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36話・私と彼の異世界の話
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「俺はね、誰かが泣くのは嫌なんだ。俺が王様になることで、泣く人が減ると父上はいうけれど、俺が王様になることで泣く人はたしかにいるんだ。リイネがそのいい例だよ」
「けれど、貴方様の即位は揺らぎません」
夜、決闘の熱も覚めやらぬ夕暮れに。窓辺から外を眺めながらぼやくレイスに、返すのは落ち着いたルウランの声。
「リイネはきっとリイネの母上に責められる。これからきっと、城はリイネにとって針の筵になる」
凪いだ瞳が、夕日を反射して瞳に不思議な色を灯す。落ち着いた声音は逆に違和感を生んだ。
「……ええ」
「だけど、俺も譲れなかった。父上がいったんだ。俺が王になるなら、一度だけ、世渡りをしていいって」
「世渡りの、許可を……!」
「ねぇ、イク。異世界とは、どんなところだろう。あの子はいまも泣いているだろうか。……俺が王様になったら、あの子も泣かない世界になるのかな」
「それは……私、には」
「うん、ごめん。どうしようもないことを聞いた」
世渡り、とは、言葉の文脈を拾うに、異世界へとわたること?
私の世界へと、くること?
疑問は胸のうちをぐるぐると廻って、レイスが疲れたように笑うから、そのほうがよほど気がかりで。
そっと手を伸ばす。届かない手。見えない手。淡く透き通った自分の手を見て、終わりが近い事を知った。
「イク、俺は、ただ、あの子に笑って欲しいだけなんだ」
その言葉が、酷く悲しげに部屋に響いた。
* * *
翌日、リイネはレイスの部屋に来なかった。レイスもリイネを尋ねなかった。
いつもの日常が、一つだけ壊れたのだと実感した。
それから私の体は日々透明さを増していった。なんとなく、ここにいられる限界が近づいている事を悟っていた。
レイスは湖の乙女のところにはいかなかった。
いく暇がなかったというほうが正しいかもしれない。
日々王様になるための勉強に追われていた。いわゆる帝王学というやつだ。
昔から勉強事体はしていたけど、その頻度が格段に上がった。
レイスはとても人間らしかった。泣いて、笑って、悔しがって。一喜一憂する様は、そのへんの人より本当に人間のようで、だから逆に『人間を装っている』ような不自然さが拭えなかった。
その違和感は日々増えていって。とうとう、我慢の限界に達したらしい、ルウランがレイスを引っ張って湖の乙女のところにいった。
「あら、あら。どうしたの」
ぶすくれた表情で湖の乙女のまえにたつレイスを見て、湖の乙女が目を見開いた。
「別に」
「まぁ、これは反抗期、というやつかしら!」
ぶっすーとした表情で呟いたレイスに、対照的に嬉しそうに手を合わせた湖の乙女はやっぱりずれている。ルウランがとっても微妙な顔をしているのにも気づいていない様子だ。
だけど、しばらくレイスをみつめていた湖の乙女はすっと目を細めた。凍てつくような、冷たい眼差しだった。
「貴方『人間の振り』は楽しい?」
「なっ」
「自分自身を受け入れず、違うものを求めて。その在り方は違うと知っているでしょう?」
凍えた声音が突き刺すようだ。物理的な攻撃力を持っているような、底冷えする言葉。
言葉を失ったレイスに対して、湖の乙女は容赦がない。
「自分と違うものを受け入れない。それは本当に人間そのものね。貴方が嫌悪する『人間』の在り方だわ」
「ちがっ」
「なにが違うというの? 違うというなら、貴方の魂は認識のずれを起こしていないはずよ」
魂が、認識のずれを起こす?
よくわからない言葉に眉を顰めると、湖の乙女はため息混じりに言葉を吐き出した。
「貴方は狭間の者。人間でも精霊でもない存在。どちらにも属さない。だからこそ、両方の価値観をもっている。精霊の視点の価値観を無理やりに押し込めた今の在り方は存在を歪めているわ。いずれ決定的な致命的な誤差を生み出す。そうなる前に、自分を改めるのね」
「っ」
「ねぇ、貴方の大好きなあの子はどうしていたかしら。周りとの決定的な差を見せ付けられて、それでも歯を食いしばってがんばっていたあの子は」
もう、彼女の言うあの子が自分だということは知っていたから。
私は考える。回りとの決定的な差。両親が揃っていないこと。片親だということ。母親がいないという現実。それに振り回された幼少期。それでも、生きていなくちゃいけないという義務感だけが、私を生かした。
「『苦しさも、辛さも、悲しさも、比べるのは間違っている』」
レイスが口に出した言葉にはっとする。その続きを、私はまだ覚えている。
「『だって、それはその人だけのもので、その人が苦しいと思えば、他の人にとって些細なことでも、苦しいんだから』」
お前は幸せなんだ、恵まれているんだ、世の中に貧困に喘ぐ子供がどれだけいると思っている、三食食べられるだけ、お前は恵まれている、と。
心無い言葉を言われて。心のうちで反論した言葉。誰もいなくなってから、そっと口に乗せた言葉。
覚えて、くれている人がいた。
知ってくれている人がいた。
それは、この上ない、幸福だった。
涙が溢れて、とまらない。とめどなく涙を流す私を湖の乙女が一瞥して、小さく微笑む。
「人でも精霊でもない。その苦しみは貴方だけのもの。貴方にしか分からない。私にも彼にも推し量れない苦しみでしょう。だからこそ、それを糧にして、生きなさい」
「……うん」
「寂しいでしょう、悲しいでしょう、辛いでしょう。自分と同じ存在がいないという孤独感は、貴方の人間としての心を殺しにかかるでしょう。それでも耐えなさい。会いたいのでしょう?」
「うん」
「貴方は一人ではないわ。それをだれでもない貴方自身がよくしっているはずよ」
「うん」
「愛しているわ、私の子」
「ありがとう……母上」
こくり、こくりと頷いて。両手を広げて抱きしめられて告げられた言葉に、感謝を述べる。
ああ、大丈夫だ。そうやって、包み込んでくれる人がいて。
ルウランが安堵したように微笑んでいる。こんな風に、見守ってくれる人がいる。
私は、もう傍にいられないかもしれないけれど。
レイスが。私を、私の知らないところで見ていてくれたように。私も、ずっと、レイスのことを想っている。
「けれど、貴方様の即位は揺らぎません」
夜、決闘の熱も覚めやらぬ夕暮れに。窓辺から外を眺めながらぼやくレイスに、返すのは落ち着いたルウランの声。
「リイネはきっとリイネの母上に責められる。これからきっと、城はリイネにとって針の筵になる」
凪いだ瞳が、夕日を反射して瞳に不思議な色を灯す。落ち着いた声音は逆に違和感を生んだ。
「……ええ」
「だけど、俺も譲れなかった。父上がいったんだ。俺が王になるなら、一度だけ、世渡りをしていいって」
「世渡りの、許可を……!」
「ねぇ、イク。異世界とは、どんなところだろう。あの子はいまも泣いているだろうか。……俺が王様になったら、あの子も泣かない世界になるのかな」
「それは……私、には」
「うん、ごめん。どうしようもないことを聞いた」
世渡り、とは、言葉の文脈を拾うに、異世界へとわたること?
私の世界へと、くること?
疑問は胸のうちをぐるぐると廻って、レイスが疲れたように笑うから、そのほうがよほど気がかりで。
そっと手を伸ばす。届かない手。見えない手。淡く透き通った自分の手を見て、終わりが近い事を知った。
「イク、俺は、ただ、あの子に笑って欲しいだけなんだ」
その言葉が、酷く悲しげに部屋に響いた。
* * *
翌日、リイネはレイスの部屋に来なかった。レイスもリイネを尋ねなかった。
いつもの日常が、一つだけ壊れたのだと実感した。
それから私の体は日々透明さを増していった。なんとなく、ここにいられる限界が近づいている事を悟っていた。
レイスは湖の乙女のところにはいかなかった。
いく暇がなかったというほうが正しいかもしれない。
日々王様になるための勉強に追われていた。いわゆる帝王学というやつだ。
昔から勉強事体はしていたけど、その頻度が格段に上がった。
レイスはとても人間らしかった。泣いて、笑って、悔しがって。一喜一憂する様は、そのへんの人より本当に人間のようで、だから逆に『人間を装っている』ような不自然さが拭えなかった。
その違和感は日々増えていって。とうとう、我慢の限界に達したらしい、ルウランがレイスを引っ張って湖の乙女のところにいった。
「あら、あら。どうしたの」
ぶすくれた表情で湖の乙女のまえにたつレイスを見て、湖の乙女が目を見開いた。
「別に」
「まぁ、これは反抗期、というやつかしら!」
ぶっすーとした表情で呟いたレイスに、対照的に嬉しそうに手を合わせた湖の乙女はやっぱりずれている。ルウランがとっても微妙な顔をしているのにも気づいていない様子だ。
だけど、しばらくレイスをみつめていた湖の乙女はすっと目を細めた。凍てつくような、冷たい眼差しだった。
「貴方『人間の振り』は楽しい?」
「なっ」
「自分自身を受け入れず、違うものを求めて。その在り方は違うと知っているでしょう?」
凍えた声音が突き刺すようだ。物理的な攻撃力を持っているような、底冷えする言葉。
言葉を失ったレイスに対して、湖の乙女は容赦がない。
「自分と違うものを受け入れない。それは本当に人間そのものね。貴方が嫌悪する『人間』の在り方だわ」
「ちがっ」
「なにが違うというの? 違うというなら、貴方の魂は認識のずれを起こしていないはずよ」
魂が、認識のずれを起こす?
よくわからない言葉に眉を顰めると、湖の乙女はため息混じりに言葉を吐き出した。
「貴方は狭間の者。人間でも精霊でもない存在。どちらにも属さない。だからこそ、両方の価値観をもっている。精霊の視点の価値観を無理やりに押し込めた今の在り方は存在を歪めているわ。いずれ決定的な致命的な誤差を生み出す。そうなる前に、自分を改めるのね」
「っ」
「ねぇ、貴方の大好きなあの子はどうしていたかしら。周りとの決定的な差を見せ付けられて、それでも歯を食いしばってがんばっていたあの子は」
もう、彼女の言うあの子が自分だということは知っていたから。
私は考える。回りとの決定的な差。両親が揃っていないこと。片親だということ。母親がいないという現実。それに振り回された幼少期。それでも、生きていなくちゃいけないという義務感だけが、私を生かした。
「『苦しさも、辛さも、悲しさも、比べるのは間違っている』」
レイスが口に出した言葉にはっとする。その続きを、私はまだ覚えている。
「『だって、それはその人だけのもので、その人が苦しいと思えば、他の人にとって些細なことでも、苦しいんだから』」
お前は幸せなんだ、恵まれているんだ、世の中に貧困に喘ぐ子供がどれだけいると思っている、三食食べられるだけ、お前は恵まれている、と。
心無い言葉を言われて。心のうちで反論した言葉。誰もいなくなってから、そっと口に乗せた言葉。
覚えて、くれている人がいた。
知ってくれている人がいた。
それは、この上ない、幸福だった。
涙が溢れて、とまらない。とめどなく涙を流す私を湖の乙女が一瞥して、小さく微笑む。
「人でも精霊でもない。その苦しみは貴方だけのもの。貴方にしか分からない。私にも彼にも推し量れない苦しみでしょう。だからこそ、それを糧にして、生きなさい」
「……うん」
「寂しいでしょう、悲しいでしょう、辛いでしょう。自分と同じ存在がいないという孤独感は、貴方の人間としての心を殺しにかかるでしょう。それでも耐えなさい。会いたいのでしょう?」
「うん」
「貴方は一人ではないわ。それをだれでもない貴方自身がよくしっているはずよ」
「うん」
「愛しているわ、私の子」
「ありがとう……母上」
こくり、こくりと頷いて。両手を広げて抱きしめられて告げられた言葉に、感謝を述べる。
ああ、大丈夫だ。そうやって、包み込んでくれる人がいて。
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