時世時節~ときよじせつ~

氷室ユリ

文字の大きさ
20 / 55

20 再認識(2)

しおりを挟む

 暗い夜道をひた走り、一番最初に見つけた寂れたホテルにチェックインする。

「お笑い種だな!男とこんな場所に入る羽目になるとは!」キハラが自嘲気味に言う。
 ここは俗に言う、ラブホテルという施設だったからだ。

 こんな深夜の田舎で泊まれる場所といったら、こういう所しかない。
「泊まれるならばどこでも構わない。俺は気にしない。あなたは来なくても良かったんですよ」
 車で寝ると言っていたはずが、部屋までついて来ると言い出したのだ。
「ダメだ。こんな場所にお前達二人で行かせられるか!」
 一人憤慨するキハラなのだった。

 部屋に入り、早速バスタブに湯を張る。早くユイの体を温めねば。体が異様に冷えたままだ。

「何か手伝おうか」見ていたキハラが申し出る。
「では、食料を調達してきて欲しい。ユイが目覚めた時に、何か口にできるような物を」
 共に暮らしていたなら、俺の知らない彼女の嗜好も把握している事だろう。
「分かった」
 キハラは短く答えすぐに出て行った。

 その間に服を脱がせて入浴させる。ユイはまだ眠ったままだったが、次第に赤みを帯び始める体を見てほっとした。
 ユイの伸びた髪が、時の流れを象徴している。ヴァンパイアの髪は伸びる事はない。

 備え付けのバスローブを着せ、ベッドに運んだ。

「んん……。キハラ……」
 ユイが口にしたのは、俺ではなくキハラの名だった。何とも言えない気持ちになり、しばし硬直する。
 部屋の照明が気になったのか、遮るように手を目元に当てがう。
「ユイ、分かるか?少しは落ち着いただろう」
 ベッドサイドにしゃがみ込み、耳元でそっと声をかける。

 ユイはゆっくりと手を退かし、ぼんやりと俺を見つめる。
「……私、夢の続きを見てるんだ。だって……新堂先生がいるんだもの」
 彼女が何を言うのか興味があったので、しばし聞き役に徹する事にした。
 ユイはポツリポツリと言葉を繋げる。
「……前より、カッコ良くなってるみたい。……ああそうか、夢は、美化されるのよね」

 赤みが差し始めた頬に、そっと触れる。
「冷たい……。冷、たい?夢にも感触があるのかぁ」

「なあ、まだ続けるか?それ」もう黙っていられない。俺は口を挟んだ。
「…………。本当に、新堂先生なの?これは現実?」
 ああ、と頷いて微笑み、ユイの額に口づける。
「また怖い目に遭わせて、申し訳なかった」

「謝るのはそこだけ?他にあるんじゃない?」強い意思を宿した瞳が訴えかけてくる。
 次第に意識がはっきりしてきたようだ。
「ようやく戻ったようだ。もう大丈夫だな」
 独り言のつもりで言ったのだが、ユイには納得が行かないらしい。

「何が大丈夫よ!全っ然大丈夫じゃない!今までどこに行ってたの?何も言わずに急にいなくなって!…………酷いじゃない」
「そうだな。とても、反省してるよ」

 少なくとも俺が側を離れなければ、引き籠もる事も襲われる事もなかったのだから。

「怒ってるだろ?こんなヤツの事、今度こそ嫌いになったんじゃないか?」
「怒ってるよ。とっても、と~っても……っ!」
 そう言いながらも、ユイの目には見る見る涙が溢れて行く。
「ユイ……?」
「反省してるって言ったけど……それは、もうどこへも行かないって事?」

 彼女は目に涙を溜めたまま、食い入るように俺を見ている。

「そうしたいと思ってる……もし、こんな俺を許してくれるなら。ユイだけじゃない。キハラさんやミサコさんも、全ての人が許してくれるのなら……」
 俺がやるべき事は、ここ朝霧ユイの隣りで彼女を見守る事なのではないか?何しろ、それ以外にしたい事が見つからないのだ。

 だが許されるはずがない。こんな無責任な男など。

 そう思った矢先、ユイが威勢良く言い放った。
「この私以外に、新堂先生に許さないなんて言える人、いると思う?」
 挑戦的な目だ。前にもこんな視線を送られた事があったな。
 俺は思わず笑っていた。
「ちょっと。今、笑うとこじゃないけど?」お怒り気味にユイが指摘する。
「済まん、いろいろと思い出してしまってね」

「それならキハラに聞いてみればいいわ。そういえば、キハラは?ここはどこ?」
 俺はこれまでの経緯を手短に話して聞かせた。
「もうすぐキハラさんも戻ると思うよ」
「早く帰って来て!お腹空いた!」
「言うと思った」予想的中だな、買い出しを頼んで正解だった。

 少ししてドアが開き、キハラがコンビニの袋をガサガサ言わせて入って来た。

「おお!ユイ、目が覚めたか。どうだ?大丈夫なのか」
「キハラ、心配かけてごめん。もう大丈夫。それより、何買って来てくれたの?見せて!」
「本当に元気になったようだ」そう言ってキハラが軽く鼻で笑う。
 袋ごとユイに渡して、側の椅子に腰を降ろした。

 ふいにキハラと目が合う。また手厳しいお言葉がかかるものと覚悟したが、彼の心は穏やかだ。

「新堂……先生。まだ礼を言っていなかったな。ユイを助けてくれた事、感謝する」
 キハラは俺に頭を下げてきた。
「やめてください。いいんですよ、元々、私が務めを怠ったせいなんですから」
「ねえ、何?務めって」
 袋から取り出したおにぎりを早速頬張りながら、ユイが聞いてくる。
「男同士の話だ。おまえには関係ない」キハラがピシャリと言い放つ。
「何よ!イジワル」

「キハラさん。改めて伺いたい。私はこれからも、彼女の側にいていいでしょうか」
 ユイも食べる手を止めて注目している。

 しばらくの間、室内は時が止まったようになる。

「俺の望みは、ユイが平穏に暮らす事だ。それを乱すものは、何であれ排除する」
「キハラ!新堂先生は私にとって必要な人なの!分かって……」
 キハラは俺を強く睨んだまま動かない。
 心を読むまでもない。自分の物を奪われる屈辱は俺にだって理解できる。そして俺は今、その屈辱をこの男に与えようとしているのだ。

「魔物の魔力で惑わされているだけじゃないと誓えるか、ユイ」俺を睨んだままユイに問いかける。
「もちろん。誓える」
 ユイの即答を受けて、キハラはようやく彼女の方に目を向けた。
「その根拠は?」
「私は先生に言い返せる。魔力に掛かってたらできない事よ。違う?」

 そうなのだろうか。俺にも良く分からない。だが俺が消えてもなお彼女は、俺を想っていた。それが答えではないか。ユイは魔力に掛かってはいないと。

 同じ事をキハラが考えたのが分かった。降参とばかりに表情を崩す。
「お前がそこまで言うなら、信じるよ。全く男運がないよな、朝霧ユイ!」
 ――俺といいコイツといい、ろくな男が周りにいないじゃないか?

 それは違うよ、キハラさん。あなたはとても素晴らしい、いい男だ。俺なんかとは比べ物にならないくらいに。

「それじゃ先生、晴れて私達、恋人同士って事で!……いいよね?」
「ああ。もちろん。キハラさんのお許しも出た事だし」

 彼の方を見て確認を促すも、仁王立ちで腕組みをしたキハラは、相変わらずの鋭い視線を俺に突き刺したまま、口をへの字に曲げている。
 どす黒い雷雲のようなものが渦巻くだけの思考が同時に流れ込む。どうやら、言葉にならない程にご立腹のようだ。

 そんな張り詰めた空気を打ち壊す、ユイの一言が室内に響いた。
「顔、物凄~く怖いよ、キ・ハ・ラ!」
「……おい、ユイ……」思わずユイに声を掛けた。この状況でそれか?

 だが、途端にキハラの表情が変化したのだ。そして一言だけ返って来た。
「バカ野郎」

 その思考を探るも、今だ雷雲が渦巻くばかりで何も読めない。どういう意味だ?
 ユイを振り返れば、満面の笑みで俺を見つめているではないか。つまり、受け入れて貰えたという事のようだ。

 二人のこんなやり取りに、ほんの少しジェラシーを感じてしまった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ブラック企業で倒れた私を、ネトゲ仲間の社長が強制保護して溺愛しています

紅 与一
恋愛
過労で倒れた私を救ったのは、 ネトゲ仲間――そしてIT企業の若き社長。 「もう君は、僕の管理下だよ」 退院と同時に退職手続きは完了。 住む場所も、生活も、すべて彼に囲われた。 外出制限、健康管理、過保護な独占欲。 甘くて危険な“保護生活”の中で、 私は少しずつ彼に心を奪われていく――。 元社畜OL×執着気味の溺愛社長 囲い込み同棲ラブストーリー。

診察室の午後<菜の花の丘編>その1

スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。 そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。 「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。 時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。 多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。 この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。 ※医学描写と他もすべて架空です。

たとえ夜が姿を変えても ―過保護な兄の親友は、私を逃がさない―

佐竹りふれ
恋愛
重なる吐息、耳元を掠める熱、そして——兄の親友の、隠しきれない独占欲。 19歳のジャスミンにとって、過保護な兄の親友・セバスチャンは、自分を子供扱いする「第二の兄」のような存在だった。 しかし、初めてのパーティーの夜、その関係は一変する。 突然降ってきた、深く、すべてを奪うような口づけ。 「焦らず、お前のペースで進もう」 そう余裕たっぷりに微笑んだセバスチャン。 けれど、彼の言う「ゆっくり」は、翌朝には早くも崩れ始めていた。 学内の視線、兄の沈黙、そして二人きりのアパート――。 外堀が埋まっていくスピードに戸惑いながらも、ジャスミンは彼が隠し持つ「男」の顔に、抗えない好奇心を抱き始める。 「……どうする? 俺と一緒に、いけないことするか?」 余裕の仮面を被るセバスチャンに、あどけない顔で、けれど大胆に踏み込んでいくジャスミン。 理性を繋ぎ止めようとする彼を、翻弄し、追い詰めていくのは彼女の方で……。 「ゆっくり」なんて、ただの建前。 一度火がついた熱は、誰にも止められない。 兄の親友という境界線を軽々と飛び越え、加速しすぎる二人の溺愛ラブストーリー。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

カモフラ婚~CEOは溺愛したくてたまらない!~

伊吹美香
恋愛
ウエディングプランナーとして働く菱崎由華 結婚式当日に花嫁に逃げられた建築会社CEOの月城蒼空 幼馴染の二人が偶然再会し、花嫁に逃げられた蒼空のメンツのために、カモフラージュ婚をしてしまう二人。 割り切った結婚かと思いきや、小さいころからずっと由華のことを想っていた蒼空が、このチャンスを逃すはずがない。 思いっきり溺愛する蒼空に、由華は翻弄されまくりでパニック。 二人の結婚生活は一体どうなる?

橘若頭と怖がり姫

真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。 その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。 高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。

冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない

彩空百々花
恋愛
誰もが恐れ、羨み、その瞳に映ることだけを渇望するほどに高貴で気高い、今世紀最強の見目麗しき完璧な神様。 酔いしれるほどに麗しく美しい女たちの愛に溺れ続けていた神様は、ある日突然。 「今日からこの女がおれの最愛のひと、ね」 そんなことを、言い出した。

処理中です...