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フェイスブックやってないは魔法の合言葉
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パンゴン湖のレストランでチキン・モモを食べているとドゥドゥが入ってきた。自分だけこの先の村まで行くから、これでお別れなのだと言う。そのときに来るべき言葉が、やはりやってきたのだった。
「フェイスブックやってる?」
そう。今となっては、初めましての挨拶代わりに交わされる恒例の言葉だ。
人が旅をする以上、人との出会いは必ずといっていいほどある。出会うべきときに出会うべき人と出会う。それが旅の意味の一部なのはいうまでもない。しかし、ある場所で出会ったものの、様々なきっかけで別れ別れになってしまった人々は数知れない。もうその人とは一生顔を合わすことはないかもしれない。考えてみれば、携帯も何もなかったころ、人同士の出会いは、そういうものだったように思う。そして、「一期一会」は過去の言葉となってしまった。一度名前さえ聞いてフェイスブックで友達登録さえしておけば、直接知ろうという意欲などなくとも、その人の日常が眼前に流れてやまないのだ。
答えをいってしまえば、ぼくはフェイスブックはやっていない。実は……と、残念がったふうにドゥドゥに伝えると、帰ってきた言葉は意外なものだった。
「本当? いいじゃん! すごくいいと思うよ!」
やってるかと聞いておいてその反応はどうかと思ったが、ドゥドゥにとってフェイスブックをやっていていいことなど特になく、付き合い上やらざるを得なかったりして、面倒臭いことが多いのだと、彼女は嘆いていた。それをやっていないあなたは正解だと、例のはきはきした口調で言ってくれて、ぼくの人間的な評価が上がったような錯覚を覚えて、妙な気分だった。今の時代、何かをやることよりもやらないことが尊ばれることだってあるのだ。フェイスブックはその一つとして、今不動の地位を築いている。そう、日本でも、「フェイスブックやってない」は今やステータスといっていいのではないだろうか。日本よりもユーザー数も格段に多い欧米では、むしろその傾向は強いのではないかと見ている。もちろん純粋に楽しむことを否定するわけではないが、なにか「反権力」のような、レジスタンス精神あふれる若者は是非「フェイスブックやってない」をスローガンとしてみてはいかがだろうか。
さて、ぼくがフェイスブックをやっていないというのは何か特別な訳があるというわけではない。実は過去の少しの間、やっていた時期があるのだが、やめたのである。あまりの生々しさがネットから溢れてくるという状態に、どこか居心地の悪さを感じた、というと大袈裟だが、日常を妙に飾り立てる人や自分に違和感を覚えたのかもしれない。そこにあるものはリアリティそのものであり、虚構を愛するぼくのような人間には向かない媒体だと思うことが多かった。あくまで好みの話だが。ドゥドゥもそんなふうに考えているのだろうか。そうは見えないけれど……。
というわけで、メールアドレスを交換するという古典的な(?)方法をとって別れることになった。
数週間後、ぼくは日本からメールを送ってみた。調子はどう? 今どこにいるの? といった具合に。すぐに返信が来た。このようなものだった。
「ハイ、ヤス(ぼくの名前)! 実は今あなたにメールを送ろうとしていたところだったの。あの後、その先の村に行ってテントを下ろして満月のパワーをもらい、そして今はダラムサラにいるってね。そしてここでダライ・ラマの教えを勉強してるんだ。さらにここの人たちと一緒に麦の収穫もしてるのよ」
と、収穫の様子が写された写真が添付されていた。それほど経っていないのに、そのチベットの濃い青の空が無性に懐かしかった。さらにカフェで頼んだカプチーノの写真(泡が盛り上がってソフトクリームみたいになっている)もあったが……。ダライ・ラマの教えというのは直接教えを乞うているのか、寺院で勉強会のようなものをしているのかは不明だが、それほどまでに彼女は仏教に興味があり、そのためにここまで行動しているのだと思ったら、やはりすごい人なのだと感心した。
いつか、本当に彼女が日本に来て、ぼくと会うようなことがあったら、またこの場に書きたいと思う。
「フェイスブックやってる?」
そう。今となっては、初めましての挨拶代わりに交わされる恒例の言葉だ。
人が旅をする以上、人との出会いは必ずといっていいほどある。出会うべきときに出会うべき人と出会う。それが旅の意味の一部なのはいうまでもない。しかし、ある場所で出会ったものの、様々なきっかけで別れ別れになってしまった人々は数知れない。もうその人とは一生顔を合わすことはないかもしれない。考えてみれば、携帯も何もなかったころ、人同士の出会いは、そういうものだったように思う。そして、「一期一会」は過去の言葉となってしまった。一度名前さえ聞いてフェイスブックで友達登録さえしておけば、直接知ろうという意欲などなくとも、その人の日常が眼前に流れてやまないのだ。
答えをいってしまえば、ぼくはフェイスブックはやっていない。実は……と、残念がったふうにドゥドゥに伝えると、帰ってきた言葉は意外なものだった。
「本当? いいじゃん! すごくいいと思うよ!」
やってるかと聞いておいてその反応はどうかと思ったが、ドゥドゥにとってフェイスブックをやっていていいことなど特になく、付き合い上やらざるを得なかったりして、面倒臭いことが多いのだと、彼女は嘆いていた。それをやっていないあなたは正解だと、例のはきはきした口調で言ってくれて、ぼくの人間的な評価が上がったような錯覚を覚えて、妙な気分だった。今の時代、何かをやることよりもやらないことが尊ばれることだってあるのだ。フェイスブックはその一つとして、今不動の地位を築いている。そう、日本でも、「フェイスブックやってない」は今やステータスといっていいのではないだろうか。日本よりもユーザー数も格段に多い欧米では、むしろその傾向は強いのではないかと見ている。もちろん純粋に楽しむことを否定するわけではないが、なにか「反権力」のような、レジスタンス精神あふれる若者は是非「フェイスブックやってない」をスローガンとしてみてはいかがだろうか。
さて、ぼくがフェイスブックをやっていないというのは何か特別な訳があるというわけではない。実は過去の少しの間、やっていた時期があるのだが、やめたのである。あまりの生々しさがネットから溢れてくるという状態に、どこか居心地の悪さを感じた、というと大袈裟だが、日常を妙に飾り立てる人や自分に違和感を覚えたのかもしれない。そこにあるものはリアリティそのものであり、虚構を愛するぼくのような人間には向かない媒体だと思うことが多かった。あくまで好みの話だが。ドゥドゥもそんなふうに考えているのだろうか。そうは見えないけれど……。
というわけで、メールアドレスを交換するという古典的な(?)方法をとって別れることになった。
数週間後、ぼくは日本からメールを送ってみた。調子はどう? 今どこにいるの? といった具合に。すぐに返信が来た。このようなものだった。
「ハイ、ヤス(ぼくの名前)! 実は今あなたにメールを送ろうとしていたところだったの。あの後、その先の村に行ってテントを下ろして満月のパワーをもらい、そして今はダラムサラにいるってね。そしてここでダライ・ラマの教えを勉強してるんだ。さらにここの人たちと一緒に麦の収穫もしてるのよ」
と、収穫の様子が写された写真が添付されていた。それほど経っていないのに、そのチベットの濃い青の空が無性に懐かしかった。さらにカフェで頼んだカプチーノの写真(泡が盛り上がってソフトクリームみたいになっている)もあったが……。ダライ・ラマの教えというのは直接教えを乞うているのか、寺院で勉強会のようなものをしているのかは不明だが、それほどまでに彼女は仏教に興味があり、そのためにここまで行動しているのだと思ったら、やはりすごい人なのだと感心した。
いつか、本当に彼女が日本に来て、ぼくと会うようなことがあったら、またこの場に書きたいと思う。
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