百合御殿ノ三姉妹

山岸マロニィ

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【参】巡ル探偵

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 不知火松子が帰った後、入れ替わりにやって来たのは、サチコとヨシコだった。
「もうお昼過ぎたから、賄いですいませんけどお召し上がりください、だって」
 サチコが置いたお膳には、山盛りの握り飯が置かれていた。繁忙を極める時期の旅館なら、こんなものだろう。
「お昼まで気を使って貰って、申し訳ないわ」
「あたしらもおにぎりを作って貰ったんだ」
 そう言って二人は、小皿に置かれた握り飯を持って腰を下ろした。
「好きなところで食べてらっしゃいって言われたから、顔のいいおじさんと食べてもいいでしょ」
「いいよね、顔のいいおじさん」
 桜子が横目で零を見る。
「顔のいいおじさんって、何?」
「さあ……」
 零は首筋をゴシゴシと擦りながら、握り飯に手を伸ばした。
「あなたたちも、今晩のお祭りに出るのよね」
「村の子供はみんな、子供神楽に出るんだよ」
「二時に集合だから、あたしたち、忙しいの」
 ネーと、二人は顔を見合わせた。
「練習は、どこでしてたの?」
「学校だよ。講堂でやるの」
「学校が終わってから、五時くらいまで。四月から、学校がある日は毎日だよ」
「それは大変ですね」
「面白いから大丈夫」
 ネーと再び、二人は顔を見合わせた。
「……それでさ、さっき、顔のいいおじさんが来たから、ひいひい爺ちゃんに追い出されて、まるいやに行ったんだけど」
と、ヨシコが桜子に目を向けた。
「お客さんいたから、多摩荘に来たの」
「あら、お邪魔しちゃったわね」
「その時に、聞いちゃったんだ」
 そう言うと、ヨシコは声を低くした。
「お姉さん、変なおじさんの話してたでしょ?」
「変なおじさん?」
「顔のいいおじさんじゃないよ、変なおじさん」
 桜子は思い返し、ハッと手を打った。そして、零にも分かるように、先程まるいやの店主・丸井セツに聞いた話を繰り返した。
「その、山高帽に口髭の、痩せた男がどうかしたの?」
 すると二人は、モジモジと顔を見合わせてから、こう言った。
「あたしたちも、変なおじさんに声を掛けられたんだよ」
「……それはいつですか?」
 犬神零は、年端もいかない子供に対しても敬語を使う。この時も、探偵として聞き取り調査をする格好で、サチコとヨシコに問いかけた。
「うーん、今月のはじめかな?」
「水泳訓練が始まった頃だったから、七月に入ってからだよ」
 ……すると、その男、何度も村へ出入りしていた事になる。
「お神楽の練習が終わってね、ヨシコちゃんと一緒に、水川銀座に向かってた時」
「建物の影に隠れて、ちょっと来いって言うの」
「でも、お母ちゃんに、知らない人について行っちゃダメって言われてるから、二人で逃げたんだよ」
「晴れてるのに、レインコートを着てるし、絶対変だと思ったもん」
「偉いわ、二人とも」
「でもね、あたしたちの他にも、別の日に、声を掛けられた子が何人もいるの」
「中にはついて行って、色々と聞かれた子もいたんだよ」
「どんな事を聞かれたのか、ご存知ですか?」
「なんか、陣屋様のところに悪い噂はないか、って」
「陣屋様の、悪い噂……?」
「怖いし変な質問だから、知らないって、その子、逃げたみたい」
「そう、なんですね……」
 その時、学校のチャイムが鳴った。サチコとヨシコは慌てた様子で顔を見合わせた。
「集合時間だ!」
「急がなきゃ!」
 そう言って二人は握り飯を口に放り込み、皿を持って立ち上がった。そして、部屋を出ようとしたところで足を止め、零と桜子を振り返った。
「お神楽、見に来てくれるよね」
「ヨシコちゃんとこは、お母ちゃんとお父ちゃんと、ひいひい爺ちゃんに新造兄ちゃんまで来るけど、うちは旅館が忙しいから、お父ちゃんしか来れないんだよ」
 それを聞き、桜子は満面の笑みで答えた。
「もちろん、見に行くわ。楽しみにしてるから、頑張ってらっしゃい」
「絶対だよ、顔のいいおじさんと……」
 二人はクスクスと顔を見合わせた。
「綺麗なお姉さん!」
 声を合わせてそう言うと、ケラケラと笑い声を廊下に響かせながら走って行った。
「……綺麗な、お姉さん」
 零は静かに茶を飲む。
「…………」
 桜子は、不知火松子に対面した時よりも、顔を赤くしていた。



 昼食を済ませた零と桜子は、再び村に出た。
 橋を渡り、向かった先は、駐在所だった。
 木造二階建ての、他の商店と変わらない佇まいである。硝子戸の隣に、「青梅警察署管轄 水川駐在所」という看板が掛かっているから、辛うじて判別できる。
 中の事務机で遅い昼食を取っていた若い警官は、硝子戸から覗く奇妙な二人組を見ると、ガラッと戸を開けた。
「……貴様ら、近頃村を騒がせている変質者だな!」
「違いますよ。こういう者です」
 犬神零は名刺を差し出した。しかし、『私立探偵』という文字は、この警官を信用させるものではなかった。
「言い訳無用! 話を聞く。入れ」
 零としても、この巡査と話をしたかった訳で、断る理由はなく、事務机の前の椅子に腰を下ろした。桜子も、少し離れた場所に置いてある木箱を引き寄せ、並んで座った。
 慌てて弁当箱を片付けるこの巡査こそ、新造と勝太兄弟が言っていた、小木曽である。まだ新入りと見え、官帽の被り方が板についていない。
 小木曽はだが、得意気に引き出しから白紙の調書を引っ張り出し、机に置いた。
「この村には何をしに来た?」
「来住野竹子さんと梅子さんのご依頼で、天狗の調査に」
 来住野という名を聞いた途端、小木曽の態度が変わった。ゴホンと咳払いした後、恐る恐るという体で顔を上げた。
「……それは、本当か?」
「どうぞ、そこの電話でご確認ください」
「…………」
 小木曽は無言で調書を片付けた。
「先程のお話ですと、やはり、変質者の話はお聞き及びですか」
「ああ。先月末から今月初めにかけて、何度か村で目撃されている。しかし、興信所を名乗り、妙な質問をする以外に被害はないため、警察としては、見回りを強化する以外は動いていない」
「なるほど。という事は、その変質者の素性はお分かりになっていないと」
「そうだ」
「では……」
 それから零は、おもむろに腕を組んだ。
「――十年前に現れたとされる、天狗の面を被った変質者については?」
 小木曽はギョッとしたように零を見た。
「そこまで調べているのか」
「これでも探偵ですから」
 小木曽は、奥の棚に並んだ書類を探り、黒い表紙で閉じた一冊を取り出した。
「……本官が赴任する前の事件だが、前任者から引き継いでいる。――明治四十年から四十四年にかけて、天狗の面を被った男に、村の子供が襲われている。被害届が出ているものだけで、年に三、四件、四年で十五件。ただし、事が事だけに、被害届が出されていないもの、被害者の子供が被害を訴えられていないものもあると考えられる。実際は、その何倍かの被害が出ているだろうと、前任者は言っていた」
 冊子をペラペラとめくっていた小木曽は、やおら手を止め零を睨んだ。
「貴様が調べに来た天狗というのは、これの事か。ならば、捜査情報を明かす事はできん!」
「いや、我々の調査対象は、月原洞窟の天狗伝説ですから。――ところで巡査殿は、竹子さんと梅子さんに関する村の状況を、どうお考えです?」
「我々警察は、民事不介入が原則だ」
「しかし、これからそれが原因で事件が起きるかもしれないとなると、どうされますか?」
 小木曽は驚いた顔を零に向けた。単純そうなこの巡査、裏側で蠢いている、村の様々な思惑にまでは気付いていない様子だ。
「今晩と明日の祭りには、本官をはじめ、青梅署の応援も加えて、厳重な警備を敷く。それ以上の事は、警察としてはできない」
「事件が起きなければ動けない、という奴ですな」
 零の言い方が気に入らなかったのか、小木曽は顔をしかめた。
「そこは貴様の仕事だろう。どうせ大金で雇われてるんだろ」
 公職の薄給と待遇の悪さは……と、小木曽は愚痴った。
「しかし、あなたには、私にはない力があります。――組織力です」
 零は真剣な眼差しを小木曽に向ける。
「私の調査によると、この二日間の祭りの間に、最悪、死者が出る可能性があるのです」
 何の証拠もないため、水川夢子の名は出せない。しかし、十二分にも警戒をしなければならないのは、松子の話の通りである。
 相手はどこから、どんな手を使ってくるか分からない。事件を防ぐためには、零ひとりの力では足りない。そのため、警察の協力を仰ぎに来た、という訳だ。
 零の真剣さに、小木曽はゴクリと唾を飲んだ。
「何かあってからでは遅いのです。何とか、お力添えを頂けませんか?」
「……分かった。青梅署に増援の依頼をする」
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