百合御殿ノ三姉妹

山岸マロニィ

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【拾参】百合ノ蝕

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 ――七月二十九日。

 広間には、九人の人物が向き合っていた。
 未だ、葬儀の祭壇は置かれたままだ。だが、遺影と骨箱だけは片付けられている。
 その前に座るのは、百々目潔宣警部。
 その隣に、不知火松子が後ろ手に手錠を掛けられ、左右を警官に挟まれて座る。
 彼らに向き合うように、来住野十四郎と鶴代夫妻。……本来なら、金曜日のため、鶴代は帰省する日なのだが、この事件の結末だけはどうしても知って欲しいと、百々目が留めたのだ。
「明朝、私が責任を持って、あなたをご実家にお送りします。今日一日だけ、どうか私にお付き合い願えませんか?」
 百々目自らが、彼女の実家である高室伯爵家に、彼女の処遇を話し合いに行くつもりだったのだ。百々目の立場が、その役に最適であるためだ。
 彼らから少し離れて、亀乃と桜子。
 ――そして、彼らを挟んだ百々目の正面に、犬神零が座っていた。

「……何が起きたの? なんで梅子がいないのよ。なんであいつが寝てたのよ!」
 髪を振り乱し、血走らせた目をした松子が、肉食獣のような顔で零を睨んでいる。その姿に、花沢凛麗の、艶やかで可憐な面影はどこにもない。
「初めに言っておきます」
 いつものように三つ揃いに身を固め、髪を丁寧に整えた百々目が、広間に響く声を上げた。
「……来住野梅子さんは、昨夜、菊岡医師による懸命の処置の甲斐なく、お亡くなりになりました」
 広間に沈黙が満ちる。一息ついて、百々目は続けた。
「彼女は、潜伏していた二日余りの間に、体の一部分を縛って壊死させ、切断するという行為を行いました。そのため、壊死部分からの毒による敗血症、傷口からの出血、そして、痛みに耐えかねて服用したと思われる大量の睡眠薬によって、死亡しました」
 ヒッと息を飲む声が亀乃の口から洩れる。桜子も厳しい表情を浮かべ、亀乃の肩をそっと支える。
 百々目は一同を見渡した。
「――その体の一部分がどこであるかは、来住野十四郎さん、そして、不知火松子さん、お二人ならご存知ですね」
 十四郎は項垂れ、微動だにしない。それに対し、松子は肩を震わせて笑い声を上げた。クックックッ……と神経を逆撫でる笑いは、やがて叫び声に変わった。
「そうだよ、あの子はだったんだよ! おまえが自分の人形にするために、女の子に見せかけてただけなんだよ!」
 松子が目を剥き、十四郎を睨む。
「菊岡先生に確認しました。……一卵性双生児でも、極めてごく稀に、性別の違う双子の場合があるそうです。見た目がそっくりな、男女の双子の場合が」
 百々目は確認するように、十四郎に目を向けた。
「双子を見分ける特徴は、ここだったのですね」

 ――犬神零は、隠し部屋で梅子が発見された時、その手に触れて疑問を持った。そして、胸に耳を当てて確信した。
 ……そして、からの手紙の中に、切断された「それ」が入っていた。

 百々目は表情のない顔を十四郎に向けた。
「その梅子さんが起こした今回の事件。それを解明するには、まず、来住野十四郎さん、あなたがこの屋敷で、この村で、何を考え、何を行ったのか。そこから把握する必要があります」
 十四郎はじっと畳を睨んでいる。百々目は続ける。
「あなたは、先代の取り決めにより、華族である鶴代さんと婚姻しました。ところが……」
と、百々目は鶴代に目を送り、すぐに首を振った。
「いや、止めましょう。……とにかく、あなたはこの結婚生活に強い不満を持っていました」
「あんたが言わなきゃ私が言うわ」
 松子が声を上げた。
「――母はね、生娘なのよ! 私たちは『コウノトリが運んで来た』って、ずっと信じてたわ!」
 おぞましい嘲笑が松子の肩を揺らす。一同はギョッとして鶴代に目を向けた。彼女の繊細過ぎる神経が逆撫でられはしないかとヒヤリとしたのだが、鶴代は膝の上でポンポンと、手毬遊びに夢中だった。こちらの会話は、一切耳に入っていないようだ。
 鈴の音と嫌な空気が広間に渦巻く。百々目はひとつ咳払いをした。
「あなたは、自らの欲求を抑えられない病でした。さらに、幼い子供にしか魅力を感じない嗜好でした。鶴代さんは、その対象ではなかった。そこで、鶴代さんによく似た寒田ハンさんを妾にしました。子供ができても、鶴代さんのご実家である高室家に申し訳が立つように、という理由ですが、当時ハンさんは、まだ十二の子供でした。……こうして、あなたがハンさんという存在を見出してしまった事が、全ての悲劇の始まりとも言えます」
 それから百々目は、松子に目を向けた。
「そして、松子さん、あなたが生まれたのです。……既に興味の対象でなくなっていたハンさんの代わりに、あなたは幼い頃から、父の欲望の餌食とされました。その後、あなたは十四の時、双子を出産しました。……女の子と男の子の一卵性双生児を。ところが、あなたの精神状態は、とても母親になれるものではなかった。そこで、あなたの実母である寒田ハンさんは、あなたを屋敷から、十四郎さんの束縛から、逃がしました」
 無機質な口調は、再び十四郎に向けられる。一字一句刻み付けるような言葉は、金属のように重く、冷たかった。
「――その時、怒りに震えたあなたは、寒田ハンさんを、殺害しましたね?」
 十四郎は俯いたまま、力のない声を絞り出した。
「証拠はあるのか」
「…………」
「あの古井戸の白骨が寒田ハンであるという証拠は?」
「貞吉氏が証言しました。あなたに命じられて、彼女の遺体をあの古井戸に捨てたと」
「フン。なら、私が殺したという証拠などないではないか。――それに、私が命じたのは、、だ。井戸に捨てろなどとは言っていない。あの井戸に捨てたのは、貞吉が勝手にやった事だ。どちらにせよ、死体遺棄の時効は過ぎている。話にならんよ」
「……まだお認め頂けませんか」
「私に頷かせたかったら、証拠を持って来い! どうやって殺した? 凶器は何だ? いつ? どこで? 全部揃えて、逮捕令状を持ってから来い!」
 百々目の目に怒りが宿る。
「必ずご用意します。……警察を、正義を、舐めないで頂きたい」
 そう言うとすぐさま、百々目は平静さを取り戻した。
「……本題に戻ります。松子さんというを失ったあなたは、欲望を抑えられずに、村の子供たちを次々に襲うようになります。天狗の面で顔を隠して。あなたは、男女関係なく、見た目が女の子である子供であれば構わなかったのです。これは後に、梅子さんの悲劇にも繋がります。……しかし、この件は残念ながら、時効を迎えてしまっているため、立件はできません」
「ざまあ見ろ!」
 十四郎の嘲りに、松子が激しく反応した。
「てめえが言うな! この変態鬼畜野郎!」
 本来ならたしなめる場面であるが、胸のすく思いがしたのだろう、百々目は何も言わなかった。それはこの場にいる一同も同じだったに違いない。だが、逆上した十四郎は怒声を上げた。
「この村に電気を引いてやったのは誰だ! セメント屋を発展させて、仕事を作ってやったのは誰だ! 減るモンじゃあるまいし、その程度でごちゃごちゃ言うな! 出来損ないどもめ!」
「出来損ないはあなたの方です。あなたのような認知の歪んだ人物を、帝国議員に送らずに済んだのですから、彼には感謝しなければなりません」
 百々目の氷柱のような言葉は、さすがに十四郎に刺さったようである。深く項垂れた十四郎越しに犬神零を見遣ってから、百々目は続けた。
「……今回の事件の直接の要因となる、竹子さん、梅子さん姉妹の話に移ります。
 帝国議会への進出を意識しだしたあなたは、これ以上、村の子供たちを襲う事は危険であると判断しました。一度、犯行の最中に顔を見られています。その時は、秘書であった水川滝二郎氏の親族であったため、彼に命じて口止めをしましたが、次に見られたら、誤魔化し切れないかもしれない。
 ――そこであなたは、『秘密の桃源郷』を作る計画を考えました。竹子さん、梅子さん……慰み者として育て上げる計画です。……以前、松子さんをそのように育てようとしましたが、親友の水川杏子さんという存在が、松子さんにその異常さを気付かせました。ですので、竹子さん、梅子さんは、決して屋敷から出さず、外部との関りを絶って育てたのです」
 そこで松子が声を上げた。
「これは大成功だったわね。特に竹子なんか、あの歳ですっかりになってたもの。成功しすぎて、男がなきゃ駄目なくらいにね! だから、梅子と日替わりの、あんたの夜伽よとぎだけじゃ足りなくて、うちの主人や、貞吉にまで手を出してたわね、あの色情狂!」
「夜伽って……」
 桜子が青ざめた声を出す。すると松子は嘲笑った。
「私にもそう教えたわよね。夜伽こそ、父が娘に与える最大の愛情だって。あの二人にもそう教えて、競わせたのよ。より多くの愛情を受けた方が、天狗の生贄にならなくて済むってね。あの子たち、それをまともに信じで、あんたに必死に奉仕してたわ。……それでも足りなくて、亀乃にまで手を出すとはね。ド畜生! クソ野郎!」
 松子が歯を剥き出して十四郎を睨む。両脇の警官が、膝立ちになる松子を押さえた。亀乃を気遣い、桜子が彼女の肩を抱く。
 軋んだ緊張が不協和音を立てて、そこにいる者たちの精神を蝕んでいく。その様子を楽しむかのように、松子はキキキ……と笑い声を立てている。
 それを遮るように、零は言った。
「梅子さんについては、私からお話します。……この二件の殺人事件の、実行犯であるの言葉です」
 そして、梅子からの手紙を、一同に示した。

 ――それを診療所の待合室で読んだ時、心がないと自覚すらある彼でも、大きく心を乱さざるを得なかった。
 来住野梅子の犯行の理由。その遠因は、紛れもなく彼であったからだ。
 ……それは、恋文であった。
 生きるとも死ぬともつかぬ心のまま生きてきた彼女が、初めて「生きたい」と思った要因が、「少女画報」で微笑む、彼であったとは。

 しかしその事実は、彼だけの心に一生仕舞っておくだろう。
 零は無の心のまま、言葉を発した。
「彼女はずっと、自分の体に違和感を持って生きてきました。十四郎さん、あなたは彼女にこう教えました。――天狗の鼻を持つ、特別な女の子だと。
 それが彼女にとって、どれほどの苦しみになっていたか。その心境が、この手紙に綴られていました――」
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