ウチの学校の番長は特進科2年生

夏輝

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『本物の漢』の目を持つ3人の男たち

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 十一章

 律輝と紗里が長崎から帰ってきて2日後、2学期が始まった。そして、それと合わせるように東京から律輝の兄、達輝たつきが帰ってきた。
 大学の夏季休暇は8月には始まっていたが、達輝は講義のことで調べたいことがあり、東京に残っていたのだ。今年の盆休みは父の龍平もサウジアラビアから帰って来られないため、矢村家のお盆は律輝と母の2人で、日帰りで先祖の墓参りに行っただけだった。
 達輝は律輝にとって自慢の兄だ。紗里に紹介したくて日曜日の昼食に招待した。
 紗里は達輝と会って驚いた。背が高くて色白で、まるで男性アイドルのように美しい。知的な目で話しかけられると、胸がドキドキしてくる。
 食事のメインメニューは、達輝が好きだという美智手作りのハンバーグだった。ハンバーグを頬張りながら律輝はニコニコしている。
「兄さんの目標は大学在学中に司法試験に合格して、将来は検事になることなんだ」
「ケンジ? お兄さん、名前変えたいんですか? あたしは達輝って、いい名前だと思うけどなぁ」
 一呼吸置いて美智は爆笑し、達輝は笑いをかみ殺していた。律輝は苦笑いをしている。
「検事っていうのは職業のこと。裁判で被告人がどんな罪を犯したのか、裁判官の前で証明していく人のことだよ」
 律輝の説明で紗里は顔を赤くした。
「やっぱ紗里ちゃんいいわ。あたしの若い頃とおんなじ」
 笑っている美智を見て、達輝は慰めるような顔になった。
「気にすることないよ。母さんだって若い頃、父さんがゼネコンに就職が決まったとき、生コンの会社に行くと思ってたんだから」
 食卓は笑いに包まれた。

 食事が終わり食後のコーヒーを飲んでいたとき、紗里は気になっていたことを達輝に聞いてみた。
「お兄さんって、彼女さんはいないんですか? すごくカッコいいからいると思うんですけど」
 達輝は少し照れくさいような顔になった。
「まあ、一応いるよ」
「どんな人ですか?」
 2人の会話を聞いていた美智は、何かを言いたそうな顔になった。
「ねえタッキ、あの話、しちゃダメ? 紗里ちゃんなら誰にも言わないと思う」
 達輝は少し考えて、うなずいた。美智は紗里をワクワクするような目で見る。
「女優の柏木美波ちゃんって知ってる?」
「もちろん知ってますよ。映画やドラマにたくさん出てるし、テレビのコマーシャルにもいっぱい出てるから」
 そして、次第に目が丸くなった。
「‥‥まさか、柏木美波がお兄さんの彼女なんですか?」
 美智はうれしそうな顔でうなずいた。達輝は優しい目をしていた。
「去年の夏休み、帰省して中学の頃の友達と海に行ったんだ。彼女、この街の出身で、彼女も久しぶりに長めの休みが取れたから、里帰りしていて、地元の友達と一緒に僕たちと同じ海岸にいたんだ。まさか、有名女優が地方の海水浴場にいるなんて誰も思わないから、全然気づかれなかった」
 達輝たちがひとしきり海で遊び、昼食を終えてのんびりしているときだった。砂浜で女性が悲鳴を上げた。女性が指差している方を見ると、浮き輪に乗った幼稚園ぐらいの女の子が、どんどん沖に流されていた。
 達輝は立ち上がり、友人たちにボートで追いかけてくるように言うと、すさまじい速さで砂浜を横切り、海に飛び込んだ。そして、信じられないほどの速度で女の子に追いついて、泣いている女の子をなだめながら、浮き輪を引いて岸に向かって泳ぎ始めた。
 中ほどまで来たところで友人たちのボートがやってきて、達輝は女の子をボートに乗せた。海岸に戻ると彼女の両親は何度も頭を下げたが、達輝たちは謝礼を受け取らなかった。
「その話はそれで終わったと思ったんだ。そうしたら、帰るときに駐車場まで女性が追いかけてきて、いきなり『わたしと付き合ってください』って言うんだ。びっくりしたよ。おまけに、よく顔を見ると柏木美波だもん。2度驚いた」
「美波ちゃんね、タッキが砂浜を走ってるとき、“あの目”を見たんだって」
 美智の言葉の意味は紗里にはすぐわかった。
「‥‥『本物の漢』の目ですね」
「そう。あれを見たら、惚れない女はいないでしょ?」
 紗里は納得した。今、乗りに乗っている売れっ子女優を達輝は一撃で落としたのだ。
「お母さん、柏木美波さんに会ったことあるんですか?」
「あるよ。タッキが連れてきたから。とってもきれいな子だった」
「僕は強い人だと思った。何だか体の奥にしっかりとした芯がある人だった」
 口を挟んできた律輝に紗里は驚いた。
「あんたも会ったことあるの?」
「あるよ。だって兄さん、この家に連れてきたんだもん」
 驚いて紗里は言葉も出なかった。美智は律輝の言葉にうなずく。
「そうね、きれいで強い人だね。でも、あれぐらいでないと、厳しい芸能界で一線にいられないんじゃないかな。この話は内緒ね。知ってるのはウチの家族とあの子の家族、それに、あの子の事務所の人ぐらいだから」
 美智と紗里の会話に達輝は戸惑った顔になる。
「母さんも紗里ちゃんも“あの目”って言うけど、僕たちにはわからないんだよな、どんな目なのか」
「うん。ただ一生懸命なだけだから」
 この兄弟が紗里にはとても頼もしく見えた。そして、だんだん悲しくなってきた。人気女優・柏木美波と自分とでは雲泥の差がある。
「‥‥リッキ、ごめんね」
「どうしてサリが謝るの?」
「だって、お兄さんの彼女さんはすごい人なのに、あたしはただのバカだから‥‥」
「そんなことないよ。サリはサリで、いいところいっぱいあるよ」
 達輝が優しい目を向けた。
「僕は紗里ちゃんとリッキはお似合いだと思うな。何だか、ウチの父さんと母さんに雰囲気が似てるんだ」
「お父さんとお母さんに‥‥?」
「そう。ウチは母さんがヤンチャな人だから、父さんが尻に敷かれてるように見えるけど、本当は違う。いざとなったら父さんはすごい力を発揮して、母さんは父さんを信じてついていくだけ。リッキと紗里ちゃんも、紗里ちゃんの方が背が高くてお姉さんだけど、大事なところではリッキがしっかり引っ張っていくと思うよ」
 律輝は照れくさそうな顔をしていた。紗里は次第にこの兄弟に“あの目”を与えた父、龍平のことが知りたくなってきた。
「お父さんはどんな人なんですか?」
 美智は胸を張って言い切った。
「ウチのパパは男の中の男よ」
 笑顔になった達輝は遠くを見るような目になる。
「‥‥僕がまだ小学校に入る前だから、リッキは憶えてないと思うけど、父さんは昔、トンネルの工事現場で落盤事故に遭ったんだ」
 紗里は息をのんだ。落盤事故は紗里でもイメージできる。トンネルの天井が崩れ落ちてきて、中にいた人が生き埋めになる恐ろしい事故だ。
「父さんはエンジニアだから直接現場で作業をする人じゃないけど、その日はたまたま工事の進捗状況をチェックするため、掘ってるトンネルの最先端部にいたんだ。そして突然、父さんたちの少し後ろで天井が崩れ落ちてきた。父さんを含め8人が先端部に取り残されたんだ」
 当時を思い出すように、美智は目をつぶっていた。
 土砂に閉じ込められた作業員たちはパニック状態になった。幸い電気はまだ通じていたものの、空気がいつまでもつのかわからない。水も食料もなく、救助隊が来るまで何日かかるかもわからない。何も考えられずに茫然とする者、突然やってきた死の恐怖に泣き出す者、本当に恐ろしい空間だった。
 だが、龍平は冷静だった。崩れてきた土砂を丹念に調べ、空気が入って来る隙間を見つけた。そして、仲間たちを励まして、何とか空気の入り口を掘り広げようとした。
 一方、トンネルの外では消防と警察の合同救助隊が結成され、救出のために動き出していた。トンネル内に取り残された作業員の家族たちも集まり、プレハブの現場事務所の1つが家族の待機所になった。
 美智も幼い達輝と律輝を連れて待機所にやってきた。達輝は怖かった。絶望し泣き叫ぶ者、駆け付けた会社の役員に責任を取れと怒鳴る者、待機所の中は異常な空気だった。
 だが、母の美智は表情一つ変えずに椅子に座ってじっとしている。そして、落ち着いた声で達輝と律輝に「パパは絶対に帰って来る。心配しなくていい」と言った。
 家族たちが憔悴している間、龍平は仲間を引っ張って4日間、飲まず食わずで空気穴を掘り進めていた。そして5日目、ついに龍平たちは狭い穴の中で救助隊と合流した。
 待機所で8人全員が救出されたと聞いたときも、美智は表情を変えずに座っていた。そして、げっそりと痩せた、全身泥だらけの龍平が看護師に付き添われて待機所に現れたとき、美智は初めて涙を流した。
「あのときの母さんをよく覚えている。泥だらけの父さんがやって来たとき、それまで怖いくらい静かだった母さんが、顔をくしゃくしゃにして父さんに抱きついて、大声で泣いたんだ。僕には父さんが正義のヒーローのように見えた」
 美智はうっすらと目に涙を溜めていた。指で涙を拭い、笑顔になった。
「カッコいいでしょ? 落盤事故とのケンカに勝っちゃうんだもん」
 紗里は素直にうなずいた。
「このときのリーダーシップと判断力が評価されて、その後、大きな現場事務所の所長をいくつもやってね、東京の役員から幹部候補生として本社に来いって言われたの。でも、この街に家を建てちゃったから、本社行きを断った。出世には興味がないみたい。今のサウジアラビアの現場も、本当なら国際プロジェクトは本社の人たちだけで行くんだけど、役員推薦で選ばれたの」
 母の父自慢に律輝は笑顔になった。
「今の現場が終わったら支店に戻って、そのうち支店長になるんだって。僕と兄さんはいずれ、この家を出なくちゃいけないんだ。父さんが戻ってきたら、母さんはこの家を2人のラブラブハウスにするんだって」
 紗里はひっくり返りそうになった。だが、美智の気持ちはわかる。『本物の漢』に出会ってしまったら、女は一生離れられないのだ。


 食事会が終わり、律輝は学校の最寄り駅まで紗里を送ってきた。紗里はここからバスで帰る。時刻表を見ると、もうすぐバスが来そうだった。紗里は晴れやかな顔をしていた。
「今日はお兄さんに会えたし、お父さんの話も聞けてよかった」
 そして、きっぱりと言った。
「あたし、高校を卒業してからの進路を決めた。経理の専門学校に行って事務系の資格を取る。そして、少しでもいい会社に就職してお金を貯める」
 そこにバスがやって来た。乗車ドアが開く
「資金を貯めて、リッキが大学を卒業したら、あたしたち結婚するの!」
 弾ける笑顔で紗里はバスに飛び乗った。
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