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20 再認識(2)
しおりを挟む暗い夜道をひた走り、一番最初に見つけた寂れたホテルにチェックインする。
「お笑い種だな!男とこんな場所に入る羽目になるとは!」キハラが自嘲気味に言う。
ここは俗に言う、ラブホテルという施設だったからだ。
こんな深夜の田舎で泊まれる場所といったら、こういう所しかない。
「泊まれるならばどこでも構わない。俺は気にしない。あなたは来なくても良かったんですよ」
車で寝ると言っていたはずが、部屋までついて来ると言い出したのだ。
「ダメだ。こんな場所にお前達二人で行かせられるか!」
一人憤慨するキハラなのだった。
部屋に入り、早速バスタブに湯を張る。早くユイの体を温めねば。体が異様に冷えたままだ。
「何か手伝おうか」見ていたキハラが申し出る。
「では、食料を調達してきて欲しい。ユイが目覚めた時に、何か口にできるような物を」
共に暮らしていたなら、俺の知らない彼女の嗜好も把握している事だろう。
「分かった」
キハラは短く答えすぐに出て行った。
その間に服を脱がせて入浴させる。ユイはまだ眠ったままだったが、次第に赤みを帯び始める体を見てほっとした。
ユイの伸びた髪が、時の流れを象徴している。ヴァンパイアの髪は伸びる事はない。
備え付けのバスローブを着せ、ベッドに運んだ。
「んん……。キハラ……」
ユイが口にしたのは、俺ではなくキハラの名だった。何とも言えない気持ちになり、しばし硬直する。
部屋の照明が気になったのか、遮るように手を目元に当てがう。
「ユイ、分かるか?少しは落ち着いただろう」
ベッドサイドにしゃがみ込み、耳元でそっと声をかける。
ユイはゆっくりと手を退かし、ぼんやりと俺を見つめる。
「……私、夢の続きを見てるんだ。だって……新堂先生がいるんだもの」
彼女が何を言うのか興味があったので、しばし聞き役に徹する事にした。
ユイはポツリポツリと言葉を繋げる。
「……前より、カッコ良くなってるみたい。……ああそうか、夢は、美化されるのよね」
赤みが差し始めた頬に、そっと触れる。
「冷たい……。冷、たい?夢にも感触があるのかぁ」
「なあ、まだ続けるか?それ」もう黙っていられない。俺は口を挟んだ。
「…………。本当に、新堂先生なの?これは現実?」
ああ、と頷いて微笑み、ユイの額に口づける。
「また怖い目に遭わせて、申し訳なかった」
「謝るのはそこだけ?他にあるんじゃない?」強い意思を宿した瞳が訴えかけてくる。
次第に意識がはっきりしてきたようだ。
「ようやく戻ったようだ。もう大丈夫だな」
独り言のつもりで言ったのだが、ユイには納得が行かないらしい。
「何が大丈夫よ!全っ然大丈夫じゃない!今までどこに行ってたの?何も言わずに急にいなくなって!…………酷いじゃない」
「そうだな。とても、反省してるよ」
少なくとも俺が側を離れなければ、引き籠もる事も襲われる事もなかったのだから。
「怒ってるだろ?こんなヤツの事、今度こそ嫌いになったんじゃないか?」
「怒ってるよ。とっても、と~っても……っ!」
そう言いながらも、ユイの目には見る見る涙が溢れて行く。
「ユイ……?」
「反省してるって言ったけど……それは、もうどこへも行かないって事?」
彼女は目に涙を溜めたまま、食い入るように俺を見ている。
「そうしたいと思ってる……もし、こんな俺を許してくれるなら。ユイだけじゃない。キハラさんやミサコさんも、全ての人が許してくれるのなら……」
俺がやるべき事は、ここ朝霧ユイの隣りで彼女を見守る事なのではないか?何しろ、それ以外にしたい事が見つからないのだ。
だが許されるはずがない。こんな無責任な男など。
そう思った矢先、ユイが威勢良く言い放った。
「この私以外に、新堂先生に許さないなんて言える人、いると思う?」
挑戦的な目だ。前にもこんな視線を送られた事があったな。
俺は思わず笑っていた。
「ちょっと。今、笑うとこじゃないけど?」お怒り気味にユイが指摘する。
「済まん、いろいろと思い出してしまってね」
「それならキハラに聞いてみればいいわ。そういえば、キハラは?ここはどこ?」
俺はこれまでの経緯を手短に話して聞かせた。
「もうすぐキハラさんも戻ると思うよ」
「早く帰って来て!お腹空いた!」
「言うと思った」予想的中だな、買い出しを頼んで正解だった。
少ししてドアが開き、キハラがコンビニの袋をガサガサ言わせて入って来た。
「おお!ユイ、目が覚めたか。どうだ?大丈夫なのか」
「キハラ、心配かけてごめん。もう大丈夫。それより、何買って来てくれたの?見せて!」
「本当に元気になったようだ」そう言ってキハラが軽く鼻で笑う。
袋ごとユイに渡して、側の椅子に腰を降ろした。
ふいにキハラと目が合う。また手厳しいお言葉がかかるものと覚悟したが、彼の心は穏やかだ。
「新堂……先生。まだ礼を言っていなかったな。ユイを助けてくれた事、感謝する」
キハラは俺に頭を下げてきた。
「やめてください。いいんですよ、元々、私が務めを怠ったせいなんですから」
「ねえ、何?務めって」
袋から取り出したおにぎりを早速頬張りながら、ユイが聞いてくる。
「男同士の話だ。おまえには関係ない」キハラがピシャリと言い放つ。
「何よ!イジワル」
「キハラさん。改めて伺いたい。私はこれからも、彼女の側にいていいでしょうか」
ユイも食べる手を止めて注目している。
しばらくの間、室内は時が止まったようになる。
「俺の望みは、ユイが平穏に暮らす事だ。それを乱すものは、何であれ排除する」
「キハラ!新堂先生は私にとって必要な人なの!分かって……」
キハラは俺を強く睨んだまま動かない。
心を読むまでもない。自分の物を奪われる屈辱は俺にだって理解できる。そして俺は今、その屈辱をこの男に与えようとしているのだ。
「魔物の魔力で惑わされているだけじゃないと誓えるか、ユイ」俺を睨んだままユイに問いかける。
「もちろん。誓える」
ユイの即答を受けて、キハラはようやく彼女の方に目を向けた。
「その根拠は?」
「私は先生に言い返せる。魔力に掛かってたらできない事よ。違う?」
そうなのだろうか。俺にも良く分からない。だが俺が消えてもなお彼女は、俺を想っていた。それが答えではないか。ユイは魔力に掛かってはいないと。
同じ事をキハラが考えたのが分かった。降参とばかりに表情を崩す。
「お前がそこまで言うなら、信じるよ。全く男運がないよな、朝霧ユイ!」
――俺といいコイツといい、ろくな男が周りにいないじゃないか?
それは違うよ、キハラさん。あなたはとても素晴らしい、いい男だ。俺なんかとは比べ物にならないくらいに。
「それじゃ先生、晴れて私達、恋人同士って事で!……いいよね?」
「ああ。もちろん。キハラさんのお許しも出た事だし」
彼の方を見て確認を促すも、仁王立ちで腕組みをしたキハラは、相変わらずの鋭い視線を俺に突き刺したまま、口をへの字に曲げている。
どす黒い雷雲のようなものが渦巻くだけの思考が同時に流れ込む。どうやら、言葉にならない程にご立腹のようだ。
そんな張り詰めた空気を打ち壊す、ユイの一言が室内に響いた。
「顔、物凄~く怖いよ、キ・ハ・ラ!」
「……おい、ユイ……」思わずユイに声を掛けた。この状況でそれか?
だが、途端にキハラの表情が変化したのだ。そして一言だけ返って来た。
「バカ野郎」
その思考を探るも、今だ雷雲が渦巻くばかりで何も読めない。どういう意味だ?
ユイを振り返れば、満面の笑みで俺を見つめているではないか。つまり、受け入れて貰えたという事のようだ。
二人のこんなやり取りに、ほんの少しジェラシーを感じてしまった。
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