イケメンマフィアの仰せのままに~断れるはずありません!

氷室ユリ

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第四章 受け入れられたオモイ

30 エメラルドの招き(2)

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 ユイが帰還したその夜、フォルディス邸は珍しくお祭り騒ぎとなっていた。

「皆~、思う存分楽しんで!ほらほら、グラスが空よ?注いであげる」
「おおっ、光栄です、ユイ様っ」
「え~何だよお前だけ!おっ、俺のも空に…っ、ゲホッ!」
 勢い良く飲み干そうとしてむせる者続出だ。

「騒がしい奴等だ!申し訳ございません、ラウル様」
「確かに騒がしい。…だが、ユイが楽しんでいるのならそれでいい」
 こんなパーティが屋敷で開かれる事は滅多にない。そもそもボスはお祭り騒ぎが好きではない。やる時は希望者が募って外で勝手にやるのだ。

 そんなボス公認のパーティ、初めは緊張で静まり返っていた面々だったが、ユイの楽し気な姿を見るうちに徐々に解れて行き、今ではこの状態である。

「なあ!こんな時だ、思い切ってボスに聞いてみようぜ!」
「そうしよう、そうしよう!」
 こんな声が聞こえて来て、数人がラウルの元にワインボトルを手に集まる。
「ボス!お疲れ様です!お注ぎしますっ」
「ああ。今夜は好きなだけ飲め。そしてこれからも、この家のために尽くしてくれ」
「有り難きお言葉!もちろんです!フォルディス家に幸あれ!」

 示し合わせたように別のコワモテ男が割って入る。
「という流れで一つ、伺っても?」
「何だ」
「ユイ様とはいつご結婚されるのですか?」
「…」

 質問を受けて口を閉ざしたラウルに、部下達が一斉に一歩下がる。
「申し訳ございませんっ、出すぎた質問を!」

「近いうちに」
「…へ?」まさか返事がもらえるとは思わず、部下達はポカンとしてしまう。
「何を呆けている?日取りはまだ決めていないが、近いうちだ。分かったか?」
「はい!おめでとうございます!」
「騒ぐな。まだユイには伝えていないのだ」
「…はいっ」

 そこへ、空になったビール瓶を3本も抱えてユイが戻って来た。

「何々?何の話?私も混ぜてっ!」
「ユイ、家の者達への接待はもういい。こちらへ座れ」
「は~い。で?何話してたの」
 部下達の視線がいつにも増して熱い事に気づき、ユイはラウルを見て目を瞬く。

 その様子が後遺症に苦しんでいた時期の顔と重なって、ラウルはふと思い至った。
「その表情、…。そうか、今分かった」
「何が?」
「興味津々、という意味だったのだな」

 堪り兼ねたのか、部下達が騒ぎ出す。
「ボス、ユイ様!ついにゴールイン、おめでとうございます!我々、お二人に一生付いて参ります!」
「こらお前等っ、たった今騒ぐなと言われたろうがぁ!いい加減にしろー!」
 ダンが聞きつけて部下達を止めに入るも、もう手遅れだった。

 ラウルとユイは顔を見合わせて、その後同時に笑い出していた。そして自然な流れでキスシーンへと進む。
 これを受け、たちまち指笛やら口笛が飛び交う。
 その場はさらなるお祝いムードに包まれたのだった。


 賑やかな宴の後は、静寂が強調されるもの。
 ラウルの自室に戻った二人は、今度は静かに祝杯を挙げている。

「ありがとう、ラウル。私のお願い聞いてくれて」
「パーティの事か?気にしなくていい。私も案外楽しめた。たまにはいいものだな」
「そう?そう言ってもらえると嬉しいわ」
 ユイの弾ける笑みがラウルに向けられる。

「ああ、それにしてもこのワイン、最高に美味しい!」
「ユイの好きだった銘柄だ」
「覚えててくれたなんて、もう嬉しい事尽くめ!」
 すでに相当量のアルコールを飲んでいるユイは、かなり酔っている。対するラウルはまだまだ平気だ。

「…ユイ、少し飲みすぎでは?」
「だいじょ~ぶっ、ラウルは全然足りないんじゃない?もっと酔って乱れてよ…んねっ?」そう言ってラウルにしなだれ掛かる。
 そんなユイを優しく受け止めラウルが答える。「できる事なら、一度は酔って乱れてみたいものだ」
 ほろ酔い気分は体験できたが、酔って乱れた経験はまだない。

「ん~、その澄まし顔を崩してみた~いっ」
 ラウルの顔に手を伸ばす。美しいグリーンの瞳がユイだけを映している。
「これよ、これ…。絶対にこれだけは忘れないって!こ~んなにキレイな瞳…どこにもないんだから」うっとりとラウルの瞳に見入るユイ。
「ユイ…」

 ユイが記憶を取り戻せたのは、ダンの後押しもあるが、何よりもこのエメラルドグリーンを思い出したお陰なのだ。

「こ~んなに美しいマフィアなんて罪だわっ」頬を膨らませてユイが言う。
「ん?…美しさとマフィアは関係ないと思うが」ラウルには意味が分からない。
 困惑するラウルを置き去りにして、ユイは語り続ける。
「あ~、でも表の世界に行ったらダメよ?手の届かない存在になっちゃうから」
「…は?」
「ラウルは私が独り占めするのっ!」

 一人で勝手に議論して完結し、ラウルに抱きつく。明らかな酔っ払いでもあり、これがいつものユイでもある。

 ユイの言い分が理解できなくても、今のラウルには関係ない。
「ならば私は、ユイを独り占めするまでだ」
「え~難しいかもよ~?ユイさんってば、なかなかの人気者だから!」
「望むところだな」
「うふふっ、ステキ、自信満々!そう来なくっちゃ、フォルディスサマ!」

――当然誰にも負ける気はない。ユイは新堂ではなく私を選んだのだから――

 一頻り騒いで満足したユイが、急に大人しくなった。ラウルはそれを見て自然な形で誘導する。
「ユイ、もう遅い。そろそろベッドに行こう」
「ええ…そうね」

 ずっと足を踏み入れていなかった自室の寝室。使われなくなっても、ベッドは毎日綺麗にメイクされている。
 ドアを開けたラウルの脳裏にある出来事が甦る。そこに広がる暗がりで、ユイが自分にコルトを向けたあの夜の事だ。

 先に寝室へ入りキングベッドに腰を下ろしたユイは、入って来ようとしないラウルを見て首を傾げる。
「ラウル?どうしたの?」
「…いや」
「何か心配な事でもある?」

 ユイに心を言い当てられた気がして、ラウルはふっと笑った。
「この部屋は長らく使っていなかった。色々と、おまえとの事を思い出してしまうから」
「…それは、ラウルにとっていい事だった?それとも悪い事だった?」
「もちろんいい事だ。だが一つだけ…そう確信が持てない事がある」

 未だドア横に佇むラウルを見やり、ユイは訴える。
「それは何?言って!事故の後の事なら覚えてないかもしれないけど…一緒に考えたいの!」
「ユイ…」
 動こうとしないラウルを急かすユイ。「来て、ラウル。早くこっちに来てっ」

 ようやく足を踏み入れたラウルを隣りに呼び寄せて、並んでベッドに座る。
 ユイは体をラウルの方に向け、答えを待つ。

「以前、私に良く似た従妹がいると話した事は覚えているか?」
「ええ。覚えてるわ」
「その従妹…ルアナが尋ねて来た日の夜の事だ」
 ラウルはポツリポツリと話し始める。

「時間としては…今よりもう少し後だな。目が覚めると、おまえがコルトを私に突き付けていた」
「え…っ?」
 息をのんだユイに、優しく微笑んでから続ける。
「心配するな、弾は全て抜いていた。発砲は不可能、その行為を責めているのではない」
「だけど…!」

「あの頃のおまえにとっては、悪意を向ける全ての人間が敵。きっと私が眠りの中で抱いたそれを、敏感に察知したのだろう」
「うん…」
 少しの間を置いてから、ラウルは再び話し始める。
「確信が持てないのは、その後の事だ。おまえはトリガーを引いた後、涙を流した。それが、どういう意味の涙だったのか…どうしても分からないのだ」

――あるいは、意味などないのかもしれないが…どうしてもそうは思えない――

 衝撃の事実を前に、どう答えていいのか混乱するユイ。
――私が、ラウルを?それは本当に殺そうとしたの?――
 これまで一度たりとも、ラウルの命を狙おうとした事などない。むしろ守り続けて来たのだから。

「私がラウルを敵と認識するなんてあり得ない!」
「今はそうだろうが、あの時はそうではなかったのだ」
「だって!敵と同じベッドに入るはずがない。例え自分を失っても、そういう本能は消えないはずよ?」
「そうだ。その頃のおまえは時々、殺し屋の顔をしていた」
「…あなたにコルトを向けた時も?」

 ラウルは、あの時のどこまでも無だったユイの表情を思い返す。

「そうであったなら、これほど悩んではいない。明確な殺意を向けられていたなら…」
「だからそれはあり得ないってば!」
「そうだな。ベッドを共にする事も、拒絶されてはいなかったと思う」
――単なる願望かもしれないが――
 行動に移す前には必ず確認していた。勝手な判断ではあったが、ユイの拒絶は一度も感じなかった。

「殺意も持たずに銃を向けたとすれば、理由は一つしかないわ」
「それは?」ラウルが興味深げに身を乗り出す。

「私を嫌いになってもらうためよ」
「…」
「あなたに、自由になってほしかったのかも。ラウルは優しいから、きっと私に尽くして自分の事を疎かにしてたでしょ?」

 ラウルが目を見開いてユイを見つめる。
 ほろ酔い加減のユイは、そのまま後ろに体を倒した。

「な~んてね!ねえ分かってる?今のユイさんは酔っ払いよ?まともに頭が働くと、思ってる、の…」
 そう言うや否や寝息が聞こえてきた。
「ユイ?寝たのか…」
 その寝顔をしばし眺めて、そっと髪を撫でる。
「風邪を引くぞ?」

 ふっと笑いながら、その体を抱き上げて位置を正して寝かせた。

 そして、先程ユイが言った言葉を考える。
――嫌いになってもらうため、か。考えてもいなかった――
 例えこれが酔っ払いの戯言でも構わない、ラウルは思う。

「私は信じる。あの行為はユイからの愛であったと。ならば、このベッドでの思い出は全て、いい事だったと言える」

 ラウルはそう呟いて、およそ一年ぶりにユイの隣りで穏やかな眠りに就いた。

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