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第肆話──壺
【陸】転生者
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事務所に連れて来られたハルアキは、非常に不機嫌だった。
「あの女中、余を着せ替え人形のように弄びおった! 七五三の着物まで着せられたぞ!」
「はいはい。安倍晴明だか加茂保憲だか知りませんが、あなたは今は、八歳の子供なんですよ」
口を尖らせるハルアキを応接の長椅子に座らせ、零は薪ストーブに火を入れる。
東向きの窓の前には事務机、奥の壁に本棚と茶箪笥が並び、そしてハルアキが座る、テーブルを挟んで向き合う長椅子二脚の応接。
それらが、部屋の中央に鎮座する薪ストーブを囲む並びだ。
煉瓦壁の武骨な空間に、薪ストーブの蓋がガチャリと閉まる音が響いた。
ストーブの上に薬缶を置き、零はキョロキョロと室内を見渡すハルアキの向かいに腰を下ろす。
そして、先程土産に貰った団子をテーブルに置くと、ハルアキはふくれっ面のまま串を手に取った。
「――さて、ここに座ったという事は、あなたは私の依頼人です。依頼達成のためには、包み隠さず全てを嘘偽りなく打ち明けていただかねばなりません。たとえそれが、あなたの立場を悪くする事であっても。そのお覚悟はありますか?」
「そなた、依頼人には皆、斯様に申すのか?」
「はい。後でこんなつもりじゃなかったと言われるのは嫌なので」
すると、ハルアキはモグモグと団子を頬張りながら宣った。
「止めた方が良いぞ。帰りとうなる」
「…………」
「この探偵事務所、暇じゃろう? 全く活気というものがない。そなたが余計な事を言うからじゃ」
「やれやれ、参りましたね……」
零はボリボリと頭を搔いた。
「では、あなたも止めますか? 私へ依頼するのを」
だがハルアキは、二本目の団子を手に取り答える。
「いや、それはせぬ」
「なら、話してください――なぜ、わざわざ東京まで来たのか、何を恐れているのか……あなたの正体は、何者なのか」
すると、ハルアキはチラリと零を睨んだ。
「質問とは、ひとつずつするものじゃ。……六壬式盤で占った。この辺りに吉兆星が見えたのでな」
「はい?」
「余は悪魔に取り憑かれておる。もう時間がない」
「…………」
「何度も申しておるが、余は紛れもなく安倍晴明である。信じぬのは勝手じゃが、これは真実である」
零は溜息を吐く。
「……もう少し、具体的に説明をして頂けませんか?」
◇
――ハルアキ少年は、京都の呉服問屋に生まれた。
彼は自分が安倍晴明の生まれ変わりであると、生まれた時から知っていた。
というのも、安倍晴明は千年前に死んだ事になっているが、実は、魂が老いた肉体を抜け出たに過ぎず、『転生』を繰り返しながら、肉体を次々と渡り歩いていたのである。
「……既に理解が追い付きませんが」
零が口を挟むと、ハルアキ少年は三本目の団子にかぶり付いた。
「余り大きな声では言えぬが、禁忌の秘術じゃ」
「はぁ」
「肉体が死ぬと同時に、まだ魂が安定せぬ胎児の中に入り込む」
「…………」
「そのため、死ぬ時には妊婦の近くに居らねばならぬ」
「気持ち悪いですね……」
「そうして千年、安倍晴明としての能力を保ったまま、転生を繰り返してきたのじゃが、ひとつ難点があった」
――陰陽師としての能力の低下。
陰陽師とは本来、星を読み吉兆を占い、暦を定めるのが仕事である。
だがそんな陰陽師の中には、特殊な技能を持つ者が、ごく稀に存在した。
式神である。
それは元々、荒ぶる鬼神である。従えるには特別な力が必要だった。
かつて、安倍晴明はその力を多分に有し、式神を自由自在に操れた。
ところが。転生を繰り返すうち、その力が大幅に削がれてしまったのだ。
転生そのものに多大な力が必要であり、度重なる転生によって力を消費するうち、使える力の最大値がどんどん減っていったものと、彼はそう考えた。
しかし、今更どうにもなるものではない。
今できるのは、現在の力を保つ事のみ。
そこで、ハルアキ少年は考えた――不老不死になれば良い。
「……発想が無茶苦茶ですね」
零は呆れ顔をするが、ハルアキは意に介さず、四本目の団子に手を伸ばす。
「そう言うな。余には可能だと思うたのじゃ」
「しかし、不老不死は歴代の帝が求めても得られなかったものですよ? 何を根拠に可能だと?」
「本じゃ」
「本?」
ハルアキは団子の串を指先で弄びながら答えた。
「――悪魔との契約書じゃ」
ハルアキ少年は、呉服問屋の跡取り息子として大切に育てられていた。
特に父親は先進的で、西洋化が著しい昨今、世界に目を向けなければ呉服業界は生き残れないと、息子に西洋の本を多く買い与えた。
その噂を聞き付けた本の行商人が、頻繁にやって来るほどの熱心さで。
その事は、ハルアキ少年にとっても都合が良かった。不老不死の方法を、海外の知識から得られないものかと考えたのだ。
そこで行商人が持ち込む本の中から、魔術に関するものを見付けては父親にねだった。
父親は、目に入れても痛くない息子の頼みと、彼に何でも買い与えた。
そして……。
「ある時、行商人が『特別に珍しい』と勧めてきた本があってな」
「ほう。どう珍しいので?」
ハルアキは最後の串団子を取ると、パクリと口に入れる。
「何が書いてあるのか分からぬ本じゃ」
「……え?」
「英語、仏語、独語、露語、アラビヤ語。ありとあらゆる言語で解読を試みたが、全く読めない未知の言語で書かれておる」
零は眉根を寄せた。
「未知の言語?」
「余はこう考えた」
最後の団子を飲み込んで、ハルアキは言った。
「その世のものではない言語ではないかと」
「あの女中、余を着せ替え人形のように弄びおった! 七五三の着物まで着せられたぞ!」
「はいはい。安倍晴明だか加茂保憲だか知りませんが、あなたは今は、八歳の子供なんですよ」
口を尖らせるハルアキを応接の長椅子に座らせ、零は薪ストーブに火を入れる。
東向きの窓の前には事務机、奥の壁に本棚と茶箪笥が並び、そしてハルアキが座る、テーブルを挟んで向き合う長椅子二脚の応接。
それらが、部屋の中央に鎮座する薪ストーブを囲む並びだ。
煉瓦壁の武骨な空間に、薪ストーブの蓋がガチャリと閉まる音が響いた。
ストーブの上に薬缶を置き、零はキョロキョロと室内を見渡すハルアキの向かいに腰を下ろす。
そして、先程土産に貰った団子をテーブルに置くと、ハルアキはふくれっ面のまま串を手に取った。
「――さて、ここに座ったという事は、あなたは私の依頼人です。依頼達成のためには、包み隠さず全てを嘘偽りなく打ち明けていただかねばなりません。たとえそれが、あなたの立場を悪くする事であっても。そのお覚悟はありますか?」
「そなた、依頼人には皆、斯様に申すのか?」
「はい。後でこんなつもりじゃなかったと言われるのは嫌なので」
すると、ハルアキはモグモグと団子を頬張りながら宣った。
「止めた方が良いぞ。帰りとうなる」
「…………」
「この探偵事務所、暇じゃろう? 全く活気というものがない。そなたが余計な事を言うからじゃ」
「やれやれ、参りましたね……」
零はボリボリと頭を搔いた。
「では、あなたも止めますか? 私へ依頼するのを」
だがハルアキは、二本目の団子を手に取り答える。
「いや、それはせぬ」
「なら、話してください――なぜ、わざわざ東京まで来たのか、何を恐れているのか……あなたの正体は、何者なのか」
すると、ハルアキはチラリと零を睨んだ。
「質問とは、ひとつずつするものじゃ。……六壬式盤で占った。この辺りに吉兆星が見えたのでな」
「はい?」
「余は悪魔に取り憑かれておる。もう時間がない」
「…………」
「何度も申しておるが、余は紛れもなく安倍晴明である。信じぬのは勝手じゃが、これは真実である」
零は溜息を吐く。
「……もう少し、具体的に説明をして頂けませんか?」
◇
――ハルアキ少年は、京都の呉服問屋に生まれた。
彼は自分が安倍晴明の生まれ変わりであると、生まれた時から知っていた。
というのも、安倍晴明は千年前に死んだ事になっているが、実は、魂が老いた肉体を抜け出たに過ぎず、『転生』を繰り返しながら、肉体を次々と渡り歩いていたのである。
「……既に理解が追い付きませんが」
零が口を挟むと、ハルアキ少年は三本目の団子にかぶり付いた。
「余り大きな声では言えぬが、禁忌の秘術じゃ」
「はぁ」
「肉体が死ぬと同時に、まだ魂が安定せぬ胎児の中に入り込む」
「…………」
「そのため、死ぬ時には妊婦の近くに居らねばならぬ」
「気持ち悪いですね……」
「そうして千年、安倍晴明としての能力を保ったまま、転生を繰り返してきたのじゃが、ひとつ難点があった」
――陰陽師としての能力の低下。
陰陽師とは本来、星を読み吉兆を占い、暦を定めるのが仕事である。
だがそんな陰陽師の中には、特殊な技能を持つ者が、ごく稀に存在した。
式神である。
それは元々、荒ぶる鬼神である。従えるには特別な力が必要だった。
かつて、安倍晴明はその力を多分に有し、式神を自由自在に操れた。
ところが。転生を繰り返すうち、その力が大幅に削がれてしまったのだ。
転生そのものに多大な力が必要であり、度重なる転生によって力を消費するうち、使える力の最大値がどんどん減っていったものと、彼はそう考えた。
しかし、今更どうにもなるものではない。
今できるのは、現在の力を保つ事のみ。
そこで、ハルアキ少年は考えた――不老不死になれば良い。
「……発想が無茶苦茶ですね」
零は呆れ顔をするが、ハルアキは意に介さず、四本目の団子に手を伸ばす。
「そう言うな。余には可能だと思うたのじゃ」
「しかし、不老不死は歴代の帝が求めても得られなかったものですよ? 何を根拠に可能だと?」
「本じゃ」
「本?」
ハルアキは団子の串を指先で弄びながら答えた。
「――悪魔との契約書じゃ」
ハルアキ少年は、呉服問屋の跡取り息子として大切に育てられていた。
特に父親は先進的で、西洋化が著しい昨今、世界に目を向けなければ呉服業界は生き残れないと、息子に西洋の本を多く買い与えた。
その噂を聞き付けた本の行商人が、頻繁にやって来るほどの熱心さで。
その事は、ハルアキ少年にとっても都合が良かった。不老不死の方法を、海外の知識から得られないものかと考えたのだ。
そこで行商人が持ち込む本の中から、魔術に関するものを見付けては父親にねだった。
父親は、目に入れても痛くない息子の頼みと、彼に何でも買い与えた。
そして……。
「ある時、行商人が『特別に珍しい』と勧めてきた本があってな」
「ほう。どう珍しいので?」
ハルアキは最後の串団子を取ると、パクリと口に入れる。
「何が書いてあるのか分からぬ本じゃ」
「……え?」
「英語、仏語、独語、露語、アラビヤ語。ありとあらゆる言語で解読を試みたが、全く読めない未知の言語で書かれておる」
零は眉根を寄せた。
「未知の言語?」
「余はこう考えた」
最後の団子を飲み込んで、ハルアキは言った。
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