この恋、腐れ縁でした。

氷室ユリ

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第六章 見えないところで誰かがきっと

60.最高のマリアージュ(1)

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 場所を変えて、食事会はすでに始まっている。次の会場は小洒落た邸宅風レストランだ。

 私はお色直しをして登場。ベースは黒だが、ピンクのバラのモチーフが胸元に数箇所付いていて、スカート部分にはフリルが螺旋状に施されている。
 こんな乙女系のデザインを勧めてきたのは新堂さんだ。

「皆さん、今日はどうぞ楽しんで行ってください」
 彼がゲスト達に向かって一応の挨拶をするも、場内はすでに宴会真っ盛り。

「ねえ新堂さん……誰も聞いてないみたいよ?」横に立った私が耳打ちする。
 私達の姿は全く目立っていない。それでも彼は気に留める様子もない。
「まあ、いいだろ。そのうち気づくさ。さあ、食べよう」
「そうだね!」

 私がナイフを手にした時、砂原がやって来た。すでに酔っ払っているようだ。
「おい、ユイっ!……しんど~、ユイ~っ!」
「ちょっと砂原!もうそんな状態って……ペース早くない?」さては何かあったか。
「ん?ちょっとぉ~、何衣装替えちゃってるワケ?またフリフリの……良く見れば水玉模様入ってる?らしくないじゃ~ん!」

「スゴイ、よくぞ気づいてくれました!」
 フリル部分はグレイで細かい水玉模様が入っているが、遠くからは見えない程度だ。
 気づいてもらえた事に嬉しさを覚えるも、新堂さんに文句を言う。「ほらね、だから言ったじゃない?こういうのは似合わないって!」
「そんな事ない、とてもいいと思うけど。なあ?」
 いつの間にか横にいたスタイリスト戸田に意見を求めている。
「ええ!凄くお似合いです!言っておきますが、僕はお世辞は言いませんよ?」

 こんな男二人のコメントに、砂原が両手を広げておどける。

「こんな時なんだから、真っ黒なのだけじゃなくて、そういうのも着た方がいい」彼が耳元で囁いた。
「キャ~、またまたユイったらカワゆいっ!ってダジャレ~!分かった?」
「まなみ……。あんまり騒がないで、恥かしいからっ」

 これまたいつの間にか貴島さんとまなみがいる。

「ほお……。これはまた、新堂が好きそうな衣装だな!」
「意外よね、こういうの好きなんだから?」彼の見た目からは、もっと大人っぽいデザインを好みそうだが。
 聞こえないふりを決め込む新堂さんなのだった。

「あ~あ~、ほら砂原!少し座ったら?」
 新郎新婦の前でフラついている砂原。若干注目を浴び始めたので、どうにか空いている席に座らせる。
「あ~ん、私もこーゆーの着たいわぁ!」
 まなみはその横にしゃがんで私のドレスの裾を引っ張っている。
「忙しい……っ!」

「だとさ、貴島!早くまなみに着せてやらないとな?」新堂さんがふざける。
「冗談じゃない!まだ早い!」
「あら、ソウ先生がお相手になればいいじゃない?式には呼んでよね~!」
「おい!お前らなぁ~」

 ここまでからかわれ、可哀相に貴島さんはまなみを引き摺って席に戻って行った。

「ちょっと砂原?大丈夫?」座らせたのはいいが、目まで据わり始めている……。
「ね~ね~今のだけど。父親に向かってお相手になれ?ってダメでしょ~!コメント間違ってない?」
 砂原は事情を知らないので、そう思うのは当然だ。意外とまだ冷静なようだ。
「あ~いいのいいの。あそこの家庭は複雑だから!」

「あっそ。それより!あの金髪男子さぁ、何なの?さっさと帰っちゃって!あ~ん、いい感じだったのにィ……!だけど、ど~っかで見た事あるのよね、あの男?」
 本題はこちらだったようだ。
 世界的怪盗エリック・ハントを思い出すのも、もはや時間の問題と思われる。
「さすがのエリックも、お手上げだったようね……」一人でこっそり笑う。

 それを砂原に目敏く見られていた。
「ちょっと~っ、今笑ったでしょ!何笑ってんのよ。ユイぃ?シバくよ、こらっ」
「笑ってないわよ!外行こう、外!頭冷やした方がいいみたいよ。新堂さん、ちょっと行って来るね」
「おい!新堂さん、じゃ~ないだろ!名前で呼べ、名前で!」

「そうだった……。もう、いちいちうるさいなぁ……」
 ずっと新堂さんと呼んでいた事に、今気づきました!

「あ~?何か言ったか?」
「いいえっ!カズヤさん、外に行って来ますっ!」
「あ、……ああ、ごゆっくり」
「よろしいっ!」満足顔の砂原は自らテラスの方へ歩いて行く。

 砂原を追って小走りになりながらも、後ろから響く彼の笑い声はしっかり聞こえた。
「コントやってるんじゃないんだからね?」


 行ってみれば幸いテラスには誰もいない。
 空を見上げていた砂原が、体ごとくるりと振り返って私を見た。

「あ~いい気持ち!ねえ?アンタがいつになっても合コン付き合ってくんないから、こうなったんだからね?」
「合コンって、いつの話してるのよ。それ言うなら、この間の旅行の時に掴まえられなかったのが悪いでしょ!」
 私のこんなコメントに、意表を突かれた様子で目を丸くする砂原。
「もう~……!どうせ私は、ず~っと仕事が恋人よ!」

「何なら、本気で禁断の恋、する?エリックと」
「禁断?何でよ」
「あなたならできるわ、きっと!それに、案外お似合いかもよ」
 映画が一本出来上がりそうな展開ではないか?私は無意識に笑っていたらしい。
「あ~っ!イヤらし~事考えてたでしょ、今!スケベだなぁ、ユイは!」

「バっ、バカじゃないの?そんなんじゃないし!」
 砂原を突き飛ばしながら目を泳がせると、一つ向こうのテラス窓から男性が一人出て来るのが見えた。
 砂原も同じ方を見ている。「お~っ、いい男発見!あれ誰?紹介して!」
「待って待って、彼もマズいわよね……?」それは小田さんの息子さんだった。
 つまりヤクザだ。

「んもうっ、どうにでもなれ!オッケー、来て、紹介してあげる!」
 開き直って小田ジュニアを紹介し、二人を残して室内に戻った。
「やれやれ……」

 中に入ると、背の高い同年代くらいの女性が待ち構えていた。
「ユイ!分かる?私の事」そう言って自分を指す。
 至近距離で見上げていて、すぐに思い出した。高校時代の友人多香子だ。
 学生の頃はよくこの多香子と、もう一人のノッポ知子と共に過ごした。二人とも凄く背が高くて、並ぶとさらに私のチビが際立って!それだけが悩みだった。

「多香子!超久しぶり~っ、来てくれたんだね!」
「ゴメンね、挙式には間に合わなかった。あと、知子とチエはどうしても来られないって。でも伝言預かって来たよ!」
 そしてチエ。私達は仲良し四人組だった。チエは当時冷血新堂に憧れていたのだが、お相手はやはりそういう系のお方なのだろうか……。

「そっか。残念だけど……いいよ、多香子が来てくれたんだし。お料理食べた?」
「うん、すっごく美味しいね。どれも食べた事ないような高級料理!ホントに会費いらないの?」

 今回ゲスト達からの金銭は、お祝い金も含めて一切受け付けなかった。私達には必要がないからと、これは彼の提案だ。
「問題なし!彼、超のつくお金持ちだからね?って、嫌味だよね、コレっ……」
 多香子が笑いながら否定した。

「だけど、ユイのお相手があの時の人とはねぇ……。見た時は心臓止まるかと思った」
「あの人の事、覚えてた?」多香子も何度か学校で会っている。
「何となくは。でもお医者さんだって聞いたらすぐに思い出したよ。チエ、来なくて正解かもね」

 そんな昔話でしばし盛り上がった。その後新堂さんにも会ってもらい、多香子は席に戻った。

 そして私もようやく席に着く。「ふう……。やっと食べられるわ」
「砂原さんは落ち着いたのか?かなり強烈キャラだよな、相変わらず!おまえが可愛く見えるよ」赤ワインを堪能しながら、新堂さんが言う。
「まあね。そのうちまた乗り込んで来そうだから……今のうち食べなきゃ!」

 小田さんの息子さん、ゴメン!と心の中で謝りながら、目の前の料理にかぶり付く。
「んっ!これ、美味しいじゃない!」
「そうなんだ、こっちもイケるぞ。食べてみろ」
「多香子が絶賛する訳だわ!」

 そして一通り食べ切り、ワインのボトルを片手にようやくゲストへのおもてなしを始める。

 端のテーブルから回ると、西沢兄妹が楽しそうに食事をしていた。
「巧、奈緒。ワイン飲めるだろ?」
 二人が笑顔でグラスを差し出し、そこへ新堂さんが順に注いで行く。

「いや~!この酒、高いだろ?こんなの飲んだ事ないよ!」注がれた瞬間にあっという間になくなったので、私が追加で少しだけ注いだ。
「ちょっとお兄ちゃん、飲みすぎだったら!」
「もしかして酒グセ悪かったりする?お兄さんって……」恐る恐る聞いてみる。
 また一人悪酔いする人が現れたら厄介だ。

 お兄ちゃんは酔ったらすぐに寝ちゃうのよ、と奈緒がため息をついた。
 暴れないだけマシだ、と思いながらも「ほどほどにお願いしますね?」と眼光鋭く西沢兄に言い放つ。
 すると途端にしゃんと背筋を伸ばし、「もちろん粗相はしない!」と答えてきた。

 私に頭が上がらなくなったのはいいが、怯え過ぎでは?
 私と新堂さんは顔を見合わせて笑った。

「あれ、紺野さんは?」と私が聞くと、「日帰りの予定で来たからって、あの後に帰ったよ」と新堂さんが教えてくれた。「おまえによろしくってさ」
 そうなのか、残念。お礼を言いたかったのに。

「ユイさん、それでどうだった?上手く行ったんでしょ」奈緒がこっそり聞いてくる。
 私はウインクして答えた。「バッチリ!ホントありがとね。突破口を開いてくれたのは奈緒ちゃんだよ」
「お役に立てて光栄です!二人にはたくさん恩があるから……」
 涙ぐむ奈緒に、慌ててこう伝える。「こっちこそ!これからもよろしくね!」

 いっぱい食べて行ってね!と二人に伝えて次のテーブルに移る。

「お前達!まだいたのか」
 彼の目線の先には医学部同期の斎木さんがいた。
「お~い、その言い方はないだろ?こちらの方と話が弾みましてね!」
「……。よりによって!」

 何と同じテーブルにいたのは年配の男性刑事だった。
「いや、どうも!すぐに帰るつもりだったんですがね。こちらの先生との会話が楽しくてつい長居を……っ」
 どうやら刑事もかなり酔っている模様。
「いいんですよ、楽しんでいただけて何よりです」彼が模範的回答をする。

 そんな彼に当然の突っ込み。「余裕だな!いいのか?色んな事バラすぞ!」
「好きにしろ。その方は全てご存知だ」
「何だと?」
 訳が分からないという様子の斎木さんを尻目に、新堂さんが男性刑事のグラスにワインを注ぐ。
「これはこれはっ、どうもどうも!」

「斎木、身の安全を確保すべきは、お前かもな?」
 意味深な笑みを浮かべて、さっさとそのテーブルを去って行くのだった。

「あんっ!待ってよ、しん……、じゃなくてカズヤさん!」
 二人に軽く挨拶をして、慌てて彼を追い駆けた。


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