この恋、腐れ縁でした。

氷室ユリ

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第六章 見えないところで誰かがきっと

56.スキだらけ

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 今私達は、紅葉を見にプチドライブに出ている。
 もう十二月に入ってしまったため、例年ならばとっくに終わってしまっているところ。間に合えば良いのだが。

「今日は渋滞が酷いなぁ」
「いいじゃない、暗くなっても。ライトアップされてるみたいだし」
 この人出を見るに、まだ諦めるのは早いかも!と期待が集まるが道の混雑は半端ではない。抜けても抜けても渋滞に遭い、トロトロ運転に逆戻りだ。

「こうなったら、片っ端から有料道路で行くか」
「任せるわ」
 いつもは使わない有料道路を選択。その道は観光を目的として作られたものでとても景色が良いのだが、何せ料金がお高い!
 金に糸目をつけない新堂和矢だからこそできる、贅沢なルート選択だ。

「久しぶりに通るな。いつ以来だ?」
「もう忘れるほど昔ね。相変わらず、こっちは車いないね!」
 テレビの撮影などでも使われるこの道。爽快に飛ばせる事でも有名だが、残念ながら現在のドライバーは私ではない。
 さすがの彼も、いつもよりもアクセルの踏み込みに躊躇いがないように感じる。

「珍しいじゃない?結構スピード出てるよ」
「おお、しまった……。つい踏み込んでいた」
「平気平気!警察いないよ、この道は。今までの遅れを取り戻せ~!それとも私、運転代わろうか?」
「大丈夫だ。追跡者も霧も、今のところは出てないからな」

 これは一本取られた。「やっだぁ~、そんな事言って?根に持ってるぅ~!」
「何の事だ?」とぼける彼なのだった。

 こんな事を言いながら楽しくドライブを続ける。その先でも渋滞が発生していたので、またしてもちょっと高めの有料道路を選択し、先へと進んだ。


「何とか日が射すうちに着いたな」
「晴れてて良かった!暖か~い」
 途中どんよりし始めて雨が降りそうな箇所もあったが、目的地は良く晴れている。日光のお陰でとても暖かい。十二月とは思えない体感温度だ。

「今年は見事に色づいたな」
「う~ん、でもこれ、ちょっと枯れかけてない?」
「確か、このもみじ祭りは今日が最終日だったよ」
「そっかぁ~。ホントにギリギリだったね」
 顔を見合わせて微笑む。とても穏やかな時間だ。

 こうして何箇所か回って夕方になる。
 昼食を摂り損ねたため、早めに食事を済ませる事にした。その後にライトアップされた紅葉を見に行こうという事になった。


「暗くなるの早くなったよね」
 食事を終えて外に出ると、まだ五時過ぎだというのにすっかり暗かった。

 祭り会場は、最終日とあって混雑している。
 車から降りてブルっと震える。日中はあんなに暑かったのにこれは予想外だ。もっと厚手の上着を持って来れば良かった。
 そんな事を思っていると、私の肩に何かが掛けられた。

「ユイ、さすがにそれじゃ薄着だろ。俺のコート着ろ」
「ははっ、やっぱり?ありがと~助かった。寒くてどうしようって思ってた」
 苦笑いしながら彼を見上げる。新堂さんはすでに自分の上着を着込んでいた。
 ……という事は、二着持っていたのか?
「さあ行こうか」促されて考えるのをやめる。「うん!」

 手を繋いで歩き出す。

 駐車場は薄暗くて、足元が覚束ない。実は今日、珍しくヒール高めの靴を履いてみた。こうするとかなり身長が高くなって、とても気分がいい。
 歩きにくさはないものの、底が厚めのせいで土を踏んでいる感覚がない。暗い場所では若干心もとない感じだ。

「……おっと電話だ。ユイ、先に行っててくれ」彼の懐からバイブの振動が聞こえた。
「了解~」
 新堂さんは立ち止まって会話を始めた。
 しばらく立ち聞きしていたのだが、仕事の込み入った話のようだったので、お言葉に甘えて一人先に進んだ。

「みんな真冬の格好してるじゃない!やっぱりもう冬なんだね……」
 年々気候が読みにくくなっている。今年はいつまでも暑くて、つい最近まで日中は二十五度近くになっていた。
 汗をかくのが嫌いな私は薄着をしたがる。だからこの時期はいつも風邪を引く!今年はまだ大丈夫だが?

「う~ん。青空の紅葉の方がキレイかなぁ」
 上を見上げてそんな事を思った時、体勢がガクリと崩れた。どうやら下に段差があったらしい。
 一帯が薄暗かったのと慣れない靴を履いていたせいで、傾いた体を保たせる術はなかった。

「きゃあっ!」
 急に倒れた私を、周りの客達が避けるようにして通り過ぎて行く。
「……。痛い。マズイな、左足挫いたかもっ……何てこと!」

「ユイ!大丈夫か。ずっと目で追ってたんだが、一瞬だけ目を離した隙にいなくなるから驚いたよ」
「新堂さん……電話は終わったの?」
「ああ終わった。問題ない。それでおまえは大丈夫か?」
 すぐに手を貸してくれる。掴まって立ち上がるも、やはり左足首に痛みが走る。

「イタ!……落ち葉で段差が見えなくて。滑っちゃった」
「痛めたか。すぐに車に戻ろう、歩けるか?」
「うん……。ゴメン、着いたばかりなのに」
「気にするな。寒いし、大して見応えもなさそうだから、どうしようかと思ってたところだ」
 この言葉は、私に気を利かせたのか本音なのか判断がつかない。彼は微笑んで私を見下ろしている。

 ああ、紅葉なんかよりも、この人のこの笑顔を見ていたい。こっちの方が何倍も美しい。こんな状況にも関わらずこんな事を思ってしまう。

「ユイ?」
「……ああゴメン、何でもない」
「歩くのが辛いなら、背負ってこうか?」
「ヤダ、いいよ!大丈夫、そこまで酷くないから」

 すれ違う客が私達をチラリと見ては素通りして行く。皆紅葉をカメラに収めるのに必死なのだ。
「あ~あ。何やってんだろ、私……」どんどん気分は落ち込む一方だ。

 彼に手を引かれ腰を支えられてゆっくり進み、ようやく車に辿り着く。後部席のドアを開けて私を乗せる。

「寒いから中で処置しよう。靴、脱いで」
「うん。車ん中あったか~い……。何だか、ごめんね新堂さん」
 自分も乗り込みドアを閉めた彼が、チラリと私の顔を見る。
「さっきから謝ってばかりだぞ?」
「だって……。せっかくのいい雰囲気がさっ……」極端に落ち込んでしまった私。

 情けなくて言葉も出ない。その辺の女子が普通にしているお洒落さえ、まともにできない自分に腹が立つ。

「そう気を落とすなよ。俺は何とも思ってない」
 私を慰めながらも患部を慎重に診てくれる。
 彼の手が私の足首を内側に曲げた時、激痛が走った。思わず身を縮めると、すぐに彼が顔を上げて私を見る。

「大丈夫、折れてはいないな。ここの筋を痛めているようだ。軽い捻挫だ。湿布を貼っておこう」
「そう……」
「何だ?物足りなそうだな。こっちもあるが?」
 そう言って鞄から取り出したのは、注射器と鎮痛薬と思われる液体の入った小瓶。
「何でそれが出てくるかなぁ?いらないから!湿布貼ってください!」

 途端に取り乱す私をおかしそうに眺めた後、彼は丁寧に湿布薬を貼ってくれた。

「それにしても足、偉い冷たいな……。寒くないか?」
「とっても寒い!足なんて感覚ないもん」
「……。どうせなら温泉にでも浸かってくか」
「捻挫って、あっためちゃダメなんじゃなかった?」
「長く浸からなければ大丈夫だよ。それに一緒に入るから、俺がちゃんと対処する」

 やはり一緒に入るのは前提なのか。嬉しいのだが今の私は素直に喜べない。何で捻挫なんて?これでは動けないじゃないか!ああ……落ち込む。


 こうして私達は、高級宿の提供する日帰り温泉で湯に浸かる事にした。
 平日の夜なので泊り客はほとんどおらず、簡単に貸し切る事ができた。

「ああ……、生き返る感じ!」
 温かい湯はこれぞ極楽といった心地で、気分もいくらか上向いた。
「気持ちいいな。俺も相当、体が冷えていたらしい」
「そうでしょ?っ、イタタ……っ」
「大丈夫か?足をこっちに伸ばせ」彼が私の向かいに移動して手を伸ばす。
 痛めた左足をそっと出すと、それを掴んでゆっくりと湯から引き上げてくれた。

「体勢、辛くないか?」
「平気。私、体柔らかいから!何ならもっと持ち上がるけど?」
「上げなくていい!俺に踵落としでも食らわせる気なら別だが」
「いやん!イジワルっ」そんな訳ないだろうが?

 それにしてもこの光景はどうにも落ち着かない。彼が私の足を持っている事が!
 女王様と家来のような、はたまた、おかしなプレイをしているとか?

「……新堂さんっ、もういいよ、離して?」
「何でだ。もう少し温まった方がいい」
「だって、こんなんじゃ、あなたがゆっくりできないでしょ?」
 居たたまれなくなって、無理やり足を引こうとした。

 ところが下で支えていた手が滑って、体勢を崩してしまう。
「おいっ!何してる……」
 私はそのまま湯の中に頭ごと沈んだ。新堂さんが慌てて足を離して、湯の中に沈んだ私の体に腕を回す。

「ぷはぁっ!ビックリしたぁ……」
「お湯の中でまで暴れるなよ!大丈夫か?」
「暴れてないもん!新堂さんが離してくれないからでしょ」
「体勢が辛くないなら、離す必要ないだろ」
「イヤなの!足を持ってもらうなんて……悪いでしょ」お母さんに怒られる!と呟く。

 卑屈になっている自分を何とかしたいけれど、どうしようもない。
 ついには彼に背を向けてしまう。

 新堂さんが私のすぐ後ろにやって来て、そっと抱きしめてくれる。
「どうした?まだ落ち込んでるのか」
「だって……。自分があまりに情けなくて!バカみたいでっ」涙が溢れる始末だ。

 不意に彼の指が後ろから私の胸の先端を摘まんだ。
 突然の感覚にビクリと反応してしまう。

「あぁ!んっ…ちょっと?っ、何してるの!」
「いいね、そのセクシーな声。もっと聞かせろ」
「ちょ、新堂さん?!何を言って……そんな気分じゃ……ああんっ」
「大好きだよ、ユイ。……たまには、隙ができたっていいじゃないか。そうでなきゃ、俺が困る」そう言うと、彼は私の肩越しに唇を奪った。

 そのまま私の体がフワリと浮いて、彼の懐に収まる。

「新堂さん……何で、困るの?」彼の体に抱かれながら、接近したその顔を見上げる。
「俺が隙だらけだから」
 ポツリと降ってきたこんなセリフに、思わず笑いが零れる。
「ふふふっ!何それっ」
「やっと笑ったな。笑っててくれないと、もっと困るぞ?」
「……ごめんなさい」

「だから謝るなって。そう思うなら、こんな事で落ち込むな。俺は今日、とても楽しかったんだから。な?」
「うん。私だって、楽しかったよ」
 彼は凄い。私のブルーな気持ちをキレイさっぱり洗い流してしまった。体の痛みだけじゃなく、いつの間にか心の傷みまで治せる主治医になった。

 彼の存在は私にとって、益々偉大でかけがえのないものになっている。
「大好きよ、新堂さん!」


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