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第六章 見えないところで誰かがきっと
最高のマリアージュ(3)
しおりを挟む楽しい宴の時間も終盤に差し掛かった頃。ちらほら帰る人達も出始め、庭の方も賑やかになっていたのだが……。
「キャ~っ!!」ゲストの一人が庭先で悲鳴を上げた。
素早く視線を向けたのは、主役の私達はもちろん、現役SPの砂原、そして年配の男性刑事だ。
「何?テロ?変質者?殺し屋?」
砂原が颯爽と庭に出るや、体勢を低くして目を凝らす。
「新堂さん、動かないで。ここにいてね!」
「あ、おいっ、ユイ!」
私は彼を残して砂原を追って庭に出る。腰元からコルトを抜いた時、振り返った砂原と目が合った。
「ユイ!あんたは来るな。ここは私達に任せて」
「そうですよ、花嫁は大人しくしていなさい」こう続けたのは男性刑事だ。
いつの間にか砂原は男性刑事と組んでいる。いつお互いの素性を明かし合ったのだろうか?
「でもっ!」
私をテラスに押し留めて、二人は悲鳴が聞こえた方へと走って行ってしまった。
彼が側までやって来る。「ここは彼らに任せよう」
「新堂さん……」横に立つ彼を見上げる。
私の左手に握られたコルトを隠すように、新堂さんが手で覆った。
門の辺りではしばらく悲鳴やら罵声が響いていたが、すぐにパトカーのサイレンが近づいて来た。
「あっという間に解決だな」
「そのようね」
ほっとする私達の前に、砂原が戻って来て報告してくれた。「ただの通りすがりの変質者だった」
「通りすがり、ね……」
「良かったな~、殺し屋じゃなくて?」砂原がそう言って私の肩を叩く。
ギョッとして目を合わせる私達を見て、ポカンとする砂原。
「何よ、どうしたの二人とも?冗談だけど!」
「そっ、そうよ!イヤな冗談だわ、砂原ったら!」
今日の昼に、私達が本物の殺し屋と会話していた事は誰も知らない。
「速やかに事態を収拾していただいて、感謝します、砂原さん」彼が礼を述べる。
「いえいえ!こういうのが私の仕事なんで。花嫁には、さすがにさせられませんし?」
「全くです」
いち早く駆けつけようとしていた私を、二人がかりで責めるつもりだ。今回ばかりは二対一で勝ち目がないと判断。
「ごもっともです……」と小さくなって答えた。
「あのデカさん、一緒にパトカーに乗って行っちゃったよ。よろしく言ってくれってさ」
「ああ、ありがとう」
「あの人、結構酔ってたみたいだけど、これから仕事するのかしら?」
こんな暢気なコメントを吐く私を砂原が引っ張る。
「何よ、砂原っ」
そして彼から距離を取ってから口を開く。
「ちょっとユイ?こんな場所でダメじゃない、拳銃抜いたら!バカなの?見つかったらどうすんのよ!」
「ゴメン……。つい癖で!あ、でも彼は平気よ。知ってるから」
「そりゃ恋人は知ってるだろ……って、え?マジ?」
「マ、ジ!当たり前じゃん。何年付き合ってると思ってるのよ」
「参りました……」珍しく砂原が大人しく負けを認めた。さらには「えっ、て事は、あの人も何かある訳?」と続ける。
疑惑の目が彼に向けられそうになり、わざと声を張り上げる。
「よっしゃ~!朝霧ユイの一本勝ちィ!」
「だ~か~ら~、新堂ユイでしょ。何度言わせるワケ?」
「……そうでした」
「何が一本勝ちだって?」新堂さんが気にして近づいて来た。
「お二人が長~い事お付き合いしてるって、惚気られたもので?」
こんな言い分から、先程の疑惑はどうやらどこかへ行ってしまったようだと分かり安堵の息を吐く。
「なかなか砂原からは一本取れないのよ?貴重な瞬間なんだから!」
何の事やらという顔で肩を竦める彼なのだった。
宴もお開きとなり、新郎新婦が店の出口でゲスト達を見送る最後のシーン。その横に陣取っているのは両親ではない。自分は護衛だと、砂原が私の横に仁王立ちしている。
そして花嫁の付き人として美容師戸田君もいるのだが、何やら砂原といい雰囲気のようだ。
またしてもトップバッターのユキが見えて、手を振って声をかける。
「今日はありがとね!」
「ユイ、またね!ブーケありがと!」
ユキはオレンジのワンピースを着ていたので、手にする黒のブーケは異様に見えた。
「またいつでも家の方に遊びにいらしてください」彼がこう声をかけたのは神崎さんだ。
「ああ!もちろん行くよ。妹の手料理、まだ食った事がないからな?」
「ドキッ!」胸に手を当ててわざと仰け反って返す。
「ユイお嬢さん、今日は楽しかったです、ありがとう」
神崎さんの後ろにいたのは小田清志さんだ。
「小田さん!ねえ新堂さん、まだ紹介してなかったよね」横で別のゲストと話していた彼を呼ぶ。
「ん?ああ、どうも。小田、さん?えっと、確かパイロットの」
「それはフジタさん!そういえばあの人は元気なの?」
「いやぁ。ウチを辞めてしまってから会ってないもので、何とも……」
「……やっぱりそっか、会いたかったんだけど」
沈んでしまった私に、小田さんは懐かしの優しい笑みを投げかけてから、新堂さんの方を見る。「ユイお嬢さんの事、どうそよろしく!」
右手を差し出してそう言った小田さんと、彼は快く握手した。「お任せを」
そこへ小田ジュニアが走って来た。
「ユイ講師!また、是非講義お願いします!自分、絶対行きますんで!」
「イヤだ、こんなとこで!やめてよ、講師だなんて。たった一度しかしてないのに」
これに小田さんが加わる。「その時は自分も是非!いやぁ、これを知ったら、キハラのヤツとても喜ぶだろうね」後半の下りは目尻を下げて言う。
いつの間にか新堂さんは私達から背を向けて、他のゲストと話している。
彼は決してこの手の話題には加わろうとしない。でも、それでいいのだ。特にキハラが絡むこの問題では。「キハラ……」小さく名を口にする。
「一体ヤツは、どこで何をしているやら。こんな大事な日にも顔を見せないなんて?ねえユイお嬢さん!」
キハラが死んだ事を知っているのは、私と新堂さんだけだ。私が手に掛けた事を知っているのは。
そこへイタリア語交じりの賑やかな声が聞こえてきた。
「ユイ!ここのお料理最高だったわ!味付け、勉強になったわ~」
「グラッツェ!」
「それは良かった。パパも、楽しんでくれた?」
義父と軽く抱き合い、しばし歓談する。
後ろから威勢の良い声が響いて、一斉に振り返る。
「おい、新堂!いいか、俺が院長になったら、今度こそ勝負だぞ?」酔っ払った斎木さんだ。
チラリと目を向けるも、新堂さんはこの人からも背を向けた。
「お~い!無視かよ?新堂っ!」
しばし斎木さんに絡まれる彼。
「先生も大変ねぇ。色々な人達を相手にしなきゃならなくて?」
「ホントホント!」
二人の様子を眺めて母と笑う。
不意に母が私に近づく。そして耳元で囁いた。「ユイ、レナートとはちゃんと話せた?やれる事はやらなきゃダメ。生きているうちしかできないんだから」
「お母さん……。うん!ありがとう」私はただそう答えた。
そこへ背の高いスリムな男性が顔を出す。
「ユイちゃん!今日はありがとう。お幸せにね」
「赤尾先輩!こちらこそ。また会いましょうね!」
「あらユイ、この方が赤尾先輩?」母が先輩を見て聞いてくる。
母の病床で散々先輩との恋バナをしていたので知っているのだ。
二人は初対面になる。
「始めまして。高校時代に、器械体操部で彼女を指導した事があります。その節は、とても仲良くさせていただきました」どこまでも爽やかな笑顔で言う。
当然母もメロメロに……。「そう、あなたが!さすが私の娘、想像通りのイイ男ねっ!」私の肩を何度も叩いてはしゃぎ出す。
「でっしょ~!このルックスなら、モデルにだってなれたよね~」
私達母娘の真っ直ぐすぎる賛辞を受け、赤面する先輩なのだった。
「和兄ちゃん!お兄ちゃんがどうしても言いたい事があるって。聞いてあげて?」
唐突に奈緒が兄を引き連れて現れた。
「何だよ、巧。……っておい、大丈夫か?」
あれから、しこたま飲んだらしい。西沢の目は焦点が合っていないように見える。
「おお!大丈夫だ、だいじょ~ぶっ!カズ!俺のカズぅ~!くそぉ、幸せにならないと許さないからな?」新堂さんの肩を抱いて大声を上げる。
「っ、やめろ!声がデカい、迷惑だろ……」慌てて西沢を隅の方に引き摺って行く彼を、静かに見守る。
「ごめんねユイさん。お兄ちゃん、酔わないと本音が言えないんだ。許してあげて」
「もちろん。今日は無礼講だから!奈緒ちゃんは楽しんでくれた?せっかくの休暇なんだから、この辺たくさん観光して行ってね」
どうにか西沢と折り合いがついたらしく、呼んであったタクシーに無事収まった二人は、宿泊先の宿へと向かった。
一息ついて店内を振り返る。「さ~、これで全員帰ったかしら?」
「もう一組いる」そう答えたのは砂原だ。
すっかり酔いは冷めたらしく、きびきびとした態度で動くその姿は、ゲストではなくもはやスタッフだ。
「お~い、済まん済まん!まなみがトイレから出て来なくてなぁ」貴島さんが困った顔で私達に訴えた。
「えっ、まなみ、どうしたの?」
「あいつ、失恋の腹いせにヤケ食いしてたから、腹を壊したんだ、きっと」
赤尾先輩が結婚していた事がそんなにショックだったのか。
「見て来るわ」と砂原が名乗り出てくれたが、それをやんわり断る。「私が行く」
砂原と貴島さんを残してレストルームに向かう。
「まなみ~、いる?」
返事はない。ここのトイレは休憩スペースも完備されており、かなり快適だ。
まなみはそこのソファに横たわって眠り込んでいた。
「もう!困った子ね」
そっと肩を揺するも、全く起きる気配はない。
しばしその寝顔を見つめた後、耳元で大きめの声を出す。
「まなみっ、こんな所で寝てると風邪引くわよ?起きなさい!」
「……う~ん、もう食べられないよ、ソウ先生……」
夢でも貴島さんと一緒にいるようだ。
「お~い、朝霧、まなみは大丈夫か?」
「貴島さん。入っていいわよ、私達以外誰もいないし」
私の声掛けに貴島さんが女子トイレに顔を出す。
二人でまなみを見下ろして苦笑した。
「おいまなみ、俺はもう抱き上げられないぞ。頼むから起きてくれよ?」
今やまなみの体格は私よりも大きく立派だ。小柄な私と違って、持ち上げるのはなかなかヘビーだ。
「大丈夫?」砂原も様子を見に来た。
「ええ。ありがと。じゃ、これで全員ね」
ようやく起きたまなみの肩を抱いて、貴島さんが彼に手を上げた。
頷いた新堂さん。「それじゃ、俺達も帰るとするか」
こうして店を出る。もうかなり遅い時間帯だ。このままタクシーで家に帰るだけなので、ドレス姿のままだ。
貴島さん達と戸田君はすでに帰った。ここには私と新堂さんと砂原だけが残っている。
「何だか、色々としてもらっちゃって。今日は遅くまで本当にありがとね、砂原。あなたの時は私が仕切ってあげるから任せて?」
「頼むよ!もしかしたら……その日も近いかもしれないから」
「え?ホント?!それってお相手は……」
「うふふっ、連絡先ゲットしちゃった。そうなの!ちょっと頑張っちゃおうかな」
「戸田良平なら、胸を張って勧められるわ。人柄は私が保証する!とても素敵な人よ。いいんじゃない?」
美容師ならば問題ない。戸田君は正真正銘の表の世界の人間だ。そしていつも私に元気をくれる。心を軽くしてくれる。
嬉しそうにニコニコしながらも、私の背中を勢い良く叩いた。
その容赦ない強さを受けて体勢を崩す。
「あっ、ゴメン!つい力が入って」
「もぉ~、今日の私は機敏に動けないって言ってるでしょ?手加減しなさいよ」
「ふ~ん。それなのに我先に不審者の元に乗り込もうとしたんだ~。何するつもりだったの?」
唐突にそんな話を持って来られて口籠もる。
「ユイ?どうかしたのか、ケンカか?」タクシーに荷物を積んでいた彼が振り向いた。
「あっ、新堂先生!違うんです、私が彼女の背中を強く叩き過ぎてしまって」
とっさに砂原がこう言ってくれた。
「ああ、そんな事か。お気になさらず!いつもは俺がやられてる。けど、やり返さなかったのは偉いな、ユイ!」
何とも嫌味なコメントが返された。
「ちょっと新堂さん?私、こ~んなバカ力で突き飛ばした事なんてないでしょ!」
こんな言い分など当然無視だ。
憤慨していると、砂原がポツリと言う。「あ~、羨ましいね。あんた本当に愛されてるよ、カレに!早く下の名前で呼んでやりな?」
「……あっ、そう、だよね」
また近いうちに会う事を約束して、砂原と別れた。
そして二人だけになった。
「じゃあ俺達も帰るぞ」
「うん」
「ユイ、体調は大丈夫か?」
「ちょっと疲れたけど、大丈夫よ。あなたは?」
「ああ。問題ない」
タクシーの後部席に乗り込み、寄り添って囁き合う。
「それにしても、ゲスト達の帰宅の足まで全部用意するなんて、至れり尽くせりね」
彼は人数分のタクシーを店まで呼びつけた。家までの代金はもちろん彼持ちで!
「来てもらったんだ、当然だろ?」
「律義な新堂さ……和矢さんらしいわ~。いくらかかると思ってるの?」皆結構遠方から来ていたと思うのだが?
「さあ。請求が来ない事には知る由もない」
「興味なさそ~。暢気なものね、億万長者さんは!」
タクシー会社から大いに礼を言われるのは確実だろう。
こうしてマイホームに帰宅して一息つく。
「あ~、疲れたけど楽しかった!ね、新堂、じゃなくて和矢さん……」
どうにもこの呼び方に慣れない。少々気恥ずかしくて小声になってしまう。
けれど気にする様子もなく彼が言った。「そうだな。おまえのサプライズには、どうなるかと思ったけどな」
「それなら、私だって……」
私にとってもサプライズが二度もあった訳で、負けてはいない。ミスター・イーグルにヘルムート。彼はヘルムートの事は知らないが。
今日一日の出来事が、次々と甦る。
「なあユイ。新婚旅行、行くだろ?」
「もちろんよ。何度も二人で旅行してるから新鮮味に欠けるけどね」
「悪いが、行き先は俺の独断で決めた」
「いいよ、どこ行きたいの?」
「函館」
この一言が、今日一番嬉しかった事かもしれない。
だってそれは、彼が母さおりさんと叔父和孝さんに会いに行く事を望んだという事なのだから!
二人の前で返事をしなかったのは、単に照れていただけだったのかも?
「うん!私も行きたい、新堂さんと函館!」
「つい最近砂原さんと行ったばかりなのに、悪いな」
「全然!あの時はあんまり落ち着いて見れなかったし……」本音が出てしまう。
「まさかそんな理由で行ってたとは思わなかったよ」
「隠してて、ごめんなさい」俯きながら謝る。
けれど彼は私の肩に手を置いて言った。「いいんだ。隠されてなかったら、力尽くで止めてただろうからな」
上目遣いで彼を見る。「やっぱり?」自己分析が良くできているようで!
「さあ、プランは明日決めよう。もう休むぞ」
「あ~でも、今夜は興奮して眠れそうにないわ!」
「疲れてるんだろ?」
「そうだけど。あるでしょ、そういう事って」
「あるか?」
私には良くある事だ。根っからのボディガード体質なのか?いつの時でも、神経が休まっていないのかもしれない。
「そんなだから金縛りに遭うんだ」
「そんな事、いつ言った?」
そう言うと一人寝室に向かう彼。
「あん!待ってよ~」急いで後を追い駆ける。
「ユイ、今夜は初夜なんだぞ。一応」
「だから?」
「もちろん、おまえの全てを俺のものにするんだ」
「何を今さら~。いつもしてるでしょ!」
彼が首を横に振った。
「今夜だけは、キハラの事も忘れてくれるか?」
いつものようにコルトを枕元に置こうとしていた私に、こんな事を言う。
しばし考えた末、コルトをサイドテーブルの引き出しに仕舞った。
「……ありがとう、ユイ」
「いいえ。でも新堂さん……じゃなかった、和矢さん。私はもうとっくの昔から、あなたしか見てないわ。嫌がっても、もう離してあげないんだからね?」
「望むところ」
笑いながらベッドに入る。いつもは離してある二台のベッドだが、今日ばかりは隙間なく並んでいるので、自由に彼の方に転がり込める。
早速温もりを求めて彼の方に体を寄せる。
「ねえ?もうどうせなら、カズ君って呼んじゃおっかなぁ」
彼がピクリと反応した。
「本気で言ってるのか?下の名前で呼ぶ事も危ういくせに?」
「ダメ?」
「別に。好きにしろ」
「あ~ん!素っ気ない!もっとこう、照れたり慌てたりしてよぉ。やっぱ、や~めた!恐れ多くてそんな呼び方はできません?新堂センセっ!」
「何でもいいから早く寝ろ!」
彼がシーツを引っ張り、私に頭から被せた。
「……きゃ!」
「何も考えられなくしてやる。きっと、すぐに眠れるだろうよ?」
「うふふっ、それこそ、望むところ!」
この愛する人と、ようやく夫婦の契りを交わす事ができた。
思えば何度も危うい事態に陥った私達。それでもこうして続いて来れたのは、並々ならぬ腐れ縁(!)のお陰だ。そしてこれからも、この縁は続いて行くのだろう。
時に笑い時に泣き、そして時に怒りケンカし合う。感情のままに接し合えるというのは、とても貴重な事だ。
共に夢の世界へと落ちて行きながら、これからも続いて行く幸せな日々を思い描いた。
ー完ー
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