イケメンマフィアの仰せのままに~断れるはずありません!

氷室ユリ

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第三章 試されるキズナ

25 新たなる一歩(1)

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 コルレオーネ邸から早々に切り上げ、帰国の途に就いたフォルディス家の一行。
 機内にて気落ちした様子のラウルに、ダンは励ましの言葉をかけ続ける。

「ラウル様、お任せください、このダンが必ずや我がフォルディス家に相応しい女性を探して参りますから!」
「…ああ」
「やはり外国人よりも自国の女性がよろしいかと」
「…そうだな」
「より強いお子を産んでいただけるよう、やはり強い女性がいいでしょうか!」
「ああ…」
「でしたら趣向を変えてアスリートなぞは?」

 ずっと生返事を繰り返していたラウルが、ふと我に返り答える。
「あまり体格の良い女は好みではない」
「存じておりますとも!ラウル様の事ならどんな事でも!ですからどうか大船に乗ったおつもりで!」

「…」
 今は先の事など考えたくない。ラウルは頬杖を付いて窓の外に広がる雲海に目をやりながら、ただ一つの事を思う。
――これでいいのだ…これでユイは幸せになる――


 そうはいえ、ラウルの落ち込みはさほど長くは続かなかった。元々、来るもの拒まず去る者追わずの精神で生きて来た男だ。割り切れさえすれば何という事はない。
――単にユイと出会う前の暮らしに戻っただけだ――

 だが一度味わってしまった幸せは、そう簡単には忘れられない。

「これまで以上に張り合いがない…何をしても、何を見ても」
 何もかもが味気ない。目に映る景色全てが色褪せて見える。あんなに好きだったワインも美味しくないし、どんな高級料理も絶景も無味乾燥に思えた。

「そんな私が、一体何のためにこんな場所に…?」
 不満げに愚痴を零す姿も様になってしまうのがこの男。

 ラウルは今、賑やかな南国リゾートのビーチに来ている。ダンの強い勧めで休暇を取っているところなのだ。
 浮かないラウルの物憂げな姿に、引き寄せられるように熱い視線を送って来る女は後を絶たない。
 注目される事に慣れ切っているラウルにとっては単なる日常だから、当然こんな事では何の感情も湧かない。

 ビーチを眺める事にもいい加減飽きたラウルは、堪り兼ねて声を張り上げる。
「ダン!」

 唐突に呼ばれて、ラウルが眺めるそのビーチで一人浮かれていたダンは、慌てて駆け付ける。
 目前にて頭を下げたダンのスキンヘッドに、強い日差しが降り注ぐ。
 眩しさを覚えたラウルは、すぐさまサングラスを装着する。

「ラウル様っ、お呼びでしょうか!」
「つまらん。何かやれ」
「あ…ええと、何をすれば?」
「私が知るものか。自分で考えろ」

 無理難題を突き付けられて悩むダン。

「…もういい。早急に帰国の準備を」
「っ!お待ちください、まだ来たばかりじゃありませんか?」
「時間のムダだ。帰ればやる事は山ほどある」
「だからこその休暇なのです!ラウル様も環境を変えてリフレッシュすべきです」

 こんな会話でさえユイの事を思い浮かべてしまう。
――…おまえがここにいたなら、全く別の時間になったのだろうな――

 本当は屋敷にも帰りたくはなかった。ユイとの婚約を解消してからは、部屋ごと替えて来客用のベッドで寝ているくらいだ。
 こんな事は未だかつてない。こんな感情を抱くのはユイが初めてだった。
 だからこそ思う。自分はもう恋はできないかもしれないと。

「気晴らしに少し、遊んで来られてはどうです?」
 ダンはチラリと周囲に目を向ける。
 女達の視線を独占しているラウルがそちらに顔を向けると、たちまち黄色い悲鳴が上がった。

「…。気が進まない」
「まあそう言わず!より取り見取りじゃないですか。何でしたら私がご一緒し…」
「お前は来るな」
 聞こえている歓喜の悲鳴が、恐怖の悲鳴になる予感がして即答するラウル。

 重い腰を上げて立ち上がり、パラソルの横に掛けてあった上着を肩に引っ掛け、サングラスを外して胸ポケットに入れる。
 こんな仕草だけでも周囲の女性を虜にしてしまう、もはや映画スターに匹敵する程の圧倒的存在感。

「より取り見取り、か…」
 強い陽射しの眩しさに目を細めながら、ラウルは辺りを見渡す。

 その目に美しいブロンドをした女の後ろ姿が映った。自分と同じ淡いブロンドだ。その柔らかそうな髪が華奢な肩に掛かっている。
 女は強めの紫外光を気にする様子で建物内に入って行く。少しだけ興味を覚えて、ラウルもそちらへ足を向けてみた。

 天井が高く吹き抜けになったそこは、開放感があって程よい明るさを保っていた。
 先程の女性を探して室内を見回すと、女は執事らしき身なりの年配の男と話していた。この事で、ある程度財力のある家の娘と判断する。

 一人になったところを見計らってさり気なく女性に近づき、適度の距離を保ちながら声をかけてみる。
「こんにちは」
 振り返った女は、驚いた様子でラウルを見た。
 予想以上に若い。透き通るように白い肌で、瞳は透き通るようなスカイブルー。ちょうど今日の濃い水色の空に似ている。

――美しい…――
 一目見てラウルは思った。

 アジア系のユイとはまた違った魅力の持ち主だ。背はユイより高く、そのせいか線がより細く見える。
 ユイは小柄で一見華奢だが、案外筋肉質な体つきをしている。だからこそあの強さが生まれるのだ。

「英語で話せますか?」
「はい。あの…私に何か…」
 女性は周囲で悲鳴を上げていた女達とは違い、ラウルが声をかけても歓喜の声を上げる事もなく、ただ静かに驚いている。
 そんなところが逆に気に入ったラウル。
――騒がしい女は正直苦手だ――

 ユイは相当賑やかな方だが、好みというものは案外曖昧である。

「とても退屈していたのです。もし良ければ、少しお話しても?」
「えっ、…私とですか?どうしましょう、聞いてみないと分かりません」
 女性はおどおどし始め、先程の執事を探している様子。
「あなたの意思でご判断くだされば。無理なら結構ですから」ラウルは優しく告げて微笑む。
 そのあまりのスマートさに、女性がポッと頬を染める。

 微笑みの裏でラウルはこう思った。
――そんな事も自分で判断できないのか?自立していない証拠だな――
 そんな小娘とどんな話をすればいいのか。選定を誤ったと後悔する。

「ええと、少しだけなら…。でしたら、座りませんか?」
「ありがとう」
 近くの椅子を勧めて来た女性に、あっさり選定ミスを撤回するラウル。勧められるままに腰を下ろした。
 斜め向かいに女性が座ると、奥からウェイターがタイミング良く現れた。

 ウェイターは女性の指示を待っている様子。こういう場合、オーダー取りは男性側に付くはずだが…とラウルは思う。

「あの、何か飲まれますか?」
「ではシャンパンを。ああ、…未成年でなければ」要望を伝えて、女性の年齢が気になった。
「はい、大丈夫です。ではそれを二つ」
「かしこまりました」
 ウェイターは二人に会釈をしていなくなった。

「顔馴染みのようだが、ここには良く来るのか?」
「はい。ここは、父の経営するホテルが手掛けるお店なんです」

――ああ、なるほど…――
 謎が解けたラウルは、瞬時に女の素性を導き出す。
「…そうすると、カールトンさん?」
「はい、エリザベス・カールトンです」
「私はラウル・フォルディスだ。ラウルと呼んでくれ」
「ラウルさんですね。どちらから?」
「ルーマニアだ」

 自己紹介を終えて少しだけ緊張がほぐれた様子の女性に、ラウルが申し出る。
「リズと呼んでも?」
「はい…っ」エリザベスは頬をピンクに染めて答えた。

「とてもいい店だ」
「私も大好きです」
「ここには誰と?」
「父と来たのですが、急に仕事が入ったと今しがた先に帰国してしまって、私もどうしようか悩んでいたのです」

――それでさっき執事と話をしていたのか――
 ラウルはこれもすぐに察する。

「私はラッキーだったな。こうしてリズを引き留められたのだから」そう言ってラウルは優しい笑みを向けた。
「私も、そう思います…」初心な瞳がラウルに向けられる。

 スムーズにシャンパンが運ばれて来て、二人の前に置かれる。先にそれを手にしてラウルが掲げる。
「では、私達の出会いに」
「はい、乾杯」
 恥ずかしそうに答え、同時にグラスに口を付けた。

 男慣れしていないエリザベスは、映画スターのようなラウルに見つめられて心臓が飛び出しそうだ。

 慌てて視線を外して質問を始める。「あのっ、ラウルさんは何のお仕事を?」
「色々だ。物流や投資、他にもいくつか」
 物流は闇取引だが、マネーロンダリングを経ての投資は正規で行なっている。
「ここへはお仕事で?」
「いや。休暇だ」
「お一人で?」
「まあ…」

 こんな会話の最中、ダンがラウルの姿を見つけ出してやって来る。
「ラウル様、こんな所にお出ででしたか。探しましたぞ…っと、これは失礼、お連れの方がいらっしゃったとは知らず」
「構わん。ダン、こちらカールトンさんだ。この店の経営者の娘だ」
「!」ダンは目を見張る。

 早速目を付けたのがとんでもない大物であった事に感服する。
――何と!さすがはラウル様、目の付け所が違う!――

「どうぞごゆっくり!」
「待てダン、用件は…」
 ラウルが問う間にダンは走り去っていた。

 それを目で追いながらエリザベスが言う。「行ってしまいましたね」
「全く…。忙しないヤツなのだ、あの男はいつも!驚かせて済まない」
「いいえ、全然!あの方といらっしゃったのですね」
「あれに休暇を勧められてね。ここのところ忙しかったもので」
「お仕事、大変そうですね」

 大変だったのは仕事だけではなかったのだが。
――そんな話をするつもりは毛頭ない――

「リズ、良ければディナーをご馳走させてほしい。もう少し話がしたい。どうかな?」
「喜んで!…嬉しいです、私、男の方と二人でお食事するのは初めてで」
「…どうか気楽に。では後ほど」
 残ったシャンパンを一気に飲み干すと、ラウルは優雅に立ち上がる。
「はい!」

 エリザベスの若さ溢れる笑顔にもう一度微笑んで、二人分の代金をテーブルに置くと、ラウルは背を向けた。

「少々若すぎたな…」
 ユイも大概若かったが、さらに若そうだ。あの初々しく無垢な言動からして、手を出せば間違いなく結婚を迫られるだろう。
――それはいいのだ、それは。フォルディス家には一刻も早く跡継ぎが欲しいのだから。だが…――

 エリザベスとラウルの恋には、幾つもの難関が立ちはだかっている。
 そして彼女はともかく、当のラウルは先の先を見越して、この時点ですでに乗り気ではなくなっていた。

 戻ったラウルは、ニヤケ顔のスキンヘッドにあからさまに嫌な顔をする。
「なぜお前が鼻の下を伸ばす?帰国はやめだ。もう少し滞在する事にした」
「分かっております。エリザベス・カールトン様、まさに深窓のご令嬢というヤツですなぁ!」
「フルネームは教えていないが?」
「調べれば一発で分かりますよ、何せあのホテル王のご息女ですから!」

 一人で盛り上がっているダンを、ラウルは冷めた目で見やる。
――この男は本当にフォルディス家の事を考えているのか?――
 ただ若い、美しいという側面だけでしか女を見ていないのが一目瞭然である。

 そんな安易な考えの、早とちりな側近の考えはこうだ。
――ラウル様が新しい恋を始められた!少しは元気になられるに違いない。それにしてもエリザベス様の何とお美しい事か…!ユイ・アサギリなぞ比にならん。ラウル様にお似合いだ!――

 そしてそれは、誰よりもラウルを想う熱き男なのだ。

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