久遠の呪祓師―― 怪異探偵犬神零の大正帝都アヤカシ奇譚

山岸マロニィ

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第伍話──箪笥

【拾伍】二人陰陽師

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 そんな事情を知らないハルアキは、結界を前に思案に暮れていた。
 間もなく、通報された警官が慶司を連れてくるだろう。その時にこの状況なのは最悪だ。
 かといって、ハルアキがこの場を去れば、結界が崩れて赤子が溢れ出す。その方がもっと最悪だ。
「困ったぞ、これは」
 ひとりそう呟くと、背後で返事があった。

「――君でも困ることがあるんだ」

 その声の主を察知したハルアキは、反射的に振り返ろうとしたのだが、式神の刃がその視線を遮った。
「この姿は、君と、君の保護者には見せないことにしてるから」
「屁理屈などどうでもいい! 貴様、何故なにゆえここに居る!?」
 憤慨するハルアキに対し、声――鴉揚羽はケロッと答えた。
「架線の故障で上野行きの市電が止まってしまったんだから、行先を変更するのは仕方ないだろう?」
「まさか、貴様……!」

 ハルアキには、目の前の刃が架線を切断する光景がありありと思い浮かんだ。

 だが今は、それを追及している場合ではない。
 苦々しく歯軋りしながら、ハルアキは結界を睨んだ。
「貴様の知恵を寄越せ」
 しかし、鴉揚羽から返ってきた言葉は冷たいものだった。
「君は人にものを頼む言葉遣いを知らないのかな?」
 内心で舌打ちしつつ、ハルアキは言い改める。
「鴉揚羽閣下、どうかこの状況を打破するお知恵を、不甲斐ないワタクシめにご教授くださいますよう、伏してお願い申し上げ奉りまする」
「まぁ、良しとするよ」
 どこか楽しげな鴉揚羽はだが、素直にハルアキに助力する気はないようだ。
「その代わり……」
 と、彼女はハルアキの耳元に囁いた。
「交換条件だ。ひとつ質問に答えてもらうよ」
「何じゃ?」
「あの桜子って人、とどういう関係なの?」

 とは当然、零のことである。ハルアキは地団駄を踏みたい気分になった。
「それは余も知りたい」
「ふうん……」
 鴉揚羽は訝しげな視線をハルアキに送っているようだったが、「まあいいや」とようやく式神の刃を収めた。

 鴉揚羽はハルアキの視線を避けるように、彼の背後に回り込む。そしてツラツラと語りだした。
「君の結界はとても強力だ。けれど、一体どこで覚えたのかな……今は失われた千年前の結界術を。何人も通さない強さの反面、移動ができないから、術者が動けないのが難点だね」
 ハルアキは口を尖らせた……確かに、それは難点と言える。
「僕はね、最新の陰陽道を父から学んだ。陰陽道といえど学問だから、進化するんだ。だから、結界の強度と汎用性の調和がとれた結界の張り方も知ってる」

 彼女の父は、最後の正統なる陰陽師である。つまりは安倍晴明たるハルアキの子孫だ。

 その娘である土御門サナヱ――鴉揚羽は、一族の始祖たるご先祖さまに悪戯っぽく横目を向けた。
「ここに来る前、こんなこともあろうかと、その結界を屋敷に張っておいたんだけど、気付いてない?」
「…………」
 大陰陽師も形無しである。歯噛みしながらハルアキは先を促した。
「それをどうするのじゃ?」
「君、四神が使えるね。四神を式神として使役できる人なんて、安倍晴明より他に知らなかったけど……」
 鴉揚羽の視線を感じ、ハルアキの額を冷や汗が伝う。
「そ、それが、何か問題なのか?」
「問題どころか、君にしかできない事だよ」
 ハルアキの背中にケープが触れた。鴉揚羽は彼の耳元で続ける。
「四神は、十二天将の一角。安倍晴明が使役した最強の式神のひとつだ。もし君が、安倍晴明と同じ能力を持つのなら、『天空』も使えるんじゃないか?」

 天空――十二天将の一にして、姿を持たぬ式神。その正体は謎であるが、その能力ははっきりしていた。
 瞬間移動である。
 ただし……。

 ハルアキは苦い顔をした。
「あれは、余には制御できぬのじゃ」
「どういう事?」
「思った場所へ飛ばせぬ……」

 鴉揚羽に白状するのは口惜しいが、安倍晴明の能力も万能ではないのだ。十中八九、思いがけぬ場所へ飛ばされて酷い目に遭うから、あまり使わない。

 すると、鴉揚羽は露骨にガッカリした声で「なーんだ」と呟いた。
「なッ……!」
 地団駄を踏みたい気持ちを抑え、ハルアキは不機嫌に言った。
「で、天空でどうする気なのじゃ?」
 鴉揚羽は答えた。

「僕の結界を、とある場所に飛ばして欲しかったんだけど」

 ハルアキは目を見開く。なるほど、そうすれば一瞬で、赤子たちをこの屋敷から消し去ることができる。
 ……しかし……と、ハルアキは眉を顰めた。こんな厄介な怪異をどこに放とうというのか?
「とある場所とは?」
 ハルアキの問いに、鴉揚羽は事もなげに返す。
「水天宮の近くのとある屋敷」
 ――つまり、怪異を、作り出した張本人のところへ送り返すという訳だ。作戦として、この上なく面白い。
 だが問題は、送り先を間違えれば大変なことになるという点である。ハルアキの扱う天空の精度では、成功率は博打ばくちに等しい。
 しかし、それ以外に現状を打開する策があるとも思えなかった。

 鴉揚羽も考えは同じようで、「うーん」と唸りつつ何やら考えていた。そして唐突に、
「そうだ!」
 と声を上げた。
「どうした!?」
「実家にね、安倍晴明に関する門外不出の秘蔵書があるんだ」
「…………」
「そこに、面白い逸話が書かれていてね……彼、方向音痴だったらしい。天才的な天文博士だから、影の方向や星の位置で方角を見抜いてしまう。その能力に頼り切ってたんだろうね。道を覚えるのが苦手で、日や星の見えない雨の日には、よく迷子になったみたいだよ」

 全く否定できず、ハルアキは目を閉じ天井を仰いだ。だから、建物が高く空が見えないこの東京では、無闇に出歩かぬようにしているのだ。

 そんなハルアキの仕草に気を留めず、鴉揚羽はペラペラと続けた。
「他にも面白い逸話が色々あってね、例えば……」
「そんなものはどうでもいい! 天空をどうするかを聞いているのじゃ!」
「アハッ、ごめんごめん。つまり、そんな安倍晴明も君と同じで、天空を扱うのが苦手だった。それってつまり、、とも言えるんじゃないかな」

 鴉揚羽は陰陽道の理論を極めた努力家である。ハルアキのような、感覚で式神を使う天才肌とは考え方が違うようだ。
 彼女の考察に、ハルアキは肯首せざるを得なかった。
「なるほどな……」
「だから、僕がコレで導けば、天空を間違いなく目的地に送り届けられると思うんだ」

 と、彼女が差し出したのは、五芒星の描かれた護符……ハルアキがしばしば、多ゑの飼い猫のクロを操る時に使うものだ。式神を使役する際の初歩的な理論で使える程度の術のため、彼女が習得していても不思議はない。
 とはいえ、相手は式神だ。うまくいく保証などない。

 だが、他に手がない以上、彼女の案を受け入れるしか道はないだろう。
 ハルアキは頷いた。
「承知した――じゃが、問題がある」
「何だい?」
彼奴が中に居る。奴まで飛ばすのはまずいぞ」
「大丈夫。僕の結界は、封じ込めるものを選択できる。現に僕がこうして入ってきた訳だし」
 そこで鴉揚羽は声を低めた。
「そうと決まれば、モタモタしている暇はないよ。彼女桜子たちはもうすぐ到着する。一刻も早く片をつけないと」
「分かっておるわ」

 ひったくるように護符を受け取り、ハルアキは額に押し付ける。
 その手を、鴉揚羽の手が包み込んだ。
「目を閉じて……君なら見えるだろ? 僕の張った結界の大きさを認識するんだ」

 後ろから目隠しをされたような格好である。少々ドキマギしながらも、ハルアキは瞼を閉じ、意識を鴉揚羽の手のぬくもりに集中させた。
「――見えたぞ、屋敷の四方に護符がある」
「そう、それだよ。けれど、君の結界があっては飛ばせない。四神を消してくれないか?」
「余の結界が消えれば、一瞬で赤子の波に呑まれるぞ」
「だろうね。その上、その波を受け止められるほどの力は、僕の結界にはない」
「なら、どうするのじゃ?」
「君が四神を消した瞬間――そこに賭けるしかないよ」

 肝が冷えるとはこの事だろう。
 針の穴を通すような作戦を成し遂げなければ、彼自身どころか、間もなく現れる桜子をも巻き込むことになる。
 ――彼女に何かあっては、零に合わせる顔がない。

「覚悟は決まった?」
 頬のすぐ横に、鴉揚羽の呼吸を感じる。
「君と僕の息が合わなければ、計画は水の泡だ。君が四神の結界を解き、正確な力加減で僕の結界を天空に預け、その道案内を僕が引き継ぐ――それを、長くても二秒以内に終わらせるんだ」

 護符を押さえる手に、じんわりと汗が浮かぶ。千年の時を生きていれば、様々な危機に出くわしたが、このような緊張は初めてだ。
 深く息を吐き、浅く吸う。
 何度か深呼吸を繰り返した後、ハルアキは言った。

「いくぞ」

 額の護符を鴉揚羽の手に任せ、彼の右手は式札を構える。
 そして、鴉揚羽の呼吸に合わせ、彼は鋭く言い放った。

「――天空!」
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