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クリスマスイブの夜、正義の味方が現れた!
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十七章
季節は巡り、秋から冬へと変わった。中間テストに続き、期末テストでも大沢康彦は1位を死守して律輝は2位に終わった。2人はたまに一緒に勉強して、お互いの弱点を補い合っているので、力の差はなかなか縮まらない。
しかし、2人の差は縮まらなくても、クラスメイトたちとの差は、はるかに開いている。何とか2人に追いつこうとしているのは、谷川圭介だけだった。
圭介は千里の受験勉強を手伝っていた。特進科では2年生までで高校3年間のカリキュラムを終えて、3年生では受験対策に特化した授業となる。そのため、特進科の圭介と普通科の千里は同じところを勉強していることになる。
千里に教えるためには、自分が十分に理解していないとできない。圭介は好きな彼女のために勉強しているうちに、律輝に次ぐ成績となっていた。
そして、この間に田岡のことも解決した。律輝が北山工業のヤンキーたちに田岡の本当の姿を教えたため、ヤンキーたちは田岡から連絡があっても無視するようになった。田岡より律輝の方が信頼できると判断したのだ。
手下がいなければ何もできない田岡は、金に困るようになった。そこで夜遅く、仕事帰りのサラリーマンを襲って金を奪おうとした。狙いをつけたのは、小柄で体の線が細い、大人しそうな中年のサラリーマンだった。
だが、田岡の見込みは外れた。実はこの中年サラリーマンは空手五段の猛者であり、襲い掛かった田岡を簡単に叩きのめし、警察に引き渡した。
強盗は重罪であり、まだ刑務所を出所して数カ月しか経っていないため、今度は長期刑となるだろう。律輝は新聞で田岡の逮捕を知った。結局、一度も顔を合わせることはなかった。
12月24日。2学期の終業式の日であり、クリスマスイブでもある。恋人たちの一大イベントの日だ。
律輝と紗里は学校が終わると、いつものように一緒に帰り、2人とも一旦、帰宅する。そして夕方、繁華街で待ち合わせをしていた。
クリスマスのプレゼントは数日前に一緒に買いに行っていた。律輝は紗里にパンプスを贈っている。紗里の脚は長くてとてもきれいだ。それをさらにきれいに見せるため、ハイヒールを履いてほしかった。
今でも律輝と紗里の身長差はあるため、紗里はあまりヒールの高い靴は選ばなかった。それでももう、10センチ以上紗里の方が背が高い。
一方、紗里は律輝にレザー製のMA1を贈っていた。律輝は本人の意志に関係なく、突然トラブルに巻き込まれることがある。それで、丈夫で動きやすく暖かい服にしたのだ。
紗里もクリスマスプレゼントの資金対策をしていた。律輝が華恋のボディーガードをしていた頃、友達の父親が経営するコンビニで短期のアルバイトをさせてもらっていたのだ。
2人はお互いにプレゼントした物を身につけて、クリスマスイブを楽しむ予定になっている。
待ち合わせの場所に現れた紗里を見て、律輝は大いに満足だった。黒い長めのコートを羽織り、その下には白いセーターと黒のミニスカートを履いている。スカートの下はラメ入りの黒いストッキングに、律輝が贈った濃い紫色のパンプスだ。
セクシーなメイクをした紗里は、完全に大人の女性だった。
「きれいだ。すごくきれいだよ。靴もバッチリ似合ってる」
紗里は妖艶な笑みを浮かべた。
「脚、好きだもんね。今日はたっぷり触っていいよ」
この後の2人の予定は、少し高めのレストランで食事をして、街に飾ってあるたくさんのクリスマスイルミネーションを見る。そして、明日の朝食をコンビニで買った後、律輝の家に帰って愛し合う。今日、矢村家は母の美智が帰って来ないため、2人のために使えるのだ。
律輝の父、龍平が昨日、単身赴任先のサウジアラビアから年末の休暇で帰国していた。龍平は東京の本社に顔を出し、工事の進捗状況や問題点を報告していた。その後、本社の関係者が苦労の多い海外現場の慰労会を開いてくれ、本来は今日、自宅に帰宅するはずだった。
しかし、母の美智は待てなくて、1人で東京まで迎えに行っていた。家族が揃う前に、父と2人きりになりたかったのだ。父と母は東京のホテルに一泊し、明日一緒に帰って来る。律輝と紗里にとっては、まさに天祐とも言うべき幸運だった。
予約していたレストランで2人は豪華なクリスマスディナーを楽しみ、繁華街の外れにある川沿いの遊歩道を歩いていた。ここには多くのイルミネーションが飾られており、それを見るためにたくさんの人が集まっている。
いつか、家出少女のナオの話を聞き、彼女とキスした場所でもある。
紗里と腕を組みながら七色の芸術を見ていたときのことだった。律輝はイルミネーションの向こう側の光景が気になった。
人々が集まっているところから離れた暗がりで、2人の男が何かを話している。1人は角刈りで、黒いブルゾンにカーキ色のカーゴパンツを履いている。もう1人は服を着崩した若い男で、街のチンピラ風だった。
チンピラ風の男が角刈りの男に何かを渡した。受け取る際、男は周囲を見回した。そして、かなり距離があったが律輝と目が合った。律輝が見ていた人物に紗里も気づいて耳元でささやく。
「あれ、絶対ヤバい奴だよ。本物だ。あんなのと関わったら、高校生のケンカぐらいじゃ済まなくなる。向こうに行こう」
チンピラ風の男は何かを渡して、暗闇に消えていった。受け取った角刈りの男は律輝たちに近づいてきた。紗里は焦り始めた。
「行こうって」
しかし、律輝は首を横に振った。
「今日のサリの靴じゃ早く走れない。僕たちが目的なら逃げられない」
そして、とうとう男は目の前にやって来た。歳は30代半ばぐらい。背は紗里よりも少し高いぐらいだが、肩幅が広く、がっちりした体型で大きく見える。普通の人間では絶対に持っていない威圧感があった。
「お前、何を見た?」
ざらついて人の心を委縮させる声だった。だが、律輝は毅然としている。
「あなたがもう1人の人から、何かを受け取るのを見ました」
男の目がスッと細くなった。
「それは忘れろ。二度と思い出すな」
そう言って、男は去って行った。紗里は怯えている。
「もう帰ろうよ。あたし怖い」
「うん。そうだね」
2人はイルミネーションから離れた。
電車に乗るため駅に向かって歩いているとき、繁華街にある警察署の前を通り過ぎた。律輝はわずかに目を丸くした。先ほどの男が警察署の中に入っていこうとしている。
犯罪者が自分から警察に入っていくはずがない。とすれば警察官だろうか。そう言えば、暴力団担当の刑事は、仕事をしているうちに、自身も暴力団のような格好になると聞いたことがある。
律輝の頭の中に嫌な考えが浮かんだ。
「サリ、ちょっとここで待ってて」
そう言って律輝は警察署の玄関に足早に近づいていく。紗里は律輝の向かっているところに、先ほどの怖い男がいるのに気がついた。止めようとしたが、すでに律輝は男に話しかけている。
「先ほどはどうも」
律輝は頭を下げたが、男は無視して中に入ろうとする。律輝は少し大きめの声で言った。
「あなたは警察官なんですか? もしかしたら、汚職警察官なんですか?」
男は立ち止まり、律輝をにらみつけた。
「忘れろと言ったはずだ」
律輝も男をにらむ。
「あれはチンピラからワイロをもらっていたんですか? だとしたら、あなたは重大な罪を犯している」
世の中の大人の大部分は真面目に働き給料をもらって、その中から税金を払っている。その税金から給料をもらっている警察官が、チンピラからワイロを受け取っていたとすれば、国民に対する大変な裏切りだ。
そう考えると、正義感の強い律輝はこの男が許せなかった。
「あなたが警察の力を悪用してワイロをもらっているのなら、僕は今から警察署に駆け込んで、大声であなたを逮捕してくださいと言います。汚職警察官を逮捕してくださいと言います」
男は凄みのある声を出した。
「子供が警察の仕事に口を挟むな」
だが、律輝は引き下がらない。
「僕は、あなたがやったことに納得がいかないだけです。どう見ても怪しい光景でした。警察なら、ちゃんと国民に説明すべきです」
2人はしばらく警察署の玄関前でにらみ合った。そのうち、男はため息をついた。
「まあ、俺に絡んでくるぐらいだから、度胸はあるんだろう。教えてやる。こっちに来い」
そう言って、律輝を警察署横の暗がりに連れて行った。
紗里は本当に律輝が心配だった。
今までヤンキーをやってきた経験から、あの男は心底ヤバいと感じる。恐らく暴力団か、それに近い立場だ。そんな男がどうして警察署の前にいるのかはわからないけど、律輝を暗がりに連れて行ってしまった。できる限りのことをして、彼を助けねばならない。
勇気を出して暗がりに近づき、中を覗き込んだ。人影が2つ見えて、何かを話している。遠くて話の内容まではわからなかった。
暗がりで男はあきれたような声を出した。
「あのなあ、警察の仕事は秘密のことが多いんだ。全部国民に伝えたら、犯罪者は先回りして逃げちまう。お前があんまりうるさいから、ほんの少しだけ教えてやる」
そして、男は懐から名刺を出して律輝に渡した。名刺には『中央警察署 組織犯罪対策課 巡査部長 波川浩平』と書いてあった。
「俺は今、ある事件を追いかけている。お前が見たのは俺が使ってる情報提供者だ。情報提供者は守ってやらないといけない。俺に情報を流しているのを悪い奴が知ったら、悪い奴は逃げて、あいつはひどい目に遭うからだ。お前に教えてやるのはここまでだ」
律輝は波川に勝手に濡れ衣を着せていた罪悪感と、腹から湧き上がってくる何とも言えない高揚感で、顔が赤くなっていった。腰を直角に折り曲げる。
「大変失礼しました! 申し訳ありません!」
顔を上げたとき、律輝は笑顔になっていた。
「僕は太陽学園高校2年生の矢村律輝と申します。名刺をいただきましたが、僕には返す名刺がありませんので、名前と身分を口頭でお伝えしました」
波川は少し目を丸くした。
「お前のことは少年課の同僚から聞いたことがある。優等生なのにケンカが強くて、市内の高校生の間じゃ有名人らしいな」
「僕のこと知ってるんですか?」
「警察は街のことは何でも詳しいんだ」
先ほどまでとはまったく違う目で律輝は波川を見ていた。何だか惚れ惚れしているよう見える。
「何だよ、その目は」
律輝は頭をかいた。
「いや‥‥波川さんは本当に悪い奴と戦ってる、最前線の刑事さんなんですね。正義の味方みたいで憧れます」
波川は目の前の少年を不思議な奴だと思っていた。市内の不良高校生の間では、敵に回したくないと恐れられているらしいが、普通、そんな奴が身にまとっている“悪の空気”がない。
仕事柄、波川はこれまでいろんな悪党を見てきた。彼らは上等なスーツを着て紳士のように振舞っていても、奥底には隠せない“歪んだ目”を持っている。
悪党予備軍の不良高校生の中にも、同じ目の者がいる。だが、律輝には悪の気配はまったくなかった。むしろ爽やかだった。
「今はどんな事件を追いかけているんですか? 部署的にはやっぱり暴力団ですか?」
波川は苦笑いした。
「バカ野郎。捜査情報を警察外部の人間に流せるか」
そして、遠くから見ている人影を見た。
「お前の彼女か?」
「はい」
「もう遅い。彼女と一緒に早く帰れ」
律輝は一礼してうれしそうに言った。
「また、お会いできたらいいですね」
「お前はバカか。普通、刑事と会いたいなんて言う奴はいないよ」
走り去ろうとする律輝に声をかけた。
「高校生のケンカは結構、危ないんだ。やってるうちに歯止めが利かなくなって、相手を殺すこともある。厄介なことに巻き込まれたら俺に連絡しろ。何とかしてやる」
「ありがとうございます!」
律輝は待っていた紗里のところに戻ってきた。紗里は不安気な顔だった。
「大丈夫? 何かされてない?」
「大丈夫だよ。あの人、刑事さんだったんだ。相手は主に暴力団。本当に強い人なんだ」
「何を話していたの?」
波川の口調を真似て言ってみる。
「警察の情報を外部の者に流すことはできない」
「何だよ、それ! こっちはホントに心配してたのに!」
紗里と手をつなぎ、笑顔の律輝は足早に駅に向かった。律輝の中で波川は、見た目は怖いが心は優しい、正義のヒーローになっていた。
クリスマスイブの夜は波川と出会った高揚感と、紗里の美しさに興奮し、律輝は一晩中、紗里を離さなかった。次々に押し寄せる絶頂に耐え切れず、紗里は生まれて初めてセックスで失神した。
季節は巡り、秋から冬へと変わった。中間テストに続き、期末テストでも大沢康彦は1位を死守して律輝は2位に終わった。2人はたまに一緒に勉強して、お互いの弱点を補い合っているので、力の差はなかなか縮まらない。
しかし、2人の差は縮まらなくても、クラスメイトたちとの差は、はるかに開いている。何とか2人に追いつこうとしているのは、谷川圭介だけだった。
圭介は千里の受験勉強を手伝っていた。特進科では2年生までで高校3年間のカリキュラムを終えて、3年生では受験対策に特化した授業となる。そのため、特進科の圭介と普通科の千里は同じところを勉強していることになる。
千里に教えるためには、自分が十分に理解していないとできない。圭介は好きな彼女のために勉強しているうちに、律輝に次ぐ成績となっていた。
そして、この間に田岡のことも解決した。律輝が北山工業のヤンキーたちに田岡の本当の姿を教えたため、ヤンキーたちは田岡から連絡があっても無視するようになった。田岡より律輝の方が信頼できると判断したのだ。
手下がいなければ何もできない田岡は、金に困るようになった。そこで夜遅く、仕事帰りのサラリーマンを襲って金を奪おうとした。狙いをつけたのは、小柄で体の線が細い、大人しそうな中年のサラリーマンだった。
だが、田岡の見込みは外れた。実はこの中年サラリーマンは空手五段の猛者であり、襲い掛かった田岡を簡単に叩きのめし、警察に引き渡した。
強盗は重罪であり、まだ刑務所を出所して数カ月しか経っていないため、今度は長期刑となるだろう。律輝は新聞で田岡の逮捕を知った。結局、一度も顔を合わせることはなかった。
12月24日。2学期の終業式の日であり、クリスマスイブでもある。恋人たちの一大イベントの日だ。
律輝と紗里は学校が終わると、いつものように一緒に帰り、2人とも一旦、帰宅する。そして夕方、繁華街で待ち合わせをしていた。
クリスマスのプレゼントは数日前に一緒に買いに行っていた。律輝は紗里にパンプスを贈っている。紗里の脚は長くてとてもきれいだ。それをさらにきれいに見せるため、ハイヒールを履いてほしかった。
今でも律輝と紗里の身長差はあるため、紗里はあまりヒールの高い靴は選ばなかった。それでももう、10センチ以上紗里の方が背が高い。
一方、紗里は律輝にレザー製のMA1を贈っていた。律輝は本人の意志に関係なく、突然トラブルに巻き込まれることがある。それで、丈夫で動きやすく暖かい服にしたのだ。
紗里もクリスマスプレゼントの資金対策をしていた。律輝が華恋のボディーガードをしていた頃、友達の父親が経営するコンビニで短期のアルバイトをさせてもらっていたのだ。
2人はお互いにプレゼントした物を身につけて、クリスマスイブを楽しむ予定になっている。
待ち合わせの場所に現れた紗里を見て、律輝は大いに満足だった。黒い長めのコートを羽織り、その下には白いセーターと黒のミニスカートを履いている。スカートの下はラメ入りの黒いストッキングに、律輝が贈った濃い紫色のパンプスだ。
セクシーなメイクをした紗里は、完全に大人の女性だった。
「きれいだ。すごくきれいだよ。靴もバッチリ似合ってる」
紗里は妖艶な笑みを浮かべた。
「脚、好きだもんね。今日はたっぷり触っていいよ」
この後の2人の予定は、少し高めのレストランで食事をして、街に飾ってあるたくさんのクリスマスイルミネーションを見る。そして、明日の朝食をコンビニで買った後、律輝の家に帰って愛し合う。今日、矢村家は母の美智が帰って来ないため、2人のために使えるのだ。
律輝の父、龍平が昨日、単身赴任先のサウジアラビアから年末の休暇で帰国していた。龍平は東京の本社に顔を出し、工事の進捗状況や問題点を報告していた。その後、本社の関係者が苦労の多い海外現場の慰労会を開いてくれ、本来は今日、自宅に帰宅するはずだった。
しかし、母の美智は待てなくて、1人で東京まで迎えに行っていた。家族が揃う前に、父と2人きりになりたかったのだ。父と母は東京のホテルに一泊し、明日一緒に帰って来る。律輝と紗里にとっては、まさに天祐とも言うべき幸運だった。
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いつか、家出少女のナオの話を聞き、彼女とキスした場所でもある。
紗里と腕を組みながら七色の芸術を見ていたときのことだった。律輝はイルミネーションの向こう側の光景が気になった。
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チンピラ風の男が角刈りの男に何かを渡した。受け取る際、男は周囲を見回した。そして、かなり距離があったが律輝と目が合った。律輝が見ていた人物に紗里も気づいて耳元でささやく。
「あれ、絶対ヤバい奴だよ。本物だ。あんなのと関わったら、高校生のケンカぐらいじゃ済まなくなる。向こうに行こう」
チンピラ風の男は何かを渡して、暗闇に消えていった。受け取った角刈りの男は律輝たちに近づいてきた。紗里は焦り始めた。
「行こうって」
しかし、律輝は首を横に振った。
「今日のサリの靴じゃ早く走れない。僕たちが目的なら逃げられない」
そして、とうとう男は目の前にやって来た。歳は30代半ばぐらい。背は紗里よりも少し高いぐらいだが、肩幅が広く、がっちりした体型で大きく見える。普通の人間では絶対に持っていない威圧感があった。
「お前、何を見た?」
ざらついて人の心を委縮させる声だった。だが、律輝は毅然としている。
「あなたがもう1人の人から、何かを受け取るのを見ました」
男の目がスッと細くなった。
「それは忘れろ。二度と思い出すな」
そう言って、男は去って行った。紗里は怯えている。
「もう帰ろうよ。あたし怖い」
「うん。そうだね」
2人はイルミネーションから離れた。
電車に乗るため駅に向かって歩いているとき、繁華街にある警察署の前を通り過ぎた。律輝はわずかに目を丸くした。先ほどの男が警察署の中に入っていこうとしている。
犯罪者が自分から警察に入っていくはずがない。とすれば警察官だろうか。そう言えば、暴力団担当の刑事は、仕事をしているうちに、自身も暴力団のような格好になると聞いたことがある。
律輝の頭の中に嫌な考えが浮かんだ。
「サリ、ちょっとここで待ってて」
そう言って律輝は警察署の玄関に足早に近づいていく。紗里は律輝の向かっているところに、先ほどの怖い男がいるのに気がついた。止めようとしたが、すでに律輝は男に話しかけている。
「先ほどはどうも」
律輝は頭を下げたが、男は無視して中に入ろうとする。律輝は少し大きめの声で言った。
「あなたは警察官なんですか? もしかしたら、汚職警察官なんですか?」
男は立ち止まり、律輝をにらみつけた。
「忘れろと言ったはずだ」
律輝も男をにらむ。
「あれはチンピラからワイロをもらっていたんですか? だとしたら、あなたは重大な罪を犯している」
世の中の大人の大部分は真面目に働き給料をもらって、その中から税金を払っている。その税金から給料をもらっている警察官が、チンピラからワイロを受け取っていたとすれば、国民に対する大変な裏切りだ。
そう考えると、正義感の強い律輝はこの男が許せなかった。
「あなたが警察の力を悪用してワイロをもらっているのなら、僕は今から警察署に駆け込んで、大声であなたを逮捕してくださいと言います。汚職警察官を逮捕してくださいと言います」
男は凄みのある声を出した。
「子供が警察の仕事に口を挟むな」
だが、律輝は引き下がらない。
「僕は、あなたがやったことに納得がいかないだけです。どう見ても怪しい光景でした。警察なら、ちゃんと国民に説明すべきです」
2人はしばらく警察署の玄関前でにらみ合った。そのうち、男はため息をついた。
「まあ、俺に絡んでくるぐらいだから、度胸はあるんだろう。教えてやる。こっちに来い」
そう言って、律輝を警察署横の暗がりに連れて行った。
紗里は本当に律輝が心配だった。
今までヤンキーをやってきた経験から、あの男は心底ヤバいと感じる。恐らく暴力団か、それに近い立場だ。そんな男がどうして警察署の前にいるのかはわからないけど、律輝を暗がりに連れて行ってしまった。できる限りのことをして、彼を助けねばならない。
勇気を出して暗がりに近づき、中を覗き込んだ。人影が2つ見えて、何かを話している。遠くて話の内容まではわからなかった。
暗がりで男はあきれたような声を出した。
「あのなあ、警察の仕事は秘密のことが多いんだ。全部国民に伝えたら、犯罪者は先回りして逃げちまう。お前があんまりうるさいから、ほんの少しだけ教えてやる」
そして、男は懐から名刺を出して律輝に渡した。名刺には『中央警察署 組織犯罪対策課 巡査部長 波川浩平』と書いてあった。
「俺は今、ある事件を追いかけている。お前が見たのは俺が使ってる情報提供者だ。情報提供者は守ってやらないといけない。俺に情報を流しているのを悪い奴が知ったら、悪い奴は逃げて、あいつはひどい目に遭うからだ。お前に教えてやるのはここまでだ」
律輝は波川に勝手に濡れ衣を着せていた罪悪感と、腹から湧き上がってくる何とも言えない高揚感で、顔が赤くなっていった。腰を直角に折り曲げる。
「大変失礼しました! 申し訳ありません!」
顔を上げたとき、律輝は笑顔になっていた。
「僕は太陽学園高校2年生の矢村律輝と申します。名刺をいただきましたが、僕には返す名刺がありませんので、名前と身分を口頭でお伝えしました」
波川は少し目を丸くした。
「お前のことは少年課の同僚から聞いたことがある。優等生なのにケンカが強くて、市内の高校生の間じゃ有名人らしいな」
「僕のこと知ってるんですか?」
「警察は街のことは何でも詳しいんだ」
先ほどまでとはまったく違う目で律輝は波川を見ていた。何だか惚れ惚れしているよう見える。
「何だよ、その目は」
律輝は頭をかいた。
「いや‥‥波川さんは本当に悪い奴と戦ってる、最前線の刑事さんなんですね。正義の味方みたいで憧れます」
波川は目の前の少年を不思議な奴だと思っていた。市内の不良高校生の間では、敵に回したくないと恐れられているらしいが、普通、そんな奴が身にまとっている“悪の空気”がない。
仕事柄、波川はこれまでいろんな悪党を見てきた。彼らは上等なスーツを着て紳士のように振舞っていても、奥底には隠せない“歪んだ目”を持っている。
悪党予備軍の不良高校生の中にも、同じ目の者がいる。だが、律輝には悪の気配はまったくなかった。むしろ爽やかだった。
「今はどんな事件を追いかけているんですか? 部署的にはやっぱり暴力団ですか?」
波川は苦笑いした。
「バカ野郎。捜査情報を警察外部の人間に流せるか」
そして、遠くから見ている人影を見た。
「お前の彼女か?」
「はい」
「もう遅い。彼女と一緒に早く帰れ」
律輝は一礼してうれしそうに言った。
「また、お会いできたらいいですね」
「お前はバカか。普通、刑事と会いたいなんて言う奴はいないよ」
走り去ろうとする律輝に声をかけた。
「高校生のケンカは結構、危ないんだ。やってるうちに歯止めが利かなくなって、相手を殺すこともある。厄介なことに巻き込まれたら俺に連絡しろ。何とかしてやる」
「ありがとうございます!」
律輝は待っていた紗里のところに戻ってきた。紗里は不安気な顔だった。
「大丈夫? 何かされてない?」
「大丈夫だよ。あの人、刑事さんだったんだ。相手は主に暴力団。本当に強い人なんだ」
「何を話していたの?」
波川の口調を真似て言ってみる。
「警察の情報を外部の者に流すことはできない」
「何だよ、それ! こっちはホントに心配してたのに!」
紗里と手をつなぎ、笑顔の律輝は足早に駅に向かった。律輝の中で波川は、見た目は怖いが心は優しい、正義のヒーローになっていた。
クリスマスイブの夜は波川と出会った高揚感と、紗里の美しさに興奮し、律輝は一晩中、紗里を離さなかった。次々に押し寄せる絶頂に耐え切れず、紗里は生まれて初めてセックスで失神した。
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