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きっと、うまくいく? ⑥インドで見る月は
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ラダック地方滞在四日目。
今日は朝八時にロビーに来るように言われていた。インド人にしては時間を守り、八時を少し回ったところで、昨日と同じ車種のSUVがやってきた。といっても、昨日とは違う添乗員とメンバーだ。ぼくの他は、デリーから来た親娘と、デリーよりはここから近いジャンムーというところから一人で来た、六十代くらいのおじさんの計三人。目指すはヌブラ渓谷である。ここの説明は、別項参照。
パンゴン湖への道とはほぼ逆方向に、今度は北に向かい、パキスタン国境近くまで車を走らせる。中国チベット自治区とはまた違った意味で微妙な地帯だ。ここでも三ヶ所のチェックポストを通過し、雪の残るカルドゥン・ラも越し、五時間ほどで人の気配のする地帯までやってきた。ディスキットという村である。ヌブラ渓谷を観光する者は、ここかスムルという所に一泊するのが一般的だ。
ディスキットで唯一やっていたレストランに着いたものの、ランチはすでに終了していた。皆それほどお腹は空いていなかったので、特に問題はなかったのだけれど、ぼくはここで気になっていたことをガイドに言った。
「ぼくらは別々のホテルに泊まると(レーでオーナーから)聞いてたんだけど、それでいいよね?」
と、泊まる予定のホテルの名前と電話番号を書いたメモを見せると、ガイドの目は曇った。
「そうか……。うん、まずいな」
といった感じだった。同じ目的地へのツアーの団体といいながらも、各々が別々の窓口から参加しているため、(これがインド人なのか)うまく連絡が行き渡っていなかったようだ。彼は、ぼくも他の皆と同じホテルに泊まると思っていたらしく、この後の予定を変更し、彼がその存在を初めて知ったホテル「ロイヤル・シアチェン」へと、全員で向かうことになった。
ガイドもその場所を知らないので、道々尋ねながらやっと、細い路地の先のそのホテルへと到着できた。工事途中なのか、そのままやめたのか、柱や梁が剥き出しの部分がある。ホテル・シアチェンのオーナーはぼくの名と日本人であることを聞き、おお、待っていたよ、といった感じで迎えてくれた。よかった。やはりぼくはここに泊まることで正解だった。ちなみに、オーナーといっても彼はまだ若く(三十代に見える四十代、といったふうに見える)、胸にはダライ・ラマ十四世の肖像が描かれたペンダントが下げられている。それそれを見て、
「ナイスだね」
と言うと、にったりとした笑顔を返してくれた。とても鷹揚な印象で、ここの人独特の穏やかさがある。彼は、ネパールから来たのだと言っていた。
ガイドと協議した結果、今日のところはぼくだけホテル・シアチェンに泊まっている別の客と、ある砂丘でラクダに乗ることになった。つまり、本来の同行者である彼ら(デリーの親子とジャンムーのおじさん)とは別行動となる。ガイドは、明日七時半に迎えに来る、とだけ言い残し、彼らとは一旦別れることになった。
「ラクダまではまだ少し時間があるし、部屋で休んでるといいよ」
オーナーは、その独特の笑顔で、部屋のキーを渡してくれた。ホテルの食堂で昼食を済まし、部屋に入り、宿泊の手続きを済まし、仮眠をとることにした。昨日の疲れもあってか、ぼくはすぐに眠りについた。
まとわりつくコバエがうるさいような、ちょっとだけ嫌な気分で目が覚めたと思ったら、ドアも大きな音でノックされていた。ここのオーナーは声もそうだけれど、ノックの音も大きい。ぼくは少し遅れて眠気まなこでドアを開けた。
「寝てたのか? がははは!」
彼は大きな声でまた笑った。
「もうすぐ出る時間だぞ。ロビーで待ってくれ」
そう言われたので、そのとおりロビー(というか半屋外に置かれたテーブルと数個の椅子のある空間)で待っていたのだが、全員集まるまで三十分以上かかった。
全員といっても、ぼくの他にインド人夫婦一組だけ。夫の方はエンジニアで、その話しぶりもかなり論理的で、賢そうだということが窺える。「どこから?」と聞くと、南インドのベンガルール(バンガロール)からだという。
ちなみに、なぜインドでここまでITが盛んになったかというと、IT界だけはカーストの影響を受けないかららしい。あらかじめ職業の幅が決められているカースト制度だが、ITの世界だけは、どのカーストでも参入することができ、己の能力さえあればいくらでものし上がることができるのだ。
二十分ほど車を走らせると、フンダルという砂丘に到着した。時刻はだいたい六時くらいで、もう一枚上着が欲しいくらいになっている。砂丘はそれほど広いわけではないが、砂岩質の険峻な渇いた山に囲まれていて、開けたというよりは、囲われた安全地帯といった感じがある。
ラクダに乗るアトラクションは確か十五分で百ルピーだったような気がする。悪くない値段だ。ぼくも初めてのラクダで、わりと緊張したが、それも含めて楽しかった。
しかし、乗ったはいいものの、なかなか動き出さない。見ると、ベンガルールからの夫妻の妻の方が今にも泣きそうな顔で震えているではないか。「乗りたくない。怖い」といったようなことを言っているのだろうが、その声は細く弱いので声にならない。なんとか頑張って、十五分くらい夫(名をハルシャという)が説得して、やっと動き出した。この時間もカウントされていたら、ここでラクダのアトラクションは終了しているところだった。
きっかり十五分ほど歩き、アトラクションが終わるころだった。
陽は暮れきって、薄暮といったところ、東の山の端から月がゆっくりと昇ってきた。そういえば、ドゥドゥによると今日は満月だ。
ベタなこというようだが、まさに月の砂漠である。インドはもうパキスタンに近いという砂丘地帯。渇いた山々から昇る満月は、仕事を終えたラクダたちを照らし、われわれ旅行者を照らし、風に波立つ砂の流れを照らしていた。
あまりに美しかった。
このインドで、こんな風景が見られるとは思っていなかった。五時間もかけて来た甲斐がある。この風景が、はっきりいって今回の旅のハイライトといっていいだろう。
「ハイ、ヤス」
見とれていたものだから、ハルシャの声で我に返った。
ここで思い出したことがある。確か小林秀雄の文章だったと思うが、スイス人が日本の人たちに接待を受けたときのこと。それはちょうど夜のことで、綺麗な月が空に浮かんでいた。日本人たちはそれを見て、ごく自然に月見を始めた。いやあ、良い月ですなあ、と。それを見たスイス人は、いったい何が始まったのだろうと、怪訝な表情をしたのだという。われわれにとってごく普通の行為である「月を見てうっとりする」ということが、それなりに教養のあるスイス人にとっても、鈴虫の声に風情を感じることと同じようにわけのわからない行為なのだということをその本で知った。
「日本人は月を見るのが好きなんですよ」
そう説明したが、彼は曖昧な、よく分からない表情を返しただけだった。スイス人もこんな表情だったのかもしれない。
じゃあ、ドゥドゥはどうなんだろう。日本とは反対側の南アフリカの若い女性にも、月を見るという習慣があるのだろうか。もっとも彼女は特別なのだろうとは思う。禅に興味があってインドや日本に行きたいというくらいで、かなり聡明な人だから、その辺の文化のことをわかっているのだろうか。それとも、少しスピリチュアルなものを信じているタイプだったので、その関係かもしれない。「明日は満月よ」の言葉にひっかかるものはあったが、そのことを聞いておいてもよかったかもしれない。
いずれにせよ、ぼくはその月を永遠にでも眺めていたい気持ちだった。
しかし、出発を告げるガイドの男のクラクションが鳴り、ぼくたちは、もう完全に闇に包まれたフンダル砂丘を後にしたのだった。車中、後部座席でうしろを振り返ったまま。
今日は朝八時にロビーに来るように言われていた。インド人にしては時間を守り、八時を少し回ったところで、昨日と同じ車種のSUVがやってきた。といっても、昨日とは違う添乗員とメンバーだ。ぼくの他は、デリーから来た親娘と、デリーよりはここから近いジャンムーというところから一人で来た、六十代くらいのおじさんの計三人。目指すはヌブラ渓谷である。ここの説明は、別項参照。
パンゴン湖への道とはほぼ逆方向に、今度は北に向かい、パキスタン国境近くまで車を走らせる。中国チベット自治区とはまた違った意味で微妙な地帯だ。ここでも三ヶ所のチェックポストを通過し、雪の残るカルドゥン・ラも越し、五時間ほどで人の気配のする地帯までやってきた。ディスキットという村である。ヌブラ渓谷を観光する者は、ここかスムルという所に一泊するのが一般的だ。
ディスキットで唯一やっていたレストランに着いたものの、ランチはすでに終了していた。皆それほどお腹は空いていなかったので、特に問題はなかったのだけれど、ぼくはここで気になっていたことをガイドに言った。
「ぼくらは別々のホテルに泊まると(レーでオーナーから)聞いてたんだけど、それでいいよね?」
と、泊まる予定のホテルの名前と電話番号を書いたメモを見せると、ガイドの目は曇った。
「そうか……。うん、まずいな」
といった感じだった。同じ目的地へのツアーの団体といいながらも、各々が別々の窓口から参加しているため、(これがインド人なのか)うまく連絡が行き渡っていなかったようだ。彼は、ぼくも他の皆と同じホテルに泊まると思っていたらしく、この後の予定を変更し、彼がその存在を初めて知ったホテル「ロイヤル・シアチェン」へと、全員で向かうことになった。
ガイドもその場所を知らないので、道々尋ねながらやっと、細い路地の先のそのホテルへと到着できた。工事途中なのか、そのままやめたのか、柱や梁が剥き出しの部分がある。ホテル・シアチェンのオーナーはぼくの名と日本人であることを聞き、おお、待っていたよ、といった感じで迎えてくれた。よかった。やはりぼくはここに泊まることで正解だった。ちなみに、オーナーといっても彼はまだ若く(三十代に見える四十代、といったふうに見える)、胸にはダライ・ラマ十四世の肖像が描かれたペンダントが下げられている。それそれを見て、
「ナイスだね」
と言うと、にったりとした笑顔を返してくれた。とても鷹揚な印象で、ここの人独特の穏やかさがある。彼は、ネパールから来たのだと言っていた。
ガイドと協議した結果、今日のところはぼくだけホテル・シアチェンに泊まっている別の客と、ある砂丘でラクダに乗ることになった。つまり、本来の同行者である彼ら(デリーの親子とジャンムーのおじさん)とは別行動となる。ガイドは、明日七時半に迎えに来る、とだけ言い残し、彼らとは一旦別れることになった。
「ラクダまではまだ少し時間があるし、部屋で休んでるといいよ」
オーナーは、その独特の笑顔で、部屋のキーを渡してくれた。ホテルの食堂で昼食を済まし、部屋に入り、宿泊の手続きを済まし、仮眠をとることにした。昨日の疲れもあってか、ぼくはすぐに眠りについた。
まとわりつくコバエがうるさいような、ちょっとだけ嫌な気分で目が覚めたと思ったら、ドアも大きな音でノックされていた。ここのオーナーは声もそうだけれど、ノックの音も大きい。ぼくは少し遅れて眠気まなこでドアを開けた。
「寝てたのか? がははは!」
彼は大きな声でまた笑った。
「もうすぐ出る時間だぞ。ロビーで待ってくれ」
そう言われたので、そのとおりロビー(というか半屋外に置かれたテーブルと数個の椅子のある空間)で待っていたのだが、全員集まるまで三十分以上かかった。
全員といっても、ぼくの他にインド人夫婦一組だけ。夫の方はエンジニアで、その話しぶりもかなり論理的で、賢そうだということが窺える。「どこから?」と聞くと、南インドのベンガルール(バンガロール)からだという。
ちなみに、なぜインドでここまでITが盛んになったかというと、IT界だけはカーストの影響を受けないかららしい。あらかじめ職業の幅が決められているカースト制度だが、ITの世界だけは、どのカーストでも参入することができ、己の能力さえあればいくらでものし上がることができるのだ。
二十分ほど車を走らせると、フンダルという砂丘に到着した。時刻はだいたい六時くらいで、もう一枚上着が欲しいくらいになっている。砂丘はそれほど広いわけではないが、砂岩質の険峻な渇いた山に囲まれていて、開けたというよりは、囲われた安全地帯といった感じがある。
ラクダに乗るアトラクションは確か十五分で百ルピーだったような気がする。悪くない値段だ。ぼくも初めてのラクダで、わりと緊張したが、それも含めて楽しかった。
しかし、乗ったはいいものの、なかなか動き出さない。見ると、ベンガルールからの夫妻の妻の方が今にも泣きそうな顔で震えているではないか。「乗りたくない。怖い」といったようなことを言っているのだろうが、その声は細く弱いので声にならない。なんとか頑張って、十五分くらい夫(名をハルシャという)が説得して、やっと動き出した。この時間もカウントされていたら、ここでラクダのアトラクションは終了しているところだった。
きっかり十五分ほど歩き、アトラクションが終わるころだった。
陽は暮れきって、薄暮といったところ、東の山の端から月がゆっくりと昇ってきた。そういえば、ドゥドゥによると今日は満月だ。
ベタなこというようだが、まさに月の砂漠である。インドはもうパキスタンに近いという砂丘地帯。渇いた山々から昇る満月は、仕事を終えたラクダたちを照らし、われわれ旅行者を照らし、風に波立つ砂の流れを照らしていた。
あまりに美しかった。
このインドで、こんな風景が見られるとは思っていなかった。五時間もかけて来た甲斐がある。この風景が、はっきりいって今回の旅のハイライトといっていいだろう。
「ハイ、ヤス」
見とれていたものだから、ハルシャの声で我に返った。
ここで思い出したことがある。確か小林秀雄の文章だったと思うが、スイス人が日本の人たちに接待を受けたときのこと。それはちょうど夜のことで、綺麗な月が空に浮かんでいた。日本人たちはそれを見て、ごく自然に月見を始めた。いやあ、良い月ですなあ、と。それを見たスイス人は、いったい何が始まったのだろうと、怪訝な表情をしたのだという。われわれにとってごく普通の行為である「月を見てうっとりする」ということが、それなりに教養のあるスイス人にとっても、鈴虫の声に風情を感じることと同じようにわけのわからない行為なのだということをその本で知った。
「日本人は月を見るのが好きなんですよ」
そう説明したが、彼は曖昧な、よく分からない表情を返しただけだった。スイス人もこんな表情だったのかもしれない。
じゃあ、ドゥドゥはどうなんだろう。日本とは反対側の南アフリカの若い女性にも、月を見るという習慣があるのだろうか。もっとも彼女は特別なのだろうとは思う。禅に興味があってインドや日本に行きたいというくらいで、かなり聡明な人だから、その辺の文化のことをわかっているのだろうか。それとも、少しスピリチュアルなものを信じているタイプだったので、その関係かもしれない。「明日は満月よ」の言葉にひっかかるものはあったが、そのことを聞いておいてもよかったかもしれない。
いずれにせよ、ぼくはその月を永遠にでも眺めていたい気持ちだった。
しかし、出発を告げるガイドの男のクラクションが鳴り、ぼくたちは、もう完全に闇に包まれたフンダル砂丘を後にしたのだった。車中、後部座席でうしろを振り返ったまま。
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