この恋、腐れ縁でした。

氷室ユリ

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第二章 人生は万事、塞翁がウマ!

  イタリア出張(2)

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 依頼先の病院にて、出迎えた院長は冴えない表情で私達と視線を合わせた。

【以下カッコ内英語】

「(お越しいただきまして……恐縮です)」
「(早速状況をご説明願います。こちらは私の秘書のミス・アサギリです」
 先生の紹介で、私は会釈のみを交わす。

 その後病状の説明はあるも、やはり何も打ち明けようとしない。
 そしてこう締めくくった。
「(我々の力では、この患者の病巣を完璧に切除する事が不可能なのです……)」
「(内容を伺うにそこまで難解なオペではないはず。もしや、執拗なプレッシャーを掛けられるとか?)」彼が迷いなく確信を突く。
 この質問にビクリと肩を震わせるも、院長は口は固く閉ざしたままだ。

 まずは診察をという事になり、特別室の患者の元へ案内される。私も彼に続いて中に入る。即座に室内を見渡した。
 部屋には患者を除き四名が控えている。全てサングラス着用の黒系の服を着た男性。ジャケットの膨らみから、拳銃を所持している事が分かる。

【以下二重カッコ内伊語】

「((これはドクター。遥々お出でくださり申し訳ない))」ベッドに体を横たえている男が声を発した。病人にしては張りのある声だ。
 私は男の言葉を通訳する。
「((確実に治してくださると聞いた))」
「(確実な仕事をするために、申し上げておきたい)」
 彼の言葉を訳して男に伝える。

「((何でしょう?))」
「(無用な圧力は控えてもらいたい)」
「((はっはっは!それはどういう事だろうか?私はただ、あなたに病気を治してもらう、願いはただそれだけだが))」

 院長が後ろで震える中、私は淡々とやり取りを通訳し続けた。ベッドを囲む四名の黒服が私達に無言のプレッシャー与え続ける。
 新堂先生は動じる事もなく、横たわる患者のみに鋭い視線を向ける。

「((おいお前達、プレッシャーだそうだ!下がっていろ))」
 やがて両手を広げてため息を吐きながらこう言うと、部下達を部屋から出した。
「((そう身構えないでもらいたい。何もあなた方の命を奪おうってんじゃないんだ))」
「(ご心配なく。自分の仕事には自信を持っておりますので、そのような事態にはならないかと)」

 彼の言葉を通訳し終えると、男はチラリと私の方を見た。
「((ミス、君はどう思う?))」
「((この先生は優秀です。私は常にお仕事ぶりを見て参りました))」
「((そうかそうか!))」

 彼が患者を診察し、これまでの経緯を院長から確認する。いくつかの問診を終えると一旦部屋を出た。
 誘導されて院長室へと通される。

「(ドクター・シンドウ、あなたを巻き込んで申し訳ない……。もう誰もオペを引き受けてくれないのだ!執刀医が次々に脅されて再起不能に陥ったのでね)」院長はついに頭を抱えながら訴えた。
 その内容に首を傾げる。「(ちょっと待って。執刀医が脅された?オペする前に?)」
 手術がうまく行かなかったから制裁を加えられたのではないのか。

「(最初に執刀したドクターは、確かに力が及ばなかった。だがその後別の者が挑もうとする度に、柄の悪い奴らにオペを妨害される!そのクセ患者は何が何でも治せとあのプレッシャーだ。もう何が何だか!」

「ボスを治療させたくないって事?」日本語で呟くと、彼が応じる。
「もしくは単に、俺達医者が試されているのか」
「何のためによ」
「そんなこと俺が知るか!何にせよ……(院長、先ほども申し上げましたが、ご心配には及びませんよ)」後半英語に切り替えて、先生が言い放った。

 思案顔を中断して、私も優しく院長に微笑みかけた。いずれにしても私達はやるべき事をやるのみだ。

「(早速オペに取り掛かりましょう。院長、助手くらいはしていただけるんでしょう?)」
「(もちろんですとも!)」厄介な患者に一刻も早く出て行ってほしい、そんな気持ちが前面に表れている。
「(助かります。ユイは待合室で待機してくれ)」
「(かしこまりました)」


 こうして早々にオペが開始された。遥か遠い国からやって来たその日にオペをするなんてタフな人だ!このスピーディな展開が吉と出る事を祈るばかりだ。
 私は例の黒服四名と共に待合室で待つ事になった。少し様子を見てから、おもむろに席を立つ。当然黒服二人が後をついて来た。

 裏口に出て、ポケットから煙草を取り出し火を点ける。

「((ねえ、聞いていい?ここだけの話、あなた達はボスに助かってほしいって、本心から思ってる?))」
 ついて来た割りに何も行動に移さない男達に、こちらから質問してみた。
 男達は目を合わせ動きを止める。サングラスのせいで表情が読めない。
「((日本の煙草、味見してみない?))」もう一押しと、笑顔でパッケージを差し出す。

「((お前、俺達が怖くないのか?))」
「((別に。だって私の父親、ジャパニーズ・マフィアだったし!))」
 認めたくはないが、父朝霧義男がこう呼ばれる類の人種だったのは本当だ。
 このコメントに男達が驚いた事はサングラス越しでも分かった。
「((納得だな!一本貰うぜ))」ついに一人が応じた。
「((おい、仕事中だぞ!))」

 どうやらもう一人は堅物のようだ。私は買収を諦めて煙草を仕舞った。
「((それで質問だけど……))」

 私が切り出すと、煙草を受け取った方が話し始めた。
「((ボスに助かってほしいかって?当たり前だろ。妨害してるのは俺達じゃない!))」
「((どういう事?))」
「((とにかくウチのファミリーは面倒な事になっちまってるんだよ。今ボスに死なれたら困るんだ!))」
「((だからあなた達がここで目を光らせてるって訳ね))」
「((ああそうさ。ドクターの護衛までは手が回らない!そもそも断られる))」

「((まずはそのサングラス、外してみたら?))」そんな人達にうろつかれたくはない。
 どうやら、もう一つのグループが絡んでいるようだ。
「((つまり、病気を治して命が助かっても、また狙われるって事よね))」
「((そうなるだろうな))」

「((その敵をぶっ潰す事はできないの?))」
 この格好でこんな言葉は使いたくなかったが、つい熱が入ってしまう。
「((言うねぇ、ネエサン!俺達もそうしたいのは山々だが、そうも行かないんだ))」

 その後の説明によれば、相手は縁も所縁もない連中ではなく同じ血筋の、まさにファミリーなのだとか。
「血縁者同士で殺し合いなんて、まるで戦国時代ね……」
 簡単に部外者が介入できる話ではなさそうだ。これは厄介な事に巻き込まれた!
 新堂先生は何というだろう?

 そんな事を考えていた矢先の事だ。また別のサングラスの一団が現れた。一人が私の肩に手を触れる。投げ飛ばしたいところだが、ここは我慢と口を開く。

「((どちら様?私に何か))」
「((お前、日本から来たドクターの連れだな?人質になってもらう。来い!))」
「((何ですって?))」
 別の一人が私の背中に拳銃を突きつけた。
「((今のところ殺す予定はない。大人しくついて来い!))」

 私が慌てもせずに煙草の火の始末をするところを見て、さらに騒ぎ出す。

「((時間がないんだよ!そんなのはいいから早く来るんだ!))」
 肩に掛けられていた手に力が入り、体勢を崩される。
「((ちょっと!痛いじゃない、離してよ))」
 それを振り払うと、さらに銃口が強く押し付けられた。
「((立場を分かってねえようだな、女!))」

「……どっちがよ?私にこんな事して、ただで済むと思わないでね?」あえて日本語で言う。

 まずはヒールの踵で男の足を踏んだ。怯んだ隙に、振り向きざま銃口を上に持ち上げ、手首を捻って拳銃を落とさせる。
 そして最後に、男のみぞおちに膝蹴りを一発お見舞いする。

「((なっ?!何者だ、この女!))」

 その場にいる全員が同じ事を思っただろう。先ほどまで語り合っていた男達も!何せ彼等は微動だにせず事を見守っているばかりだ。
 同じファミリー同士は殴り合いもできないのか。女性が襲われているというのに!

 すぐに二人目が襲って来る。落ちている拳銃を蹴飛ばしてから、この男を豪快に投げ飛ばした。そして三人目、四人目と順調に倒して行く。
 息つく間もなく、裏口からさらに二人現れた。状況を察し、二人が同時に私に銃口を向ける。

「仕方ないな……、緊急事態よね?先生!」
 私は内ポケットからコルトを抜く。相手の銃弾を避けながら、続けざまに二発撃ち放った。弾は当然ターゲットに命中。
「((安心して。急所は狙ってないから))殺すと後々面倒なので?」チロリと舌を出す。

 こうして見渡せば、病院裏口のしがない休憩所に、ガラの悪い男達がゴロゴロと転がるおかしな光景が広がっていた。

「((おやおや。随分と賑やかだね))」
 不意にテノール歌手のような美声が背後から響いた。

 振り返ると、年の頃は七十代の白髪で恰幅の良い男性が覗いていた。屋内から現れたはずなのに、この人もサングラスを着用している。さては……。
 そう思った時、先に私とここにやって来た男達が反応した。
「((大ボス!!))」慌ててかしこまる二人。
 やっぱりこの人もマフィアか。それにしても大ボスとは、どうやら凄い人のようだ。

 男性は周辺を見渡した後、私に視線を戻した。

「ボン、ジョルノ、セニョール……」こんな光景を見られても挨拶は大事だ。
「((お嬢さんが絡まれていると思ったんだが……違ったみたいだ))」
「((あの!私は別に……))」実際絡まれていたのに、この状況では説得力がない。
 男性はまじまじと私を見下ろしている。
「((あの、……))」警察です、といういつもの手は使えない。何しろ今私は新堂先生の秘書なのだから!

「((君は日本人か?……似ている、私の妻に))」
「((奥様、日本人なんですか?))」それで日本人に興味があったのか。見つめられていたのがそんな理由ならば良かった。
「((それはそうと……))」男性は私から目を離して振り返る。

「((一体何を揉めていた?こんな場所で!))」
 突如変化した声色に、さすがは大ボスと呼ばれるだけの事はあると妙に納得する。
 この質問には、当然例の彼等が答えてくれた。私はしばらく傍観者となる。

 話を一通り聞いた後、大ボスは再び私の方を見た。

「((この度はうちの家族が、あなた方に迷惑をおかけしたようで、大変申し訳なかった。私の目の行き届かないところで、こんな諍いが起きていたとは……))」
「((あの!私よりも、こちらの病院の院長先生に言ってあげてください))」

 しばしの沈黙の後、男性は柔らかい笑みを浮かべて頷いた。そして最後に私の左手を取り、そっと口づけを落として行った。

「きゃっ、素敵!」
 そのあまりにダンディでスマートな仕草に、思わずときめいてしまった。
 その直後、聞き慣れた声が後ろからかかってドキッとする。
「ユイ!やっと見つけた。待合室で待ってろって言ったよな?」
 彼の姿を確認して息を吐く。「驚かさないでよ……。新堂先生、もう終わったの?」
「ああ。で……これは一体、どういう状況だ?」彼が首を傾げながら転がったままの男達を眺める。

 そして私に視線を戻して腰を屈め、鼻を近づけてくる。
「火薬の臭いがするのは気のせいか……」
「あらタバコよ。さっき一服してたの」私はにっこり微笑んで答えた。
 軽く首を左右に振ると、今度は私の頭に触れる。
「髪、えらい乱れてるぞ?どう見てもおまえが暴れたとしか思えないが」

 どんなに明白でも、自分から私が打ちのめしたとは、あえて言わないでおく。

 彼の手を丁重に取り払って一歩下がり、秘書業務を再開する。
「ドクター新堂、ご報告いたします。今回の件は先ほど解決いたしました。あなたがオペを失敗していなければの話ですが」
「失敗だと?誰に言っている」先生が凄む。マフィアに負けず劣らずの威圧感で!

 私は乱れた髪を解き、頭を軽く振って髪をなびかせた。
「ああそれにしても!さっきのオジサマ、素敵だったなぁ……。名前くらい聞いておくんだった!」
「おいユイ、俺が失敗したと思うのか?答えろ!それと何だ?さっきの叔父様って。親戚でもいたのか?」

 答えもせずに一人上機嫌の私に、彼が何度も問いかけていた。


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