久遠の呪祓師―― 怪異探偵犬神零の大正帝都アヤカシ奇譚

山岸マロニィ

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第伍話──箪笥

【拾】真実ノ向コウ側

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 刑事の名は、佐伯さえきというらしい。歳の頃は四十手前、強面こわもてで肩幅のいかつい、殺人課のベテラン刑事である。
 そんな彼も、怪盗団を靴べら一本で退治した女傑の存在は耳にしていたらしく、桜子がその本人と分かると、途端に態度を改めた。

「刑事さんは、よくこちらに来られるんですか?」
 桜子が尋ねると、佐伯刑事は素直に答えた。
「捜査の進捗を聞かせてくれと言われているのでな」
「あのお屋敷には入った事が?」
「玄関先までだ」
 彼はそう言ってから、零に目を向け小声で呟く。
「……実を言うと、おまえの言う通り、犯人像として彼も被疑者に入れるべきだと俺は思う。だが生前、久世伯爵は内務省に影響力を持っていてな。そのご子息を疑うとは有り得ないと、上から捜査を止められてしまったのだ」

 どうやらこの刑事、捜査方針に不満を抱いているようだ。これは使えるかもしれない、と零は思った。

「しかし、外から見ただけでも分かりますよね、あの屋敷の荒れよう。内務省にまで顔の効く伯爵閣下のご子息に、手を差し伸べる方はおられないのですか?」
 零が焼き団子を佐伯刑事に差し出すが、彼は「賄賂に当たりかねない」と制した。かなり堅物なようだ。
「自分で断ったのだ。まるで世捨て人のように、人との関わりを断っている。愛する妻を亡くした心痛というのは分かるが、度を越しているように思える」
 そう言って煎茶を啜る佐伯刑事を横目に、零は焼き団子を手に取る。
「結婚されて間もないでしょう。ご心痛も無理はありません。奥様はいつお亡くなりに?」
「正式には、妻ではないようだ。久世氏の言うところによると、輿入れ目前に病死したらしい」
「病死ですか、それはまた……」

 桜子も、零の持つ皿から団子を取るとパクリと頬張る。
「嫁入り道具も買い揃えてたんでしょ? それから亡くなったとなると、どんな急病だったのかしら」
「そこまでは聞いていない」
「花嫁の身元は?」
「深川の芸者というところまでは分かったが、ああいうところは身売り同然に来た者も多い。確かな身元は得られなかった」

「という事は、正式な死亡届は出されていない、と?」

 零が念押しする。佐伯刑事は湯呑に口を付けかけて手を止めた。
「……おまえ、何を考えている?」
「いや、別に……」
 零は細い目で通りを眺めて、団子の串を弄ぶ。

 明らかに矛盾しているのだ……花嫁が死んでいるのなら、なぜ両親にその事を頑なに隠していたのか。
 しかし、お玉の行方が分からない以上、佐伯刑事の言う事が最も真相に近い気がした。
 この不合理を解明するには、慶司本人を追及するしかなさそうだが、果たしてどう接触すべきか……。

 その辺の事情を知らない佐伯刑事は、少々苛立った様子で煎茶を呷った。
「とにかく、花嫁の死は今回の事件とは関係ないだろう。久世伯爵の事件は物取りによる犯行という捜査方針は変えられないのだ」
「ところで、何が盗まれていたんですか?」
「分からん。酷い荒らされようだったのもあるが、頻繁に家財を売り払っていたために、通いの使用人でも、売ったのか盗まれたのか、判断が付かない有り様だ」
「慶司さんなら分かるのでは?」
「半年前から別居しているから、分からないそうだ」

 佐伯刑事はそう言うと、湯呑を縁台に置いて立ち上がった。
「何故おまえに捜査情報を教えねばならないのだ! ……今の話は誰にも言うなよ」
「勿論ですとも。これでお相子という事で」

 佐伯刑事の背を見送ってから、桜子は零に囁いた。
「聞けば聞くほど怪しいじゃないの。ご両親には花嫁は生きていると言って、刑事さんには死んだって言うなんて。絶対に何かあるわ。警察が役に立たないのなら、私たちが証拠を揃えて、警察に突き出してやりましょ」

 煎茶を啜りつつ、零も思った――警察に突き出すかは別としても、彼には真相を全て明らかにしなければならない事情がある。彼の主の「太乙」が、怪異の影のあるこの事件を、見過ごす事を許さない。

 あの箪笥の向こう側――そこに、全ての謎を解く鍵が隠されているのだろう。


 ◇


 桜子を下宿に送り、事務所に戻った夕方。
 応接のテーブルで、ハルアキは何やらやっていた。
 手元を覗き込んだ零はだが、彼がやっている事を見て呆れた。
「鉛筆占いですか?」
 要するに、紙の真ん中に鉛筆を立て、倒れた方向を見ているのだ。だが、そんな子供騙しをやっているハルアキは真剣そのものだ。
「何度倒しても、同じ向きに倒れるのじゃ」
「…………?」

 彼が鉛筆を立てているのは、慶司の屋敷の間取り図。
 ハルアキは、玄関に当たる場所に垂直に鉛筆を立てて指を離す。すると廊下の突き当たりの奥座敷に向かって倒れた。

 そこにあるのは、あの箪笥である。

「もしや、あの箪笥は人目を誘う囮で、他に隠し場所があるのかと思うたのじゃが、そうではないらしい」
「やはり、そこに何かが隠されている、と……」

 零は昼間、聞き込みの最中に浮かんだ考えをハルアキに伝えた。
「あの箪笥が、隠し部屋への入口……」
「そうすると、ハルアキの占いの結果とも矛盾しませんね」

 零はハルアキの向かいに座り腕を組む。ハルアキは間取り図を睨んでいたが、ふと顔を上げた。
「あの部屋だけ、畳が新しかった。壁の具合も、どうも他の部屋と違う」
「つまり……」
「あの部屋は、かつて台所であった場所であろう」

 零は眉を寄せる。
「台所の床下にあるもの……」
「光の届かぬ地下……を隠すには好都合じゃろうて」

 零はゾクッと肩を震わせる。
 考えてはいたのだ……お玉の失踪、慶司の行動、人形師、そして久世伯爵一家の殺害……。それらを繋ぎ合わせると、導き出されるひとつの仮説を。
 しかし、それは荒唐無稽で、余りにも異常だった。だがもし、あの屋敷に隠し部屋があれば、それは紛れもない真実となる。

 零は窓辺の花嫁人形に目を向ける。
 生々しいまでの肌艶をした生き人形は、艶やかな花嫁衣装に似合わない、悲しげな表情をしていた。
 その潤んだ目から、涙が溢れ落ちるのではないか……そう錯覚するほどに。

「行くしかないのでしょうね、もう一度」
 溜息混じりに零が言った。
「次こそは逃げられはせぬ……そなたの使命が待っておるからの」
 ハルアキの口調は容赦がない。怪異の根源を断つ――そこへ一歩踏み入れば、事を成し遂げぬ限り出られない。

 零はしばらく黙って考え込んでいた。そして不意に顔を上げた。
「もうひとつ、お手伝いを願えませんか?」
「何じゃ、ここから先はそなたの仕事であろう」
「はい……ですが、屋敷の主に居座っておられてはやりにくい。警察を呼ばれては厄介ですので」
 ハルアキは訝しげな目を零に向けた。
「どうする気じゃ?」
「もう一度、変化へんげをお願いできませんか?」
「警官という手はもう使えぬぞ」
「ええ、分かってます」
「誰を何に変化させれば良い?」
「私ではありません。貴方です」
「余か?」
 キョトンとするハルアキに、零は微笑んだ。
「私になってください」
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