【完結】幾月依玖(いくつきいく)の生き様-彼女の在り方、彼の愛し方-

久遠れん

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13話・私と彼の常識の話

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「それで、レイスは。どこにいっていたの」

 なんとか泣きやんで、部屋にいなかったことを問いかければ、レイスはうーん、と難しい顔で首を捻った。

「いや、食事をもらってばかりは悪いから、用意しようと思って……」
「お金もってないのに?」

 純粋に疑問で問いかければ、ますますレイスはうーん、と首を傾げる。つられて私も首を傾げれば、小さく噴出したレイスが、困ったように自分の腕を叩いた。

「これでも、腕には自信があるから……猪でも、いれば、と思って」
「い、猪?!」

 その口から飛び出したとんでも発言に驚く。驚くなんてものじゃない。仰天する。

 目を見開いた私の前で、腕を組んだレイスはでもなーと、のんびり続ける。

「見当たらなくって。そもそも、草むらもそんなになかったし」
「……ここをどこだと思ってるの……山奥じゃないよ……市内だよ……」

 いや、市内にも一応山もあるけれど。多分猪はいない。多分。

 小さな声で反論した私は、遅れて気づいた。猪を捕まえる気だったってことは、それなりの装備が必要だったんじゃないか、と。それはつまり。

「もしかして、剣もっていったの?!」

 本物かどうかは知らないけど、持っていればそれだけで目立つ。せっかく服を購入したのに、また剣を持っていて警察に職務質問されたのでは、ある種の変装の意味がない。

 慌てた私に対して、落ち着かせるようにどうどうと手でゼスチャーしてみせたレイスは相変わらずほがらかに笑っている。

「もっていってないよ。もっていったら、ダメなんだろ?」
「……当たり前だよ……え、でも、それならどうやって捕まえる気……素手?」
「素手」
「……すで」

 思わず発音が平たくなる。あっけらかんといわれたけれど、猪って私の想像しているもので間違いがないなら、かなり強暴だし、場合によっては怪我どころか死人だって出るレベルのはずだし、間違っても素手では相手ができない生き物のような……?

 胡乱な眼差しに気づいたのか、にっと笑ったレイスが力瘤を見せるように腕を曲げる。

「腕には自身があるぞ!」

 その台詞、二度目だよ。と、突っ込む気力はなかった。


 * * *


 その日はのんびりとすごした。

 猪なんて捕まえてこられても困る、ということをやんわりと伝え(そもそもいないと思う……思う、のだけど)レイスも着替えていたので近くのスーパーに一緒に出かけた。

 目をキラキラさせるレイスは色々と珍しそうにしていたけど、大げさにはしゃぐこともなく、レイスの外見が人目をひく事を覗けば、必要以上に人目を集めることもなかった。

 出かける前にお米をといで炊飯器をセットして、スーパーでは日本食が食べたいとレイスがいったので、肉じゃがの材料を買った。

 奮発して牛肉。あと、こんにゃくとじゃがいもとにんじん。

 付け合せのサラダは少し迷って出来合いのものにした。

 レイスがいつまでいるのかわからないけど、そんなにたくさんかってもレタスとか葉物は足が速いし、私が消費しきれない。

 ついでになくなっていたはずなので、味噌も購入する。

 赤か白か迷ったけど、レイスに聞いても当然ながら分からないみたいだったし、安さで白にした。

 普段はあんまりしないけど、自分でお出汁をひいてお味噌汁をいれることにする。インスタントが一人暮らしは楽でいいけど、時間だけはいつだってあるので、できるだけ料理には手をかけるようにしていた。

 ほかにはレイスが興味を示した駄菓子を数個購入。小さい子供みたいに数十円のお菓子に目を輝かせている様子が微笑ましかった、という理由。

 そしたらあまりに大げさに礼をいってくるものだから、そんなにたいしたことはないんだよ、と教えてもやっぱりレイスは何度も礼をいってきた。そういう真面目で融通が利かないところ、親友に似てるなぁ、てまた笑った。

 レイスがきてから、私はよく笑っている気がする。

 まぁ、一人暮らしで一日人に会わない日のほうが多い日常と比べるなって話かもしれなかったけど。

 午後四時には買い物も終わって台所に立った。

 少し早いけど、今日は朝も昼も食べてないのだし、早めの晩御飯にしようとそのまま調理を始める。

 しばらく後ろでうろうろしていたレイスは手伝うといってくれたけど、手伝ってもらうようなこともないし、申しわけないけど気が散るので、テレビでも見ていて、と追いやった。

 小説もそうだけど、料理も集中しだすと周りの音が聞こえなくなるのは私の悪癖だ。

 下ごしらえもすんで、肉じゃがは後は煮込むだけ。レイスはおなかがすいてるかもしれないから、先におにぎりでもつくろうかな、なんて考えていて、ふと気づいた。

 テレビの音が、しない。

 寝ているのだろうか。不思議に思ってキッチンのドアを開ければ、レイスは膝を抱えてベランダの外、多分空、を見ていた。

 その横顔は、とても不思議な表情をしていた。

 哀惜に満ちていて、郷愁の念を抱いているようで、とても大切な尊いものを、みているかのような。

 無言のレイスの横顔は、人ではない美しさで溢れていた。

 刹那、言葉をなくした私に、傍に来た気配を感じたのかレイスが振り返って笑った。

 人ではないような美貌に、温度が宿って。怜悧な表情に温かさがこもって。

 ぺたり、と私はその場に腰を抜かしてしまった。

 とても、すごいものを、見たと思った。

 見てはいけないものを、見たような気持ちだった。

 慌てた様子で「どうした?!」なんていっているレイスを、遠くに感じた。

 この感情の、名を。

 私は、知らない。

 結局、レイスに手を引かれて立ち上がった私は心配するレイスに上の空で返事を返しつつ、ぎゅっと胸の前で手を握った。その拳の下にはレイスから預かった宝石がある。温度など宿していないはずの宝石を、温かく感じた。

 そうして、ようやく、気づいた。

(ああ、これは)

 この、感情は。

(――『寂しい』だ)

 置いてかれる、と思った。

 置いていかないで、と思った。

 手を伸ばしたかった。

 手を伸ばせなかった。

 ぎゅっと、宝石ごと、服を握りこむ。

 そんな感情を、抱いてはいけないと思った。

 だって、いずれレイスは私の前からいなくなる。

 唐突に現れた彼が、帰るのもきっと、唐突だと漠然とした予感があって。

 そのときに、縋ってはいけないと、私は知っていたから。

 唇をかみ締めて、相変わらず私を心配する言葉を投げてくるレイスに背を向けた。

「イク?」

 不安そうな、声をださないでほしい。

 たった、二日。

 たった二日、で。

 こんなにも、大きな存在に、ならないでほしかった。

 手放したくないと、思わせないで、ほしかった。

「料理、見てくる」
「? そう、か?」

 見る必要なんて、ないのに。

 そんな言い訳を口にして。

 閉じたドアにもたれかかって。

 なんでか溢れる涙を、ぐいっと勢いよく拭った。
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