【BL】今日も能天気な僕と逆行し続ける君

伊吹 ハナ

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プロローグ

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 体が熱い。ずっと視界がぐにゃぐにゃ。頭もボーッとしていて、何も考えられない。ただわかるのは、目の前の幼馴染──時成ときなりが険しい顔して、汗を流している。その動きに順応するように、僕の体からもブワッと汗が吹き出す。

悠生ゆうき……ごめん、ごめんな」
「ときちゃん……? どうしたの、どうしてこんなことを……?」

 意識が覚醒してくると、僕たちの行為が段々とわかってくる。……僕は、時成に抱かれていた。
 驚いてはいるけど、それよりもとにかく体が熱くて、何も考えられなくて、頭、ふわふわして。目の前の力強い腕にすがり付くしか出来ない。あ、時成。あったかい。なんだか、安心する。

「時ちゃん……ときちゃん」
「この時間、一緒にいたら大丈夫なはずだから。お前が、変な気を起こさないようにするためだから」
「んー……?」

 男が男に抱かれている。いいよって言った記憶ないし、時成がいきなり襲ってきたのかもしれない。でも、それよりも。下半身がぐずぐずで、初めてなのに気持ちよくて、頭真っ白になって怖くなって「時ちゃん」と名前を呼んだらぎゅうって抱きしめられる。

「だからもう、……な」
「うん? なんて言ったの?」
「……お前は、ずっとそのまま能天気でいろよ」

 呆れたように、汗を流しながら笑う時成。いつも一緒にいるはずの幼馴染が、カッコよく見える。彼の言ってることはさっきからよくわからないけど、この行為は暴力的でもないし、優しいし、気持ちよかったから。また、相手をしても良いかな、なんて思ったりして。

 でも行為が終わった後はやっぱ恥ずかしくなって「時ちゃんのばかっ」と押し退けて彼の家を飛び出した。「悠生」と呼び止められた気がしたけど構わず走り出した。時成がカッコよくなってて、ドキドキしてしまった。目が合わせられないや。だから今日はごめん。また明日、学校で。

 角を曲がった時、目の前に大きな黒いワゴン車があった。後部座席の扉が開いたと思ったら、数人の手がヌッと伸びてきて連れ込まれる。あ、やばい。そう思った時には車は発進していた。連絡手段のスマホは、地面に落としてしまった。

 ……その後はもう、地獄だった。時成にあれだけ大事にされた後だったから、男たちからの性暴力の酷さが丸分かりだった。「やめて」「助けて」と叫んでも数人に体を押さえつけられるばかりで、制服を脱がされて、強引に押し入って来て体を揺すられた。

 時成の家を飛び出したのは夕方だった。ボロボロの状態で車から捨てられたのは空が真っ暗になっていた。わかりやすい、ゴミ捨て場。誰も通らない。

「……はは、」

 笑える状況じゃないのに、勝手に声が漏れる。なんだこれ。なんだこの人生。ゴミ捨て場で大の字になったまま、大声で笑えば尻穴から男たちの精液が流れ出てきて、気持ち悪さに吐いた。

 時成の時は気持ち悪くなかったのに。むしろ、愛されてると思ったのに。今までの行為は、僕を陵辱するためだけのものだった。

「せめて、中出しは時ちゃんにしてもらえればよかったな」

 彼はしっかりゴムをつけていたから。あの時に強請っていればよかった。

 遠くから悠生、と声がする。時成が探しに来てくれたんだ。こんな姿、見られたくない。痛む体に鞭打って立ち上がり、声がする方向から逃げていく。人混みに紛れるように駅の方に歩いていけば、制服も髪もボロボロな僕を変な目で見ていく通行人。やだやだ。僕だって好きでこんな格好してるんじゃない。俯いて、人々の視線から逃れるように走って。悠生、と言う声が近くなる。嫌だ。会いたくない。こんな僕を知らないでいて。

 咄嗟に目の前にあった空きビルに入り込み、上へ上へと登っていく。カン、カン、と歩いていけば後ろからカンカンとテンポ良く駆け上がってくる音。追いつかれる。歯を食いしばって、とにかく屋上に出て。逃げ場は当然ない。だから。

 フェンスによじ登り、真下を眺める。

「にんげん、ちっちゃい」
「悠生ッ!」

 時成の声。ここまで、追いかけてきてくれた。怒っている声だけど、僕を見る目は怯えている。ごめん、僕汚いから。嫌だよね、ごめんね。……今すぐ、消えるから。

「なんで、回避したはずなのに。なんで、お前はまた」

 今日の時成は様子が少し可笑しい。まるで僕に何が起こったのかわかっているみたいだ。でも、もうおしまい。フェンスの外側に立つ。

「悠生。……戻って来い」

 その声は震えている。時成に抱かれた時は、あんなにふわふわしてて嬉しくて、気持ちよかったのに。今はもう、どん底だ。たった一度の性暴力で僕の運命は狂ってしまった。こんな腐った世の中、クソ喰らえだ。

「戻らない」
「……。死ぬな。頼むから、俺のそばにいろ」
「嫌だ」

 ごめん、時成。僕、君のことは大好きだよ。今日突然抱いてきたことはびっくりしたけど。それさえも霞むくらい、嫌な出来事があったんだ。

「ごめんね」

 最後に振り返って、頭からダイブする。ゆうき、と叫んでこちらに手を伸ばす時成はみるみる小さくなっていく。視界が暗くなって、目を閉じて──





「おい、悠生。もうホームルーム終わったぞ」

 ハッと目を覚ますと、教室の机にうつ伏せになって眠っていた。慌てて起き上がると、クラスメイトは皆帰ってしまったのか僕と時成しかいない。やってしまった~……てへへ、と頭を掻いていると「帰るぞ」と仏頂面で時成は言う。

「嫌なら、先に帰ってもいいのに」
「どこかのお寝坊さんが、一人で泣き喚いても迷惑なのでね」
「ひどっ! もう高校生なんだからぼっちになったところで泣かないし!」
「どうだか」

 鼻で笑う時成。嫌なやつ!
 校門を出る前。時成はやたら周りを見渡していた。首を傾げていると「ほら」と手を差し出してくる。

「なに?」
「お前、前に飛び出して車に跳ねられそうになっただろ。だから。ん」

 高校生にもなって、手を繋ぐのですか?

「……嫌ですけど」
「死んでも知らねーぞ」

 何それ。やだやだ。死にたくない。

「と、隣には、ちゃんといるから」
「約束な?」

 相変わらず仏頂面の時成の隣を歩いていく。

「何度俺はその約束を破られてんだか」
「え、なんか言った?」
「何も。……おい、バスはだめだ。電車で帰るぞ」
「え?」

 時成、昨日まではそもそも俺を置いて行ってたのに。急に構い出して変なひと。

「そんなに世話好きだったっけ」
「……どこかの誰かさんが、能天気でいられるようにしてるんだよ」
「ふぅん? ……て、それ僕のこと⁉︎」

 時成は少し笑って先を歩いていく。慌てて付いて行き隣を見上げ睨む。

「ほんっと優しくないよね!」
「いいんだよ、それで」

 何がいいのか。よくないだろう。ぷんすか怒っていれば大きな手で頭を撫でられる。

「のわっ」
「お前は、そのままでいいから」





 今日も能天気な僕と逆行し続ける君
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