックするとき、少しニヤリと笑った。律輝は死ぬほど恥ずかしかった。
 
 
 そして、紗里にとっては決戦のような7月7日の誕生日。この日は平日なので放課後からが勝負だ。律輝には「今日は最後まで行きたい』と伝えてある。2人とも母には今日の夕食はいらないと言って出てきた。
 授業が終わると、あらかじめ用意していた私服に着替えて2人で繁華街に出た。紗里は律輝のプレゼントとしてスニーカーを買い、その後に少し早いが夕食のためレストランに入った。本当は紗里はもっと高い店に律輝を連れて行きたかったが、母から借りたとはいえ資金には限りがある。
 レストランを出たとき、紗里の腕時計の針は午後7時を少し過ぎたところを指していた。これから繁華街の外れにあるホテル街に向かうつもりだ。今から2時間の休憩に入れば、10時ぐらいには紗里も律輝も家に帰ることができる。
 2人はこれから起こることに緊張していた。律輝は先日、智也と会った帰りに買ったコンドームの装着実験をしていた。最初の1枚は裏表がわからず、男性器に押し付けているうちに絡まってダメにしてしまった。しかし、2枚目は無事装着できたため、本番では恥をかかずに済みそうだ。
 目的地までもうすぐというときのこと。ホテル街の近くにある公園から、男の怒号が聞こえてきた。
 「何だこら! やんのか!」
 声のした方を見ると、3年生の武田とその仲間数人が、律輝の知らない男たちとにらみ合っている。
 「ねえ、サリ。あれ、武田さんたちじゃない?」
 紗里も見たが、今はそれどころではないという顔をしている。
 「道草食ってると時間がなくなるよ」
 「でも、僕、学校を仕切ってるから、ヤバいことなら武田さんたちを助けなきゃ」
 「今日はそんな日じゃないでしょ?」
 「でも‥‥」
 公園内では、武田たちと知らない男たちが、今にも殴り合わんばかりににらみ合っている。確かに見過ごせる状況ではない。紗里は泣きたい気分になった。
 「‥‥じゃあ行って。できるだけ早く終わらせてね」
 「うん。ごめんね」
 紗里が買ってくれたスニーカーの紙袋を彼女に預けると、律輝は公園の中に入って行った。
 「武田さん、こんばんは。どうしたんですか?」
 目を血走らせた武田は律輝に振り向き、男たちから一歩引いた。
 「どうもこうもねえよ。街を歩いてたら、こいつらがいきなり“ガン飛ばした”なんて因縁つけてくるんだ。こいつら北山工業の奴らだ。もうすぐ親分が帰ってくるんで、気がでかくなってるんだろうよ」
 北山工業の男たちの数は4人。皆、ヤンキー丸出しの趣味の悪い服を着ている。律輝は男たちに歩み寄った。男の1人が笑い出す。
 「こいつか? 今の太陽学園を仕切ってるっていう特進の2年は。お前らも落ちるとこまで落ちたな。こんな奴に頼るなんて」
 そして、男たちは一斉に笑い出した。
 ―これも、やっぱり“降りかかる火の粉”なんだろうなぁ―
 
 『母の教え五、ケンカの前に能書き垂れるのは口だけの奴だ。構わずぶっ飛ばせ』
 
 律輝は突然ダッシュした。一番近くにいた男の脛をローキックで打ち据え、手首をつかむと他の男に向かって力いっぱい投げ飛ばした。そして、最初に笑った男に駆け寄る。
 男は律輝にパンチを放ったが、律輝はそれを腰を下げてかわし、上半身を起こしながら顎にアッパーを見舞った。男は後ろに吹っ飛ばされた。
 最後に残った男を律輝はにらみつけた。
 「まだやる? 人を見かけで判断しない方がいいよ」
 そして、北山工業の男たち全員に言った。
 「田岡さんって人は刑務所に入ったんだから、更生して出てくるはずだ。でも、もし更生してなくて周囲に迷惑をかけるようなら、僕が叩きのめしてやる。田岡さんに会ったら言っといて。僕は九重勇斗ゆうとさんの知り合いだって」
 勇斗の名前は本人から出していいと言われている。魔よけの代わりにはなるだろう。
 男たちはよろめきながら立ち去った。武田はニヤリと笑った。
 「ありがとな。多分、通行人の誰かが通報しただろうから、もうすぐ警察が来る。早く逃げた方がいいぜ」
 そう言って夜の街に駆け出した。気がつくと近くに紗里が立っていた。律輝は申し訳なさそうな顔になる。
 「‥‥ごめん。早く逃げた方がいいって」
 紗里はがっくりと肩を落とした。
 「‥‥もう‥‥今日はこんな予定じゃなかったのに‥‥」
 律輝は紗里の頬にキスして、手をつなぐと2人で夜の街に消えていった。
 
 
 誕生日の数日後、期末テストの結果が出た。律輝は中間テストと同じく2位だった。1位は同じクラスの大沢康彦だ。休み時間に律輝は康彦の席に行った。
 「また、大沢君に負けちゃったね。一体、どんな勉強の仕方してるの?」
 しかし、康彦は律輝をジロリとにらみ、無視した。ため息をついて自分の席に戻る。
 大沢康彦は律輝のことが大嫌いだった。太陽学園の特進科は、ほとんどの者が有名進学校の受験に失敗し、ここに来ている。皆が勉強に集中し、大学受験では高校受験のリベンジを果たそうと燃えているのだ。
 それなのに、矢村律輝は特進科であるにも関わらず、3年生のヤンキーだが美人の彼女がいるし、普通科の不良たちとも仲が良い。本当はあんな奴は普通科にいるべきなのだ。だが、そんな奴なのに成績では康彦を猛追している。
 1学期の試験では勝ったけど、これからも勝ち続ける自信はない。特進科の異端児である律輝のことを本当に嫌な奴だと思っていた。
 
 その日の放課後。康彦は下校のために学校最寄り駅の近くを歩いていた。コンビニ前の駐車場に同じ高校の2年生のヤンキーが3人いる。何を話しているのか、3人は声を上げて笑っていた。
 彼らを見た康彦は“ヘドが出る”と思った。
 ―世の中には、あんなゴミがどうしているんだ? 社会の迷惑でしかないのに―
 康彦の気持ちは目に出ていたようだった。3人のうちの1人、水巻航が康彦の視線に気づいた。航は康彦に近づき、鋭い目を向けた。
 「何だお前? 今、俺たちのことをゴミを見るような目で見たな?」
 康彦が黙っていると、航はいきなり襟首をつかんだ。
 「何とか言えよ。俺たちのこと見下してるくせに、いざとなったら怖いのか?」
 襟首をつかまれるなど、康彦は生まれて初めてだった。恐怖で足がすくむ。
 そこに、紗里と下校中の律輝が通りかかった。航に気づき、彼が脅しているのが康彦とわかると目を丸くする。
 「コウ君どうしたの? その子、僕と同じクラスなんだ。手を離してくれないかな」
 律輝の姿を見て、航は康彦を突き飛ばした。
 「こいつが俺たちをゴミを見るみてえな目で見やがったから、どういうつもりか聞いてたんだよ」
 「大沢君、本当?」
 康彦はうつむいて黙っていた。律輝は航に頭を下げた。
 「僕がちゃんと話を聞くから、今日のところは勘弁してくれないかな?」
 「お前が言うんなら仕方ないけど、ちゃんとこいつに説教しとけよ」
 そして、航たちは駅の方向に消えていった。律輝は紗里の方を向いた。
 「ごめん。彼と少し話をするから、今日は一緒に帰れない」
 「うん。わかった‥‥」
 紗里は名残惜しそうにバス停の方向に歩いて行った。

 律輝は駅の近くにある小さな公園に康彦を連れて行った。いつか、紗里と初めてのキスをした公園だ。そのときのベンチに康彦を座らせて、自分も隣に座った。この間、康彦はずっと黙ったままだった。
 律輝は康彦に語りかけるように言う。
 「君を不機嫌にさせているのは僕だろ? 僕は特進科なのに普通科の人たちと仲が良い。それでいて成績は悪くない。こんな僕に腹が立ってるんだろ? でも、僕だって勉強はしてるんだよ。授業中は先生の話を集中して聞いてるし、夜は家で予習復習をちゃんとやってる」
 そして、うつむいたままの康彦の顔を覗き込みながら言った。
 「恥ずかしいから、ここだけの話にしてほしいんだけど、実は僕、大学は東大を目指してるんだ」
 初めて康彦が律輝の方を向いた。目には驚きの色がある。律輝は恥ずかしそうに頭をかいた。
 「僕には3歳年上の兄さんがいるんだ。子供の頃から何をやってもうまくできて、成績も抜群に良かった。今は東大の法学部にいる。僕は兄さんに追いつきたいんだ」
 そして、ポケットからスマートフォンを取り出して、タッチパネルを触り出す。
 「ウチの母さんは僕たち兄弟に、小さな頃から格闘技みたいなことを教えてた。中学校を卒業したとき、僕は志望校に落ちて、兄さんは第一志望に合格した。僕は少しねてた。そしたら母さんが、僕たちにスパーリングやるように言ったんだ。そのときの写真がこれ」
 律輝は康彦にスマホの画面を見せた。
 「ひゃっ!」
 康彦は悲鳴を上げた。画面に映っていたのは、色白で端正な顔に鼻血やあざをつけた兄の達輝たつきと、血まみれで顔をサッカーボールのように腫らした律輝だった。壮絶な殴り合いをしたのが一目でわかる。しかし、そんな激しい戦いをしたにも関わらず、兄弟は笑顔で肩を組んでいた。
 「兄さんは強かったよ。僕なんか全然敵わなかった。このとき気づいたんだ。兄さんは強くなるために、とんでもない努力をしてきた。勉強も同じだと思った。僕の努力より、兄さんの努力の方が数段上だったんだ。それがわかったから、僕はねるのをやめた。母さんは僕にそれを教えるために、スパーリングをやれって言ったんだ」
 「何だか、すごい教育方針だね‥‥」
 初めて康彦が口を開いた。素直に驚いた顔をしている。
 「うん。ウチの母さん、すごい人だから」
 律輝の屈託のない笑顔を見て、康彦は自分が単に律輝に嫉妬していたのだと気づいた。彼女や友達と高校生活を楽しみながら、成績はトップクラスの同級生を妬んでいただけなのだ。恥ずかしかった。このカッコ悪い嫉妬を終わらせたかった。
 ―このままじゃ僕は、みっともない人間になってしまう‥‥—
 勇気を出して康彦は恐る恐る言った。
 「今度‥‥一緒に勉強しない? 矢村君、英語が得意だから、教えてくれると助かるな」
 「いいよ。じゃあ、大沢君は数学を教えて。僕の弱点なんだ」
 康彦は律輝に笑いかけた。何だか久しぶりに笑ったような気がした。
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