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きっと、うまくいく? ③ダライ・ラマだ!
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北インド、レーというところは去年も訪れたところで、前のインド旅行記にも書いたけど、もう一度説明したい。
レーという小さな町があるラダック地方は、ネパールから続く大ヒマラヤ山脈の西の端の裏側と、カラコルム山脈との間に挟まれた地域で、平均標高は三五〇〇メートルほど、文化的にはチベット地方である。といわれても、ぼくでもよくわからないので、中国政府によるチベット民族への弾圧から逃れてきた人たちが多く住む地域と思っていただければそれでいい。それは第二次大戦後あたりのことらしい。亡命政府はここから南の方のダラムサラというところにある。
「インド人、宗教とても大事にする」
ノディはそう強く語ってくれた。宗教を持っているということがいちばん尊いことなのだ。それこそ人間の尊厳に深く関わることで、インド人は、(それが何であれ)その人が宗教を持っているということを大切にするのだと力説してくれた。それはぼくにとっての「インド人再発見」だった。やはりインド人は面白い。「宗教」と聞くと、変に身構えたり、嫌いだといってけむたがったり、どこか人間関係がぎくしゃくしてしまいがちな日本人にとって、その考えは見習いたいところだと、深く感銘したのだった(特に今という時代)。何か宗教を持って生きることは、特別なことではなく、日本人がお茶漬けを食べるように当たり前の生活習慣の一部なのだ。
さて、レーには苦い思い出がある。去年訪れた際は、一泊だけして帰るつもりが(「もったいない!」とよく言われた)、帰りの飛行機が三日続けて欠航となり、この高地に一人残されたのだ。それはもうつらいものだったのだが、でもなぜかこの地が好きになり、また来ようという思いは変わらず、一年後、こうしてまた懲りずにヒマラヤの向こうへと飛ぼうとしている。
また同じことにならないだろうか。
しかし不安よりも、またあの空気を吸いたいという思いが抑えきれなかった。ニューデリーのこてこてのインド人とは全く違う、もの静かでおだやかな物腰の彼らの顔をもう一度見たかった。また新たな何かがあるかもしれない。そうやって、ぼくはレーへと飛んだ。
レーの空港に着く直前になると、機体は山脈すれすれを飛ぶ。すると機内アナウンスで、右手をご覧ください、これはなになに山です、とか、そういう観光アナウンスが流れる、名所なのだそうだ。着く前から色々と楽しませてくれるではないか。
数分後、無事着陸したことにぼくはすでに感動していた。
機内から降り立ったとき、レーの空は真っ青な濃い色をしており、雲はひとつもない。ひやりともせず、むしっとした感じもない、ちょうどいい空気。高地であるけれど日差しが肌に優しく、透き通った空気は淡いブルーの水槽の中にいるようだ。ぼくはここの空気が好きで、またここに来たのだ。これだ。これでよかった。
そんなふうに、懐かしさと高揚感と不安と未知の感情の入り混じったぼくを、思わぬ形でここの人たちは迎えてくれた。
空港に入ると鳴り響く、チベット仏教の何やらの楽器で鳴らされる音楽。荘厳華麗なそれは、大袈裟じゃないかと思われるくらいの人数によって鳴らされていた。みんなが手をつなぎ、マニ車のようなものや、どうやって使うのかわからない法具のようなものを持ったり、手を合わせて深くお辞儀したり、これには驚いた。こんな出迎え方をしてくれるとは……。あっけにとられていると、どこかからか、
「ダライ・ラマだ!」
という声が聞こえてきた。ダライ・ラマ? まさか。ダライ・ラマがこの空港にいるのだろうか。そうか、この大袈裟な出迎えはダライ・ラマのためのものだったのか。同じ便でニューデリーからレーへとやってきたのだろうか。いやしかし、なぜぼくはダライ・ラマに興奮しているのか。単なるミーハーではないか。いかんいかん、と自らを質して、しかし気になるので、空港の職員に「ダライ・ラマが来ているの?」と聞くと、彼は笑って、
「違う違う。カルマパだ」
と答えてくれた。彼によると、カルマパとは、(ダライ・ラマを最高位とすると)チベット仏教のナンバーツーにあたる高僧で、今回弟子たちを従えてレーへとやってきたのだ。もちろんぼくは、ダライ・ラマ以外のチベット僧の顔を知らないので、誰がそのカルマパとやらかは判別できなかったけれど、ちょっとラッキー、くらいに思ったのだった。
もちろん荘厳な出迎えは彼のためのもので、ぼくたちなんかのためではない。自惚れていたぼくは予約していたホテルに着いて、ネットに繋がったところで、スマホで「カルマパ」を調べてみた。
「カルマパ」という存在はチベット僧の位の一つで、ダライ・ラマなどと同じく、先代が死ぬとその転生であるところの人物を探す旅が行われる。化身ラマ制というやつだ。つまり、残された幹部の僧たちは、その生まれ変わりを見つけるために、わずかな手がかりを頼りに世界中を旅して、幼き「カルマパ」の転生先を決定するのだという。だから「カルマパ」とは、ダライ・ラマと同じく固有名詞ではない。木村庄之助のようなものだ。今のカルマパ十七世は、本名ウゲン・ティンレー・ドルジェ、現在三十歳で、なんとぼくと同い年ではないか。在位は一九九二年からだというから、七歳のころからチベット仏教のナンバーツーとしておましておられるのである。その人生も波乱万丈なもので、興味のある方はちょちょいとインターネットで調べていただきたい。
あまりにわれわれの生活とはかけ離れた世界に触れたような気がして、ぼくのレーでの日々が始まった。
レーという小さな町があるラダック地方は、ネパールから続く大ヒマラヤ山脈の西の端の裏側と、カラコルム山脈との間に挟まれた地域で、平均標高は三五〇〇メートルほど、文化的にはチベット地方である。といわれても、ぼくでもよくわからないので、中国政府によるチベット民族への弾圧から逃れてきた人たちが多く住む地域と思っていただければそれでいい。それは第二次大戦後あたりのことらしい。亡命政府はここから南の方のダラムサラというところにある。
「インド人、宗教とても大事にする」
ノディはそう強く語ってくれた。宗教を持っているということがいちばん尊いことなのだ。それこそ人間の尊厳に深く関わることで、インド人は、(それが何であれ)その人が宗教を持っているということを大切にするのだと力説してくれた。それはぼくにとっての「インド人再発見」だった。やはりインド人は面白い。「宗教」と聞くと、変に身構えたり、嫌いだといってけむたがったり、どこか人間関係がぎくしゃくしてしまいがちな日本人にとって、その考えは見習いたいところだと、深く感銘したのだった(特に今という時代)。何か宗教を持って生きることは、特別なことではなく、日本人がお茶漬けを食べるように当たり前の生活習慣の一部なのだ。
さて、レーには苦い思い出がある。去年訪れた際は、一泊だけして帰るつもりが(「もったいない!」とよく言われた)、帰りの飛行機が三日続けて欠航となり、この高地に一人残されたのだ。それはもうつらいものだったのだが、でもなぜかこの地が好きになり、また来ようという思いは変わらず、一年後、こうしてまた懲りずにヒマラヤの向こうへと飛ぼうとしている。
また同じことにならないだろうか。
しかし不安よりも、またあの空気を吸いたいという思いが抑えきれなかった。ニューデリーのこてこてのインド人とは全く違う、もの静かでおだやかな物腰の彼らの顔をもう一度見たかった。また新たな何かがあるかもしれない。そうやって、ぼくはレーへと飛んだ。
レーの空港に着く直前になると、機体は山脈すれすれを飛ぶ。すると機内アナウンスで、右手をご覧ください、これはなになに山です、とか、そういう観光アナウンスが流れる、名所なのだそうだ。着く前から色々と楽しませてくれるではないか。
数分後、無事着陸したことにぼくはすでに感動していた。
機内から降り立ったとき、レーの空は真っ青な濃い色をしており、雲はひとつもない。ひやりともせず、むしっとした感じもない、ちょうどいい空気。高地であるけれど日差しが肌に優しく、透き通った空気は淡いブルーの水槽の中にいるようだ。ぼくはここの空気が好きで、またここに来たのだ。これだ。これでよかった。
そんなふうに、懐かしさと高揚感と不安と未知の感情の入り混じったぼくを、思わぬ形でここの人たちは迎えてくれた。
空港に入ると鳴り響く、チベット仏教の何やらの楽器で鳴らされる音楽。荘厳華麗なそれは、大袈裟じゃないかと思われるくらいの人数によって鳴らされていた。みんなが手をつなぎ、マニ車のようなものや、どうやって使うのかわからない法具のようなものを持ったり、手を合わせて深くお辞儀したり、これには驚いた。こんな出迎え方をしてくれるとは……。あっけにとられていると、どこかからか、
「ダライ・ラマだ!」
という声が聞こえてきた。ダライ・ラマ? まさか。ダライ・ラマがこの空港にいるのだろうか。そうか、この大袈裟な出迎えはダライ・ラマのためのものだったのか。同じ便でニューデリーからレーへとやってきたのだろうか。いやしかし、なぜぼくはダライ・ラマに興奮しているのか。単なるミーハーではないか。いかんいかん、と自らを質して、しかし気になるので、空港の職員に「ダライ・ラマが来ているの?」と聞くと、彼は笑って、
「違う違う。カルマパだ」
と答えてくれた。彼によると、カルマパとは、(ダライ・ラマを最高位とすると)チベット仏教のナンバーツーにあたる高僧で、今回弟子たちを従えてレーへとやってきたのだ。もちろんぼくは、ダライ・ラマ以外のチベット僧の顔を知らないので、誰がそのカルマパとやらかは判別できなかったけれど、ちょっとラッキー、くらいに思ったのだった。
もちろん荘厳な出迎えは彼のためのもので、ぼくたちなんかのためではない。自惚れていたぼくは予約していたホテルに着いて、ネットに繋がったところで、スマホで「カルマパ」を調べてみた。
「カルマパ」という存在はチベット僧の位の一つで、ダライ・ラマなどと同じく、先代が死ぬとその転生であるところの人物を探す旅が行われる。化身ラマ制というやつだ。つまり、残された幹部の僧たちは、その生まれ変わりを見つけるために、わずかな手がかりを頼りに世界中を旅して、幼き「カルマパ」の転生先を決定するのだという。だから「カルマパ」とは、ダライ・ラマと同じく固有名詞ではない。木村庄之助のようなものだ。今のカルマパ十七世は、本名ウゲン・ティンレー・ドルジェ、現在三十歳で、なんとぼくと同い年ではないか。在位は一九九二年からだというから、七歳のころからチベット仏教のナンバーツーとしておましておられるのである。その人生も波乱万丈なもので、興味のある方はちょちょいとインターネットで調べていただきたい。
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