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37話・告白(2)
しおりを挟む「わ、私の家はとっくに落ちぶれていて……家名などないに等しいのだぞ」
「家名で貴方を欲しているわけではありません」
「私自身、その、はねっかえりだし、」
「そんな貴方がに惹かれたのです」
「か、髪! 髪だって短いしっ。貴族の令嬢のように長くないっ!」
「今から伸ばせばいいでしょう」
「……世間一般で言う、貴族の奥方になどには、なれんぞ」
「そんなのは百も承知です」
打てば響くようにステラの言葉に返していけば、徐々に力をなくしたステラの声音。
俯いたステラの顔は屈んでいるラキトにはよく見える。
泣きたいのを我慢している顔だ。ああ、一体いつぶりだろう。ステラのこんな表情をみるのは。
「私なんかを妻にしたら、世間で」
「どんな理由があろうとも、貴方がいい。ステラ、貴方を愛しています」
断言すれば、ぱっと顔を上げたステラの顔からぼろぼろと涙がこぼれた。溢れてやまないその涙を拭ってやりたいのは山々だが、まだ答えを貰っていない。
コルタリア皇統国の正式な求婚を途中で止めたくはなかった。立ち上がれば、正式な求婚はうやむやになる。
最終的に望む答えをもらえるとしても、正式な仕来りに則った方法でステラと結ばれたかった。
それはいずれ、ステラを支えると確信があったからだ。
己の出自を恥じてこそいないが、誇れないステラの自信の一つになると、信じているから。誰に後ろ指をさされることもない、正式な求婚をしたい。
「わ、わたし、なんて……っ」
「ステラ」
「妾の子だ。要らない子だ」
「ステラ」
「お前のように必要とされて、望まれた命じゃない」
「ステラ」
宥めるように、穏やかに穏やかに、名を呼ぶ。呼び続ける。
ひっくひっくと泣く様は出会ったあの日のようで。
ラキトはわずかばかりの懐かしさを胸に、求婚を続ける。
「ステラがいい、ステラでなければダメだ。ステラしかいない」
あえて、貴方、と呼ばずに。名を繰り返し繰り返し呼んで。
自分に必要なのはステラだと、告げる。
余計にぼろぼろと涙をこぼすステラに、ラキトは穏やかに微笑むだけ。
「どうして泣いているのです?」
『どうしてないてるの?』
幼いあの日、涙を拭ってくれた手がここにある。
この手をとりたいと願ったことは、数知れない。それは無理なのだと、ずっと自分に言い聞かせていた。
だって、同じ上流貴族でも、決定的に身分が違う。
ステラは妾の子でラキトは正妻の子で、ステラはいずれ捨てられるのが決まっていて、ラキトはいずれ家を継ぐことが義務付けられていた。
父が女癖の悪さ故に身を滅ぼしたのをこれ幸いと、家の名を捨て旅に出た。世界を回るという名目は、ラキトの手を離すためだった。
出会ってからずっと、いつだって傍に寄り添って、笑いかけてくれて、腹違いの姉たちに苛められては泣くステラの手を握ってくれた年下の幼馴染。
ラキトが傍にいるだけで、元気になれた。笑いかけられたら泣きながらでも笑い返せた。
心は温かくて屋敷に居場所のないステラの数少ない居場所の一つがラキトの隣だった。
母が亡くなってもそれは変わらなかった。
いや、母という絶対の庇護者がいなくなったことで、余計にラキトの存在は失いがたいものになった。ラキトがいればラキトの家名に守られて姉たちも手を出してはこなかった。
ステラにとって、ラキトの隣は安息の場所でもあった。
けれど、ステラはそれだけでは足りなかった。ラキトと対等でありたいと望んだ。ラキトがステラにしてくれたように、ステラもラキトを守りたいと願ったから。
無理を言って、守護龍と当時は知らなかった彼に弟子入りを志願した。
腹違いの姉達のような貴族の令嬢としてでは、当時のステラは全てを守り包み込む強さは得られないと考えたから。
安直に剣に走った。それが結果として功をそうしたのは幸いだった。
いつしか立場は逆転して魔術師故に軽んじられるラキトを、ステラが庇うようになったけれど、それでもどこかで依存している自覚があった。
いつまでもラキトに支えられていてばかりではいけないと、わかっていたから。けれど突き放すことなんて到底出来なくて。
だから、徐々に距離をとるために旅という理由をつけて、あえて手を離したのに。
でも、こんな風に手を伸ばされたら。
「わたしも、おまえがいい……!」
伸ばし返さずには、いられない。
どれほど、夢を見ただろう。この手をとれればと願っただろう。
ラキトの隣にはいずれラキトに相応しい、深窓の令嬢が奥方としてたつ。その日を思って胸が痛まなかったことはない。それでも、それが、ラキトの幸せなのだからと唇をかみ締めて耐えてきた。
夢に見たことも数え切れない。ラキトの隣で笑う己。温かな家族、家庭。でも、それは決して適わない、ラキトの将来を考えれば叶えては成らない夢だったから。
想いは心の奥底に仕舞いこんで、決して誰にも気取られないように蓋をして、厳重に鍵をかけて。それでも兄にはばれていたように思うけれど、この瞬間まで、きっと兄以外の誰にも悟らせなかった、ステラの本心。
母がいなくなったときから、ステラが守りたいのはラキトだけになった。二年前に紹介されたシェリアや弟子にとったリースも今ではその範囲だが、最初はただ、守りたかった。
ラキトの将来を、憂いを払う役は私がやろう。そのための武器だ。そのための剣だ。
だから、手が届かない場所にいってもいいから、笑っていてくれと、願っていた。
隣に立ちたいなんて望みはしないから。ただ、幸せに。幸せに。母がついぞつかめなかった心からの安息と幸せを、ラキトに。
そのためなら、なんでもやるから。この身が女として恥ずべきほどに傷だらけになろうとも、剣を取ることはやめはしない。
ラキトの隣には立てない。でも、幼馴染として、親友として支えられたら十分だと、思っていたのに。
想って、いたのに。
こんな風に、ラキトから。切願するような眼差しで、温かさに満ち溢れた慈愛の表情で、愛しさが零れ落ちるほどの声音で狂おしく求められてしまって、どうして否といえるだろう。
お前の将来のためにならないなどと、戯言を吐けるだろうか。
だから、ステラは、覚悟を決めた。
この先、きっと様々な困難が付きまとう。ラキトと結ばれれば落ちぶれたステラの実家の再興もなるだろう。業腹なことに、父は喜ぶだろうし腹違いの姉達を援助することにもなる。
でも、それでも。
困難は乗り越えて、苦境はなぎ払ってみせるから。
ステラは、この、差し出された白魚のような傷一つない、温かさだけで作られたラキトの手がほしかった。
ステラから差し出された手を恭しくラキトが掲げもち、口付けを送る。
これで、婚約は成った。
立ち上がったラキトは膝を払うことをせず、ぼろぼろと子供の頃のように泣き続ける幼馴染を力いっぱい抱きしめた。
「ああ、ようやく手に入れた」
孤高に生きようとした高嶺の華を。ようやく、この手に。
感慨深くさらにぎゅっと抱きしめたラキトにすがりついて、ステラはずっと我慢していた孤独を吐き出すように大声で泣いた。
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