この恋、腐れ縁でした。

氷室ユリ

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第四章 不屈の精神を養え

  余韻(2)

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 この日の夕食後、憩いのひと時に新堂さんが聞いてきた。
「なあユイ。今週末の休みはどうなってる?」

「今週って巷では三連休だったよね。偶然三日間とも休みなの」祝日に休める事は滅多にないのだが。
「ちょうど良かった、たまには旅行しないか」
「旅行って、あなた体調は平気なの?」
「ここのところ調子いいよ。依頼で北茨城に行く事になった。紅葉が見頃だろ?」
 今年は季節が早めに流れているようで、通常よりも早く色づいているらしい。

「北茨城って言うと、袋田の滝とか?」
「そうだ。良かったら行かないか」
「いいわね、賛成!なら、私が運転するわ」
「悪いな」彼はあっさり受け入れた。
 まだ追突事故の余韻が残っているのか……いや、気のせいだろう!


 こうして週末、久しぶりの小旅行を楽しむ事になった。

「いいお天気で良かった!」
「さっさと仕事を終わらせて来るから。待っててくれ」
「了解。でも、手を抜いたりしちゃダメよ?」
「そんな事するかよ!」
 あははっ!と運転席で笑うと、彼があっさりドアを閉めて依頼人の元へと消えた。

「元気になったみたいで良かった!」

 病院の敷地内の所定の場所に車を停めて、私も外に出る。
「長閑な所ね~。ここでも十分紅葉が楽しめそうだわ」
 病院の目前には山が聳え、すでに木々が色づいている。連休とはいえ、観光地でもないこの辺りは人通りも少なく静かだ。

「この場に似つかわしくないのは、この車、かしら?」黒光りする高級外車!

 軽くため息をついて横の軽トラックと見比べていると、後ろの畑から初老の男性が声をかけてきた。
「おや~、高そうな車だねぇ。お嬢さんのかい?」
「あ……いえっ、主人の、ですが」言い慣れない言葉に手こずりながらも、とっさにそう答える。
「そうかい。湘南?から来たの、わざわざ?」ナンバープレートを見て尋ねてくる。

「ええ。彼の仕事で」
「それは遥々、ご苦労さんです」
「ここは、静かな所ですね」
「そう思うかね!どっこい、山に入れば野生の動物がいっぱいおるよ!」
「動物?」
「イノシシ、鹿にタヌキ。イタチに……」

 思わず動物園を想像する。動物好きの私の目はきっと輝いていた事だろう。

「ジイさんや!何遊んでるんだい。畑ほったらかして!」
「おお……こりゃこりゃ、バアさんに見つかっちまったぁ」
「あら、あちらが奥さん?」
 苦笑いで頷いて頭を掻く男性。

「ベッピンさん見ると、すぐにこうなんだから!すいませんねぇ、何か悪い事言いませんでした?」柔らかな笑みを浮かべた年配の女性が現れた。
「いえ、全然。この辺の事、色々教えてもらってたんです」
「旦那さんの仕事で、湘南からいらしたんだと」
「そんなに遠くから、わざわざここの病院に?」と不思議そうに女性が聞いてくる。

 患者として来ていると思ったらしい。「ああ。彼、ドクターなんです」と補足する。
「いやあ~、なるほど納得。それでそんな高級車にねぇ~!いや、羨ましい」
「ジイさん!恥かしい事……。やめてくださいよ」

 こんな愉快な会話の最中、山の方から銃声が響いて緊張感が走る。
 反射的に振り返ったのは私だけだ。

「地元の猟友会のメンバーだな、今のは」
「イノシシ狩り?」あの音は短銃ではないとは思ったが、そういう事か。
「毎年、メンバーが減って行っててね。獣が増える一方だよ。下手したらウチの畑も食い荒らされるぞ」
 そんなニュースを耳にした事がある。その対策として、狩猟税を減税する動きがあるようだ。

「そうなの……大変!じゃ、私がやろうかしら」腕が鳴る!
「おや!お嬢さんが?勇ましいねぇ、是非ブーム作ってよ、ほら、何とか女子って?」
「ふふっ、それいいかも!」
 バアさんが呆れる中、私はジイさんと盛り上がる。

 そこへ新堂さんが戻って来た。
「ユイ、お待たせ。ん……そちらは?」

「ああ新堂さん、お疲れ様。たまたまここで知り合ったの。色々教えてもらってた」
 彼が二人に挨拶すると、これはお医者の旦那さん!と深々と頭を下げる老夫婦。
「それは彼女がお世話になりました」
 爽やかな笑みを浮かべて返す彼を見て、バアさんは目を潤ませてしまう。
「こりゃまた、別格の男前だねぇ!」

 軽く咳払いをした後、「私達、これから袋田の滝を見に行こうと思うんですが」と話題をふる。
「それはいいね、ここへ来たら見なきゃ損だよ!」女性が我に返った様子で言った。
 続いて男性も「混んでると思うから、反対から回るといい」と教えてくれる。
「これはいい事を聞きました、ありがとうございます」彼が答えた。

 道順を教わり、二人に別れを告げてその場を後にした。
 目的地へと車を走らせる。

「結構待っただろ」
「どうやって時間潰そうか困ってたところに、例のご夫婦が現れて。楽しかった!お陰で時間があっという間だったわ」
「それなら良かった」周囲には暇つぶしになりそうなものが何もなかったから、と彼が苦笑いした。

 いえいえ。そうでもないかもよ?「この辺ね、動物がいっぱいなんだって!見たいな~」それを見に行くという手もあった訳だ。
「野生の動物は獰猛で危険だ。安易に手を出したらケガするぞ?」
 そんな忠告をスルーして続ける。「何でも増え過ぎて困ってるらしいわ。猟友会って知ってる?」
「ああ、有害駆除したりするんだろ」

「おじいさんにスカウトされちゃった!」
「お、おい、まさか……?」
「心配しないで、コルトの事なんて話してないから。それに、これじゃ獣は仕留められない」相棒をチラリと見せ、ニヤリと笑う。
 横からため息が聞こえた。

「ライフル撃つんなら、ちゃんと免許取ってからにしろよな!」
「それ、あなたが言うワケ~?説得力ないんだけど」
「何か文句あるのか」
 ドスの利いた声が返ってくるも、負けずに彼を視線で威圧する。
「ほらほら、よそ見するんじゃない。危ないだろ」
「フンだ!」

 こんな会話をしつつ教えられた道を走って行くと、次第に交通量が増え出した。

「見ろよ、向こうの通り!凄い渋滞だな」彼が指摘した。
「本当だ……あっちから行かなくて正解ね。おじいさん達に感謝だわ」

 反対から来たお陰で、すんなり駐車場に入る事ができた。スムーズに観光が始められてルンルンの私。駐車待ちの車列の横を、手を繋いで歩いて行く。

「まだ時間が早いのに、混んでるな」
「そうね。シーズンだから仕方ないわよ」
「眩暈がしたらすぐに言えよ?」
 こう言われたのは、人混みを歩くと眩暈が起こりやすい事を知っているからだ。
 横の彼を見上げて微笑む。
「ありがと!あなたも、体調悪くなったら言ってよね?」
「ああ」

 一応返事をした、という感じだったが、それでもいい。何だか対等になれたようで気分がいい!
 こうして滝と紅葉を堪能し終えて、旅の終着点、宿へと向かったのだった。


 宿に着いて温泉やら食事やらを楽しく済ませ、今は部屋で寛いでいる。
 まったりモードの彼をチラチラと見ては、ソワソワする私。

「ねえ。散歩して来ていい?」
「外は真っ暗だ。せっかく温泉で温まったのに冷えるぞ?どこに行くって言うんだ」
「うん、ちょっと……」
 詳細を言わない私を、彼が無言で見つめてくる。心中を探られているようだ。

 そして彼は言い当てた。
「もしや、鹿やイノシシに会いに行くって言うんじゃないよな?」
「何で!分かったのよ……っ」
 動物は夜行性。きっと今頃山は大運動会でも開かれている事だろう。ああ、見たい!
「やめておけ。おまえの銃じゃ役に立たないんだったよな?襲われたらどうする」

「襲われないもん!撃ちに行く訳じゃないもん!」
「何を根拠に……」呆れ顔だ。

 浴衣姿の新堂さんが、布団の上で胡坐をかいた足を伸ばした。

「ユイ。おいで」自分の腿を叩いて言う。
「何で」
「いいから。こっちに来い」
 仕方なく窓際の椅子から立ち上がって彼の方に歩み寄る。

 近くまで行くと、彼が私の手を引っ張って布団に押し倒した。
「きゃあっ!何するのよぉ~」
 うつ伏せに倒れ込んだ体をクルリと回転させて仰向けになった時、目の前には彼の顔が迫っていた。
「ここにいてくれ」そう言ってキスをされる。

 途端に、まるで魔法がかかった様に思考回路が停止して固まる。心地の良い眠気のようなものに包まれ、口は勝手に言っていた。
「ああ……新堂さん、私ここにいるわ」
「ありがとう、ユイ」

 こんな良い雰囲気の後に、愛する二人がする行為は決まっている。期待する私だったが、並んで仰向けになっただけでそれ以上は何もしてくる気配がない。

「新堂さん、……疲れた?どこか、具合悪い?」思わずそう尋ねてしまった。
「いいや。どこも。ただ、おまえに側にいてほしかっただけだ」彼は何事もなく私の方を向いて言った。
「そっかぁ!」
 うつ伏せになり、足をバタつかせて彼を見る。

「何だよ」
「甘えん坊の新堂さんも、いいな~と思って?」
「バ、バカ言うな!誰が甘えん坊だ、誰が!」起き上がって否定してくる。
「いいじゃない!思い切り甘えてちょうだい。ユイさんが、ちゃ~んと受け止めてあげるから……っ」そう言って彼に抱きつく。

 ふと、温かすぎる彼の体に気づき手を離す。
「新堂さんっ、熱、あるんじゃないの?体が熱いよ……」
「そうか?温泉効果でまだ保温されてるんだろ。おまえだって温かいぞ?」
「……そういう事?ならいいんだけど……」
 こうはっきりと否定されては、これ以上追及できない。実際そうかもしれないし。

 話題を変えてしまおう。
「ねえ新堂さん。旅行、誘ってくれてありがとね」
「どういたしまして」
「こんないい時期に依頼してきてくれた患者さんに感謝だね!」

 不安な点は多々あるものの、久しぶりにまったりとした休暇を楽しんだのだった。


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