【完結】守護龍の寵愛、傭兵ステラの長い旅路〜次期守護龍候補の赫き竜〜

久遠れん

文字の大きさ
11 / 38

11話・猛獣カスグニー

しおりを挟む
 さて、宿屋をとったはいいものの、善は急げというしな、というステラの鶴の一声で先ほどまでキャラバンとともに来ていた道を蜻蛉返りすることになった一行だった。

 とはいえ、ラグンラビットを仕留めたのは、ルーデルカンスの村から徒歩で半日とかからない距離の場所だった。リースも伴い走って移動をすれば三時間もかからない。

 ラグンラビットの巣の近くまで走り通しで、長距離を走ることに慣れていないリースはペース配分もわからず、かなり荒い息をしていたが、ステラはもちろんシェリアすらも涼しい顔だ。

 ステラは身の丈ほどの大剣を、シェリアはレイピアとはいえリースとさして年もかわらず女だというのに、この体力。

 自身の体力のなさを見せ付けられたようで落ち込むが、そこはこれからの特訓で挽回するんだとリースが握りこぶしを固めて決意する中、ステラはしゃがみこんで、地面をなぞっていた。

「ラグンラビットを仕留めたのが一週間ほど前。狩りつくしてはいないから、カスグニーも移動はしていないはずだ」
「先生、術で痕跡を追いましょうか?」
「……そうだな、頼む。シェリア」
「はい」

 カスグニーの居場所を探すのにわざわざ魔術を使う必要はない。だが、リースに魔術を見せるいい機会ではあるだろうと判断し、頷いたステラの前でレイピアと同じく肌身離さずもっているロッドをシェリアが水平に構える。

 ふわりとシェリアの長い髪が風もないのに揺れて浮き上がる。

 そっと閉じられた瞳にはきっとカスグニーの姿を思い浮かべているのだろう。

「我、魔術を行使する者。汝、我の求めに従い姿を示せ!シークアイト!」

 詠唱を唱えた瞬間、ステラたちの足元も淡く光りだす。

「うわっ」と飛び上がったリースを放っておいて、ステラは淡く光る足跡――カスグニーのものだ――のあとを追いかける。

 すでに術を唱え終わったシェリアも後に続く。

 一人置いていかれてはたまらないとリースも恐々後に続いた。

 三十分ほど足跡を追いかけて駆け足で走ったステラは木陰で立ち止まり、二人を制した。

 視線の先には親子なのか、しなやかな筋肉のついた肉体を包むのは自然界では目立つ薄黄色の毛皮。月夜のない晩のような真っ黒な色の目の大柄なカスグニーが一匹、小柄なカスグニーが二匹いる。

 カスグニーは四足歩行の猛獣だが、立ち上がれば一匹は人間ほどの大きさはあるだろう。子供二引きは大型の犬くらいのサイズだ。

「ち、子供連れか。困ったな」
「えっと、なにか、悪いことでもあるんですか?」
「子供連れのカスグニーは、というか野生の動物は大抵気性が荒い。それと、……まぁ、個人的な感傷ではあるのだが、野生動物とはいえ、あまり子供を殺すのは好きではなくてな」
「眠らせますか?」
「頼む」
「対象はどうします? 子供だけですか? 親もですか?」
「シェリア、お前カスグニーと戦う気はあるか?」
「はい!」

 ステラの挑むような笑みと物言いに、にこりと眩いほどの笑みで返事をしたシェリアは二年共に旅をしただけあって、流石にステラのそのあたりの心境はわかっている。

 シェリアの言葉にステラが頷けば、シェリアは先ほどほど派手ではなく、気付かれぬよう小声で詠唱をした。

 とたん、じゃれあっていた二匹のカスグニーの子供がころんと転がるように寝てしまった。

 そのあまりに唐突な眠りに親のカスグニーがぐるると喉を唸らせる。異変を察知して警戒しているのだ。

「いけ、シェリア」
「はい!」

 ステラの言葉にざっと木陰から飛び出したシェリアにカスグニーの視線が集まる。挑発的に笑うシェリアの手にはすでにロッドではなくレイピアが握られていた。

「先生の前だもの、いいところ見せるんだから!」

 はっ、と鋭い気合とともに襲い掛かってきたカスグニーにむかってレイピアを突き出す。

 狙いたがわずカスグニーの片目を潰した正確無比なレイピア裁きにステラの隣ではらはらと見守っていたリースが息を呑む。

 なにしろ、リースの村ではカスグニーには決して近寄ってはならないと幼少時から言い聞かされていた猛獣なのだ。

 基本、カスグニーはラグンラビットを主食とするが、その他の動物も食べる。人間は捕食対象ではないが、極々稀にカスグニーが異常繁殖した際など食料が足りなくなると人間をも襲う。

 だから、見かけても決して近づかないのが常識とされる。

 それだけ、カスグニーは気性が荒く凶暴な生き物だ。

 片目をつぶされたカスグニーが怒り狂った咆哮をあげる。それにステラは当然ながら、シェリアすらも怯まない。

 これが、経験の差。

 握り拳にさらに力をこめて、真っ直ぐに目の前で展開される狩りを見届ける。

 二度目の攻撃は飛び掛ってきたカスグニーの下を危なげなく通り抜けたシェリアがとんと地面を蹴って宙で一回転し、またカスグニーの前に戻る。毛皮が欲しいといわれている以上、無駄な傷はつけられない。

 そして残っている片目をつぶして怒りと痛みでほえるカスグニーの顎から脳天を突き刺し、終わった。

 ぴくぴくと痙攣するカスグニーの黄色く滑らかな毛皮はステラが剥いだ。残った肉の部分も血抜きをして持ち帰ることにする。適当な値段で捌けると算段をつけてのことだ。

 あまりに手馴れた様子に手を出せずにいるリースに気付いてステラがこいこいと手招きをする。

「なんですか、師匠」
「食べてみろ。カスグニーの肉は珍味だ」

 血抜きをしたばかりの生肉を切り取って渡される。

 生の肉を食べることへの抵抗はあるが、こうやって渡された以上、生のままでも問題はないのだろう。

 ごくりとつばを飲み込んでから、目をつぶってえいっと口の中に放り込む。

「にがっ!!」

 噛んだ瞬間口内に広がったのはいかんともしがたい苦さだ。まずい、まずすぎる。

 思わず口の中の生肉をぺっと吐き出してうええええーとどうしようもないまずさにのたうつリースの前に笑いながら水が差し出される。

 反射的に受け取りごくごくと飲み干しても、なんとも形容のしがたい苦さが口の中に残る。

 眉を顰めるリースの前に、今度差し出されたのは飴玉だった。

「それで口直しでもしておけ」

 ステラの差し出した飴玉をありがたくいただく。甘い味が口内に広がり、苦さとまずさを消し去ってくれるのをまちながら涙目でリースはステラを見上げた。

「……師匠、珍味っていってもアレは」

 正直、ないと思う。好き好んで食べる変人など理解できない。

 顔にでかでかと書いてあるその言葉にまたステラが小さく笑う。

 横で剥いだ皮をなめしていたシェリアがふんと鼻を鳴らした。

「カスグニーの肉は本来燻製で食べるのよ。燻製にすることで生肉の苦味がなくなって仄かに甘くなるの。まぁ、たまに?その苦味がいいって人もいるみたいだけど」
「何事も経験だ。言葉で教えられるより体験したほうが早いだろう?」

 それがまずいことこの上ないとわかった上で肉を渡された理由だとでもいうように笑う師にリースは涙目だ。

「男ならその程度我慢しなさいよ。私は吐かなかったわよ」
「お前も食ったのかよ?!」
「業腹なことにアンタと同じような状況でね」

 道理で生肉を渡されたとき、視界の隅にいたシェリアがなんともいえない顔をしていたはずだ、といまさらながら納得がいって、それでも横暴にはかわりないとぶすりとステラを睥睨すれば。

 ステラは意に介した様子もなく残りの肉を専用の布でくるんでしまうとそれを背負って「ん?」と顔を上げた。

「私のやり方に文句があるなら、すぐに村に帰って構わないぞ」
「……ありません!」

 あんまりな仕打ちだとは思うが、この程度で破門になるなど馬鹿らしい。

 それでも声音は若干拗ねたものになってしまって、ステラが笑いながら片手でぐしゃりとリースの頭を撫でる。

「さ、帰るか」
「肉、持ちます」
「そうか?なら頼むよ」

 シェリアが皮をもっているのに、自分が何も持っていないのはおかしいと手を差し出せば、渡されたのはずんと重たい肉の質感。

 予想以上の重さに僅かに足元がふらつく。

「さ、鍛練の一つだ。走るぞ」
「はい!」
「わかりました!」

 元気よく声を上げたシェリアと若干やけっぱちな気持ちで是と返したリースにステラはおかしそうに笑っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ
ファンタジー
 17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。  記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。  そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。 「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」  恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!

巻き込まれて異世界召喚? よくわからないけど頑張ります。  〜JKヒロインにおばさん呼ばわりされたけど、28才はお姉さんです〜

トイダノリコ
ファンタジー
会社帰りにJKと一緒に異世界へ――!? 婚活のために「料理の基本」本を買った帰り道、28歳の篠原亜子は、通りすがりの女子高生・星野美咲とともに突然まぶしい光に包まれる。 気がつけばそこは、海と神殿の国〈アズーリア王国〉。 美咲は「聖乙女」として大歓迎される一方、亜子は「予定外に混ざった人」として放置されてしまう。 けれど世界意識(※神?)からのお詫びとして特殊能力を授かった。 食材や魔物の食用可否、毒の有無、調理法までわかるスキル――〈料理眼〉! 「よし、こうなったら食堂でも開いて生きていくしかない!」 港町の小さな店〈潮風亭〉を拠点に、亜子は料理修行と新生活をスタート。 気のいい夫婦、誠実な騎士、皮肉屋の魔法使い、王子様や留学生、眼帯の怪しい男……そして、彼女を慕う男爵令嬢など個性豊かな仲間たちに囲まれて、"聖乙女イベントの裏側”で、静かに、そしてたくましく人生を切り拓く異世界スローライフ開幕。 ――はい。静かに、ひっそり生きていこうと思っていたんです。私も.....(アコ談) *AIと一緒に書いています*

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

前世の祖母に強い憧れを持ったまま生まれ変わったら、家族と婚約者に嫌われましたが、思いがけない面々から物凄く好かれているようです

珠宮さくら
ファンタジー
前世の祖母にように花に囲まれた生活を送りたかったが、その時は母にお金にもならないことはするなと言われながら成長したことで、母の言う通りにお金になる仕事に就くために大学で勉強していたが、彼女の側には常に花があった。 老後は、祖母のように暮らせたらと思っていたが、そんな日常が一変する。別の世界に子爵家の長女フィオレンティーナ・アルタヴィッラとして生まれ変わっても、前世の祖母のようになりたいという強い憧れがあったせいか、前世のことを忘れることなく転生した。前世をよく覚えている分、新しい人生を悔いなく過ごそうとする思いが、フィオレンティーナには強かった。 そのせいで、貴族らしくないことばかりをして、家族や婚約者に物凄く嫌われてしまうが、思わぬ方面には物凄く好かれていたようだ。

一緒に異世界転生した飼い猫のもらったチートがやばすぎた。もしかして、メインは猫の方ですか、女神様!?

たまご
ファンタジー
 アラサーの相田つかさは事故により命を落とす。  最期の瞬間に頭に浮かんだのが「猫達のごはん、これからどうしよう……」だったせいか、飼っていた8匹の猫と共に異世界転生をしてしまう。  だが、つかさが目を覚ます前に女神様からとんでもチートを授かった猫達は新しい世界へと自由に飛び出して行ってしまう。  女神様に泣きつかれ、つかさは猫達を回収するために旅に出た。  猫達が、世界を滅ぼしてしまう前に!! 「私はスローライフ希望なんですけど……」  この作品は「小説家になろう」さん、「エブリスタ」さんで完結済みです。  表紙の写真は、モデルになったうちの猫様です。

【完結】王太子と宰相の一人息子は、とある令嬢に恋をする

冬馬亮
恋愛
出会いは、ブライトン公爵邸で行われたガーデンパーティ。それまで婚約者候補の顔合わせのパーティに、一度も顔を出さなかったエレアーナが出席したのが始まりで。 彼女のあまりの美しさに、王太子レオンハルトと宰相の一人息子ケインバッハが声をかけるも、恋愛に興味がないエレアーナの対応はとてもあっさりしていて。 優しくて清廉潔白でちょっと意地悪なところもあるレオンハルトと、真面目で正義感に溢れるロマンチストのケインバッハは、彼女の心を射止めるべく、正々堂々と頑張っていくのだが・・・。 王太子妃の座を狙う政敵が、エレアーナを狙って罠を仕掛ける。 忍びよる魔の手から、エレアーナを無事、守ることは出来るのか? 彼女の心を射止めるのは、レオンハルトか、それともケインバッハか? お話は、のんびりゆったりペースで進みます。

婚約破棄されて去ったら、私がいなくても世界は回り始めました

鷹 綾
恋愛
「君との婚約は破棄する。聖女フロンこそが、真に王国を導く存在だ」 王太子アントナン・ドームにそう告げられ、 公爵令嬢エミー・マイセンは、王都を去った。 彼女が担ってきたのは、判断、調整、責任―― 国が回るために必要なすべて。 だが、それは「有能」ではなく、「依存」だった。 隣国へ渡ったエミーは、 一人で背負わない仕組みを選び、 名前が残らない判断の在り方を築いていく。 一方、彼女を失った王都は混乱し、 やがて気づく―― 必要だったのは彼女ではなく、 彼女が手放そうとしていた“仕組み”だったのだと。 偽聖女フロンの化けの皮が剥がれ、 王太子アントナンは、 「決めた後に立ち続ける重さ」と向き合い始める。 だが、もうエミーは戻らない。 これは、 捨てられた令嬢が復讐する物語ではない。 溺愛で救われる物語でもない。 「いなくても回る世界」を完成させた女性と、  彼女を必要としなくなった国の、  静かで誇り高い別れの物語。 英雄が消えても、世界は続いていく―― アルファポリス女子読者向け 〈静かな婚約破棄ざまぁ〉×〈大人の再生譚〉。

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革

うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。 優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。 家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。 主人公は、魔法・知識チートは持っていません。 加筆修正しました。 お手に取って頂けたら嬉しいです。

処理中です...